運命は変わらなかったです
「もぉ、あなたがモタモタしているからアリス先輩見失っちゃったじゃないのよっ」
私は前でクンカクンカと地面の匂いを嗅いでいるスノーへ文句をたれる。
『だからこうして探してるんじゃないのよ~。って、近いわね』
地面から頭を起こして先の方を見るスノーに釣られて私もそちらを見ると、やはりと言って良いのか、目的地は例の墓地だった。
アリス先輩が戻ってくるのを屋敷で待っていれば良いという選択肢もあったが、あの先輩のことだ。碌なことしてないと思うので私達は確認と、もし妙なことをしていたなら阻止するため彼女の元へと向かっている。
それから程なくして、私達は霧掛かった薄気味悪い共同墓地もどきにたどり着いた。
「うわぁ~、ゾンビ映画に出てくる墓地にびっくりするぐらいそっくりだわぁ~」
私の知る映画の中の舞台とほとんど同じなその墓地が却って私から恐怖というモノを削ぎ落としていく。そして、私は墓地の中心を見てお目当ての人物を見つけだした。
「いた、アリス先輩だわ」
背中を向けている為か何かに集中しているせいか、アリス先輩は私達が来たことにまだ気付いていないみたいだ。黙々と、いや、薄気味悪い笑い声を出しながら彼女は何かをしている。
「ウフフフッ! ついに、ついに、私の成果が試されるとき! あの方に頂いたこのアイテムを使えば、この墓地に眠るゾンビ達が永き眠りから目覚めるわっ! あぁぁ、ゾンビハーレムよぉぉぉっ!」
(はい、アウトォォォッ! この墓地レプリカじゃなくてモノホンだったのね)
「ゆけ、スノー。アリス先輩に体当たりよっ!」
『ラジャ~ッ! って、大丈夫なの、そんなことして』
恍惚な笑みを浮かべて天高く水晶玉を掲げるアリス先輩のとち狂った発言に私はビーストテイマーみたいに格好良くスノーへと指示を出す。
あまりの自然な流れにスノーもノって駆け出すが、途中で素に戻って止まるとこっちを見てきた。
「大丈夫よ! あのへんっ……先輩はその位しないと止まらないからっ」
『……どんな先輩よ。まぁ、それじゃあ、ちょっと行ってくるわね~』
「アハハハッ! いよいよよ、いよいよ夢のおぶぅぅぅっ!」
私が失礼なことを言い切るとスノーは私を信じて高笑いをしているアリス先輩に向かってドォォォンと頭からタックルを決めるのであった。
綺麗に弧を描いて飛んでいくアリス先輩。
(まったく、あの先輩は相変わらず何をしてくれてるのかしらね)
地面に突っ伏ししばらくピクピクしているアリス先輩にため息吐きつつ近づいていく私。
「こんな夜中に何をしているのですか、アリス先輩」
『いやいやいや、結構飛んだからすぐには答えられないって』
私があまりに自然に話しかけるものだからスノーが心配して私と先輩の間に割って入ってくる。
「メ、メアリィ様! そ、そんな、なぜっ!」
『うっそでしょっ、マジでぇぇぇっ!』
自慢の銀縁眼鏡にヒビを入れ、何事もなかったかのように起きあがるアリス先輩に驚くスノーであった。
「……そんな……こんなことにならないように見張りを立ててもらい、確認までしたのになぜ? まさか、見張りに気付いて……いつから……まさかあの川辺から」
私を見て驚いているアリス先輩は一人で何かブツブツ言っている。
「そうか、だから到着早々部屋で寝たふりを。動き回ると私が上手く見張れなくて警戒を解かないと……でも、一カ所に留まれば見張りも簡単だと思って私が油断し……フフフッ、私はまたまんまと引きずり出されてしまったわけですね、メアリィ様っ!」
ヒビの入った眼鏡をかけ直して私に何かよく分からないことを言ってくるアリス先輩。
(う~ん、何だろうこのパターン。レリレックス王国でもやったような気がするわ。あの時は素直に否定したのに結局演技とか言われて妙な誤解が発生したのよね~。今回も同じ運命をたどりそうな気がするわ)
何だか一人納得したかのような顔のアリス先輩に私はどう答えていいのか困って押し黙る。
(いや、待って。じゃあ、今度は逆にこれでもかと肯定したらどうだろう。却って胡散臭くなって妙な誤解が発生しないかも。うん、きっとそうよ。神様、私は運命を変えてみせるわ)
そう思ったら即実行。私は不敵な笑みを作るとアリス先輩を余裕ぶって眺めるのであった。
「フフフッ、その通りよっ!」
「「『…………』」」
私の堂々たる振る舞いに周囲が沈黙し、静寂が訪れる。
「……さすがメアリィ様。あなたを出し抜くことはできないのですね。恐ろしい方ですわ」
(神様ぁぁぁっ! 運命は変えられませんでしたぁぁぁっ!)
恐れ慄くアリス先輩をバッチリドヤ顔で見続ける私の内心はやってしまったと後悔の念でいっぱいであった。
(冷静に考えたら肯定したらそれは肯定だよね。なぜそれに気が付かなかったの数分前のドヤ顔の私。まぁ、若さ故の過ちということで、なかったことにはできないかしら)
無理を承知で私は周りを見てみると、アリス先輩は私の発言を鵜呑みにし驚愕している。あぁ、もう手遅れだ。スノーは表情が分からないので判断に困るけど、リリィを抱っこしているテュッテですら「そうなんだぁ」と感心した顔をしている辺り、スノーもそうなんだろうなと思って私は諦めて話を進めることにした。
「とぉ~にかく、誰の差し金ですか。オルディル伯爵様ですか、それともあなたのお兄様ですか。ゾンビなんか出してレイン様に危害を加えるなど言語道断ですよっ」
「え、は? お父様、お兄様? え、なぜゾンビを出したらいけないのです?」
私の質問にまさかのぶっ飛んだ質問で返してくるアリス先輩。その素振りを見る限りオルディル伯爵とは関係がないように思える。
「ゾンビなんか町に出てきたらっ」
「この上ない喜びですわ」
「…………」
私の言葉に被せて全く共感できないことを言ってきたので、私は半眼になるとキラキラと瞳を輝かせ夢見る乙女のようなアリス先輩を無言で眺めてしまった。
『メアリィ……あの子って……』
「言わないで、頭痛くなるから」
スノーが私達の会話を聞いていてドン引きしたのか後ずさっていく。
(神獣を後退させるなんてさすがね、アリス先輩)
「私は只メアリィ様達をお迎えし、盛大におもてなしするよう言われただけです。何も悪いことはしておりませんわ」
「そこまで言うなら、なんでこっそり隠れてやろうとしたんですか、私を警戒してまでっ。後ろめたいことをしようと思っていたからでしょ」
「違います。それは……サプライズだからですわっ」
てへっと首を傾げて舌を出すアリス先輩。
「ゆけっ、スノー! 体当たりよ!」
『了解!』
そして、はた迷惑なアリス先輩はスノーの体当たりをくらって再び空を飛ぶのであった。
「まったく……はた迷惑な善意の押し売りってやつかしらね。まぁ、とりあえず未然に防げて良かったわ」
私は呆れながら地面に突っ伏しピクピクしている残念な先輩を眺めていた。
「やれやれ、こうもあっさり終わってしまうと彼女をけしかけたこちらは困るのですが……」
その時、どこからか聞き慣れない男の声が聞こえてきて、私は緊張し周りを見渡して驚く。なんと、墓地を囲む小さな森の木々に蝙蝠がかなりの数止まっていたのだ。しかも、川辺で見たのと雰囲気が同じだと気が付いた私の緊張はさらに高まった。
「蝙蝠がこんなに……」
『メアリィ、上よっ!』
周囲を警戒する私はスノーの言葉にハッとなって空を見上げる。
夜空に浮かぶ綺麗な満月。それを背に一人の男が空中に立っていた。
真っ黒な長い髪を後ろで綺麗に束ね、それに合わせるかのような漆黒の執事服。そこから見える顔立ちは怖いくらいに整っており、そして、肌が異常なまでに白かった。年齢は二十代後半を思わせるがどうも嘘くさく思えてくる。
なぜなら私は彼が人間じゃないとすぐに気が付いたからだ。その原因が瞳だ。彼の眼球は白ではなく黒、そしてその瞳は光り輝くルビーのように赤く光っていた。人の目じゃないのは一目瞭然だ。
(魔族? でもエミリア達みたいな角がない。それに、私はあのビジュアルでああいった登場の仕方をするモンスターを前世のアニメとかで観た気がする。えっと、確か……)
「……ヴァンパイア」
私が漏らした呟きに男は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに元の表情に戻ると恭しくお辞儀をする。
「これはこれは。先程の会話を聞いておりましたが、それを含めてさすがはメアリィ様。一目で私の正体を看破するとは、いやはや話以上に恐ろしい方ですね」
(やめてぇぇぇっ! この人も何か勘違いしてるぅぅぅっ! 私は確証を持って言ったわけじゃないのよぉぉぉっ!)
警戒しながらも内心では悶絶する私を余所に、男は優雅に地上へと舞い降りた。
「申し遅れました。私『ブラッドレイン』家に仕える執事で名を『オルバス』と申します。といってもあなた様ならすでにご承知なのでしょうけど。メアリィ様、いえ、白銀の聖女とお呼びした方が宜しいでしょうか」
再び恭しくお辞儀する執事のオルバスとやらが私の黒歴史に触れてきて内心の悶絶度合いが高まっていった。
「な、何のことかしら?」
「フフッ、今更おとぼけになるとは人が悪いお方ですね」
私の返答に意味深な笑みを見せるオルバス。おそらく、私の言葉を真に受けてはいないのだろう。
(ぐおぉぉぉっ、どう返しても運命は変わらない。勘違いだから、みんな勘違いだからねぇぇぇっ! お願いだから勝手に私を持ち上げないでよぉぉぉっ)
私が内心悶絶を続けていると、オルバスは涼しい顔で一礼し、気取ったように戦闘態勢の構えをとる。さすがの私もそんな行動を見せられては素に戻ってしまう。
「さて、もうちょっとだけ私と遊んでいただけませんでしょうか、白銀の聖女様。ここは貴族らしく正々どぅっ」
「だが、断るっ! ターン・アンデッドォッ!」
イケメン執事が格好良く決め台詞を言い終わる前に私は問答無用で神聖魔法を発動させた。
「え? そんな早く魔ほっぐわぁぁぁっ!」
私の行動にオルバスは間抜けな声を出したかと思うと足下から吹き上がる光に包まれ絶叫した。
だが、光が消えるとオルバスは浄化されずに膝をついてぜ~は~ぜ~は~と荒い呼吸をしているだけに留まっていた。さすがは吸血鬼、アンデッドの中で最強種と言われるだけのことはある。
「はぁ、はぁ、フフフッ、いきなり神聖魔法とは……さすがは白銀のせいっ」
「ターン・アンデッドォッ!」
「え、連ぞっうぎゃぁぁぁっ!」
私が聞きたくない言葉を言おうとしたオルバスに私は連続で神聖魔法をぶちかます。せっかくのイケメンが台無しになるくらいオルバスの悲鳴が静かな墓地に木霊した。そして、光が消えると先程同様荒い息をして膝をついているオルバスがそこにいる。
「はぁ、はぁ、そんな低階級魔法では私を倒せませんよ、白銀のっ」
「ターン・アンデッドォッ!」
「あなたは底なしかぁぎゃぁぁぁっ!」
再び光に包まれるオルバス。倒せないでもダメージになっているのは彼の絶叫ぶりで分かっていた私は容赦なく神聖魔法を使用していった。
「はぁ、はぁ、人の身でここまで連発できるとは、さすがは白ぎっ」
「ターン・アンデッドォッ!」
「うそでぇぎゃぁぁぁっ!」
もう何度目かの光に包まれ、オルバスの悲鳴もか細くなっていく。結構な蓄積ダメージになっていることだろう。
『……あの、メアリィ。もうやめたげて。見てて可哀想になってきたわ』
私の一方的な攻撃にスノーが味方でもないのに彼を庇ってきた。そこで私は黒歴史を連呼されて恥ずかしさのあまり咄嗟に口封じしていた節があることに気がつき、やりすぎたかなと反省する。
一度周囲を確認すると、未だ吹っ飛ばされてピクピクしているアリス先輩。そして、両手両膝を地面につき満身創痍感を醸し出すオルバスの姿が確認できた。
「よし、ここはスノーに任せたわっ! 私はレイン様に報告してくるぅぅぅっ!」
そう言って私は回れ右すると、この場をスノーに丸投げし走りだす。
『え、ちょ、こら待てぇぇぇっ!』
私は事の成り行きを見守って離れていたテュッテと彼女に抱き抱えられているリリィの元まで走り有無も言わさずお姫様抱っこして、この場を走り去る。二人が復活して面倒くさいことになる前に逃げっ、もとい、救援を求める為なのだ。これは致し方ないことなのである。
『待てって言ってるでしょうがぁぁぁっ!』
「こら、スノー! あなたまでついて来ちゃダメでしょっ! 二人を見張ってないとぉっ」
『面倒事を私に押しつけようたってそうはいかないわよぉっ!』
私の後ろを追いかけてくるスノーを横目で確認しながら私が抗議すると、スノーは私の心情を見透かしたかのように言い返してきた。
(チッ、こういう時だけ勘が良いんだからっ)
心の中でそっと舌打ちする最低な私。
「お嬢様、前を! お屋敷の方が騒がしいです」
私にお姫様抱っこされていたテュッテが前方を見て言ってくる。私達の騒ぎを聞きつけ屋敷内の人が出てきたのかと思ったが、どうも違うみたいだ。皆、私の方を見ておらず空を見ていた。
(なんだろう、この胸騒ぎは……)
私はザワザワする心を抑えて騒ぎの中心へと走っていくのであった。




