戦いは終わったが……
「メアリィさん! ヴィクトリカさん! 二人が争うこっ、えっ……」
私がヴィクトリカを壁ドンで説得し終わったとき、離れたところでレイン様の声が聞こえてきた。
そちらを見ると、レイン様は綺麗なドレスを着せられ、化粧も施され、しがみつくヴァンパイアメイドを引きずるような形で立っている。
おそらくメイドによってここへ来るのを阻止されていたのに無理矢理来たのだろう。その姿を確認して私はホッとするとヴィクトリカを挟んでいた両手を戻し、彼女を見た。
「レイン様、ご無事でなによっりぃっ」
「ふえぇぇぇん、レインお姉様ぁぁぁっ! 怖かったぁぁぁっ、怖かったですのぉぉぉっ!」
レイン様に近づこうとしたとき、後ろから押しのけられてヴィクトリカがレイン様に泣きついていった。
しがみついていたメイド達が退き、代わりにヴィクトリカがレイン様にしがみつく。
「え、えぇ~とぉ~」
事態が分からず、戸惑いながらも泣きつくヴィクトリカをとりあえず慰めようと撫で撫でするレイン様。
そして、私はというとヴィクトリカの台詞に言い知れぬ不安を抱いていた。
(レイン……おねえさま? 何かしら、イヤな予感しかしないんだけど)
「それでっ! なんでこんなことになったの。ちゃんと説明してもらいましょうかっ」
私達は今、ヴィクトリカに応接室へと案内されてメイドからお茶をもらっているところだった。ヴィクトリカとは一旦休戦状態になっている。
「う~、レインお姉様。あの女狐が怖いです」
私の前で二人掛けのソファーに座っていたヴィクトリカが隣で困った顔をして座らされているレイン様に腕を絡ませ、しがみつく。
「まぁまぁ、メアリィさんも落ち着いてください」
いつの間にこんなに仲がよろしくなったのか、レイン様はヴィクトリカの味方をして私を宥めてきた。まぁ、仲が良いといってもヴィクトリカが一方的に懐いているようにも見えるが……。
「それで、ヴィクトリカさんはどうしてこのようなことを?」
私の代わりにレイン様が優しく彼女に聞く。
「ですから……あの女と張り合おうと……」
「そこよ、そこっ! 私達、初対面でしょ? なんで私があなたと争わなくちゃいけないわけっ。私、あなたになにかした?」
レイン様に宥められたばかりだというのに、私は再び語尾を荒げて詰問する。
「うぅ~、だって、だって……」
私に迫られ、ヴィクトリカが涙目になる。それを労るようにレイン様が彼女の頭を優しく撫で撫でしていた。
(なんだろうこの構図。なんか甘やかされて育った三女の失敗を責める次女とそんな二人を優しく見守る長女みたいな感じになってるような)
私はふとどうでも良いことを考えて、自分のボルテージを下げていく。
「……エリザベス様がぁ……」
「え?」
ここでヴィクトリカが思いがけない人物の名を口にした。
「早めに起きたからご挨拶へと思って久しぶりにお会いしたら……エリザベス様、終始メアリィの話ばかりで……あの人の優秀な部下は私でありたいのに……あのような屈辱初めてでしたわっ」
涙目になっていたかと思ったら今度はふてくされた表情になって拗ね始めるヴィクトリカ。
「へぇ~、そぉ~、あ、あああ、あの人の言うことは真に受けちゃ、だ、だめよ。あの人は口が達者だから。だいたい、わ、私はあの人の部下でも何でもないんだからねっ」
私はレリレックス王国でやらかしたことを思いだし、お茶を飲んで心を落ち着かせようとカップを取るがカタカタ震えて上手く飲めない。そして、カップにヒビが入る前に後ろからそっとテュッテに回収されるのであった。
「……っで、なんかムシャクシャしたのでメアリィの邪魔をしてやろうと思いました」
「こらぁぁぁっ、そんな理由で私はあなたに振り回されたのかぁぁぁっ!」
ぶす~とふてくされたヴィクトリカが私から視線を逸らしてもの凄いことを暴露し、私は思わず前のめりになって彼女に噛みつく勢いで抗議する。
「ひっ!」
「まぁ、まぁ。落ち着いてください、メアリィさん」
私の勢いに恐怖し、小さな悲鳴をあげてヴィクトリカは再び隣のレイン様にくっついた。そんなヴィクトリカを守るようにレイン様は少し困った顔で私を宥めてくる。
「おねっ……」
(いかんいかん、思わずお姉ちゃんはこの子に甘いのよっとか言いそうになったわ。危ない、危ない)
私は妄想を口にしてしまいそうになり慌てて口を塞ぐと、ソファーにもたれかかる。そんな私の態度を二人は揃って首を傾げるのであった。
話が途切れ沈黙が訪れると、応接室の扉が開かれる。
「やぁ~、麗しのお姫様達ぃ~! お話は終わったかな。でしたら、私と甘い一時を語り合おうではありませんか」
キラキラと笑顔を輝かせて、男が一人、鳥肌が立つようなことを言って入ってくる。
「ちょうど良かったです。ジョン様にもこれから話すお話を聞いてもらおうと思っておりましたから」
なんかめんどくさそうな男の登場にレイン様は物怖じせず、彼を席へと誘導するようメイドに指示していた。
(ん? ジョンってもしかしてオルディル伯爵子息。あ、そうか、ここにいるんだっけ)
そこで私は重大なことに気がつく。
「あ、そうだったわ。アリス先輩をダンジョンに放って……もとい、残したままだったわ」
「ああ、それならオルバスを回収に行かせましたわ。ものすごくイヤそうな顔をしていましたけど」
私がポンッと手を打ち思いだしたことを口にすると、ヴィクトリカがすぐさま返答する。
「あら、ありがとう。行動が早いのね」
「べ、別にあなたのためにしたわけじゃありませんわ」
私が素直にお礼を言うと、ヴィクトリカはなぜかそっぽ向いて強がってきた。
(なんだこの三女は。ツンデレか?)
思わず頭をナデナデして困らせたい気分になったが、ジョンが席に着いたので私はグッと堪えることにする。
「では、全てをお話ししましょう。私の身に起きたことを」
「「「…………」」」
レイン様が皆の顔を確認した後、そう宣言すると何だか壮大な話をするのではないかとヴィクトリカやジョンと一緒に私まで固唾を呑んでしまった。
「まずは、ジョン様。私のサークレットに見覚えはございますか?」
「ハハッ、あなたのようなお美しい姫には不釣り合いの稚拙なサ、サ、サーク、サークレット……」
レイン様に言われてジョンが彼女のサークレットを見ながら話すと、その言葉がだんだん淀んでいく。
(あ、気づいた……)
「……ハハッ、気のせいでしょうね。どこかで見たような気もしますが……気のせいです、気のせい」
冷や汗ダラダラ流してジョンが現実から目を逸らし始める。
「これはアルトリア学園の地下に隠されていた部屋から発見されたサークレットです」
「!」
レイン様の言葉にジョンの汗の量が増大する。何のことだが分からないヴィクトリカだけが首を傾げていた。
「へ、へ~、そ、そそそ、そうですか。学園でぇ~」
皆から視線を外し、先程までのキラキラフェイスはどこへやら。ジョンの目が泳ぎまくっていた。
「サークレットが入っていた箱にはもう一つ、手帳がありました。メアリィさん、今もお持ちですか?」
「あ、はい」
レイン様が私に話を振ってくると、タイミング良く後ろからテュッテが例の手帳を私にそっと渡してくる。
(ほんと、できるメイドは恐ろしいわね)
「ジョン様、あの手帳に見覚えは? なんでしたら読み上げて差し上げてもよろしいですよ」
「い、いいえぇぇぇ、結構ですっ! 知ってます、見覚えありますからぁぁぁ! 読み上げるのだけはほんと、許してくださいっ」
私がフリフリと手帳を振ってジョンに見せつけるとそれを見た彼は冷や汗ダラダラの顔面蒼白になっていた。
(あぁ、自分の黒歴史を暴露されるのって恥ずかしいよね。分かる、分かるわぁ~)
彼の態度を見れば一目瞭然。あの俺様くんはジョンで決定だろう。
「え? つまり、あなたはあのサークレットをつけている……と」
驚愕の表情でジョンがレイン様を見ると、彼女はゆっくりと頷いた。
「その気品溢れる出で立ち、レガリヤ公爵令嬢とともに用があると言っていたのはたしか……つ、つまり、中身は……」
ブルブルと震えながら何かに思い至ったジョンがレイン様を見ると、彼女は再び頷く。
「そ、そんな……」
がっくりと項垂れるジョン。自分のしでかしたことを痛感し、後悔しているのだろうか。
「……あんなにスタイル抜群に変身するのなら、私もなっとけば良かったぁぁぁ。そして、私という最高の女性を余すことなくじっくりと眺めたかったぁぁぁ」
心底悔しそうに拳を握りしめ、訳の分からないことをのたまう元俺様くんであった。
美人かどうかは元の顔立ちに左右されそうだが、スタイルに関してはどうなのだろう。特に胸の大きさは男の時点でどう決まるのやら。いや、今はそんなことどうでも良いことである。
私は呆れた顔でジョンを見、レイン様は空笑いを零しながら頬に手を添えるのであった。
「……コホンッ」
微妙な空気になってしまった空間をレイン様は咳払いで仕切り直す。
「それで、ジョン様。このサークレットはどうやって外せばよろしいのですか?」
「えっ? 外せないのですか?」
「「えっ?」」
レイン様の問いに驚いて答えるジョンに、私とレイン様も驚き返してしまった。
「どういうことですか? これはあなたがっ」
「いえ、実のところ、そのサークレットはほとんどシェリー殿が作ったものです。私はサークレットの土台くらいしか作っていませんでした。ですから詳しいことは分かりません」
レイン様の問いにジョンは慌てて弁明する。
「しかし、シェリー殿は外せないなどとは一言も言っていませんでした。いつでも外せますし、しかもその効果は着けてから一日だけとか。それが過ぎると勝手に外れ、その効果は完全に失われると聞いております」
私はジョンが嘘をついているとは思えなかった。嘘をつく意味がないからだ。ならば、なぜレイン様は未だに女の子のままなのか。私はその時、フィフィの言葉を思いだす。
「レイン様。確かフィフィさんは執念のようなものがサークレットから感じられるとか言っていましたよね。勝手に外れるとは一言も言っていませんでした」
「……確かに。ということはシェリーさんが嘘をついたか、それとも、彼女にも予想できなかったことがこのサークレットに起こっているのでしょうか?」
私とレイン様が真剣な顔で思い悩んでいると、現在絶賛蚊帳の外のヴィクトリカがキョロキョロと私達を見回してくる。
「話が私の想像と違い全く分かりませんが、つまるところお姉様はサークレットをどうこうしたいのでしょうか?」
キョトンとした顔で聞いてくるヴィクトリカ。
「まぁ、そういうことになるわね」
「でしたらシェリーに聞けばよろしいんじゃなくて?」
「そのシェリーさんがどこにいるか分からないから、わざわざオルディル伯爵子息様に会いに来たんじゃないのよ」
私は考えを中断してヴィクトリカの質問にため息交じりで答えてやった。
「シェリーなら最近ここにきて、用があるからと私を叩き起こしましたわよ」
「「えっ?」」
ヴィクトリカの言葉に再び私とレイン様がハモるように驚きの声をあげる。シェリーがここにいたということも驚きだが、ヴィクトリカが長期の眠りに入っていながら、その目覚めが早かった原因がシェリーだったという事実にも驚いた。
だが、私は確かめなくてはならないことに気がつき、ヴィクトリカに詰め寄る。
「ちょ、ちょっとまって。あなた、私達が言っているシェリーって誰か分かって言ってるの?」
「えっ? エルフで魔工技師をしている放浪娘のことではないのですか?」
首を傾げてヴィクトリカは正解を言い当てた。
「その通りよ。え、どういうこと? 詳しく聞かせて」
私がさらに詰め寄ると、優位に立ったことに気がつきヴィクトリカがにんまりと邪悪な笑みを浮かべてくる。
「ふ~ん、どうしましょうかねぇ~。あらあらぁ~、それが人に物を頼む態度かしらぁ~」
(こ、この女ぁぁぁ)
勝ち誇り微笑むヴィクトリカに私は笑顔を張り付かせたまま、こめかみに青筋をたたせた。
「ヴィクトリカさん、どういうことか教えてくれませんか?」
「はい、お姉様っ」
そして、レイン様の問いに先程の態度が豹変してものすごく嬉しそうに答えるヴィクトリカであった。
「こ、こここ、このぉ~」
「お嬢様、我慢です。ここは我慢ですよ」
ブルブル震える私に後ろからこっそりとテュッテが宥めてくる。
「シェリーとは昔からの付き合いでして、この城の宝物庫には彼女が放浪先で見つけた貴重なアイテムや材料などが保管されておりますの。たまにそれを取りにここを訪れてくるのです」
ヴィクトリカの話で私はアリス先輩からそんな話を聞いたことを思いだす。あれはシェリーのことだったようだ。
(灯台下暗しというか、世界は狭いわね)
「それで、彼女はいまどこに?」
「…………」
私を余所にレイン様とヴィクトリカの会話は続いていたが、ここにきてヴィクトリカの言葉が止まる。
「ヴィクトリカさん?」
「え、えぇ~とぉ……なにか言っていたような気がしますけど寝ぼけていたので忘れてしまいましたわ」
「こぉ~のおバカァァァッ! 思いだしなさい、さぁ、思いだすのよ! 今こそ、その先祖代々の叡智を目覚めさせなさい、ほらぁぁぁ!」
えへっと可愛らしい仕草で笑って誤魔化すヴィクトリカに、私は堪忍袋の緒が切れてソファーから立ち上がると、彼女に詰め寄り肩を掴んで揺すりまくる。
「そ、そそそ、そんなこと言われましてももも、あ、あああ、思いだしました、ちょっととと、思いだしましたわわわわっ」
私に揺さぶられながらヴィクトリカは器用にも記憶の奥底をたどって何かを思いだしたみたいだ。私はヴィクトリカの言葉を聞いて揺さぶりを止め、期待の眼差しで彼女を見る。
「それで?」
「……えぇ~っとぉ、確か帰るとか言っていたような」
「帰る? どこへ」
「フッ、そんなもの故郷に決まっておりましょう。そんなことも分かりませんの?」
私の質問にヴィクトリカがやれやれと人を小馬鹿にするような笑みで答えてきた。
「そんなことは分かってるわよ。私が聞きたいのはその故郷がどこかってことよ、お分かり?」
私は氷の微笑を浮かべて、ワキワキと指を動かしヴィクトリカを再びシェイクしようと迫る。
「ひぃ! あ、えっと、何だったかしら。なんか広大な森で……えっとぉ……古くからの……」
私がにじり寄ってくるものだからヴィクトリカが慌てて自分の記憶を掘り起こして呟いている。なんかクイズ番組で制限時間に追われ焦っている解答者みたいだ。
「古い広大な森。『いにしえの森』ですか?」
「そうそう、それですわ、お姉様っ」
レイン様が助け船を出すとヴィクトリカが嬉しそうな顔で彼女の意見を肯定する。
いにしえの森……。神話時代から存在すると言われている広大な大森林であり、その奥へ人は踏みいったことがない未開の土地。
ある国では聖域とされ、ある国では魔の森と呼ばれるほど、神秘的且つ危険な場所らしい。授業で習ったことだけなので私もよく知らない。
「いにしえの森にエルフ達が住んでいる。まぁ、ありといえばありなのかしら」
「仮にそうだとしても、私達にはその場所が分かりません。あの大森林に関してはほとんど情報がありませんから。迂闊な行動はとれませんね」
「ですよね~」
私とレイン様が次なる行動のため相談していると……。
「くっくっくっ」
そこへ不敵な笑みを見せたヴィクトリカが割って入ってきた。
「あ~、はいはい、ヴィクトリカ。情報ありがとね。私達相談することがあるからあなたはちょっとの間向こうで遊んでなさい」
私は視界の隅でヴィクトリカを確認しつつ、ついついかまってちゃんなこのお嬢様をお子様のように扱ってしまう。
「こらこら、人を子供扱いしないでくれますっ! それに、メアリィ。私にそんな態度をとっても良いのかしら?」
再び勝ち誇ったような態度でヴィクトリカが私の前に立ちはだかるので私も考えるのを中断し、彼女を見る。
「どういうこと?」
「くっくっくっ、私、友人や縁のある方達にはまめにご挨拶に伺ったり遊びに行ったり、こちらに招待したりしてますの」
(そういえば、彼女は自分が起きたことを知らせにわざわざオルディル伯爵やエリザベス様に会いに行っていたわね。随分とアクティブなヴァンパイアだこと)
私はそんなことを考えながらヴィクトリカに感心していると、ある一つのことに気がついた。
「ちょっと待って。友人へ挨拶に伺うってことはつまりっ、シェリーさんが住んでいるエルフの村を知っているのね」
私の期待を込めた言葉にニヤァ~と邪悪な笑みを零すヴィクトリカ。
「さぁ~て、どうだったかしらぁ~。知っているような知らないような。でもねぇ~、私も忙しい身ですしぃ~。どうしてもっていうのならぁ~。ねぇ、メアリィ。それが人に物を頼む態度かしら、ねぇ~」
再び巻き起こる「この女ぁぁぁ」であった。私は期待の笑顔を張り付かせたまま拳を握りプルプル震えて堪えた。どうせ、オチは見えているから。
だが、一向にとあるお方のお言葉がこないので、私とヴィクトリカは揃ってレイン様の方を見てしまう。彼女は何かを考えているのか、私達を見ていなかった。
「レイン様?」
「あ、すみません。これ以上ヴィクトリカさんにご迷惑をかけないようにするにはどうすれば良いか考えてました」
「「えっ?」」
予想外の言葉に私とヴィクトリカの声がハモる。
「いにしえの森に少しでも詳しい人物には心当たりもありますし、ヴィクトリカさんにはおおよその場所とできればシェリーさん宛に私達のことを紹介した手紙を書いていただけたらと思いまして」
優しく微笑むレイン様のついてこなくても良いという発言にヴィクトリカの顔がどんどん真っ青になっていった。
「お、おおお、お姉様っ! 迷惑だなんてこれっぽっちも思っておりませんわぁぁぁっ! むしろ、もっと側に、じゃなくて、お力になりたいのです。ですから、案内は私がします。ええ、しますとも絶対にぃっ!」
牙をむき出しにしてレイン様に詰め寄りまくし立てるヴィクトリカを見て、レイン様は若干圧されて笑顔が引きつる。
「そ、そう、ですか。では、お願いできます?」
「もちろんですわぁぁぁっ!」
こうして、私達の次なる目的地が決まるのであった。
翌日、私達はヴィクトリカの城で一泊し、現在も城に留まっていた。
ヴィクトリカもなかなか忙しい身のようで、私達についていくため今やるべきことをパパパッと片づけているらしい。ちなみにレイン様はそんな彼女を見守り、時には甘やかす役目をさせられていた。あの我がままヴァンパイアに終始笑顔のレイン様、そのメンタルはほんとお見事としか言えない。私ならその我がままっぷりにぶち切れているだろう。
次の日、オルディル伯爵がわざわざこの城を訪ねにきた。
私がこの城へ向かっている時、早馬で出した伝令が届いて慌てて来たらしい。本来なら均整の整った顔立ちのイケメンおじさんだったのだろうが、気苦労と疲れからか、かなり窶れて目の下が隈になっていた。初め見たときはゾンビかと思ったことは内緒である。
その伯爵、事情を聞かされるとひたすらレイン様に謝罪し、嫌がる息子、娘を回収して帰っていった。どうでも良い補足だが、伯爵様はアンデッドを追い掛け回したり、アンデッドに蹴られて喜ぶような非常識な紳士ではなく、ふっつ~うの人であった。
そして現在、私はというとヴィクトリカの許可を得て城の中にある宝物庫にいたりする。
目的はもちろん、アイテムによる私の制御であった。
フィフィのところでは失敗してしまったが、ここではどうだろうと期待を込めて調べ回っているところだ。もし、何か良いものがあったのならヴィクトリカに土下座してでも手に入れたい。あの子に土下座は何だか屈辱だが……。
「ホウホウ、これはこれは。また一つ、魔法の勉強になったわね」
私は古書を眺めながら呟く。
「お嬢様、力を制御する物を見つけるのではなかったのですか?」
「ハッ! しまった。いろいろ興味が惹かれる物ばかりで忘れるところだったわ。マギルカだったらたぶんこの宝物庫からしばらく出てこないわね」
テュッテに言われて私は我に返ると読んでいた古書を閉じる。すると、控えていたスケルトンがこちらに来て手を差し出してきたので私は持っていた本を渡した。受け取ったスケルトンはその本を静かに元の場所へと戻しに行く。
「……お嬢様、随分とアンデッド慣れしてません?」
「テュッテもね」
私達は揃って黙々と古書を戻しているスケルトンを眺めていた。少し視線を動かせば、これまた黙々と宝物庫を掃除しているスケルトンもいたりする。
この城は当たり前なのだが、アンデッドまみれだ。
(こんな所に長くいたら、私もアリス先輩みたいになっちゃうのかな……それだけはマジ勘弁して欲しい)
私は深くため息を吐くと改めて宝物庫を見渡した。
「それにしても、力を封印するようなアイテムってないものね」
「まぁ、普通の人は自分の力を高めたいとは思いますが低めたいとは思いませんからね。それに、アイテムという物は人の需要にも関わってきますし」
私が愚痴めいたことをぼやくとテュッテが困った顔でごもっともな意見を言ってくる。
「あ、この剣とかザッハさんが飛びつきそうよね。サフィナにはこの靴とか速く動けそう」
「……そうですね」
私は置いてある品々を見ながらふと、いない皆のことを思いだした。皆と別れて行動してからまだ数日というのにそんなセンチメンタルな気分になっている私をテュッテは相槌を打ち、聞いてくれる。
「皆、何してるんだろうなぁ~」
私は宝物庫の天井を見ながら思いを馳せるのであった。
コミカライズ13話が更新されました。さらに、コミックス第2巻が2月8日に発売します。皆様、よろしくお願いいたします。




