「レイフォース」→「レイン?」
一口優雅に紅茶を頂いた王妃様がカップを皿に戻す。その小さな音に私はビクッと体を小さく跳ねさせてしまった。
「フフッ、そんなに畏まらなくても良いのですよ、メアリィ。別にあなたを咎めるために呼んだのではありませんから」
「……ひゃい」
畏まるなと言われても無理な話だった。何せ今、ここには私しかいないのだから……。
そう、いつもなら何とかしてマギルカに同行してもらうところなのだが、今回は一人でっというお達しだったし、平日で学園は通常通り授業がある。さすがに私のわがままでクラスマスターである彼女を連れ出すわけにもいかないので、彼女の助けがない。
おまけにテュッテも離れた所に控えることになり、私の周りには王妃様しかいない状態になってしまっていた。
(いや、一人……じゃなく、一匹いたわね)
私は俯きながら横目で自分の右手を見る。ふさふさした大きな尻尾がしっかりとその手に握りしめられていた。
言わずもがなこの尻尾は神獣ことスノーの尻尾である。彼女は今、私の横にちょこんと座り、俯いているのでちょうど私の頭と同じ高さくらいに頭があった。
王妃様から呼び出された時点で私はこの事件のことで呼ばれたと察し、道づれとして逃げようとした彼女を捕獲してここまでついてきてもらっていたのだ。一応、今回の事件の発端を作った一匹なので……。
(神獣様なんだからど~んと構えていてくれる分、私の緊張も和らぐかなと思ったのに……)
『どどど、どうするメアリィ! 王妃様、めっちゃ怖い! 笑顔がめっちゃ怖いんですけど~。謝る? 今のうちに謝っとく?』
私以上にテンパる神獣様であった。
というわけで、この状況下で私が緊張しないと誰が言えようか、いや、いるまい。本人である私が断言しよう。
しかも王妃様は先ほど私に対して咎めるという言葉を使っていた。
(それってバレたってことでファイナルアンサー?)
笑顔のままこちらを見ている王妃様が果てしなく怖い。ついでに目を合わせるのも無理なので私の視線は泳ぎまくっていた。
「それにしても、神獣様を見るのは初めてですわ。とても威厳のある風格にして、知的な瞳をしていらっしゃるのですね」
スノーを見た王妃様からありがたくもお褒めの言葉を頂戴したのだが、当の本人はというと……。
『いやぁぁぁ、私を見ないでぇぇぇ! わ、わわわ、私は無実です! メアリィに無理矢理やらされたんですぅ!』
威厳も知的もへったくれもない言葉が私の頭の中だけに響いていた。
「ちょっとあなた、何一人だけ逃げようとしてるのよ」
私は聞き捨てならない言葉を聞いて、思わず私同様俯いているスノーの頭に顔を寄せ、小声で抗議する。
「? どうかしましたか、メアリィ。神獣様が何かおっしゃいましたか?」
「あ、はい。こいつったらじっおフッ」
不思議そうに聞いてきた王妃様にテンパっていた私は迂闊にも言葉使いがアレになり、それを咎めるようにスノーが肉球アタックを繰り出しボフッと私の顔が包まれ、言葉が途切れる。
「ありがとう、しゅのー」
『どういたしまして』
肉球アタックされながら私は小声でスノーにお礼を言う。
「フフッ、仲がよろしいのですね」
クスクスと微笑む王妃様に私とスノーはだんだん恥ずかしくなってきて、先ほどの緊張とは違い羞恥に俯いてしまうのであった。
「王妃様、お連れしました」
私達が内心挙動不審になっていると、メイド達がこちらに近づいてきた。その陣形はまるで中央に誰かをおいて四方をがっちり固めた感じだった。誰かを隠す、いや、逃がさないといった感じで近づいてきたメイド達の動きは乱れもなく怖いくらいに揃っている。と、私達の所までくると誰に言われたわけでもないのに綺麗に互いが離れていき、中央にいた人が露わになった。
「あらあら~♪」
その人を見た王妃様はとても嬉しそうな声をあげ、私も釘付けになってしまう。
綺麗なドレスに身を包み、風になびく金糸の髪が光に輝いてとても美しかった。その綺麗な顔立ちは絵本に出てくるお姫様その人にそっくりである。残念なのが、そのお姫様はとても困った顔で半笑いを作り、ポリポリと頬を掻いていたところだろうか。
「……で、殿下……」
王子の面影を若干残しつつ、その完璧なまでに綺麗なお姫様の姿に私は唖然とした顔で呟く。その姿もそうだが、彼がここにいるという事実が完全にバレたことを私に伝えてきた。
「気をつけていたつもりだったんだけど、あっさり見つかってしまったよ」
乾いた笑いを零しつつ、王子は私に言ってくる。
「『レイン』……なんですか、その言葉使いは?」
満足げに見ていた王妃様が一転、窘めるように王子に注意してきた。
「しかし、母上」
「お母様でしょ?」
めっというように再び子供を窘めるような仕草で王妃様が言うとはぁ~とため息を吐き王子は諦めたように抗議することを止めてしまう。その態度からしてどうやらこのやりとりはこれで何度目かになるのだろう。と、二人の会話を聞いていて私は一つ気になることがあったので恐縮ながら聞くことにした。
「あ……あのぉ……会話に割り込むことをお許しください」
「そこまで畏まらなくても良いと言ってますよ、メアリィ。それで、何でしょう?」
「……はい……あの、レ、レインとは?」
そう、王妃様は王子をそう呼んだのだ。
「ああ、女の子にレイフォースはちょっと合わないかしらと思って、名前を変えてみました。昔、レイフォースが産まれるときに女の子の場合はレインと名付けようとしていたので、ちょうど良いかなと。まぁ、愛称だと思ってください」
とても楽しそうに王妃様が語ってくれる。というわけで、私はとりあえず王子改め『レイン様』と呼称することにした。
そのレイン様だが、はぁ~と再びため息を吐くとメイドに誘導されて席に着いていた。
レイン様はドレスを着るのは初めてなのか行動がいつもよりぎこちない。まぁ、当然と言えば当然だろう。昨日まで男の子だったのだから……。
これでドレスを着こなし、優雅にお嬢様してたら逆に私はちょっと引いてたかもしれない。
私以外の冷静な人が増えたことで少し冷静さを取り戻してきた私は、改めて居心地が悪そうにもぞもぞと動くレイン様を見てみる。
元が中性的で綺麗だったその顔立ちは女性となったことで女の子特有の可愛らしさが全面的に押し出されていた。正直に言うと女の私ですら見惚れてしまう美しさである。そして、その整ったプロポーションもまたため息ものであった。
(解せぬ……ま、まさか王子にすら負けるなんてぇぇぇ)
私はとある部分のたわわさに現実の理不尽さを思い知らされ、憤りを越えてがっくりと肩を落としてしまう。
「さて、レインも来たので本題に入りましょう」
私の心中を知らぬ王妃様は一通りレイン様を眺め満足したのか話を進めてきた。
「事の顛末は彼女から聞いています。そのようなマジックアイテムがあるとは驚きですね。まぁ、それを見つけだしてしまうメアリィにも驚かされましたが」
「え、あ、いえ……見つけたのは私じゃなくて、こっちのスノー」
『ちょぉっとまぁったぁぁぁっ! 場所を見つけたのは私だけど、そんな変なアイテムを見つけたのはメアリィでしょ! 訂正なさい、訂正ぃぃぃっ!』
「あぁぁ、もう、うるさい。大音量を頭の中に響かせないでよ」
キィキィ抗議するスノーの大音量にこめかみを押さえ、私はこちらに顔を寄せてくる彼女を押し戻しながら王妃様の前であることを忘れていがみ合ってしまう。
「本当にメアリィにしか聞こえないのですね。事情を知らないと、えっと、その、なんといいましょうか……」
なんと表現しようか戸惑う王妃様にひたすら苦笑するレイン様がちらちらと視界の端に見えたりする。
(うん、分かってる。痛い子って言いたいんでしょ)
「まぁまぁ、二人とも。先も言いましたが別に咎めているわけではありませんよ。むしろ、こちらとしてはおもしろっ」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
ポロッと零した王妃様の言葉に私はいがみ合いを止めて彼女の方を見ると、王妃様は言葉を切り、最後の方の言葉はなかったことにしていた。
「しかし、母上。昨日の出来事なのにもうお気づきになるなんて……」
すると、私に代わってレイン様が王妃様に疑問をぶつける。確かに、あまりにも早い行動であった。
そんなレイン様に何となく不満そうな顔をする王妃様。たぶん、お母様と呼ばない彼女にご不満なのだろう。
「……あなたが私を避ける行動が陛下そっくりだったので何かやらかしたのだろうとすぐに気がつきました。まったく、血は争えませんね。陛下が隠していると思われている場所も全て把握しております。不問にしているだけで監視はさせていますわ。フフフッ、私に隠し事など不可能だと思っておいた方がよろしいですよ、レイフォース。いえ、レイン」
王子の質問を優雅に紅茶を一口頂きながら答える王妃様。その内容はとてつもなく恐ろしく、あのチャラ王が不憫にさえ思えるものだった。
レイン様も話を聞いて珍しく顔を青くしている。実の所私もいろいろ隠し事をしている身なので、王妃様の言葉は他人事には聞こえなく内心冷や汗ダラダラであった。
「分かりました……しかし、なぜボクがこのような格好をし、名前まで変えなくてはいけないのですか?」
さらにレイン様は王妃様に質問、いや不満といった方が良いのだろうか、そんな抗議をする。確かに、髪を切り男装させれば何とか王子として誤魔化せるのではないのかと思い、私は彼女を見てみる。だが、そのプロポーションと綺麗な顔立ちに私は無理だなっと早々に白旗を上げた。
誰がどう見ても一発で女の子だと認識できてしまう恐ろしさ。あのマジックアイテム、恐ろしい子……。
「それはですね……」
ふぅ~と一息すると王妃様は一旦瞳を閉じ、持っていたカップを皿に戻すと沈黙する。その沈黙が何となく重く、何か重大な理由があるような雰囲気を醸し出していた。それを察したのかレイン様も勢いを失い、王妃様を見守っている。
やがて瞳を開け真顔になった王妃様がこちらを見てくるので、私は姿勢を正して息を飲み、次の言葉を待った。
「最近、メアリィの活躍を聞いていて、娘も良いわね~と思っていたところにレイフォースが可愛らしい娘になったじゃないですか。これはもう神様の導きなのだと、全力で娘を堪能しようと思いました♪」
極上の笑みを浮かべて王妃様が一瞬理解不能な回答を投げてきた。そのせいで私もレイン様もホケ~とした顔で数瞬、沈黙してしまう。
(もしかしてこの方は息子が娘になって大変喜んでいらっしゃる? もしくは楽しんでいらっしゃる?)
止まった思考を何とか働かせ私はそう結論づけると、今回の事件が大事になっていないように思え、私はちょっとだけホッとした。
「母上……」
レイン様が呆れたように半眼になって王妃様を見ている。
「フフッ、あらあら、冗談ですよ」
(いや、あの目は冗談ではないと思うわ)
レイン様の反応を楽しむようにクスクスと笑う王妃様に、私は絶対遊んでいると確信していた。
(王妃様……あのエミリアと長い付き合いだけあって、思考パターンが似ているのかしら。意外だわ)
楽しいこと大好きなお転婆姫のことを思いだし、私は意外な一面を見せた王妃様に呆然としてしまう。
「というわけで、こちらとしてもあまり公にせずそのマジックアイテムの件を調べさせますが……メアリィ、あなたの方でも頼みましたよ」
「ふぇ? は、はいっ」
何がどう「というわけ」なのか分からないと心の中でツッコミをいれていた私は、王妃様に呼ばれ一瞬動揺し変な声が出てしまったがそれを打ち消すように慌てて返事する。
「あなたならきっと解決してくれるでしょう。期待してますよ」
正直な話、期待に応えるのは遠慮したいところだが、今回の事件は少なからず私が発端だったりするので、その失敗をチャラにするためにも頑張らなくてはならない。
(まぁ、誰かが作ったマジックアイテムを外すだけだもの。そんな大事に発展するようなことはないでしょう。大丈夫、大丈夫)
などと楽観的に考える私。その楽観もそうあって欲しいという願望からのものだったりするが……。
とにかく今回の事件、私はいつもより積極的に解決にあたらなくてはならなくなった。
祝!「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」コミックス1巻が重版したそうです!ご購入してくださった皆様ありがとうございます。この勢いに乗って書籍版1~3巻も重版できたらなぁと願っておりますので皆様よろしくお願いいたします。




