ごめんね……
いよいよ魔工兵器を完全に目視できる距離まで来た。
その姿は想像以上に不気味な形となっている。中心部である胴体は人のような上半身がいくつかつなぎ合わされた状態になっており、それが横倒しになって、その上部に大きくてとても長い歪な腕が何本も生え出ていた。そして下部には同様に歪な腕と足が体を支えるかのように何本も生え出て、忙しなく動いている。
さらに、近づくにつれて気がついたのが、その歪につなぎ合わせた胴体部には人のような頭に大きな目玉がついたものが幾つもくっついていて、それがギョロギョロと辺りを見渡していた。全てが機械的に作られているはずのそれに、生物的な要素が混ざっている。目玉もそうだが、腕などから筋肉繊維のような肉塊がはみ出しているモノも見えた。
(ギルツさんの造形センス、最悪だわ。何か、とりあえずくっつけてみました感半端ないわね、なんであれで動くのかしら不思議になってきたわ)
私は鳥肌がたつ腕をさすりながら、辺りを見渡した。一帯は崩壊し、ここが町長の屋敷でどんな感じだったのか私には想像できないほどに破壊されている。幸いなことに周辺には逃げ遅れている人の姿は見えなかった。
「うおっ、そこにおるのはメアリィかっ!」
私よりもさらに上空から声が聞こえてきて、私は一旦あのグロい兵器を見るのをやめると、上空を探した。すると、すぐにあのオレンジ色とピンク色が混じった髪の毛をした魔族を見つけることができた。
「姫殿下! スノー、あの魔族の人の所へ行って」
『はぁ~い』
私の指示に従ってスノーはさらに上昇してエミリアに接近する。すると、エミリアが何かを掴んで飛んでいることに気がついた。
「ザッハさん! マギルカァァァ!」
掴まれていたのはザッハだった。そして、ザッハが掴んでいるのがマギルカである。だが、私はマギルカがぐったりとして項垂れているのを見て思わず大きな声で彼女を呼んでしまった。
「二人も持って飛び続けるのに限界が来ておったのじゃ。とはいえ、奴に見つかり二人をどこかへ下ろしている暇がなくてな。ちょうど良い、メアリィ、二人をそっちへ移して避難させてくれ。妾は奴を引きつけておく」
「はい、良いわよね、スノー」
『構わないけど、三人も背中に乗っけてうまく動けないから、そのまま戦うとなると振り落としちゃうわよ?』
「今は戦わないわ。避難できそうな場所まで離れて降ろすから。姫殿下、二人をこちらへ」
スノーの言葉を受け、私はエミリアに二人をスノーの背に降ろすように言う。すると、彼女は怪訝そうな顔をした。
「そやつ、妾達が会った可愛らしい豹の神獣の大きいバージョンか?」
『妹に会ったのぉぉぉ』
エミリアの言葉にスノーが反応して、彼女に迫っていく。二人を背中に乗せようとしたのに、これではうまくできない。
「こら、スノー! その話は後にして! まず二人を」
『でも、妹が!』
「気持ちは分かるけど、まずはできることからしましょう。話を聞くにもこのままじゃあ話もできないわ」
私が宥めるように彼女の背中を撫でてあげる。
『分かったわ』
そう言って大人しくなるスノーにエミリアが二人を降ろした。
「メアリィ、さっきから何一人でしゃべっておるのだ? ついに妄想と現実が……」
「そこら辺の疑惑は晴れました! 私は神獣であるこの子、スノーと会話できるんです! 詳しくはフィフィさんに聞いてください!」
残念そうな顔でエミリアが自分だけ飛んで少し離れていくので、私は大声で抗議する。
「そ、そうなのか。うん、まぁ、そこら辺は後にしよう。妾が引きつけておく故、そなたらは離脱せよ」
身が軽くなったエミリアがそう言うと、魔工兵器に向かって飛んでいった。
「すげぇな、メアリィ様。本当に神獣としゃべれたのかよ」
エミリアの様子を伺っていると、話を聞いていたザッハが驚きながらマギルカを上手く寝かせていた。
「そうだった、マギルカ! マギルカ、どうしたの? しっかりして」
私はぐったりとして今なお目を開けないマギルカを見る。
「大丈夫だ、メアリィ様。マギルカはちょっと魔法を使いすぎて疲れているだけだって姫殿下が言ってた。まぁ、後、高い所にいて気分が悪くもなっている」
私の心配をザッハが簡潔に説明してくれた。どうやら命に別状はないらしい。後、彼女が高所恐怖症だということを思い出した。
「何があったの? あの魔工兵器は動かないはずなのに」
「あれが魔工兵器で動かないところまで知ってたのかよ、さすがはメアリィ様だ。皆が言うように何でもお見通しだな」
またどこかであらぬ誤解が生じているようだが、とりあえず話を進めさせるため私はあえてそこには追求しなかった。
『ねぇ、メアリィ、妹の件は?』
私とザッハの話にスノーが割り込んでくる。
「分かっているわよ、そう焦らないで」
「は? どうしたんだ?」
急に会話が成立せずザッハが首を傾げてしまう。
「こっちの話よ、気にしないで」
私は再び宥めるようにスノーの背中を撫でてあげると、ザッハに話を進めるように促した。
彼の話によると、町長を追いつめ、地下に行き、途中で監禁状態の小さな豹を見つけ、救いだしてそのまま連れて町長を追ったそうだった。その時、スノーが「妹だわ」と私の頭の中だけで騒ぐので私一人、彼女を宥めて話を進ませるのに苦労する。
そして、彼の話では行き着いた先にいた町長があの兵器を動かそうとして失敗。そして、あの忌まわしいアイテムを使用したことが分かった。
「リベラルマテリア……」
マギルカの命を危険に晒し、学園祭を滅茶苦茶にしそうになったあのアイテムがまたここでも使用され、私は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「町長はあの神獣の子を生け贄にしようとしたみたいだったけど、あのアイテムはそんなもの関係なく、町長ごと呑み込んじまった。んで、あのグロテスクな兵器が動き出したってわけ。そしたら、開閉式の天井を強引にぶち破って外に出ようとしてさ、俺達も瓦礫の下敷きになるかと思ったところで、マギルカがプロテクション・フィールドっていう魔法で俺達を守ってくれたんだ……」
一度話を止めて、ザッハがマギルカを見る。彼女が使った魔法は物理的なモノから全方位を守る盾のようなものだ。それを張り続けると言うことは魔力の消費も激しかっただろう。
「そのうちに俺がマギルカを抱えて、姫殿下が俺を掴みあげて、崩れる天井を掻い潜り何とか外へ出られたんだ。二人を持ちながら飛ぶのに必死で、姫殿下は回避が甘くなってしまって、マギルカがその間ずっと瓦礫から俺達を守るため魔法を行使しすぎて魔力切れ寸前になってしまった。咄嗟とはいえ、全てマギルカの指示だったんだ。判断が早く、的確な指示で助かったって姫殿下も誉めていたよ」
「……そう」
私はぐったりしているマギルカを見て自慢の友人である彼女を優しく撫でる。すると、彼女もそれに反応したのかうっすらと目を開けた。
「……メアリィ、様?」
「マギルカ、無事で良かったわ」
「……メアリィ様」
私が優しく囁くと、マギルカが何かを訴えるように震える手を差し出してきたので、私はその手を掴んであげる。
「……何、どうしたの?」
「……メアリィ様……た、高いです……早く下ろしてください」
マギルカの悲痛な訴えは風にかき消されるようなくらい弱々しかった。それほどに憔悴し、恐怖しているのだろう。何てったって、今まで浮遊魔法でだって来なかった高度にいるのだから。彼女にとってはまさに地獄だろう。
「姫殿下、一旦ここから離れます! 向こうに殿下が避難の先導をしており、もうじき自分達も下がるそうですので」
「分かったのじゃ! ここは妾に任せて、先にゆけぇっ!」
(あぁぁっとぉ! 姫、それは死亡フラグですよぉぉぉ)
エミリアに離脱を告げると彼女は言ってはならない言葉を大声で叫んでしまい、私は思わず心の中でツッコんでしまった。
「ある程度離れたら二人を降ろすわね。ザッハさんはマギルカを背負って殿下の所まで死に物狂いで走って! 姫殿下も頃合いを見て一旦こちらに合流してください! スノー、下降して頂戴!」
『え? えぇぇえ! 妹はぁぁぁ!』
「それは後で何とかするから、今は言うこと聞いて!」
私の言うことに渋々といった感じでスノーは従い、相手からある程度距離を置くと地上に降り立つ。ザッハは何も言わずにマギルカを背負い、そのまま走り出した。自分の役目が今なんであるのか、しっかりと把握している証拠だった。程なくしてエミリアが合流する。
「二人は無事避難できたか?」
「おそらく。では、姫殿下もこのまま避難を」
「なっ! 妾がここを離れたらアレがこちらに来てしまうかもしれぬ。住人の避難と兵達の戦闘準備の時間を稼ぐのが今回詰めの甘かった妾のやくっ」
「姫殿下! その時間稼ぎは私とスノーがやります」
私は失礼ながらも驚き抗議するエミリアの言葉を遮るように口を挟んだ。
「姫殿下には未だ逃げ遅れている者がいないか、確認しながら後退してもらいます。私達より姫殿下の方が皆も安心するでしょう」
「し、しかしじゃな。そなたらにあんな化け物を任せるわけには」
「心配無用です。このスノーは腐っても神獣ですから。それに彼女も大丈夫だと言っていますし、何だったら破壊しても構わないと、頼もしいことも言ってますしね」
『ちょっと~、腐ってもってなによ、失礼しちゃう。それに、そんなこと一言も言ってないわよぉ~。虚偽よ、虚偽ぃ~』
私が乗っている神獣様が何か文句を言っているが聞こえない振りして、全ては神獣が何とかすると言い切る私。私にしか彼女の声が聞こえないからという暴挙でもあった。
それでも何か思うところがあるのかエミリアがここを離れることに躊躇ってしまっている。
「しかし、そなた一人を残すなど、妾には……これは我が国の問題じゃぞ、なのになぜ、そなたはそこまで」
私がそうまでして自分とは無関係な他国の出来事に関わってくるのかよく分かっていないようだったエミリアに私は少しおかしくなって、クスリと微笑む。そして、私はフワリとスノーから飛び降りると、そのままびっくりしたエミリアを優しく包み込んだ。
「……エミリア……『友達』が困っているのだもの。手を貸すのは当たり前でしょ」
私は失礼を承知でエミリアを名前で呼んだ。とても親しげに、そして、それが当たり前だと言うように。すると、エミリアは私から少し離れこちらを見てくる。そして、何か言おうとしたがその言葉を呑み込み、それから静かに頷いた。
「……分かったのじゃ……しばらくここはそなたに任せるぞ。無茶はするな、メアリィ! 絶対じゃぞ、友との約束じゃ」
「ええ」
私が微笑み返事をするとエミリアは飛翔し、周辺を散策しながら二人の後を追う。それをしばらく見送っていた私の耳に巨大な物体がそこかしこを破壊しながらこちらに迫ってくるのが聞こえてきた。
「お待たせ、スノー! あなたの妹、助け出すわよ」
『分かったわ、メアリィ』
そう言って私はスノーに飛び乗ると彼女は元気良く上空へと飛び上がっていく。
『サフィナ! サフィナ、聞こえる?』
私は空に上がりながら伝達魔法でサフィナを呼んでみる。
『はい、何でしょうか、メアリィ様』
すぐに返事が返ってきた。
『近くにギルツさんを呼んでもらえる。後、姫殿下とザッハさん、マギルカも無事であることを報告しておいて』
『良かったぁ。あ、近くにフィフィさんとギルツさんが来ました』
私はザッハ達から聞いた事の顛末を簡単にサフィナに説明し、側で待機している二人に説明させる。伝達魔法は魔力を多く消費し長々と伝えるのは困難だ。私は全然平気だがなるべくサフィナには負担がかからないように話を区切り、簡潔に伝えてもらうよう心掛ける。その間もスノーは近すぎず離れすぎずの距離で例の巨大兵器を足止めするように周りを飛び回っていてくれる。
時折、大きく長い腕がこちらに伸ばされてくるがそれを上手く躱すスノー。それに振り落とされないようにしている私の身などなんだかこれっぽっちも考えていないように思えてならない。まぁ、この程度で振り落とされるような私ではないが……。
『自分達の常識を遥かに逸脱したあの未知なるアイテムならあの兵器を強引に動かすのは可能かもしれないそうです』
『つまりは召喚された未知の化け物が動力部を心臓にして、筋肉と血管みたいなモノを全身に行き届かせて今の状態を作っているってわけね。言わば、魔工兵器という肉体に召喚された未知の化け物という内臓を詰め込んだ状態だってことかしら』
サフィナの説明に、私なりの解釈を伝えた。おおよそそれであっているそうだ。なんて無茶苦茶なアイテムなのだろう。あの生物っぽい部分は化け物がはみ出した部分ということか。
『動力源がどうなっているのか確かめる必要があるわね。サフィナ、動力源がどこにあるのか聞いてくれる?』
『……単純に胴体部分の真ん中、一番防御の堅いところだそうです』
「スノー! 動力部が目視できるところまで近づける? あいつの胴体の真ん中、一番防御が堅いところ」
『む、無茶言わないでよ~、あいつの腕多すぎるし、武器もあるし、構造無視した動きしてくるんだもの~。メアリィも魔法で援護してよ~』
スノーが伸ばされてくる無数の手を掻い潜りながら何とか相手から離れていく。さらには胴体の側面から弓矢のようなものまで無数に飛んでくる始末だった。簡単に近づいてゆっくり観察なんてできる状態ではない。
『魔法攻撃って効くの?』
それが効くならすでにエミリアの攻撃で終わっているはずだった。だが、見たところ相手はどこも破損しているようには見えない。
『……あれは対魔族に特化した、魔法に強い防御力を持っているのが特徴なのだそうです』
『なるほど、だから姫殿下の魔法が防がれたのね』
『全身の何割かが魔法に強いミスリル鉱石でできており、魔法障壁を張る魔法術式がそこかしこに刻まれているとか』
『また面倒なことをしてくれたわね。何か弱点はないの?』
『……攻撃は体に生え出ている腕が主流だそうです。ゴーレムなので魔法を放つことはできないので胴体にくっついてしまえば攻撃し辛くなるかと……だそうです』
「スノー、接近するわよ! 何とかあの腕達を掻い潜って胴体にへばりついて、そうしたらもう相手は攻撃できないわ」
『オッケェ~、メアリィのことはほんとに考えないから、自分の身は自分で守ってね~』
「わかったわ、気にしないで突っ込みなさい」
私の言葉に意を決してスノーが突っ込んでいった。今までで一番速いスピードである。それに合わせて無数の腕がスノーめがけて伸ばされてきた。
彼女はスピードを落とすことなく、時にはスレスレをすり抜け鋭利なモノに傷つけられてもそのまま突っ込んでいき、そして、一瞬攻撃が止む。
手の攻撃を掻い潜ったのだ。
そして、見える動力源の心臓部。
『いやぁぁぁあああ! 妹が、妹がぁぁぁ!』
見えた先に巨大な心臓が鼓動を繰り返し、それに張り付くようにダブザルと呼ばれた町長の哀れなミイラと、ぐったりとしフサフサだっただろう毛が萎れ、その体がガリガリにこけ落ちた小さな豹の姿が見えた時、私の頭の中にスノーの悲痛な叫びが響き渡る。スノーがそのままの勢いで心臓部へ近づこうとしていた。
が、その時――。
「回避してぇぇぇっ!」
私は嫌な予感がして本能的にそう叫ぶと、スノーの体を横に引っ張り、彼女の直進を妨げた。彼女の軌道が直進からカーブへと変わる。
そして、私達が直進してきた場所にファイヤー・ボールが心臓部周辺から無数に打ち出されていった。まさに炎球の集中砲火であった。
間一髪で方向を変えた私達は辛うじてその攻撃を避けることに成功できた。私は無効化スキルがあるので全く無傷だが、そのスキルはスノーにまで行き届いているわけではない。一部スノーに当たってしまったようだが致命傷にはなっていないらしい。
離れる際にみた心臓部周辺には、無数の目とともに、人間に似た口が無数に飛び出ていたのが目に入っていた。おそらく、あれが詠唱したに違いない。
『ちょっとお爺さん! 魔法攻撃してきたわよぉぉぉ! どういうことぉぉぉ!』
私はスノーが怪我してしまった怒りに相手がサフィナだと忘れて伝達魔法で怒鳴ってしまった。
『ひっ!』
サフィナの心の悲鳴が聞こえてきて、私はその怒りを鎮めようと努める。
『あ、ごめん、サフィナに言ったんじゃないからね』
『……は、はい……えっと……そんな機能を付けた覚えはない、あの化け物が自分に都合の良いように進化しているだけだろうと。早く動力源を破壊しろっと言ってます』
サフィナは気持ちを切り替え、すぐに私の言葉を伝えたらしく、返答がくる。私はもう一度サフィナに謝ってから思案した。
『メアリィ! 妹がぁぁぁ、妹がぁぁぁ! あのままじゃ、死んじゃう!』
何とか魔工兵器から距離を取ったスノーが再度突撃をかけようと慌てて体勢を立て直した。
「落ち着いて、スノー! その言い方だとあの子はまだ生きてるのね」
私はギュッと彼女の首に上からしがみつき、耳元で言う。
『え、ええ、でも、どんどん魔力が小さくなっているわ。私達神獣は膨大な魔力を糧にして生きてるのよ。それが無くなったら、死んじゃう』
「あいつが動いている以上あの子から魔力が吸い取られ、使われているってことね。だからどんどん変化しているのかしら。とにかく、これ以上あいつに魔力を吸わせるわけにはいかないわ。動力源を破壊しろって具体的にどうしろっていうの?」
私はその疑問をサフィナに伝えて、返答を待つ。
『あの……心臓部を木っ端微塵に貫け……だそうです。ですが、魔力供給源の神獣がいる限り、心臓部は再生するとのことです』
『えっ、じゃあどうすれば?』
『……心臓部を貫き、且つ、その時点で神獣を引き剥がせ……だそうです』
『なるほど、分かったわ』
私はあることを考え、実行しようと画策する。
『え、あ、引き剥がすといってもそんな単純じゃないとのことです』
サフィナの意外な言葉に私は画策を一旦中止した。
『どういうこと?』
『アレに取り込まれたモノはその肉体の一部と化してしまうそうです』
『一部と化すって?』
『つまり、引き剥がす前に心臓を貫けばその神獣も肉体の一部として朽ちる。逆もまた同様……とのことです』
『何そのふざけた設定! 無茶苦茶でしょ! マギルカの時は大丈夫だったじゃない』
『マギルカさんの時はアレに取り込まれる前だったので良かったのですが、今回は……』
あまりにも理不尽な設定に私はサフィナに怒りをぶつけてしまった。
『だから……え、そ、そんなっ!』
『どうしたの、サフィナ?』
サフィナの驚きに私は嫌な予感しかしなかった。それでも聞き返してみる。
『……神獣なら、一体化から抵抗して剥離可能かも……でも、話を聞く限り今の神獣ではもう抵抗できるとは思えないとのことです……』
『……それは……』
『え、あ、今、エリザベス様から魔族の兵達に命令が届いて、大きな槍を飛ばせる大型魔工弩砲を何台か用意しているそうです』
『……何それ?』
私を置いて何やら向こうでも対策会議が開かれ勝手に話が進められているみたいだった。
『これ以上の被害拡大を防ぐため、仕方がないので全軍攻撃の中、神獣ごとそれで貫く……と』
「神獣ごと貫くですってっ!」
私はあまりの言い分に思わず声を出してしまい、慌てて口を塞いだ。
『ちょっと、メアリィ……何、今の言葉? ねぇ、どういうこと?』
怒気を含んだスノーの声が私の頭に響いてくる。心なしか、毛が逆立っているようにも見えた。私は隠していても仕方がないと先程の話をスノーにする。
『ふざけるんじゃないわよぉぉぉっ! 私達をさんざん利用して、あの子になんの罪があるって言うの! あの子はまだ生まれたばかりで、神獣としての自覚もない子供なのよ! 私の大事な大事な妹なのよ! それを仕方がないからで済ませないでぇぇぇ! これだから、人間は嫌いよぉぉぉ!』
私の頭の中にスノーの怒りと悲しみがなだれ込んでくるような気分だった。確かに、スノーの先祖はその善意を人に利用され、使役されてしまった。さらにそれが一族を縛り付け、スノーもまた自由を奪われた。そして、まだ何も知らない無垢な神獣が魔族の人の欲望に利用され、打つ手がないならその子ごと殺るという。
(まったく、身勝手すぎるわね)
私は怒りに震えるスノーの頭を優しく撫でてやる。彼女はそれを嫌がるように首を振った。それでも私はやめなかった。
「嫌いなら、どうして私に力を貸してくれるの?」
『それは……メアリィが久しぶりの話し相手だったし、あの忌々しい箱も破壊してくれたから……し、信じてみよう、かな……って』
言葉の最後の方がだんだん小さくなって、私の頭の中で消えていく。それでも私はとても嬉しかった。そして、同様にとても悲しかった。
「ありがとう、スノー。あなたの怒りと嘆きは理解できる……なんて、私が言える立場じゃないよね。……ごめんね、スノー……こんなのひどいよね……身勝手すぎるよね……」
スノーを見る視界がみるみるうちにぼやけていく。私の瞳から涙が零れ落ちてきて止まらなかった。
『メアリィ』
それを肌に感じたのか、スノーが逃げるように頭を振るのを止めた。
「スノー……私はあなたが寄せてくれた信頼を裏切ったりしない! 私があなたの妹を必ず救ってみせるわ!」
私は涙をぬぐい去り、意を決したように叫んだ。
『メアリィ』
「お願い、スノー。私を信じて」
遥か大空で私とスノーは見つめ合う。
「…………」
『…………』
そして、先に動いたのはスノーだった。首を戻し、視線をあの兵器へと戻す。
『……信じるわ』
その言葉に私は熱いものを感じ、また少し涙ぐんでしまった。ギュッと抱きしめたい思いだったが、今はそんなことをしている余裕はない。あの子を救い出す時間は限られているのだ。
「ねぇ、スノー。妹さんは私の言葉を理解できる?」
『あの子はまだ幼いから複雑な言葉は理解できないと思うわ。でも、あの子昔っから、口に出す言葉より心の声というのかしら、そういうのに反応するのが得意だったのよ』
スノーの言葉にザッハが話していたことをふと思い出した。確か、魔族を怖がっていたあの子が謝っていたエミリアをすぐに許したとか。あれはエミリアが本当に自分を助けたかったからという心の何かを理解したからかもしれない。
『でも、今のあの子に意識があるのかどうか……それに一体化から抵抗する力なんて、もう……』
「スノー! お姉さんのあなたがあの子を信じなくてどうするの! ちょっとでも良いの、一体化から抵抗してくれれば、私が木っ端微塵にアレを貫くから! だから、スノー、あなたの力も貸して! 一緒にあの子に呼びかけよう」
『木っ端微塵って、そんなこと人間のあなたになんか……』
「大丈夫よ、私、こう見えて体だけは完全無敵なんだからね」
私は胸を張って宣言すると、スノーが笑っているのか体が揺れた。
『フフッ、体だけって、言い方おかしくない?』
「そ、そこは気にしないで頂戴」
互いが薄く笑いあう。こんなことをしている場合ではないのだが、ひと時の和みが今はとても心地良い。そして、私の決心がより強固となっていくのが分かる。
『サフィナ、聞こえる?』
『……はい、メアリィ様……』
無情なことを先程私に報告してしまったのが心苦しかったのか、サフィナの返答に力がない。
『姫殿下って、もうそこに到着しているかしら?』
『あ、はい、先程到着しました。マギルカさん達も』
『そう、良かったわ。じゃあ、姫殿下に伝えてくれる。これから、私達が必ず神獣の子を助け出し、あの兵器をぶっ壊すから、兵隊さんには悪いけどそこで見学していろって言っておいて』
『は、はい!』
私の言葉に先程の沈んだ感じが失せたサフィナの元気な声が返ってきた。
(エミリアなら分かってくれる。きっと私を信じてそんな理不尽な方法、止めてくれるわ)
私は目を閉じ一度深呼吸をする。そして、眼下に広がる化け物を睨んだ。今なお変化をし続ける異形の化け物は先程より長い腕が増え、よりグロテスクな物へと変わっていた。
「スノー、悪いんだけど、私の邪魔が入らないところまであなたに全部任せていい?」
『ええ、全力でいくわ! だから、妹をお願いね、メアリィ!』
下手な邪魔が入って私が神獣にまで危害を加えてしまう可能性がないとは言い切れない。私もまだまだ未熟なのだから、過信はしない。失敗は許されないのだから、確実に事を成すためにも一人じゃなく手を貸してくれる仲間が欲しい。そして、私には今頼もしい仲間がいる。私の側に、そして、遠くにも……。
私はそのままスノーは見えていないのに、背中の上で微笑み頷いた。
「さぁ、行くわよ!」
今、最終決戦の幕が切って落とされる。