めざせ、ブラッドレイン城。一方、その頃ー2
「……っくしゅん!」
「大丈夫ですか、お嬢様? 寒いのなら何か羽織る物をお出ししましょうか」
私がくしゃみをすると、心配そうに後ろからテュッテが声をかけてくる。
「あ、ううん、いらないわ。きっと誰かが私の噂をしているだけだから」
「そ、そういうものなのですか。さすがはお嬢様、そんなことまで分かるなんて」
急にくしゃみが出た理由として私はお決まりの台詞を言うが、テュッテは私の言葉を真に受け、感心していた。
(こっちの世界ではそういった冗談は通じないみたいね。言葉には気をつけよう)
「メアリィ様、そろそろ休憩してはいかがですか? 神獣様も朝から空中を走りっぱなしでお疲れかと」
峡谷の入り口付近に近づくとアリス先輩が下からごもっともな意見を言ってきたので私は頷くとスノーを休ませることにした。
アリス先輩の指示の元、私達は峡谷にある森の中へと降り立つ。
『だはぁ~、疲れたぁ~。ちょっと休むわぁ~』
私達がスノーから降りた途端、彼女はグデ~と寝転がる。
「お疲れさま、スノー。空を飛ぶのってやっぱり疲れるの?」
『そりゃこんなに長時間飛んでりゃね~。飛んでるといっても私的には空中を走っているといった感じだから体力も魔力もどんどん消費されるの~』
顎を地面につけ、完全に脱力状態のスノーを見て、私は労るようにその頭を撫でる。
「そうなんだ。あ、魔力足りないなら私が補充しようか? 前にやった魔法みたいに」
私はリリィを助けるために自身の魔力を分け与えたことを思いだし、提案した。
『あれは術者にも負担がかかるから余程の緊急時にしか使わないものなの。それに、メアリィにもしものことがあったら悲しいじゃない』
「スノー」
グデ~とダレていながらもスノーは私を気遣ってくれたことに嬉しくなり、私は彼女の耳の裏側とか普段届かないところを重点的に撫で撫でする。
『まぁ、メアリィの場合化け物じみた魔力量だから心配いらないけど、それだと問答無用に私が回復させられて休む暇もなく馬車馬のように走らされてしまうものね~、ごめんだわ~』
感激に浸る私にいらんことを言う神獣様。
「ホホォ、それじゃあ、さっそく回復して馬車馬のように走ってもらおうかしらね~」
『あ、しまった~、しばらく誰とも話してなかったから心の声まで口にしてしまったわ~』
私が氷の微笑を浮かべ両手をワキワキしながらにじり寄っていくとスノーは冷や汗を大量に流し、伏せながらスススッと器用に離れていった。
「あの~、メアリィ様。私はいつまでこの状態なのでしょうか?」
私とスノーが攻防していると、横から恐縮そうにアリス先輩が言ってきて、私はようやく先輩が未だに芋虫状態だったことを思いだす。
「と言われても、先輩を自由にすると碌なことしなさそうだし」
「ひどっ!」
(おっと、スノーに釣られて私まで心の声を口にしてしまったわ。いけない、いけない)
私は反省しつつ、アリス先輩の縄を解いていく。そして、彼女はしばらくの間私達から離れて一人イジケるのであった。
その後、私もテュッテが用意したご飯をいただき、スノーと一緒にお休みすることにする。
「それにしても、テュッテはすごいわね。いつの間に野営の技術を身につけたの?」
そう、テュッテはこんな森の中にいても、オロオロすることなくいろいろと前もって用意しておいた食べ物やら何やらを準備してくれていたのだ。まるでアニメに出てくる冒険者のように。
「まだまだ未熟ではありますが、もしもの時のために密かに訓練しております」
「もしもの時って?」
「お嬢様がもうどうしようもない程やらかして、勇者の旅に出ることになってしまったときです。その時はどこまでもご一緒致します」
「テュッテ……」
「お嬢様」
とっても頼りになっていつもそばにいてくれるテュッテに私はジ~ンと胸が熱くなる。が、反面、その台詞に不安が募っていった。
「て、ならないわよっ、そんなことには……た、たぶん」
気持ちはとても嬉しいけど素直に喜べない私は、アリス先輩もいるので小声でテュッテの言葉に異を唱えると、彼女はにっこり笑顔で返すだけだった。無言でのその悟ったような優しい笑顔に私の不安はどんどん募っていく。
「ならないから、絶対ならないから。ねぇ、冗談だよね。お願い、冗談だって言ってぇぇぇ」
私は不安を爆発させ、テュッテの肩を掴んで揺すると、彼女は終始無言のまま笑顔であった。
『あ~、よく寝たわ~。さて、お城目指してしゅっぱっ……て、ちょっと何してるの、あなた達』
私の頭の中にスノーの声が聞こえてきて彼女が起きたのだと知るが、私は反応しない。現在、私はアリス先輩と一緒にイジケている最中だったからだ。
「冗談ですって、お嬢様。機嫌を直してください」
私の横では先ほどからテュッテがいろいろして私を宥めてくれている。私はもうちょっと拗ねていたかったが、スノーが起きてきて自分のやるべきことを思いだした。
「そうだった、こんな所でイジケてる場合じゃなかったわ。レイン様をお助けしなくては」
「その意気です、お嬢様」
私は勢いよく立ち上がり、自分の使命を口にして鼓舞すると、テュッテが相づちを打ってパチパチと拍手してくる。
(う~ん、何かこれ、騎士がお姫様救出っていうお伽噺ではなくとも、女勇者の旅って言ったら採用されそう。うん、気のせい、気のせい。気のせいにしてください、お願いします)
私はスノーの方へ歩いていきながら心の中でチラッと考えたことを否定してもらうよう、なぜか誰かにお願いするのであった。
●
メアリィ達が再びヴィクトリカの居城を目指して出発した頃、一方レイフォースはというと……。
攫われたときはどうなるかと思ったが、蓋を開けるとなんてことはなく、レイフォースは客人として丁重にもてなされていた。
逃げだすにも場所が場所なだけに却って危険だと判断し、彼はこの城に留まっている。それに、サークレットに関して聞きたい人物はここにいるので、逃げ出すわけにもいかなくなった。
「でも……なかなか二人きりで話ができないんですよね」
途方に暮れ、ため息を吐くレイフォースは現在、お城にあった豪奢な大浴場で一人湯につかっている。
なぜレイフォースがため息を吐くかというとそれはヴィクトリカのせいであった。彼女は自分を売り込むためかレイフォースにくっついてまわり、なぜか男を寄せ付けないでいるのだ。そのためジョンと二人で話すことができないでいる。
長い話ができなくとも、この際ジョンだけでもサークレットの存在に気づいてもらいたく「私のサークレット、どうでしょうか」と聞いてみれば「あなたの美しさに比べればどんな装飾品も飾りでしかなく、私はあなたしか見えない」とレイフォースのサークレットを全く見ず、気がつく様子もなかった。
もういっそのこと、ヴィクトリカを交えて自分の正体を明かしてしまおうかと思ったが、彼女が何を考えてこのような所業にでているのか今一つはっきりとせず、しかもメアリィに何かしら含むところがあるのがレイフォースの判断を鈍らせる。
ヴィクトリカは今のところ、レイフォースの扱いは丁重だし、危害を加える気はないみたいだった。むしろ、怖いくらいに好意的である。
逆にジョンへの対応がこれまたひどい。見ていて気づいたのだが、ヴィクトリカは男女への接し方の落差が激しかった。とりわけ、女性に言い寄ってくる男性には手厳しい。ジョンもジョンでやめておけば良いのにレイフォースに言い寄ってきてはヴィクトリカに踏まれていた。だが、レイフォースはだんだんそれもジョンが求めているのではと思えてならなくなっている。
「情報が少なすぎますね……さて、どうしたものでしょう」
「何も迷うことはございませんわ。全て、このヴィクトリカにお任せいただければ良いのです。レイン姫様」
「!」
レイフォースの独り言に見当違いな返答が後ろからきて、彼は振り返ってしまう。そこにはレイフォース同様、一糸纏わぬ姿のヴィクトリカが堂々と立っていた。一人になりたくてお風呂を選択したのだが、まさか遅れて入ってくるとは思いもしなかったレイフォースである。
さすがのレイフォースも自分の裸を見られることに抵抗感はなかったが、他人の裸、とりわけ女性の裸を見ることには抵抗があったので、慌てて視線を戻し俯く。
レイフォースの行動に一度首を傾げたヴィクトリカは、きっと彼女は迷っている自分に気づかれて恥ずかしがっているのだと勝手に判断し、もう一押しだなとこれまた見当違いな判断をするのであった。
目のやり場に困り、どうしようかと迷っていた矢先にレイフォースの隣に人の気配を感じる。なんと、ヴィクトリカは隣に来てゆっくりと湯船につかっているではないか。
思わずそちらに顔を向けてしまったレイフォースの目に自分より真っ白で綺麗な肌の女の子の体が飛び込んできて、慌ててヴィクトリカの顔に視線を固定する。
すると、ヴィクトリカがお風呂に来てもその眼帯を取っていないことに気がついた。
「その眼帯は……」
「これはお母様がくれた大切な品ですので、余程のことがないかぎり取ることはありませんわ。フフッ、あなたのサークレットもそうなのでしょ?」
感慨深げにヴィクトリカが語ってくるが、レイフォースは大変申し訳ない気分になって苦笑いを零す。なぜなら、これは本人的には外したくても外せないある意味呪いみたいな代物であって、ヴィクトリカのような思い出深い代物ではなかったからだ。
「……お母様は」
そういえばヴィクトリカの両親に会っていないことに気がつき、迂闊にもレイフォースはそれを言葉にしてしまう。
「……天寿を全うしましたわ。お母様は、人族の娘でした。私は二人の愛から産まれた奇跡、吸血鬼と人の混血児なのです。この瞳はお母様譲りですの」
そう言って、ヴィクトリカは眼帯をしていない方の青い瞳でレイフォースを見つめてくる。
「……そ、そうだったのですか。それで、お父様は」
「お父様は私にブラッドレイン家当主の座を譲るとお母様との夢だった二人で世界旅行へと旅立ちましたわ。今もどこかでお母様の頭蓋骨片手に二人で旅を楽しんでいることでしょう」
天井を見て少し寂しそうな顔をするヴィクトリカ。レイフォースはというと、そんな心にジ~ンとくるお話なのにその風景を想像するとちょっと猟奇的な風景になってしまって返答に困っていた。
そんなレイフォースを横にヴィクトリカが今度は拳を握りしめプルプルと震えだす。
「私はそんな幸せいっぱい夢いっぱいの両親の愛から産まれた新しき吸血鬼。さらには由緒正しきブラッドレイン家が当主なのです。その私にあのような屈辱を与えたあんの女狐にぃぃぃ、目にもの見せてやりませんと私の気が済みませんのぉぉぉ」
牙をむき出しにし歯噛みするヴィクトリカは、ゴゴゴゴゴゴッと気迫のようなものが感じられるくらいの迫力を醸しだし、レイフォースは乾いた笑いしか出てこなかった。
ここまでくるとメアリィは一体彼女に何をしたのかと心配になってくる。ただ、彼女はどうも思いこみの激しい子なのでメアリィが何かしたとは一概に言えないとレイフォースは考えてもいた。
「ブラッドレイン家当主として、私の方が優れていることを示さなくては。そのためには手段を選びませんの」
そして、ヴィクトリカは自身が受け継いだ身分に対するプライドと責任を一生懸命果たそうとしている節が見られて、レイフォースは彼女を少々自分と重ねてしまう。
「あの女から強引に横取りしようとも私が……」
そこでヴィクトリカの言葉が途切れた。気がつくとレイフォースは柔和な笑顔で必死に何かに固執するヴィクトリカの頭を優しく撫でていたのだ。まるで妹を宥める姉のように……。
それに驚いたヴィクトリカはレイフォースを見つめるが、数秒後そのまま握っていた拳を静かに下ろし、瞳を閉じてしばらくの間気持ちよさそうに撫でられ続けるのであった。
「ヴィクトリカ様」
静かな時間が浴場の入り口付近に立つメイドの声で打ち切られる。
「構いません、話しなさい」
「はい。峡谷を見張っていた眷属から、白銀の聖女が神獣とともに城に接近しているとの報告がありました」
メイドの報告にレイフォースは強ばる。
白銀の聖女とはレリレックス王国港町で囁かれていたメアリィの呼び名であり、彼女がこちらに向かっているということだ。
心配になってヴィクトリカを見てみれば、彼女は口角をつり上げ、とても邪悪で嬉しそうな顔をしている。
「くっくっくっ、やはりこの短時間に単騎で乗り込んできましたわね、白銀の聖女。だがしかし、この城へ入るにはダンジョンを通らなくてはいけませんのよ」
「ダンジョン……」
そんな危険なものまであるのかとレイフォースは緊張しゴクリと唾を飲みこむ。
「くっくっくっ、我がブラッドレイン家が先祖代々コツコツと暇さえあれば用意していった罠やモンスターの数々、果たして越えられるでしょうか、見物ですわ」
「コ、コツコツ?」
ヴィクトリカの言い方がなんとなく緊張感を欠いて、レイフォースは先ほどまであった緊張が薄らいでいってしまった。
「さぁ、来るが良いですわ、白銀の聖女。レイン『お姉様』は渡しませんわよっ!」
ザバァッと勢いよく浴槽から立ち上がったヴィクトリカから慌てて視線をはずし、レイフォースは彼女の言葉に「ん?」と何か引っかかりを感じたが、それが何かこの時はまだ気がつくことができなかった。
本年もよろしくお願いいたします。