レイン様が……
私は墓地と屋敷の間にある小さな森を駆け抜けると抱っこしていたテュッテを降ろし空を見上げる。
綺麗な星空の下、そこに浮かぶは綺麗なドレスに身を包んだ私と同じくらいの女の子。
綺麗で長い黒髪を夜風にたなびかせるとその後ろ髪の背中側、所謂インナーカラーがプラチナブロンド色に染まっていることに気づく。前髪は綺麗に切りそろえられ、その何本かにもプラチナブロンドが交ざっていた。
その下に見える肌はオルバス同様真っ白だったが、彼と違ったのはその瞳。彼女の瞳は人と同様に眼球が白く綺麗な青色の瞳をしていたのだ。
しかし、その瞳もある意味違和感があった。よく見ると片目にはかなり凝ったデザインの刺繍が施された眼帯が掛けられていたのだ。そのせいでか全身から漂う雰囲気が私には何となく中二病を患った女の子に見えてしまって、その美しさに対し素直に見惚れることができないでいた。
私は深く考えないようにして彼女が誰かをお姫様抱っこしているのに気がつき戦慄する。
「レイン様ぁぁぁっ!」
そう、眠らされているのか瞳を閉じ、眼帯女に大人しく抱えられているのはレイン様その人だった。
「な、なんですって……こうも早く戻ってくるなんて聞いてませんわよ……二人は何を」
私の声に反応してこちらを見た眼帯女がギョッとするとブツブツと呟く声が聞こえてくる。だが、その狼狽っぷりもすぐになくなり、私の方を見て不敵に笑い出す眼帯女。
「くっくっくっ、まぁ良いですわ。この邂逅は世界が定めし逃れられぬ運命なのですから。そう、あなたと私(わたくし)の血で血を争う闇の舞台は今開幕したのです。何も驚くことはありませんわ、これは定めなのですからっ!」
「えぇ~とぉ」
何だかもの凄くめんどっ、もとい、仰々しい物言いの眼帯女に私はどう答えて良いのか分からず言葉に詰まる。
「オルバス達が陽動だったと気がついてどうやったかは知りませんが早々に戻ってきたということですわね。さすがは天が定めし我が宿敵、白銀の聖女ですわ。相手にとって不足ありません」
(はい、あらぬ誤解を拗らせた人がまた一人増えました。もう、私は何も答えません。何か言っても誤解されるだけだし)
「…………」
どう答えても変わらない運命に抗う最終手段として私は黙秘権を行使し、ただ彼女を見返すだけにする。
「くっくっくっ、黙りですの。さすがは策士、私の話術に翻弄されて余計な情報を与えないということですわね。良いですわ、その強固たる壁を突破し打ち砕くことこそ私の喜びっ!」
そして、また一人、変に勘違いして話を進める人が増えましたとさ。
(ねぇ、神様。この世界は勘違いをする人だけで構成されているのですか?)
私は地面に両手両膝をつけて項垂れたい気持ちでいっぱいだったがそこを堪えて、とりあえず眼帯女を見上げる。項垂れている場合じゃないことは彼女の腕の中で眠るお姫様を見れば一目瞭然だった。眼帯女がオルバス同様魔族側の人間なら下手をすると国家間の問題に発展しかねない。
「何者よっ、あなたはっ!」
「あら? 気付いていると思ってましたが……あぁ、私に自己紹介の機会を与えてくださったのですね。くっくっくっ、随分と余裕ですわね。ですが、良いでしょう。ならば刮目して聞くが良い、白銀の聖女」
(ぐおぉぉぉっ、その呼び名はやめてっ、恥ずかしいぃぃぃっ!)
私の心情など露知らず、眼帯女はクスクスと笑いながら姿勢を正すとレイン様を抱えながらも堂々とした感じで立つ。
「私の名はヴィクトリカ、最古にして最強の吸血鬼。ブラッドレイン家が当主『ヴィクトリカ・ブラッドレイン』ですわっ!」
私を見下ろし、声高らかに名乗るヴィクトリカ。だが、片目眼帯の女の子というのが私的にどうしても中二病を彷彿させられてしまう。
(だめね~、私。アニメに毒され過ぎてどうしてもそういう目で彼女を見てしまうわ。それにしても、ヴィクトリカ……はて、どこかで聞いたことがあったわね。どっかのアニメに出てくる中二病キャラの名前だったかしら?)
せっかく名乗ってくれたのに気が動転していた私は首を傾げて記憶を探りだす。そうして、私は自分で振ったくせに名乗った相手に対して反応なしという失礼な態度をとるのであった。
「…………」
「ぐぬぬぬ、名乗らせておいて放置ですってぇぇぇ」
私が反応なしになっていると、ヴィクトリカがギリギリと歯噛みしだす。
「あ、ヴィクトリカってエリザベス様の伝言だわ」
「ぐぬぬぬ、エリザベス様からの伝言ですってぇぇぇ」
私の言葉を聞いたヴィクトリカがなぜかギリギリとさらに歯噛みしだした。そんな彼女を私は一応見聞きしているが意識は別のところにあるのですぐには反応せず、代わりにポンッと手を打ち疑問に思ったことが解決してホッとしていた。
なるほど『ヴィクトリカに注意せよ』とは彼女に注意せよということだったのだ。謎が解けて良かった良かった。
(いや、良くないでしょ、この状況)
「はっ、これもあなたの策ですのねっ! きぃ~、一度ならず二度までもこの私に屈辱を味合わせるなんて許せませんわっ!」
「あ、ごめんなさい。考えごとしちゃってたわ。んっ、一度ならず? 私、あなたとは今日初めて会ったんだけど」
地面があったら地団駄を踏みそうな雰囲気のヴィクトリカにようやく意識を向け、慌てて謝る私は彼女の台詞を思い起こして疑問に思ったことを口にした。
「くっくっくっ、私を怒らせ冷静さを失わせようという魂胆でしょうけど、そうはいきませんわ。私を見くびらないでもらえます、白銀の聖女。私は最古にして最強の吸血鬼ヴィクトリカ・ブラッドレインなのですからっ!」
ギリギリと歯噛みして怒っていたかと思ったら勝ち誇った顔で偉そうに胸を張るヴィクトリカ。そんな彼女を見ていて私はある重大なことに気がつくのであった。
「あの~、ちょっと良いかしら?」
「良くないですわ。今度は話術によって私を陥れようというのでしょ。あなたの小賢しい考えなど、私の中に眠るブラッドレイン家の長年の叡智をもってすれば全てお見通しですのっ」
「眠ってちゃダメでしょ、起こそうよ」
私の言葉を遮り、してやったりな顔で堂々と見下ろすヴィクトリカ。私は呆れ半分でその姿を見上げ、ボソリとツッコミを入れると言い辛いが彼女に重大なことを伝えることにする。
「えっと、レイン様をお姫様抱っこしていて下がよく見えてないと思うんだけど……今のあなた、下にいる私達からは風になびいてスカート全開なんだけど、ほんとに良いの?」
「きゃぁぁぁっ! 良くないですわよぉぉぉっ! って、あわわわ、落ちますのっ」
私の言葉を聞いて顔を赤くし、慌てて風になびくスカートを押さえるヴィクトリカは抱いていたレイン様を落としそうになって慌てて彼女を抱き抱え直した。ちなみにスカートの中は黒のレースだった。可愛い顔してセクシー系とは恐れ入る。
「うわっ、危ないでしょうが! 落としたら大変よ。ほら、降りてきなさい。私がレイン様を受け取るから。話なら下で聞くわよ、その方があなたもスカート全開にならなくて良いでしょ?」
「あ、うん。そうですわね、ありがとうございまっ……って、騙されないですわよっ!」
私が言うとヴィクトリカは恐縮そうにうんうんと頷きながら下へ降りようとして、はたと気がついたように再び空中へと舞い上がる。
(うん、何だろう。悪い人には見えないんだけどなぁ~。私、彼女に恨まれるようなことしたかしら?)
思い起こしてみるが、こんな面白い、もとい、可愛い子にあった記憶など私にはなかった。さらに吸血鬼となればそのインパクトに忘れると言うことはないだろう。私が記憶している中で吸血鬼に会うのは今回が初めてのはずだが、はてさて謎は深まるばかりである。
「くっくっくっ、と~にかく、あなたが大事そうに守っているこの黄金の姫は私がいただきましたわ。私にしてやられた無力な自分に打ちひしがれ、おのが心の闇に抱かれてむせび泣くが良いですわ」
私が迂闊にも物思いに耽ってしまうとヴィクトリカは高笑いとともに森にいた大量の蝙蝠達を呼び寄せる。それが壁となって私達を遮った。
「あ、こら、待ちなさい」
『メアリィ、後ろっ! 面倒なのが来たわ』
私がヴィクトリカを止めようと前に出ると、後ろからスノーに呼び止められて反射的に振り返ってしまう。
私の視線の先に、森の向こう側からこちらに向かって走ってくる数体のゾンビドッグが見えた。
「うわぁ、アリス先輩。あれだけのダメージ受けてもう復活したの? どんどんタフになってない?」
ちなみにそのアリス先輩はというとゾンビドッグ達の遙か後ろで「あぁん、待ってぇぇぇ。もっと私とハグハグしましょ~♪」とキラキラ効果増し増しで恍惚な表情をしながらゾンビドッグ達を追いかけていた。
(もしかしてあのゾンビ達、アリス先輩から逃げてる?)
ゾンビドッグの本能が「あの女はやばい」と感じ取ったのかその走る様にはどことなく必死さを感じる。
「くっくっくっ、良いタイミングですわ。楽しくゾンビと遊んでなさい、白銀の聖女。では、ごきげんよう」
ゾンビドッグの方を見ていた私の後ろでヴィクトリカの声が遠ざかっていく。
「あっ、こらぁっ、レイン様を置いていきなさい! あなた、誰を攫おうとしているか分かってるのぉぉぉっ!」
振り返った私の視界には大量の蝙蝠が飛び交い、散り散りになって去っていくとヴィクトリカとレイン様の姿はどこにも見当たらなかった。
(まずいまずいまずい、これは非常にまずい。どうするどうするどうする、どうすれば良いの?)
『メアリィ、ゾンビ達が来るわよ』
スノーの言葉が頭に響くが今の私は完全に焦っていて頭の中がパニック状態であった。いつもならマギルカが次なる行動をすぐさま判断するのに、今彼女はここにいない。どうすれば良いのか上手く考えがまとまらない私はとりあえず目先のモノを片づけていくことにし、再びゾンビドッグ達の方を見て魔法を唱える。今の私はアニメとかならきっと瞳がグルグルと渦を巻いていることだろう。
「す、すすす、全てを灰にしてあげる、ヴァーミリオぶっ!」
『待て待て待てぇぇぇいっ! ここ一帯を火の海にするつもりかぁぁぁ!』
私がパニックのあまり五階級魔法を唱えようとしていたのを唯一気がついたスノーが私の顔面にボフッと肉球アタックを喰らわせてきて魔法を唱えるのを止めてくれた。私は危うく頭の中パニック状態によるここ一帯大惨事を回避することができたのであった。
コミックウォーカー様よりコミカライズ第10話が更新されました。武術大会がスタートです。果たしてメアリィは並み居る強豪たちに勝てるのだろうかっ!(すっとぼけ)