戻って参りました
「なぁ~にが、パパパッとすぐに終わらせますわっよぉ。随分と時間が掛かっちゃったじゃないの。やっぱ、先に行って現地集合にしておけば良かったかしら」
私は馬車に揺られながら目の前に座る吸血鬼のお嬢様に悪態をつく。
「お姉様、神獣と一緒に朝から晩まで毎日毎日ぐうたらしていたダメな方が難癖付けてきて怖いですわ」
全然怖がっていないのに何かと理由をつけては隣に座るレイン様にくっつくヴィクトリカに私はうぐっと言葉を詰まらせ視線を逸らした。
(た、確かに何もすることがなくてお城を探索したり、スノーに埋もれたり、リリィと遊んだりしていただけだけど……あれ、私結構ダメな人?)
結局ヴィクトリカの宝物庫に保管されていたアイテムは日常生活に役立つようなものがほとんどで、私が求める力を制御するような代物はなかった。
そして、早々にやることがなくなった私の側にはテュッテしかおらず、知人の目を気にすることがなくなった私は羽目を外しすぎて盛大にぐうたらしていたのだ。
(いや、レイン様の前ではシャキッとしてたわよ、たぶん)
私がそうやってぐうたらしている間にヴィクトリカは用を済ませ、城のことはオルバスに任せると、学園へ戻る私達の馬車に相乗りしている。
とまぁ、そんなこんなで私は今、馬車に揺られてヴィクトリカと憎まれ口を叩き合いながら学園へ戻っている最中であった。
「メアリィ様ぁっ! おかえりなさいませっ」
学園に到着すると真っ先にサフィナが笑顔で私に向かって走り寄ってきた。
「サフィナ、ただいま」
私は走り寄ってきたワンコ、もといサフィナの頭を撫で撫でしながら心を癒す。
(あぁ~、リリィとは違った癒しがあるわ~)
「あらあら、これはこれは。可愛らしい子ですわねぇ~」
私が癒されているといつの間に馬車から降りたのか、ヴィクトリカがサフィナの間近で横顔をふむふむと吟味していた。
「ひゃぁっ」
声に気が付きそちらへ視線をやったサフィナが眼帯をつけた女の子の顔を至近距離で見て驚き、私の後ろへササッと逃げ込む。
「ちょっと、いきなり登場して私の友達を驚かさないでくれる」
「ンフフッ、怯える姿も可愛らしい」
「ターン・アン……」
「お、驚かせて申し訳ありませんわ。以後、気をつけますぅ~」
私の注意を聞かないヴィクトリカに向かって私が問答無用に神聖魔法を唱えようとすると、彼女は慌ててサフィナに謝り、こちらもそそくさとレイン様の後ろへ逃げていく。
「でんっじゃなくて、レイン様。お帰りなさいませ」
王妃様のことを思いだし、マギルカが慌てて言い直しながら近づいてきた。
「マギルカッ」
頼りになる子が近くにいるというだけで私は肩の荷が軽くなり、ホッとする自分がいることに気がつく。どうやら私は思っていた以上にレイン様の側に自分しかいないこの旅に対してプレッシャーを感じていたようだ。
「それで、メアリィ様。そちらの方は?」
私が安心しきっているところにマギルカがさっそく指摘をしてきてくれる。大変、ありがたいものである。
「あ、そうそう。あっちにいる……じゃなくて、あの方はえぇ~となんだっけ、あんこにして西京焼きの吸血鬼、ヴィクトリカ・ブラッドレイン様よ」
「最古にして最強の吸血鬼ですわよっ!」
私の紹介を聞きつけ、ヴィクトリカが慌てて近づき牙を剥き出しにして怒鳴ってきた。まずは軽いジョークで場を和ませようと思ったが、いらんお世話だったらしい。皆も皆で意味が分からずポカンとしてるし。
「あ、そうそう、それそれ。あなたが急に自己紹介の時に入れろっていうからちょっと間違えちゃったわ」
「ちょっとどころではありませんわよっ! 意味分からない間違え方して、そんなことも覚えられないのですか、このゾンビ頭っ!」
「あらあら、それはつまり私の頭が腐っているとでも言いたいのかしら? まぁこの子ったら面白いこと言うわねぇ~、ウフフッ」
私は氷の微笑を浮かべながら噛みつく勢いで迫ってきていたヴィクトリカの顔を問答無用でアイアンクローする。
「いだだだだだっ! い、言い過ぎましたわ、今の言葉は取り消しますぅぅぅっ!」
ヴィクトリカは私のアイアンクローに対して振り払おうとしたがそれが不可能だと気が付くとすぐさま謝ってきた。エミリアだったらもうちょっと頑張るのだが意外とヘタレである。
「メアリィ様、どんどん王妃様やエリザベス様みたいになっていくなぁ」
そんな私達の行動を眺めていたザッハの素直な感想が私の胸を容赦なく抉り、私はヴィクトリカを解放するとがっくりと項垂れた。
「わ、私が……あの恐ろしいお二人みたい……ですってぇ……」
ワナワナと手を震わせ、その手を見ながら私は愕然と呟く。
「あれ? オレそんなに非道いこと言ったか?」
「あの、メアリィ様。そこまで驚愕すると却ってお二人に失礼ですよ」
私の態度を見て、ザッハが不思議そうに首を傾げ、マギルカが半眼になって私に言ってくる。
「ねぇ~ぇ、あなたのお名前を聞かせてくれませんか?」
「え、あ、あの、サフィナ・カルシャナとも、申します」
私が意気消沈している後ろで甘ったるい声を出すヴィクトリカと怯えたサフィナの声が聞こえてくる。
「まぁ、サフィナさんというのですわね。ウフフ、可愛らしいぃ~。あぁ、何でしょう、凄く加虐心を掻き立てられますわ。ねぇ、ちょっと噛みついてもよろしいかしら?」
「良いわけないでしょ、この破廉恥吸血鬼」
私は笑顔のままこめかみに青筋立てて、涙目のサフィナに甘い吐息交じりでにじり寄るヴィクトリカの肩を掴んで止める。
「……あの、そろそろ次の行動に移りたいのですが」
私の後ろでレイン様の声が乾いた笑いと共に聞こえてきて、私とヴィクトリカがギクッと体を飛び上がらせ、バツの悪そうにお互いを見るのであった。
自己紹介を早々に済ませ、私達は報告を含めて学園長室へと赴いている。ヴィクトリカは学園長との話に興味がないのか、席を離れ部屋に並ぶ本を興味深げに眺めていた。
(なんとも落ち着きのない子ね~。魔族ってほんと自由だわ)
「なるほどのう、無駄足とならなかっただけでも良かったのじゃが、次はいにしえの森か」
話を聞いた学園長がなにやら難しい顔をして、顎髭を撫でている。
「学園長、何か問題でもありましたか」
彼の態度に疑問を感じたのか、マギルカがすぐに聞く。
「ふむ~、問題というわけではないのじゃが、いにしえの森は儂らにとっては未開の地。そのような危険な場所に殿下を行かせて良いものかと思ってのう」
「案内にはヴィクトリカさんがついてきてくれます。彼女はエルフの村へ何度か行ったことがあるので大丈夫かと。後、今回はサフィナさんにも協力してもらおうと思っています」
レイン様の言葉にサフィナは姿勢を正して学園長を見た。
「サフィナちゃんを……ふむ、確かに森へ行くのならその方が良いのじゃろう……う~ん」
学園長の質問にレイン様は頷いて返す。
「学園長、今抱える大きな問題は解決したので今回は私とザッハも同行しようと思っております」
二人の会話にマギルカが入ってくる。今回の件で私一人ではいろいろやらかしてしまうというのが分かったので私としてはとてもありがたい申し出だった。
「ん~ま~、学園側としては許可を出そうかのう。ただし、王族側の許可を得てもらうぞ」
学園長が渋々といった感じで承諾するとレイン様は学園長の条件に深く頷くのであった。
そして、翌日。
すぐに許可を得てくると言ったレイン様が学園に来ていなかった。
現在、どうしたのかと自由に動ける私だけが王宮へと馳せ参じている。
「メアリィ様をお連れいたしました」
メイドが深々とお辞儀して部屋にいた王妃様にそう告げると、私を置いて後ろへ下がっていった。
(あの~、私は王妃様に会いに来た訳じゃないのになぜ当然のように彼女のところへ案内されるのだろうか、甚だ疑問だわ)
案内したメイドが去っていくのを見送った後、一度深呼吸をして私は王妃様の方を見る。正直、エリザベス様同様、対峙するだけで私の精神力がゴリゴリとすり減っていく相手なので、あまりご対面したくはなかった。
「……レインのことで来たのかしら?」
「はい、王妃様」
あまりの緊張に口数が少なくなる私。今回は道連れのスノーもおらず、テュッテも遠くに控え、完全なぼっち状態である。
(あっ、今更ながらに自覚したら余計緊張してきたぁぁぁ)
「ん~、あまり人には見せたくないのですが、まぁ、メアリィなら良いでしょう。ついてきなさい」
困った顔をして何かを考えていた王妃様はそういうと私の返事も待たずにスタスタと移動するので私は慌てて後を追った。
しばらく歩くと向かう先の一部屋から言い争うような声が聞こえてくる。
その部屋の前で待機している兵に命令し、王妃様は扉を開けさせると……。
「いやだぁぁぁ、いやだぁぁぁ、絶対反対だぁぁぁっ!」
「父上、いい加減にしてください! ボクは元の姿に戻らなくてはいけないのです!」
私が目にしたのは美しいお姫様の腰にしがみつき号泣しているおっさんの姿であった。うんまぁ、正確に言うとレイン様と国王陛下なのだが……。
陛下のダメダメな姿にも驚いたのだが、それ以上に普段から温厚なレイン様が声を荒げているのが驚きだった。少し男言葉が戻っている。
「王妃様……これは一体……」
私は状況が掴めず、隣で眺めていた王妃様に説明を求めてみた。
「昨日、レインが次なる旅に出るとのことなのでその許可を出したのですが、今日になって急に気が変わって駄々をこねておりますの」
誰が駄々をこねているのかは聞かずとも分かる。たぶん、しがみついてマジ泣きしているおっさんだろう。
「父上は予てから王子として、ひいては次期国王として広く王国を見よとおっしゃっておられたじゃないですか。これも良い勉強だと昨日、旅の許可を出したと聞いておりますよっ!」
腰にしがみつくおっさんをふりほどこうともがきつつ、レイン様はなにか紙一枚をそのしがみつくおっさんに突きつける。
「確かに可愛い娘の頼みごとなら聞いてやろうと思っておったが、今日、そなたを見ていて気が変わったっ! こんなに可憐で美しくなった我が子を旅になど出したくないのだっ! 城の外にはどんなゲス野郎がいるか分かったものじゃない! 余の可愛いレインをそんな輩の視界に一秒でも入れるなど耐えられん」
(美人を見たら見境なく声をかけると言われている陛下には言われたくないと思うわよ、そのゲス野郎達は……)
口が裂けても言えないツッコミを私は心の中で呟く。
「男の姿のボクの時はそんなこと全く気にしてなかったじゃないですかっ!」
「今は完璧な可愛い女の子だから話は別だぁぁぁっ!」
なんとも言い難い言い争いに私は乾いた笑いしか出てこない。
私の勝手な想像だが、昨日、陛下はおそらく公務かもしくは何か(?)で忙しく、本人に会わず用件を紙媒体にするように言って、そのまま許可を出したのだろう。で、今朝になってレイン様を目の当たりにして、その完璧なお姫様っぷりに娘可愛さのあまり駄々こねたっといったところだろうか。そして、レイン様の方も男の時は良いのに女の時はダメという理不尽な父の対応に腹を立てたとか。
「……あなたが考えているとおりですわ」
私の考えがまとまったところで王妃様がぼそりと言ってきて、私は心臓が飛び出る思いで体を小さく弾ませてしまう。
(び、びっくりしたぁぁぁ。王妃様、もしかして人の心が読めるのかしら)
王妃様の視線が二人に向いた隙に私は後ろを向いて、未だバクバクいってる心臓を落ち着かせるように深く深呼吸をし続ける。
「陛下、メアリィがレインを迎えにきました。この旅はレインが元の姿に戻るための重要なものです。行かせてあげてはどうですか?」
子供を諭すように優しい声で王妃様が二人に近づいていく。私は王妃様の言葉に二人がこちらを見てきたので、まるで何事もなかったかのように姿勢を正して淑女の礼をした。
「うぐぐぐ、だが可愛い娘を一人危険な場所へは……はっ、そうだっ! 軍だ、王軍を出っ」
「陛下……いい加減にしませんとぶちのめしますよ」
何かナイスアイデアみたいな顔ですんごいことを言おうとした陛下に王妃様がにっこり笑ってこちらもすんごいことを言ってくる。
その言葉に陛下は固まり、何も言えなくなってやっとレイン様を解放するのであった。
(はぁ~、一人は疲れるわ……早く皆のところに戻りたい)
私はそんな三人から隠れるように深くため息を吐く。
余談ではあるが、もう一つ王宮内では事件が起きていた。それはこの騒ぎに全く顔を出していなかったヴィクトリカである。
彼女は客人として王宮の客室に泊まっていたのだが、昨日の夜どうもレイン様に邪なことをしようとして扉の前で王妃様に捕まったらしい。
私が案内されて客室へ行ってみれば、簀巻きにされ、ベッドに転がされて放置状態の彼女がいた。
本人さぞや口惜しく歯噛みでもしているかと思いきや、「あぁ、こういう仕打ちも悪くありませんわ」と瞳を潤ませ恍惚な表情をしていた。どっかの変態先輩がアンデッドを見ているときと表情が似ていたので、私はこの変態吸血鬼を見なかったことにして放置したのは内緒である。
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