これがラッキースケベというものか
フィフィとアマンダ先生の情報提供のおかげで、私達はついに俺様くんの正体へと近づけた。近づけたというのは本人に確認しておらず確定ではないからだ。
その本人、私的には「容疑者」というべきか『ジョン・オルディル』伯爵子息だが、年齢は二十代で現在はオルディル伯爵のサポートをしつつ、自身が受け継ぐ領地の経営勉強をするため領内にいるとのこと。
手帳やサークレットに関しての確認を取るため手紙を送ったのだが、なぜか返事が来ず、代わりに手紙の内容も知らないオルディル伯爵の言い訳じみた手紙が届く始末であった。
曰く、息子は現在領内の問題解決に奔走しているので連絡がなかなか取れないとのこと。「そんなわけあるかぁぁぁい!」とツッコミをしたくなるようなお粗末な言い訳に私の不信感が募るばかりであった。
王妃様と陛下はというと、「そうか~、それじゃあ仕方がないな~」とあえてその言い訳を鵜呑みにしているらしい。
しかも、最近の陛下はレイン様を甘やかし始めたとのこと。いろんなものを買い集め、娘大好きパパになり始めているみたいだ。
私達はここでボ~と待っているわけにはいかない。こんなことをしている間もアマンダ先生のレイン様への王女教育はどんどん進行していっている。現在、レイン様のそばにはできうる限りザッハが付き添うことになっていた。
レイン様曰く、自分の周りに女性しかいないとその空気に呑み込まれそうになるらしい。女性陣が作る場の空気というのは恐ろしいものだっというのが彼の感想だった。そういうものなのだろうか?
まぁ、よく分からないがそういうことで、男性と一緒にいることで自身が中身男であることを忘れないようにするとのこと。
(う~ん、レイン様。良く言うと適応能力が高いけど、悪く言うと場の空気に呑まれやすいのね。王族としてそれはどうなのかしら? これは良い機会だからぜひとも場に呑み込まれない精神を身につけて貰いたいものだわ)
私はため息を吐きつつ、旧校舎のいつもの部屋へと歩いていく。
「うわぁぁぁっ!」
すると、ザッハが叫びながら扉を開け大慌てで部屋の中から出てきた。器用に背中で扉を閉めるとゼ~ハ~ゼ~ハ~と荒く深呼吸している。
「何してるの、ザッハさん?」
私はザッハの奇行を半眼になって見ると、彼は私に気がつきこちらを見る。顔がもの凄く真っ赤でその目が泳ぎまくっていた。
「あ、いや、メアリィ様。こ、これは」
何を慌てているのか、ザッハは扉から飛び退きアワアワと何か言おうとしているが言葉が出てこないようだ。私は首を傾げつつ、ザッハがいるということはレイン様もいる可能性があるので、確認のため彼が退いた扉をノックする。
「どうぞ」
予想通り扉の向こうからレイン様の声が聞こえてきた。
「失礼します、レイン、さぁ~まっ?」
中からメイドによって扉が開けられ、私は中を見て固まった。
彼女は肩から下を露わにし、控えていたメイドに体を拭いて貰っていたのだ。授業を受けて汗をかいてしまったのだろう。そのたわわな果実が服からこぼれ落ちそうになっている。
(いえ、嘘です。目の前の光景が信じられなくて嘘つきました。もろ見えです。服の上から見た時よりおっきいです)
「メアリィさん?」
「……失礼しました」
私はそう言って静かに扉を閉めた。そして未だ冷静さを取り戻せず、深呼吸をして廊下に待機しているザッハを見る。
「良かったわね、ザッハさん。『ラノベ主人公』になれて」
「何だよ、その『らのべしゅじんこう』ってぇぇぇっ! あ、あれは不可抗力だぞっ! ちゃんとノックしたし、入っていいって言われたからオレはっ」
私が冷ややかな目で見ているのでザッハが慌てて弁明し始める。冷ややかなのは決してザッハに対してではない。私に見せつけられた先程のたわわな光景のせいだったのだが、まぁ、それを言うのは悔しいので黙っておこう。
さすが王族、他人に肌を見られても何とも思わないのか、それとも中身男なので上半身なら見られても何とも思わなかったのか、まぁ、この際どちらでも良い。とにかくザッハは授業から戻ってこの部屋で所謂ラッキースケベ的な男子には嬉しいイベントに遭遇したらしい。私にはまさかのダメージを受けるイベントだったが……。
「ラッキースケベに遭遇するスキルを持ち、女の子に囲まれたハーレム状態の人をラノベ主人公っていうのよ。まぁ、あなたの場合、俺Tueeeでもないし、モテてないから一概にもそうとはいえないけどね」
「は? らっきーすけべ? おれつえぇ? な、なんだよそれ、意味分からん」
時間潰しにザッハとしょうもない話をしていると、彼もだんだん冷静さを取り戻してくる。
すると、再び扉が開き、メイドが中へと招き入れてきた。どうやら、終わったようでレイン様は何事もなかったかのように椅子に腰掛けている。
私もレイン様を見習い、何事もなかったかのように部屋へ入るとさっそく用件を済ませることにした。
「レイン様。オルディル伯爵子息様の件、進展ありましたか?」
「いいえ、進展はなさそうですね」
私の問いにレイン様は困った顔で頬に手を添える。が、それもすぐやめると真剣な顔で私を見てきたので、私もがっくりと肩を落としていた姿勢を正した。
「そこでなのですが、いっそのこと私達から直接会いに行ってはどうかと思うのです」
のんびりと待つことができないというのはレイン様もよく分かっているらしく、行動に出るみたいだ。
「直接会いに行けばあちらの思惑も把握できますし、何よりアマンダ先生の授業を受けなくてすみます」
「素晴らしい案だと思います。特に後半の部分は願ったり叶ったりです」
私の素直な感想にレイン様も満足そうに頷いてくれる。
「では、旅の準備をしなくてはいけませんね。オルディル伯爵領へはここからだと馬車で二日ほどかかりますから」
「そうですね。その旨を手紙で伝えておきましょう。後、今回はどのくらい日数がかかるか分かりませんのでマギルカさん達はつれていけません。皆さんに学園を任せ、私とメアリィさんの二人だけで行きましょう」
思いがけずレイン様との二人旅となってしまった。とはいえ、私にはテュッテがいるし、従者や護衛もついてくるので実質二人っきりというわけではないが。
「それじゃあ、ザッハさん。学園のことは任せるわね」
私は横で話を聞いていたザッハに話を振る。
「え~、何かそっちの方が楽しそうだな~」
頭の後ろに手を回して不満そうに言ういつものザッハに戻って、私は先程の狼狽していた彼を思いだし、口元を手で隠して笑いを堪えた。
「な、なんだよ」
私の態度からザッハもまた私が何を考えているのか悟ったらしく、ちょっと頬が赤くなっていた。
「……別に、なんでもないわよ」
「じゃあ、そのニヤニヤするのやめてくれ、気持ち悪いぞ」
「きもっ……」
ザッハの何気ない言葉に私は固まり、言葉のナイフが私の心を抉ってくる。
「ホホォ、このラノベ主人公は面白いことを言うわね」
そして私は氷の微笑を浮かべながらザッハにじり寄っていくのであった。
「へ? あ、いや……メアリィ様、怖いぞ、その顔」
「こわっ……」
いつもなら分が悪いとすぐに王子の方へ逃げるザッハであったが、その王子は現在、見た目王女なので女の背に逃げ込むというジレンマが彼の行動を鈍らせた。なのに、この男は無意識に私の心を再び抉ってきた。
「ホホホォ~、あなたはラノベ主人公失格ね。今私の好感度パラメーターはだだ下がりよっ」
「いやいやいや、意味分かんないし。何だよ、その好感度パラメーターって? ねぇ、レイン様」
私が笑顔を貼り付かせてにじり寄ってくるものだからザッハが後ろに下がっていき、ついにはレイン様に助けを求める。
「確かに分かりませんが。ザッハさん、レディに対して先程の言葉は失礼ですよ」
「レ、レイン様まで……うぐぐぐ、なんかよく分からんが、すみませんでしたぁっ」
いつもは味方のレイン様までもがザッハを窘めてきて、彼は自分の味方が誰一人としていないことを痛感し、やけくそ気味に謝ってくる。
「……ちょっと良いかしら?」
「ぴゃあっ!」
勝ち誇っていた私の後ろからいきなり声をかけられ、私は変な声を出して振り返ってしまう。そこにはいつの間にいたのか扉を開けた状態でフィフィが立っていた。
「フィフィさん、どうしたの? 王都観光へ行ってたんじゃ」
「……んっ、エリザベス様からメアリィ様へ伝言を頼まれていた」
「伝言?」
「……エリザベス様は慌てなくて良いから頃合いを見て伝えろと言っていたが頃合いというのがいつなのか検討してたら伝えるタイミングが分からなくなった」
「そ、そうなんだ」
(エリザベス様はきっといつでも良いから伝えろと軽い気持ちで言ったんだと思うけど、フィフィさんってば変に深く考えすぎてしまったようね)
とはいえ、手紙とか書状ではないのでそれほど重要なことではなさそうだと私は判断する。いや、そうしたいというのが正直な気持ちだった。なにせあのエリザベス様が私に対して伝えてくるのだ、イヤな予感しかしない。
「……エリザベス様の伝言。『ヴィクトリカに注意せよ』」
私が緊張し身構えている中、フィフィはサラッとそう言うと、他の人達に挨拶をし、あまりの短さと脈絡なしの伝言にフリーズしている私に挨拶を済ませ、その場から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってフィフィさん。それだけ?」
「……んっ、それだけ。それだけ言えばメアリィ様なら分かるって言ってた」
(全然分かんないわよ、それだけじゃあ。あぁ、でも、この調子じゃマジでそれだけしか聞いていないんだろうな~)
私は新たなキーワードを聞かなかったことにしたい気持ちでいっぱいだったが、エリザベス様が伝えてくるということは向こうで何か起こったのだろうか。向こうで起こったことをなぜ私に伝えてくるのか些か疑問ではあるが、伝言程度で済ませるあたり大事ではなさそうだ。いや、先も言ったがそうあって欲しい。
(そもそもヴィクトリカって何よ? 人の名前? 聞いたことないわよそんな人。はぁ~、神様。何か面倒なフラグがさらに立ったような気がしますが、気のせいですよね)
硬直し沈黙する私をフィフィは無表情ながら首を傾げ見てくる。そんな彼女に私は苦笑いを零しつつ、諦めたように天を仰ぎ見るのであった。