まだ間に合います?
翌日から私は新たに得た情報を元に捜査を開始する。
先生として現れたエルフの女性『シェリー』の所在はやはりといっていいのか不明であった。
放浪の旅をしていると学園長が言っていた通り、誰もその足取りを知っているものがいなかったのだ。もちろんだが王都にいるというラッキーな展開は望み薄らしい。
学園の外のことなのでレイン様に頼んで、王妃様に捜索を任せることにしたので、この情報は確かだろう。
というわけで、私は当初の目的通り「俺様くん」を探すことにした。現在いろんな先生に当時の出来事について聞き込みをしている最中だ。
(何か刑事ドラマみたいで楽しくなってきたわ。いつか私も、犯人はこの中にいるって言ってみたいものね~)
残念ながら今のところそんな台詞を言う機会があるようには思えない。そもそも犯人が隠れているわけじゃないのだから。
「それにしても、先生方の記憶にはエルフのシェリー様がインパクトありすぎて、ものの見事に当時のそれ以外のことはうろ覚えになっておりましたね」
私の後ろに控え、一緒に歩くテュッテが少しがっかりした表情で言う。彼女の言う通り、先生は皆、エルフのことは覚えているのだが、その年の生徒達のことはほとんど覚えていないという状態だったのだ。
「すぐに見つかると思ったのに……くっ、エルフが裏目にでるなんて」
「メアリィ様ぁ~!」
がっくりと肩を落としてトボトボと歩いていると、向こうからトテトテと可愛らしくサフィナが走ってくる。
授業が終わったのだろうか、私は頭を起こし彼女を笑顔で迎えることにした。
「あら、サフィナ。授業は終わったの?」
「はい。あ、それよりもメアリィ様。授業ついでに私、イクス先生に例の男子生徒の話を聞いてみたのですが」
サフィナは彼女なりに私の力になろうと自主的に調べてくれたらしい。その頑張りに私はほんわかして、サフィナの頭をナデナデしてしまう。
「ありがとう、サフィナ」
「えへへ……あ、それでですね。イクス先生の話によりますとそういった男子生徒は少なからず女子生徒にちょっかいを出しているか、騒がれているはずだから、そういったことに詳しいアマンダ先生に聞くと良いんじゃないかっとおっしゃってました」
「アマンダ先生に?」
学園内の風紀に厳しいアマンダ先生なら確かにそういった生徒達に注意したりして覚えているかもしれない。あの人は授業を受ける生徒達の名前やらなんやらの情報を全て記憶しているというスーパーウーマンだったことを思い出す。
となれば、例の俺様くんが盛大にはっちゃけてアマンダ先生のお世話になったことを切に願うとしよう。
「それで、アマンダ先生は今どこに?」
「確か、今は授業がないはずですが」
どこで調べたのかテュッテが先生の授業スケジュールを把握しているらしく、さも当然のように答えてきた。
(うん、ここにもスーパーウーマンがいたわね)
「授業部屋ではないとするとどこかしら?」
私の疑問にテュッテとサフィナは二人仲良く首を傾げるのであった。
(で~すよね)
「メ、メメメ、メアリィ様ッ!」
途方に暮れていると今度はザッハが血相を変えてこちらに走ってくる。あのザッハが青い顔をして慌てて走ってくる様は何事かと思えるくらいの迫力だった。
「ど、どうしたの、ザッハさん」
「レイン様が、レイン様がぁっ」
その狼狽えっぷりに私まで伝染したかのように焦り出す。
「レ、レイン様がどうしたの?」
そして、ザッハは案内するぞというかのように来た方向へ再び動き出したので、私はそれについていった。
(レイン様は今授業もなく自由に動いているはず。もしかして、サークレットに異変が?)
焦る気持ちを抑え、私はザッハに案内されてその現場へとたどりつく。そして、そこで繰り広げられていたのは……。
「どうかしたのですか? レガリヤ公爵令嬢」
あまり驚いた素振りをみせることなくアマンダ先生がこちらを見てくる。そして、その奥にはレイン様が椅子に腰掛け、なにやら作業していた。その作業が何かを知った時、私は戦慄する。
(あれは、刺繍だ! レイン様が刺繍をしている!)
ご令嬢の嗜みで刺繍をするのは何もおかしなことではない。だが、問題は誰がそれを行っているかだ。
「こ、こここ、これはどういうことですか? アマンダ先生。今は授業中ではないはず」
「王妃様のご命令でレイン様には特別に個別授業を受けてもらうことになりました」
「個別……授業」
その言葉を聞いた私の頭の中で暗黒微笑を浮かべる王妃様の絵が浮かぶ。知らぬ間に王妃様の悪のりが更なる段階へと進んでいっていたのだ。
「レイン様は大変優秀です。短期間で次々と習得なされるので、私が持つ全てを教え込み、立派な姫へと教育しようと思っております」
あまり感情を表情に出さないアマンダ先生が珍しく興奮したかのように嬉しそうな顔をしていた。
(あ、だめだ、先生の教育魂に火がついてる。この人は王子だって言っても聞いてくれなさそう)
半分諦めて私はレイン様の作業をチラ見すると、その刺繍はかなり難易度の高いものだった。それをそつなくこなすこのお姫様。
(あれ、もしかしてこのお姫様、女子力高くない?)
新たなる事実に私は戸惑ってしまう。スタイルで負けて、次は令嬢としての女子力でも負けた日には……。
「あら、メアリィさん」
「あ、あら……メ、メアリィ、さん?」
刺繍に集中していたのか、近づきジッと見ていた私にやっと気がついたレイン様が頭を上げ作業の手を止めると私にそう言葉をかけてきた。
私はその言葉を復唱しながら気が遠くなる思いでレイン様にフラフラと近づいていく。
「フフッ、刺繍というものは大変集中力を使うものなのですね。私知りませんでした。とても勉強になります」
フフッと可愛らしく口元に手を添え微笑むレイン様はそれはもう美しく、陽光に照らされた黄金の髪が光り輝き、まさに『黄金の姫』と呼んでも差し支えないくらい誰もが見惚れる完璧なお姫様だった。
だが、素直に見惚れられない私がそこにいる。
「どうしたのです、メアリィさん? 先程来られたマギルカさんと似たような顔をして」
不思議そうに首を傾げるレイン様。可愛いな、こんちくしょう。
私はレイン様の話を聞いて、「えっ?」と慌てて辺りを見渡すと少し離れた場所の椅子に腰掛け、ぐったりとうなだれている金髪縦ロールを見つけた。
「マ、マギルカ……」
私はマギルカに恐る恐る近づき、彼女の両肩に手を添え小さく揺するが、彼女からの反応がない。
「……終わった、終わりましたわ。これで元に戻った時、どうなるか想像できなくなりましたわ。さ、最悪……殿下の言動が……」
ブツブツと呟くマギルカの言葉に私も心のどこかで懸念していたことをはっきりと認識させられた。
「マギルカ、しっかりして。諦めちゃダメよっ。まだ間に合うわ、軌道修正するのよぉぉぉ」
今後起こりえるその恐ろしい想像に私は戦慄しながら、諦めきったマギルカを奮い立たせるようにこれでもかと揺すりまくった。
「早期解決よ、道は開けたのだからさっさとあの忌まわしいマジックアイテムをレイン様の額からもぎ取りましょう!」
「わ、わわわ、わかりました。わかりましたから揺するのをやめてくださいっ! 今まで以上に揺すりすぎですわよ、首が折れてしまいますわっ」
今までよりも強めにシェイクした私に抗議するマギルカは正気を取り戻すと私から逃げるように離れようとする。混乱しすぎて力加減が微妙になってきたことを自覚して私は慌ててマギルカを放した。
「フフッ、どうしたのです、二人とも。そんなに慌てて」
クスクスと小鳥のように綺麗な声で笑うレイン様。その仕草を見た私はその焦りのぶつけ先を彼女に切り替えてしまう。
「しっかりしてください、殿下。あなたはレイフォース・ルクア・ダルフォード王子殿下なのですよ。お・う・じ・で・ん・かぁぁぁ、ご自覚くださいぃぃぃ」
さすがにレイン様相手にシェイク地獄を喰らわせるわけにもいかず、私はもの凄い迫力で彼女の顔すれすれまで詰め寄っていた。
「ええ、まぁ、そうですね。はい、そうでした」
私の圧に耐えかねて、冷や汗を一筋垂らしてレイン様の笑顔が強ばる。
(よし、とりあえず王子としての自覚は保たれたわ。とっとと話を進めてマジであのサークレットを外さないと、大事になるわよ)
まさかこんなことで今回の事件が大事として再認識させられるとは思ってもおらず、私は話を進めるため、アマンダ先生への質問に気持ちを切り替える。
「すみません、アマンダ先生。お見苦しいところをお見せしました」
一応私の奇行を謝っておく。
「公爵令嬢としては誉められたものではございませんね。まぁ、気持ちは分かりますが……ですが、私も王妃様の命を受けておりますので手を抜くようなことは致しません。やりがいもありそうですし」
「はい、分かっております。あの、それで、話が変わりますが先生にお聞きしたいことがあります」
私はこの話はもう終わりというように話を強引に進めていき、先生に件の俺様くんについて説明し、覚えがないか聞いた。
「……エルフのシェリーさんが来られたのは覚えております。その年に異性関係で問題になった男子生徒ですか……」
アマンダ先生は記憶を探るように瞳を閉じ、考え込む。程なくして先生は瞳を開けると私を見た。
「……いましたね。シェリーさんが来られる前まで女子生徒達の注目を浴び、不謹慎にも手を出そうとして注意した男子生徒が。しかし彼はある日を境に別人のように大人しくなっていたような……あ、でも、シェリーさんが来られてからしばらくして元に戻ったような……」
アマンダ先生は記憶を辿るように話す。その話は私達が手に入れた手記の彼と心情の変化がとても似ていた。
「その人です。その人は誰ですか?」
「『ジョン・オルディル』伯爵子息です」
私の問いにアマンダ先生がはっきりと答え、私はその名前に何か引っかかりを感じた。
(オルディル? ん、どこかで聞いたような?)
「オルディル伯爵家ですか。まさかあの頭のおかしなっ、コホン……あの手帳を書いた人がアリス先輩のお兄様だったとは……」
マギルカの呟きで私は自分の中の引っかかりが解決する。そう、オルディル。それはあのアンデッド事件やらなんやらと騒ぎを起こした少々精神的にぶっ飛んだ先輩、アリス・オルディルの家名であったのだ。
(アリス先輩のお兄さんかぁ~……祖父といい、孫娘といい、あの家系は何かと学園に迷惑かけてるわね)
私はハハハと乾いた笑いを零しつつ、今後の行動を検討するのであった。
コミックウォーカー様よりコミカライズ第9話が更新されました。メ、メメメ、メアリィ様のシャワー…おっと、ここから先は言えません。