めざせ、ブラッドレイン城。一方、その頃ー1
屋敷の騒ぎを終息させ、急遽出発の準備をするのに時間が掛かり翌朝となった。
私は今スノーの背に乗って空を駆けている。私以外にも荷物を持ったテュッテと彼女にじゃれついているリリィがついて来てくれていた。
もちろん、目指すはオルディル領都。だが、私は伯爵に会うわけではなく、領都は通過点にすぎない。一応私達の出発と同じくして早馬を走らせ、伯爵に今回の出来事を伝えにいってもらっている。
「あのぉ~、メアリィ様。私の扱い非道くありませんか?」
そして、スノーの足の下の方で声がする。スノーの首に掛けられた縄の先にはぐるぐる巻きにされて蓑虫状態でぶら下がっているアリス先輩がいた。ヴィクトリカが去った後、オルバスの姿はなく、あの場に残っていたのはアリス先輩だけであった。ではなぜ残っていたのか、それは偏に召喚するのが本命であり、他はどうでも良かったと本人は力説していた。
「先輩があんな騒ぎを起こすから、こんなことになっているんです。反省してください」
私が下を見て蓑虫アリス先輩を確認しながら言ってやると、彼女はそのままぶら~んとなって大人しくなる。
彼女を連れてきたのはヴィクトリカがいる所まで案内をして貰うためだ。ついでに道中アリス先輩から詳しく話を聞いたところによると、オルディル家は代々領地経営ともう一つ役割があったそうな。
それがブラッドレイン家との関係だった。
ブラッドレイン家は領都より遥か先、人が通るには困難な険しい峡谷に大きな城を建てて長年住んでいる吸血鬼一族である。
その歴史はアルディア王国よりも古く、建国前からその地に住んでおり、王国はオルディル家に代々、ブラッドレイン家を監視、防壁となるよう言い渡したのであった。
そうして時が過ぎ、多少衝突はあったものの、関係を友好にしたのが白銀の騎士による魔王フルボッコ事件からの王国同盟であった。
それ以降、レリレックス王国サイドに属していたブラッドレイン家は静かな生活を送るようになり、オルディル家ともフレンドリーな関係を築いていったそうな。
(まさかと思うけど、アリス先輩やそのお祖父さんがやたらアンデッド好きになったのはブラッドレイン家のせいなのかしら)
話が逸れたが、まぁ、そんなわけで数百年余り彼らは表に登場し騒ぎを起こすこともなく、長く平和な時間が経過していったため、オルディル領の関係者以外ではその存在は「いるらしいよ~」的な噂・お伽噺レベルになってしまっていた。
そして、二年程前に現当主であるヴィクトリカは「しばらく眠る」と言って城に籠もっていたのだが、最近目覚めたらしい。アリス先輩が言うにはブラッドレイン家が眠るというのはそれこそ長期的な話であって、こんな早くに起きてきたことに少し疑問を感じるとのことだった。
そして、ここからが本題なのだが、私が当初から会おうとしていた俺様くんこと、ジョン・オルディル伯爵子息はなんとヴィクトリカの居城に連れていかれたそうなのだ。
なぜそんなことになったかというと、伯爵子息が私達が送った最初の手紙を見て慌てふためいていたところに、ヴィクトリカが「起きました」と律儀に挨拶に来て、これまた律儀に相談に乗った結果連れていかれたとのことだった。
その様子をヴィクトリカにべったりくっついて見ていたアリス先輩が言うので本当なのだろう。ただ気になるのは伯爵子息が「メアリィ・レガリヤ」の名を口にしたとき、不機嫌な反応をしたそうだった。そして、私が彼に会いたいと知るやニヤリと笑い、有無も言わさず伯爵子息を攫っていったらしい。
(う~ん、私、彼女に恨まれるようなことしたかしら?)
でその時、ヴィクトリカに夢中で話半分しか聞いていなかったアリス先輩から殿下と私が息子に会いたいということだけ聞かされた伯爵がなぜこんなことになったのかさっぱり分からない状態で慌てふためき、さりとて事を大げさにしたくなくて、早急に自身で解決を図ろうと時間稼ぎをしてしまったというわけだ。
ではなぜ伯爵がアリス先輩をあの宿場町へ行かせたのか。答えは簡単だった。今回の件は彼の指示ではなくヴィクトリカの指示だったからだ。
(自分の父親より騒ぎを起こしたヴィクトリカの方の指示に従うとは……さすがアリス先輩、アンデッドが最優先なのね~)
「じゃあ、アリス先輩が使ったあの水晶玉はどこで?」
「ヴィクトリカ様からいただいたものです。あの方の城には大きな宝物庫があってそういったアイテムやその材料といった類が大量に保管されているそうですよ」
私の質問に下から答えてくるアリス先輩。自分でやっておいてなんだが、この蓑虫ぶら下げの刑を受けて平然としているアリス先輩の精神の強さは見習いたいものだ。
「ヴィクトリカは収集家なのですか? もしかして魔工技師とか?」
「いえ、アイテムに関してほとんど興味ありませんでしたし、詳しい知識もありませんでしたのでそうではないと思います。場所を提供しているだけだっと紙切れを眺めながら言っておられましたしね」
アリス先輩の返答に「ん?」と何か引っかかりを感じた私は、なんだっけと思考を巡らせる。
『メアリィ! 領都が見えてきたわ』
思考の海を漂う私の頭の中にスノーの声が響いてきて、私は考えるのをやめると前方を見つめた。
「あれがオルディル伯爵の領都。アリス先輩、ヴィクトリカの城はどっちですか?」
「あそこから北の方角、あちらに聳える山脈の奥にある峡谷です。一度しか行ったことがありませんが、あんな素敵で夢のような楽園の城、一度行っただけでも絶対に忘れられませんわ。ウフフフッ、またあの城へ行けますのね、ウフフフッ」
「…………」
下の方で興奮し変な笑い声を出すアリス先輩を私は見ることなくスルーすると、言われた山脈の方を凝視した。
「待っててくださいね、レイン様。必ずお助けします」
「お嬢様が何だか捕らわれのお姫様を救いに行く騎士様みたいで、まるでお伽噺のようですね」
(……どっちも女の子だからよくあるお姫様と騎士の恋愛話とは違うような、あ、でもあっちは中身男なんだから成立するのかしら? いやいや、だったら立場が逆だよね。いや、それ以前にこれはそういった類に入るものなのかしら……別枠のような気がする)
気合いを入れる私の後ろでテュッテが言った何気ない言葉に私はこう、なんというのか、痒いところに手が届かないというか、モヤッとするというか、とにかく釈然としない気分になるのであった。
●
話は変わり、これは、メアリィがヴィクトリカの城を目指している時に起きていた別のお話、いわゆる一方その頃である。
魔法の効果がやっと切れて、レイフォースの目がうっすらと開かれていく。
「……ここは……」
屋敷で見た天井と違うことにすぐに気がついたレイフォースはまだ残る気だるさを無視して寝ていたベッドから体を起こすと、周りを確認するがそこは記憶にない部屋だった。
レイフォースは冷静になって自分の記憶を探ってみる。
「……確か、メアリィさんの様子を見に行こうとした時、窓から誰かに呼ばれて……」
あの場面を思いだすとすぐにレイフォースは自分が攫われたという結論に至った。
「迂闊でした。まさか女になった私を狙う者がいるなんて……」
自分の現状を知る者は少なく、ましてや話が国中に広がるにはまだ時間がかかると踏んでいたが、まさかこうも早く自分を狙ってくる者が現れるとは緊張感が足りなかったと反省するレイフォースであった。
しかし、記憶を辿り、攫った者が豪奢なドレスを着て眼帯をつけた女の子だったことを思いだし、間者がそんな派手な格好で現れるのかと些か疑問に思えてくる。しかも、彼女はレイフォースのことを「レイン」と呼んだことに違和感を感じていた。もしかすると、別の要因で自分は攫われたのではないのかと思えてきたがその要因がすぐには思いつかず彼は苦笑いを作る。
「……とにかく、これからどうすべきか……」
逃げるために行動すべきか、それとも……そう考えたとき、レイフォースの頭の中に白銀の女の子が浮かぶ。彼女なら自分の元に駆けつけてくれるだろうと思い、その考えを消すように首を横に振った。
「いえ、彼女に頼りっきりではいけませんね。自分でも動かなくては」
最悪、助けにきたメアリィの足を引っ張るような状態になるのだけは避けなくてはいけないとレイフォースは判断し、まずはここがどこなのかを把握する必要があると行動を開始する。
レイフォースはまず窓から外の様子を伺うと空は厚い雲に覆われ、光が射し込んでこず、周囲は霧がかっている風景が目に入ってきた。外部の作りが石造りであり雰囲気が自分がいた王城に似ているところから、ここが城内だとレイフォースは判断する。
「……ここは城? 遠くにうっすらと見えるのは山ばかりだし。ここは一体どこの城なのでしょうか」
その時、部屋の扉がノックされ、反射的に身構えてしまうレイフォース。
「……どうぞ」
いきなり入ってこないところを見ると作法の心得はあるようなので、レイフォースは注意しながら外の相手に対して入室を許可する。
「失礼します。麗しの姫」
扉を開け中に入ってきたのは一人の男だった。年は二十代と若く、その身なりから貴族であるとすぐに分かった。とはいえ、警戒を解くまでには至らず、レイフォースは彼との距離をとる。その行動が男からは怯えているように見えたのか、恭しく礼をすると笑顔を向けてきた。
なかなかの美青年による甘い微笑みだ。あの笑顔でどれだけのご令嬢を魅了してきたのかは知らないが、中身男であるレイフォースにはなんの効果ももたらさない。
「申し遅れました。私は『ジョン・オルディル』と申します。麗しの姫よ」
その自己紹介にレイフォースはドキリとする。まさか、探していた男にこんな所で出会うとは思いもしなかったからだ。
それと同時に警戒心が強まる。彼にはサークレットと手帳の件で聞きたいことがあると手紙を送っており、そのせいで自分を攫う可能性は……あるのだろうかと警戒しながらもレイフォースは彼の態度を見て考えが上手く纏まらないでいた。
送った手紙には確証がなかったため事件の詳細を記載するのを避けていた。なので、今の姿が王子から変身した姿だとはジョンには伝えていないし、表向きはあくまでメアリィの友人として同行していたに過ぎない。それに、ジョンは先ほどからレイフォースのことを「麗しの姫」と呼んでおり、女性扱いしているように思われる。
現状をまだ完全に把握していないレイフォースは今自分の正体を明かすのは早計だと判断し、令嬢の仮面を被ることにする。
この時ほどアマンダ先生の授業を受けていて良かったとレイフォースは心から思った。
「初めまして、オルディル様。私、レインと申します」
警戒し距離をとりながらもレイフォースは綺麗に淑女の礼をする。
「そんな、堅苦しい感じではなく私のことはジョンとお呼びください、姫」
「……あ、は、はい……ジ、ジョン様」
頭を上げて相手を見れば、いつの間にか距離を縮められ近くで笑顔をふりまくジョンにレイフォースは引いてしまう。
レイフォースはジョンの態度を見れば見るほど、彼が自分の正体に気づいていないのではないかと思えてくる。そうなると、今度はレイフォースのことを「姫」と呼ぶのが腑に落ちなくなってきた。
「あぁ、今日はなんて素敵な日なのでしょう。このような暗く淀んだ城に黄金に輝くあなたぐふぅぅぅっ」
「邪魔ですわよ」
ジョンがレイフォースから離れ、天を仰ぎ何かを熱く語っていると彼の後ろから誰かの横蹴りが炸裂して、ジョンは綺麗に吹っ飛んでいった。
レイフォースの視界からジョンが綺麗にはけていき、代わりに堂々とした態度の女の子が立っていた。
レイフォースは彼女のことを知っていた。あの眼帯を見れば一目瞭然であり、再びレイフォースに緊張が走る。
「全く……綺麗な女性だと見境なく言い寄っていって。これだから男は……」
眼帯の女は汚物を見るような目で床に突っ伏しピクピクしているジョンを見る。
「……いや、素敵なご令嬢に声をかけるのは男としぼへぇぇぇっ」
悪態をつく眼帯の女にもう復活したのか何事もなかったかのように上体を起こして抗議しようとするジョンに再び眼帯の女はその足で彼の頭を踏みつけた。
「誰がしゃべって良いと言いました? このウジ虫が」
後頭部をグリグリと踏みつけ冷ややかな目で見下ろす眼帯の女にレイフォースは冷や汗を垂らす。伯爵子息に対してこの仕打ちは令嬢として如何なものかと注意しようと思ったが、彼女の迫力に気圧されている自分に気がついたレイフォースは結局その場を見守ることしかできなかった。
「あぁあ、すみません。ヴィクトリカさぁまぁ~」
すると、女性に頭を踏みつけられているジョンから怒りか屈辱的な声が聞こえてくるかと思いきや、そんなことはなく、むしろ嬉しそうに聞こえるのはなぜだろうとレイフォースは首を傾げてしまった。
とはいえ、ジョンのおかげで眼帯の女がヴィクトリカという名前だと知ると、レイフォースは以前メアリィと一緒に聞いていたフィフィの伝言を思い出す。
「このウジ虫のせいで怖がらせてしまいましたわね、レイン『姫』。私はヴィクトリカと申しますわ」
伝言を思い出して警戒を強めていたレイフォースにヴィクトリカはその警戒が自分に対してではなくジョンに対してだと思い、レイフォースを気遣ってくる。その顔はジョンに対するあの冷ややかな表情とは打って変わって柔和であった。
「い、いいえ……」
あまりのギャップに呆気にとられ、レイフォースは返答に困ってしまったが、ジョン同様ヴィクトリカの言葉に引っかかるものがあったので聞かずにはいられなかった。
「あ、あの、私のことを姫っ」
「あぁ、誤魔化そうとしなくとも良いですわ。ブラッドレイン家の叡智が眠る私の頭脳を持ってすればすぐに分かることですから」
なぜ自分のことを姫と呼ぶのかそれを聞こうとして途中で止められ、分かったような口振りで言われてはレイフォースも返す言葉に困ってしまう。と同時に、ヴィクトリカが言った『ブラッドレイン家』という言葉に彼女が吸血鬼一族であることを理解した。
レイフォースも王族であるため、ブラッドレイン家のことは多少なりとも聞かされていたのだ。まさかとは思うが、王国との関係に亀裂を入れにきたのかと警戒する。
「あの女が大切そうに守っているあなたは、その隠しきれない品格からおそらくとある亡国の姫君でしょう。その正体を明かし、あの女の手を借りてこの地で何かをする目的があったのでしょうね。そこにオルディル家も関わっている……くっくっくっ、私に掛かればこの程度の事、容易に推測できますわ」
「…………」
自信たっぷりに言うヴィクトリカにレイフォースは再び呆気にとられてしまった。なぜそのような話に行き着くのか理解不能であったが、正直に話して良いものか彼女をよく知らないレイフォースは思い悩む。
ヴィクトリカもまた問いただそうなどとはこれっぽっちも考えておらず、レイフォースが無言であることを勝手に肯定と受け取り満足げに微笑んだ。
「……仮にそうだとして、なぜこのようなことを」
否定したいのは山々だったが、ヴィクトリカの目的を知ろうと思ってレイフォースはあえてその話に乗っかる。
「強引だったことは謝罪いたしますわ。しかし、私はあの女より優れていることを証明しなくてはいけませんの。あなたの件はまさに私にとって願ってもない機会でしたわ」
「え、え~とぉ、あの女とは?」
王国との亀裂ではなく誰かと競うような話になって混乱するばかりのレイフォースはとりあえずの疑問を聞いてみた。
「メアリィ・レガリヤに決まっておりますのっ! あんの女狐をこれでもかとこてんぱんに叩きのめさないと私の気が済みませんわっ!」
拳をギュッと握りしめ高らかに宣言するヴィクトリカにレイフォースはこちらへ向かっているだろうメアリィに助けに来て欲しいと思う自分とここに来てさらに話がややこしくなるのは避けたいなと思う自分がいることに気づくのであった。
コミックウォーカー様よりコミカライズ第11話が更新されました。ザッハとサフィナの対決です!素晴らしい、ハラショ~!そして、サフィナのワンコ姿、かわええ~。