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どうやら私の身体は完全無敵のようですね  作者: ちゃつふさ
第2章 学園編 三年目
142/288

馬車の旅でございます

 ちょっぴり不安を抱えながらも私とレイン様の片道一泊二日の馬車の旅がやってきた。

 一旦、学園に集まりお留守番組と情報確認を済ませてから出発する。私としては王国内の移動のため、それほど物々しい警護もなくのんびりした感じの旅にしたい。なので、伯爵には私、レガリヤ公爵令嬢とご友人のレイン様がそちらに伺うと伝えてある。事情を知らないとまさか王族が、しかも王子が王女になって来るなんて思わないだろう。王族として目立った行動は避けたいし、移動中の危険を減らしたいというのが正直な気持ちであった。決して、面倒事に巻き込まれたくないという私のわがままではない。うん、たぶん。

 もちろん、周りの人や物も王族ですよ~とアピールするような要素は無くしている。

 そして、私が内心緊張の中出発して一時間が経過した頃、そのような緊張を解きほぐすかのようにポカポカの陽光が馬車の窓から差し込んで、私は思わず微睡んでしまいそうになっていた。

 私とテュッテが二人仲良く並んで座っている席の向かいには、その陽光に照らされ金糸の髪を光らせながら微笑むレイン様が、その膝の上にリリィを乗せて優しく背を撫でている。リリィも気持ちが良いのか目を閉じ、されるがままだった。

(黄金の姫と神獣の戯れ。うわぁぁぁ、絵になるわぁぁぁ)

 その光景があまりにもハマりすぎて、現在私は呆然と見惚れていた。

『あ~も~、なぁ~んで私までついて行かなきゃいけないのよぉ~』

 感動している私に水を差すようにぶちぶち文句を言うスノーの声が聞こえてくる。よく見ると、馬車の窓に器用にも顔を寄せてこちらを見ながら併走している彼女がいた。

 レイン様とテュッテがその光景にギョッとしている中、私は窓を開けてスノーを見る。

「良いじゃないのよ、どうせ暇でしょ、あなた?」

『暇とか言うな、失礼しちゃうわねぇ~』

「まぁまぁ、ここはレイン様の護衛をすることで、事件の発端者的立ち位置から脱却しましょうよ」

 私は窓に体を寄せ、近くにいるスノーにだけ聞こえるように囁いた。

『……なるほど。そういう考えもありかもね』

 納得したのかスノーが窓から離れていく。正直な話、神獣である彼女にどうたらこうたらと文句を言う人なんていないと思うのだが、変なところで小心者の彼女なのでとても助かる。

 私としてはぶっちゃけ何か起こったらスノーに丸投げしようと小賢しいことも考えていたりするわけだが。

(いや、私だっていざって時は働くわよ。でもね~、私の力の隠れ蓑的な存在が欲しいのよ。その点でスノーは打ってつけなのよね。何かどでかいことやらかしたって神獣様がやったのよで全て隠し通せるっ!)

 私は完璧な自分の計画に内心ほくそ笑みながら窓を閉めると何事もなかったかのように澄まし顔で座り直した。

「何を話していたのです?」

「ふぇ? あ、その……の、のどかねぇ~とたわいない話をしていました」

 興味があったのかリリィを撫でながらレイン様が聞いてきて、私は一瞬焦り変な声を出すと、返答に戸惑い、月並みな内容で誤魔化す。

「……メアリィ様。そろそろ休憩に入りますがよろしいですか?」

 とその時、馬車の扉を軽くノックされ、向こうから護衛でついてきた騎士の声が聞こえてくる。一応王族であるレイン様は目立たないようにするため、護衛はレガリヤ公爵側が主に務めていた。

(まぁ、こういった場合アニメとか小説とかだと王国の影の組織が変装とかしてこっそり護衛しているパターンってあるよね。う~ん、影の組織、何かかっこいい)

 などと今は関係ないことを考えながら、私は一応レイン様を見て返答を保留すると、彼女は私の意を理解したのか何も言わず頷いたので返事をした。すると、程なくして馬車が停車する。

(休憩タ~イム。あぁ、長時間の馬車は体が凝ってしょうがないわね)

 テュッテが先に降り、準備を済ませると私、レイン様の順で馬車を降りていく。

 そこは開けた場所の川辺付近だった。

 のどかな風景を象徴するように川の流れもとても穏やかで、水面が光に反射しキラキラして眩しい。水深も深くなさそうである。

 私はう~んと背筋を伸ばし、体をほぐした。実のところ体はそんなに凝っているわけではないのだが、閉鎖された空間から解放されるとどうにも無意識に行ってしまう。

 と、立っていた私の足下をすり抜けるように小さなフワフワ物体が駆けていくのを感じた。

「あ、リリィ様」

 後ろでテュッテがすり抜けた主に声をかける。空を見上げていた私も前方を見ると、リリィが小川に向かって駆けているのが見えた。

「リリィ様も馬車の中は退屈だったのでしょうね」

「ははは……そうですね」

 私の横に静かに並ぶその立ち姿がとても美しく、アマンダ先生がいないというのに男の素振りがほとんどないレイン様を横目で見て、私は乾いた笑いしか出てこなかった。

(授業から抜け出せてほんと良かったわ~、これ以上授業を受けていたらレイン様、完全体になってたわよ、たぶん)

「ん~、はぁ~……私も少し肩の力を抜いてリラックスしましょう」

 何を思ったのかレイン様は急にのび~と体を伸ばし息を大きく吐くと、リリィが向かった川辺へと歩いていく。その動きはどことなく王子に戻っていた。

「ちょっ、レイン様っ!」

 レイン様を目で追っていた私は彼女の次なる行動でギョッとする。

 彼女は突然靴と靴下を脱ぐと裸足になり、スカートの裾が濡れないように持ち上げて川辺に入っていったのだ。

 水深が浅いので入っても足首よりちょっと上くらいまでしか水に浸かっていない。

「冷たっ! フフッ、リリィ様も戯れますか?」

 冷たそうだが嬉しそうに下を見るレイン様。その足下にはこれまた楽しそうに水に入り彼女の足下でバシャバシャするリリィがいた。

(黄金の姫と神獣の戯れパート2! 何だか楽しそうだわ~)

 私はそのある種神秘的な光景にフラフラと誘われるように川辺に近づく。

「お嬢様っ!」

 すると、慌てたように後ろからテュッテが私の腕を掴んで止めてきた。

「あ、ごめん。靴とか脱がないとね」

「いえ、お嬢様があの戯れに交じると、せっかくの絵になる光景が台無しになるかもしれません」

 私がアハハと苦笑しながら靴と靴下を脱いでいると、真顔でこのメイドは意味不明なことを言ってきた。

「ど・う・い・う・意味かしらぁぁあ?」

「あうっ、だって、あうっ、なにかやらかし、あうっ、そうだからぁ」

 私はこめかみに青筋たてて、それでも笑顔のまま人差し指でテュッテのおでこをツンツンと軽く小突く。その度に、テュッテは変な声を出して弁明しながら後ろに少し頭を反らせては元の位置に戻ってくるを繰り返していた。

 そこまで言われては公爵令嬢メアリィ・レガリヤの名が廃るというものだ。やってやろうではないか。私が交ざっても何事もないことを証明してやろうと、私は意気揚々と脱いだ靴と靴下を涙目でおでこをさすっているテュッテに有無を言わさず渡して、戯れに向かうのであった。

「レイン様、リリィ。奥に行くと急に深くなって危ないかもしれませんよ。後、泥濘に足を取られないように気をつへぇっ!」

 私はレイン様達に近づき水の中に入ると、注意するように言いながら歩き、そして、ズルッと泥濘に足を滑らせた。

(こ、これが、言い出しっぺの法則かぁぁぁ)

 何の根拠もない法則を頭の中に思い浮かべながら、私はスローモーションで後ろに倒れていく。

 戯れに交じって物の数秒でやらかしてしまった私は、諦めた顔でその結末を甘んじて受けることにした。きっと、後ろで見ているテュッテは「あぁ、さすがお嬢様。期待を裏切りませんね」的なことを考えているに違いない。

(不甲斐ない公爵令嬢でごめんねぇぇぇ!)

「危ないっ!」

 倒れていく私の体がそんな声と共に支えられて倒れるのが止まった。そして、私の目の前に逆光に照らされた金糸の髪から覗く蒼い瞳が見えた。

 その凛とした表情は同性の私ですらドキッとしてしまうほど美しく、気高いように思えてしまう。

 私はレイン様に支えられて、その顔が間近な状態だったのだ。

「大丈夫かい?」

「ひゃい……」

 本人も慌てているのかレイン様の口調が今だけ元に戻っている。それが何だか女性ながらに格好良さを含ませるというかなんというか、とにかく私のドキドキを高めていった。

(って、同性に何ドキドキしてるのよぉぉぉ! あ、いや同性じゃなくて異性なのかしら? でも、今は女の子だし。でもでも、中身は男なんだからドキドキするのは正常なのかしら。あぁぁぁ、分かんないぃぃぃ! 教えて、神様ぁぁぁっ)

 結構間近な顔に私の顔は紅潮し、頭の中はパニックになってアワアワと口が動いて何も言えない状態が数十秒続いた。

「フフッ、こうしてあなたを支えるのは神託の儀以来ですね」

 凛としていたレイン様の顔が柔和に微笑む。

「お、おてしゅうをおかけ、ふえ?」

 レイン様が頭を上げ、私の視界から顔が端に寄ったと思ったら、代わりに何かが私の顔に向かってダイブしてきた。

「リッ、ぶほぉ」

 その物体が何かを悟って戦慄する私の顔面にかまってちゃんのリリィはフカフカのお腹からダイブしてくる。

 そして、バランスを崩した私とレイン様、リリィが三人仲良く水飛沫をあげて川の中へと倒れたのは言うまでもなかった。

「……さすがお嬢様。想像以上の大惨事ですね」

 いつの間に準備していたのか、テュッテがタオルや着替えを持ちながらこっちを見ている。

「わ、私のせいじゃないわよ。リリィがダイブしてきたから」

 今なお小川の中で座り込んでしまっている私はズブ濡れのままテュッテの方を見て抗議した。

 リリィはそんな私にむんずと掴み上げられると、不思議そうにこちらを見つめてくる。その純真なキラキラの瞳を見ると怒る気が失せてくるというものだ。

「フフッ、皆ズブ濡れになってしまいましたね。乾かさないと」

 水も滴る良い男、もとい、良い女。そんなレイン様がクスクスと笑いながら立ち上がると、私に手を差し出してくる。

「さぁ、メアリィさん」

「え、あ」

 先程のドキドキを意識してしまってちょっと恥ずかしくなり、手を出すのに気後れする私。

「また足を滑らされてこれ以上ズブ濡れになるのはいやですよ、フフッ」

 茶化すように微笑むレイン様がそう言うと私の顔が恥ずかしさのあまり茹で蛸のように紅潮してしまった。そして私は観念すると、彼女に顔を見られないように俯いてその手を握るのであった。

「!!」

 立ち上がった瞬間、私は後ろを振り返り小川の向こう側、その先にある森を見る。

「どうしたのです?」

「…………いえ……何でもありません」

 不思議そうに首を傾げるレイン様にそう言いつつも私はまだ森を見つめていた。

(何か、視線のようなモノを感じたんだけど。覗きだったら今の私達の格好、結構やばいかも)

 再度確認しても森の方に人影はない。気になるといったら薄暗い森の奥の木に蝙蝠が一匹逆さ向きに止まっているくらいか。「こんな所に蝙蝠?」と思ったがそんなことでこの水に服が透けたあられもない姿を晒し続けるのも如何なものかと確認を止める私。そして、レイン様とリリィと一緒に川辺で待つテュッテの方へと再び滑らないように慌てず戻っていくのであった。

 

 私のせいで休憩時間が延長したが、その後、何事もなく予定通り今日一泊する街道沿いの宿場町へと到着する。ちなみにスノーは神獣であるが、いきなりあのバカでかい図体が町に現れたら大騒ぎになるので、さてどうしようかと思案する。が、それはあっさり解決してしまった。

 なんと、今、馬車から降りた私達の前に思いがけない人物が立っていたのだ。

「ようこそ、メアリィ様……と、ご友人のレイン様。そして、神獣様」

 恭しく淑女の礼をするその人はアリス先輩だった。

 確かにこの宿場町はオルディル領内なので、彼女がいても別におかしくない。そちらへ行くという手紙は伯爵に送ったので、アリス先輩が伯爵から内容を聞かされ、私達一行のメンツを把握しているのもおかしな話ではなかった。だが、アンデッド以外にほとんど興味のないこの変態……もとい、先輩がわざわざここまで来て私達を出迎えるために待っていたというのは非常におかしい。非常におかしいのだっ! 大事なことなので二度言っておく。

(領都で待てば良いものを、わざわざ彼女がここまで来て私達の到着を待ち伏せていたのはなぜ? というか、タイミング良すぎね。まるで私達がこれから来るって分かっていたみたいな素振りだったわ)

 少し警戒しながらも私達はアリス先輩の案内で何の問題もなく宿場町に入るとここから少し離れた場所にある伯爵の屋敷へと向かうことになったのであった。

 そして、何故案内された屋敷が宿場町から離れているのか見てすぐに分かった。

「す、すごい所ね……」

 目の前に佇むその屋敷は異常に古めかしかった。というかホラーの館みたいな雰囲気をこれでもかと醸し出している。こんなおどろおどろしい屋敷が賑やかな宿場町のど真ん中にあったら客が逃げるだろう。

 手入れが行き届いておらずにこんなになっているのならいざ知らず、何か意図的に過剰演出が加わっているのが見えるところから、この屋敷の雰囲気は人工的だと推測できた。

 で、こんな所に案内した本人はというと……。

「はぁ~♪ いつ見てもお祖父様が建てた屋敷は素敵ですわ。どうして町の人達はこの良さが分からないのでしょう」

 と恍惚な表情で屋敷を見ていた。

(アリス先輩の変態っぷりは今も健在のようね。誰が理解できるっていうのよ、こんな恐怖の館)

 しかも、屋敷の隣にはこれまた古めかしい共同墓地らしきモノもあるというおまけ付きだった。本物ではなくレプリカでの過剰演出であって欲しいものだ。いや、マジで……。

「あ、あの…お嬢様。この屋敷に入るのでしょうか?」

 馬車を降り、屋敷を眺めていたテュッテが顔面蒼白で聞いてくる。

(あ、テュッテってこういうの苦手だったわよね)

『こ、こここ、こんな所で寝られないわよ。わ、わわわ、私、お外行ってくるぅ~』

(って、お前もかい)

 ガクガク震えながらスノーが慌ててどこかへ逃げ去ろうとしたので、私はその尻尾をむんずと掴み、止めた。

「神獣様ともあろうものが、なに屋敷ごときでビビってるのよ。ほら、行くわよ」

『いやぁぁぁ、は~な~し~てぇぇぇ』

 ズルズルと私に引きずられながらスノーの叫びが私の頭の中だけに響き渡るのであった。

 

「はぁ~、疲れたぁ~」

 屋敷に着いた後、私は個室に案内されるとすぐにベッドにダイブする。外見はかなりアレだったが、内装はしっかりとしていて綺麗に掃除されていた。入ってしまえば至って普通の屋敷内である。

(まぁ、廊下に飾ってある美術品がこれまたホラーだけどね。なぜスケルトンの彫刻とかあるわけ?)

「お嬢様、お休みになられますか?」

 私の横でテュッテが荷物の確認をしつつ、聞いてきた。屋敷内は外に比べてまだ普通だったのでテュッテも冷静に仕事をしてくれている。

(まぁ、私から全く離れないのがちと気になるけど)

 そして、もう一人、いや、もう一匹というべきか。私が引きずってきたスノーもまた、私から離れないでいる。神獣なのに何を怖れているのやら。リリィの方は物珍しいのか全く動じず、好奇心いっぱいでいるというのに……。

「うん……ちょっとだけ休むわ」

 馬車の旅では休憩時間にやらかしてしまい、レイン様達には大変ご迷惑をおかけしてしまったので、ここらで名誉を挽回したい。

 というわけで、せっかく向こうから会いに来てくれたのだから、ちょっと休憩したらアリス先輩の所へ行き、いろいろと話を聞こうと思っている。

(いろいろやることがあるわね。今回はマギルカ達もいないし、私が頑張らな……きゃ……)

 目を瞑りこの後のことを考えていると、不覚にも私の意識はあっという間に夢の世界へと旅立つのであった。

 

 

 

「……ふあっ! マジで寝てしまったわっ!」

 クワッと瞳を開け、私はベッドから起きあがる。部屋は到着したときよりも暗かった。窓から見える満月がとても美しい。

(ウソでしょ、爆睡って。一体何時間寝てたの、私)

 決意を新たにして早々、その計画が破綻した私は頭を抱えることしかできなかった。

「あ、起きられましたか、お嬢様」

 暗い部屋の中、ランプの明かりだけを頼りにテュッテがこちらに寄ってくる。寝ている私のために部屋をできるだけ暗くしてくれたのだろう、その気遣いのおかげで私はぐっすりと眠れてしまって嬉しいやら、悲しいやら。

 テュッテの話によると、私が眠りこけている間に夕食やらなんやらといろんなイベントが終了していた。すべてレイン様が引き受け、私は例の体弱いのよ設定のせいで疲れているのだろう、休ませてあげよう的扱いを受けて起こされることはなかったようだ。端から見ると一応今回の訪問の中心である私が真っ先にフェードアウトして、友人のレイン様に気を使わせてしまったことになる。これまた失態も良いところであった。

(いつもはダメ過ぎる私に代わってマギルカがちゃちゃっとやってくれていたのよね。改めて彼女の重要性を確認できたわ)

 と、いろいろショックを受けている私の精神など全く気にせず、お腹が空腹にくぅ~と鳴る。

「料理長に頼んで夕食の代わりを作っていただきましたので、今温めて参りますね」

 できるメイドのテュッテがお腹を押さえて赤くなる私を微笑ましく眺めてから明かりを持って部屋を出ようとしたので私はベッドから飛び出すと彼女についていくことにする。

「これ以上手間をかけさせるわけにはいかないわ。私が厨房へ行く」

 こうして、私はテュッテと一緒にちょっと不気味な屋敷の廊下を歩くことになった。

 月明かりと少量の明かりで照らされる廊下はとても静かで薄気味悪い。宿場町ともなれば夜も賑わっているはずなのになぜかこの屋敷周辺はめちゃくちゃ静かであった。まぁ、誰もこんな所に近づきたくはないよね。

「っで、テュッテが私にくっついて離れないのは分かるとして、どうしてあなたまでくっつくの、スノー」

 私はキョロキョロと周囲を見渡しながら私の服の端をキュッと掴んで歩くテュッテを一度見、上を見上げるとモフモフの白い顎が見えた。スノーが器用に私の頭に自分の頭を乗せていたのだ。

『わ、わわわ、私一人だけ部屋にいるなんて怖くてできないわよ。幽霊とか出てきたらどうするのよ』

「だから、神獣が幽霊ごときに何ビビってるのよ。ねぇ~、リリィ。お姉ちゃんは情けないですねぇ~」

 私は呆れながら両手で抱っこしていたリリィを見る。彼女は私に呼ばれて首をあげこちらを見てきた。そこに恐怖は微塵もない。

『そんなこと言ってぇ~、自分だってリリィを抱いてないと不安なんでしょっ!』

「そ、そそそ、そんなことない、わ、よ」

 図星をつかれて私は目を泳がせながらもリリィをギュッとしてトボケてみせる。

 そして、私は見た。廊下の先の曲がり角をスゥッと通過していく白い何かを……。

「でっ!」

『でたぁぁぁっ!』

「って、うるさいっ」

 自分が叫びそうになった言葉が頭の中で大反響し、私は素に戻ってしまう。ついでに私とテュッテはモフモフ毛皮に後ろから抱きつかれ半分埋もれるという状態になっていた。

「スノー様が私達を守ってくれているのですね。ありがとうございます」

 私とテュッテをガバッと包み込んでいるのでテュッテが何か勘違いをしてこの小心者の神獣に敬意を払ってしまう。

「ところでお嬢様。そろそろリリィ様を離してあげてください」

「へ?」

 テュッテがスノーに守られていると勘違いしたおかげか彼女は冷静さを取り戻すとさっそく私に指摘してきた。一瞬意味が分からなくて首を傾げると、自分の胸元を見てみる。

 そこには私にロックされ絞り出すような声を上げながら今にも落ちそうになっているリリィが見えた。自分が恐怖で無意識に力を入れて抱きしめていたことにやっと気づいた私は慌ててリリィを持つ腕の力を緩める。

「ご、ごめんね、リリィ。あっ」

 私が力を緩めるとリリィは私の腕の中でグニグニと体をくねらせ抜け出し、トテトテとさっきの白い影が通り過ぎていった方へと駆けていってしまった。

 私が全面的に悪いので、何も言えない。

 私は慎重になりながらこっそりと曲がり角に行き、向こうの様子を見る。

「リリィ……ごめんね。戻っておいでぇ~」

 私はそっと覗きこんだ廊下の先でさっき通り過ぎていった白い影を再び視認する。だが、今度は心の準備ができていたためそれほど驚くこともなく、しっかりと確認することができた。

(あれは、アリス先輩? こんな夜中にどこ行くんだろ?)

 ランプを片手にもう片方の手には荷物を持ったアリス先輩はローブを羽織っていてこれから外へでも出掛ける感じである。

(ちょうど良いわ、アリス先輩に話を聞きたかったし)

 私は彼女を呼び止めるため後を追うことにする。こんな夜中に大声出して呼び止めるのも他の人に迷惑だろうから、近くに行くまで黙っておいた。

 意外と早足なアリス先輩との差がなかなか縮まらず、というか私の歩行速度を落としているのはいまだに後ろからしがみつくこの馬鹿でかい神獣を引きずっているせいなのだが。ちなみに、リリィはテュッテに回収され大人しく彼女の腕の中にいた。

 結局アリス先輩との差が縮まらず、まるで後をつけているような形になってしまった私達を余所に、彼女はついに裏口から外へと出ていってしまった。

(今時分に外出? どういうこと)

 ご飯を食べに来ただけなのだが思わぬ出来事に遭遇した私はそのままアリス先輩に付いていくことにする。テュッテも私の考えを汲み取ったのか、私が彼女を見ると一度頷きリリィをつれて先に扉をそっと開けて外に出てくれた。

(さすが私のメイド、私じゃ扉壊しかねないものね)

『あいたっ!』

 私が扉をくぐり出て行こうとするとゴンッとぶつかる音とスノーの声が聞こえてくる。いまだにくっついていたスノーがそのまま裏口の扉の上壁にぶつかったのだ。

「何やってるのよ、あなたは。あと、いい加減離れなさいよね。ほら、アリス先輩をつけるんだか~らぁ……」

 そう言って私達はアリス先輩が向かった方を見る。

 そこはお隣の共同墓地みたいな所だった。夜になるとその迫力は倍増しとなりこの屋敷とは比べものにならないものがある。

「「『…………』」」

 しばらく無言になる私達。

『あぁ~、だめだわ、扉が小さすぎて出られない~。メアリィにも離れろって言われたし~、私はここで大人しくまっ』

 ぜんぜん余裕のくせに、扉から後退していくスノーの下がった頭を私は無言で鷲掴みにし、その行動を止める。

「離れろだなんて言ってごめんなさいね。私達は友達、どこまでも一緒よ、スノー……」

 私は柔和な笑顔を披露して掴んでいたスノーの頭を自分の顔へと向けさせた。

『メアリィ……』

 しばし見つめ合う私とスノー。あぁ、友情って美しいわね。

『って、騙されないわよ! いやぁぁぁ、助けて神様! ここに友達とか言って道連れにしようとする悪魔がいます~』

「誰が悪魔よ、失礼ね。良いからさっさと出てきなさいぃぃぃ」

 キラキラした美しい光景が一転して、嫌がるスノーを道連れにしようと難なく引きずり出す私の無情な光景が繰り広げられるのであった。


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