お姫様化、進行中です
次の日から、私による事件解決への捜査が始まった。
まずは「俺様くん」が誰なのかを判明させるのが事件解決の鍵である。学園長に聞いたところ、そういう系の生徒は良くも悪くもどの年にも一人や二人出現したらしく、それだけではこの人だと断定できないらしかった。そんなにいるのか、俺様くん……。
しかも、大抵の場合、自信満々な態度から一転、現実を知り自信喪失して勝手にフェードアウトしていくパターンが多くて気にもとめてなかったそうだ。
「はぁ~、人探しってなかなか難しいのね。まぁ~た、名探偵が必要になってきたわ」
私は一人、例の地下室でグチる。一人といってもそばにはテュッテが控えているが……。
なぜ私とテュッテだけかというと、皆は授業中だからだ。
学園長の命で私は今回の事件解決を最優先にさせられ、よっぽど重要でない限り授業より捜査を優先させられている。
それはレイン様も同じであり、現在彼女も「俺様くん」と「サークレット」に結びつく何か資料か記録がないか学園の資料保管庫に行って徹底的に漁っているだろう。
「人手不足も良いところよね。とはいえ、あまり大事にされても困るんだけど」
「お嬢様、何か見つかりましたか?」
私が部屋をウロウロしながら更なる愚痴を零していると、テュッテが探すついでに部屋の掃除をしている手を止め、こちらを見てくる。
「いいえ、何もないわ。ほんとに何もないわね、ここ。何か製作の時に使っていた道具とか残っていれば、そこから何か分かりそうなんだけど」
そう、この部屋はサークレットが入っていた箱以外ほんとに何もなかった。せいぜいあるのは空っぽの棚と机と椅子だけ。これで製作していた年代を特定できたら名探偵も真っ青だ。
年代といえば、レイン様の話によると王妃様に呼ばれて調べた魔工技術に詳しい人の見解では、そのデザインがそれほど古くなく、せいぜい十数年前だと推測されるということだけ。
それ以上の調べとなるとさすがにサークレットをつけたままではできないとのこと。つけたまま調べて王子の身にこれ以上なにかあったら洒落にならないと調べるのに及び腰だったそうだ。
ならば学園に調査団を派遣する。となれば、それこそ大事になってしまうので、学園での調査は先生方の協力の下、主に私とレイン様が行うこととなった。
「メアリィ嬢、そこにいるかい」
可愛らしい声が室内に響いてきて、一瞬誰の声か分からなかった私は返事が遅れてしまった。
「……あ、はい、レイン様。そちらへ戻りますのでお待ちください」
その声がレイン様だと気がつき、私は慌てて部屋の外へと向かう。帰りは行き同様、縄梯子を使うことなくテュッテを抱っこして浮遊魔法で浮かび上がっていった。邪魔にならないよう穴を覗くのを止め、レイン様は少し離れた所で待っていてくれた。
「お待たせしました、レイン様。それで何か私に?」
「ああ、これから授業に出なくてはいけないので、メアリィ嬢に伝えておこうかと」
「それは、重要な授業なのですか?」
捜査を止めてまで出席する授業なんてレイン様にあったかと私は首を傾げてしまう。
「う~ん、ボクとしてはそれほど重要ではないんだけどね。母上からその授業だけは絶対出席させろと学園長に圧をかけてきたみたいで……見てるだけでいいから出席してくれと学園長に泣きつかれてしまったよ」
ハハハッと困った顔で笑うレイン様。
「それで、どのような授業ですか?」
「え~と、ボクは一度も出たことがないからよく分からないけど、令嬢としての礼儀作法や嗜みに関しての授業だとか」
その言葉に私は頭を抱えたくなってくる。
(王妃様……この非常時に何を考えているのかしら。王子に令嬢としてのマナー云々を習わせてどうするのよ、もぉ~)
「……分かりました、私もお供します。初めてのことばかりでレイン様も戸惑いますでしょうから」
「助かるよ」
こうして、私達は王妃様の「レイン様、お姫様化計画」に渋々乗っかるのであった。
(ほんと……こんなことしている場合じゃないんだけどなぁ~)
「皆さん、静粛に」
静かな部屋に先生の凛とした声が響きわたると、ざわついていた女生徒達がチラチラと後ろを見るのを止めて前を向く。
気になるのも無理はない。なにせ、皆の後ろ、離れた場所にこれでもかというくらいのお姫様がいるのだから。
ついでにこの授業を終わらせた私までいるのだから気にするなというのが無理な話だろう。
ちなみに見学している授業は私が一年生の時に受けていたもので、今ここにいるのは一年生のご令嬢達である。
「今日からとある高貴な御方が皆さんの授業を見学なさいます。皆さん、しっかりと授業に集中し、見苦しい姿をお見せしないよう、心がけなさい」
(離れているのにここまでしっかりと聞こえてくる声。相変わらず厳しそうね、アマンダ先生は……王妃様、よりにもよってアマンダ先生の授業を受けさせるなんて。レイン様、変に触発されなきゃ良いんだけど)
私は姿勢を正し、皆の前で話すアマンダ先生を見ながらため息を吐きたくなるのを堪えていた。先生は淑女教育においてかなり有名であり、噂では王妃教育にも参加した経験があるとかないとか。
その出で立ちは相変わらず黒一色、その黒髪も艶やかで綺麗に揃えられている。だが質素というわけではない。その布地は高級感と清潔感あふれ、身につけている数少ないアクセサリーの意匠も凝っており、これまた美しい。40代そこそこのマダムなのだが、そのオーラは今もなお衰えることなく私も尻込みしてしまうくらい威圧感溢れていた。
はっきり言って風紀に厳しく怖い先生なのである。
そんな先生の授業を見学させるなど王妃様の思惑が透けて見えるが、幸いにも学園長は見学だけしてくれと頼んでいたので、レイン様がアマンダ先生の指導を受けることはまずないだろう。
(あの人の手にかかったら、ものの数日で完璧なお姫様に矯正されちゃいそうだものね。あぶない、あぶない)
私はホッとしながらそっと隣に座るレイン様を横目で眺める。そして、ギョッとして横目ではなくしっかりと見てしまった。
なんと彼女は真剣な面もちで授業を聞いていたのだ。
「あ、あの、レイン様。授業に興味があるのですか?」
「……興味というか、キミ達は立ち居振る舞いの一つをとっても大変なんだなぁと驚いているのが正直な気持ちかな。男のままでは知り得なかった情報を得られて、とても勉強になるよ」
こちらを見てきたレイン様はそう言うと、再び先生の方へ視線を戻す。
(あぁ、そういえばレイン様って意外にも好奇心旺盛でいろんなことに挑戦するところあったのよね。だから、学園祭やら何やら新しいことを行っちゃったし。おまけに根が真面目だから行うとなると真剣にとりかかっちゃうのよねぇ。はははっ、まさか、王妃様……ここら辺も把握していたとか)
王子を女の子にしてしまったきっかけを作った私としては罪悪感もあり、できれば早く元に戻してあげたい気持ちがある。
なので、戻すどころかどんどん女の子化が進んでいくのは承服できない私であった。
とはいえ、現段階では私は真剣な表情で授業を聞いているレイン様を冷や汗垂らしながら眺めることしかできず、願わくば彼女がこれ以上首を突っ込まないことを切に祈るばかりである。
それから数日が経った。
捜査に進展はなく、未だサークレットの開発者が誰なのかのヒントすらない。正直、私にも焦りが出始めていた。
収穫のないまま私は旧校舎の談話室へ戻ると、そこにはサフィナが待機しており、私は首を傾げて部屋の中を見渡す。いるべき御方がいないのだ。
「あれ? サフィナ、レイン様は?」
「アマンダ先生の授業があるのでと、校舎へ戻られました」
何の疑問も持たずにサフィナが返答するので、私は「ふ~ん」と聞き流し、席に着こうとしてその内容をやっと理解した。
「えっ! 一人で行ったの、あの授業に?」
私は椅子に座らずにそのままサフィナに詰め寄ってしまう。
「え、はい、お一人で行かれました……」
私の迫力に圧されてサフィナがちょっと引き気味に返答する。
「イヤな予感がするわ……」
私の真剣な顔にサフィナも釣られて不安そうな顔になる。
「メアリィ様。な、なにか問題が?」
「気のせいなら良いんだけどね。ちょっと見てくるわ」
「わ、私も行きます」
私が踵を返して扉へと歩き始めると、サフィナも慌てて立ち上がり、私についてきた。それほどに私は切羽詰まった態度だったのだろう。
私はサフィナとテュッテを引き連れ、できる限り小走りで目的地に向かう。走ってアマンダ先生の元に行ったら最後、確実に注意を受けるからだ。
逸る気持ちを抑えながら私は目的の部屋へと近づくと、向こうではなにやらご令嬢達の黄色い声が聞こえてくる。
(まさか、まさかぁぁぁ)
「メ、メアリィ様……レイン様に何かあったのですか?」
私が何も言わず焦った顔になって足を速めると、それを横で見ていたサフィナがさらに不安な顔になっていた。
そして、私は授業中の部屋へとたどり着き、そして、目にする。
「この短期間で素晴らしいです、レイン様。その姿勢、歩き方、どれをとっても美しい限りです」
「そ、そうかな?」
「はい。しかし、言葉使いがご令嬢としては乱暴ですね、そちらも直していきましょう」
珍しくアマンダ先生の生徒を誉める声を聞き、生徒達が感心と尊敬の声を上げていた。
その中央に、たたずむレイン様。
その姿勢、仕草は昨日までのぎこちない姿とは違い、紛うことなくお嬢様であった。
「……お、遅かったぁぁぁ」
「メ、メアリィ様ぁ!」
「お嬢様っ!」
私が廊下でヘナヘナと崩れ落ちるように座り込むと、サフィナとテュッテが慌てて私の介抱に動く。
私の脳裏にウフフッ♪と怪しく微笑む王妃様の顔が浮かんだのは言うまでもなかった。
「な、何事ですか?」
私が途方に暮れていると驚いた声が横から聞こえてくる。そちらに頭を向けると驚いた様子でこちらを見ているマギルカが見えた。
「ははっ、マギルカ」
私は乾いた笑いで彼女を迎えると、部屋の中を見る。すると、マギルカも釣られて部屋の中を見、そして、ワナワナと体を震わせた後、フラッと後ろに倒れると、慌てて後ろにいた誰かに支えられる。
「……何事?」
その聞き覚えのある無感情な声に私は思わずそちらを見て、その人物をしっかりと確認した。
マギルカを支えているのは女の人だった。そして、ピンと尖った狐耳とフルフルと揺れるフサフサの狐尻尾が目に入る。
「フィフィさん!」
そこにはあのレリレックス王国最高の魔工技師ギルツの弟子、狐獣人のフィフィが立っていたのだ。
そう、この事件を解決できるかもしれない『専門家』の思いがけない登場であった。
気が付けば小説投稿を始めて二周年となりました。2年もの間「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」を書き続けられたのも応援してくださった皆様のおかげです。ありがとございます。不定期更新が続くかと思いますが今後とも宜しくお願いいたします。