ネーミングセンスとは?
ここからメアリィ視点に戻ります。
私は後のことは大人に任せ、騒然となっている倉庫を抜け、外に出ると、見晴らしの良い場所をスフィアに案内されて、町の様子を見た。幸いにして、ここは中央の栄えている港町から離れ、あちらに比べて標高が高くなっているので、全貌を見渡せる感じになっている。
そして、月明かりに照らされ、町の一角に家とは異なる何か別の物体を目撃した。
遠くなので詳しくは分からないが町に当たり前のようにいるような代物ではないことくらい、遠くから見ている私ですら分かった。
(おそらく、あそこが町長の屋敷で、あれが超大型殲滅魔工兵器! 皆は?)
「イクス先生! レイフォース様達は?」
そこで私はいろいろと指示を出し、兵の統制を取っていたイクス先生を見て問いかけた。
「連絡では王家の兵達が町長の屋敷に突入したと同時にクラウス卿とともに離脱している。ご無事だ! だがしかし、町長を追ったフトゥルリカとエレクシルが姫殿下と共に行方不明だ。おそらく、あの巨大物体と何か関係しているかもしれん! とにかく、お前達はここで待機していろ!」
そう言ってイクス先生は再び周りの指揮に戻る。
(そ、そんな……皆、無事だと良いんだけど。まさか、あの兵器の側にいるんじゃ)
嫌な予感しかしなくなり、私はいても立ってもいられなくなってきた。そして、もう一人、いや、もう一匹ソワソワしだした者がいる。
なぜかは知らないが、例の箱を破壊して解放してから先、私の側にいる大きな雪豹こと、ゆる~い神獣様であった。
『どどどど、どうしよう、メアリィ! 今まで感じ取れなかった妹の気配を随分前から微弱ながら感じ取れてるんだけどぉ~』
焦っているのかその大きな顔が私の顔面スレスレまで迫ってくる。私の視界は豹の顔でいっぱいだった。
「近い、近い」
私はシッシッと手を振って離れるようにジェスチャーすると豹も私から離れてくれる。
「それで、どこから感じ取れるの?」
私はあまり聞きたくないなぁと思いながらも、それでも一応聞いてみる。すると、豹は器用に前足を使ってある一方向を指し示した。
その指し示す方向へと頭を向けると、その先には例の巨大兵器が見えるのであった。
ドォォォォォンッ!
その時、大きな爆発音が辺り一帯に響き渡る。ちょうど私が豹によって指し示された兵器に向かって爆発が起きたのが見えた。だが、何かが壁になって兵器には届いていない。
「あれは爆裂魔法! あの階級魔法を操れるのは姫様です。もしかしたら」
スフィアが私の後ろで爆発を見てそう叫んだ。
(エミリアが応戦をしている。とりあえず、彼女は無事ってことね。なら、おそらく近くにいるマギルカ達も……)
友達がそこにいるかもしれない可能性が出てくると、さらに心配になってここでじっとしているのがだんだん困難になってきた私。
ならば、どうやって移動する。走って最短距離を行くなら、それこそ、一直線に全てをぶち抜いていくしかない。しかし、今町はパニックだ。そんな中を走っていくのは私による人身事故が発生して危険すぎる。
『こうしちゃいられないわ! 行くわよ、メアリィ!』
「ちょ、こら、何するのよぉぉぉおおお!」
「お、お嬢様ぁぁぁっ!」
いきなり何を考えたのか豹は私の服を後ろから器用に咥えると持ち上げ、ポイッと私を空中に投げた。何がなんだか分からなかった私はそのまま空中で文句を言い、体勢を立て直してちょうど足下に来たフサフサした場所に着地してしまう。それを見ていたテュッテの声があっという間に遠ざかっていった。
そう、私は今、神獣の背に座り、その神獣は月夜に輝く大空を美しくも神々しく駆けていたのだ。
(ん? 何、この展開? 神獣に乗る乙女って……どこの聖女様?)
「っていうか、何当たり前のように私を連れていくのよ!」
私は現状を把握すると、豹の背中に向かって抗議する。
『だってぇ~、メアリィだって友達が心配であそこに行きたがってたでしょ~。だから、道連れぇ~』
「おいこら、最初の方はとっても感謝するけど、最後の言葉は何?」
私はその言葉に胸を打つ暇もなく、とっても台無しな一言に半眼になって豹を見ながら、ペチペチと背中を叩いてやった。
だが、この展開は冷静に考えると私にとっては好都合だった。
まず、移動がしやすい。そして、何より神獣が大きいせいで乗っている私がよく見えないし、インパクトでいったら彼女の方が大きいので必然的に皆の視線は彼女に注がれ、私は「そんな人乗ってたっけ?」となるやもしれない。
(上手くいくと、周りからは神獣しか記憶に残らず、私はモブになれるかも……しめしめ♪)
『大丈夫ですか! メアリィ様!』
「うひゃぁぁぁ!」
急に頭の中に響いてきたサフィナの声に私は変な声をあげてしまう。
『どしたの、メアリィ? バカっぽい声出して』
『誰がバカっぽいよ! 失礼ね』
『え? どうしたのですか、メアリィ様?』
ついでに豹の声も頭に響いてきたので思わず伝達魔法で答えてしまい、サフィナが理解できなくて、さらに聞き返してきた。
(くそぉ、ややこしいからほんとにチャンネルを切り替えたい気分だわ)
『何でもないわ、大丈夫よ、サフィナ。今、神獣に乗って魔工兵器に向かっているところよ。マギルカ達を見つけ次第回収するわ』
『わかりました。お気をつけて』
『そっちもね』
私とサフィナの伝達が終わる。そして、私は近づいていく目標物を見てふと気がついた。
「ねぇ、あなた、まさかこのまま魔工兵器に突っ込んでいく気じゃないでしょうね?」
『まずは現状を把握しないとねぇ~。あと、名前がないと不便ね。おい、とか、あなた呼びは何かやだぁ~』
「こんな時に変なところ気にするのね。それで、なんて名前なの?」
『それは、禁則事項なのですぅ~』
「自分で振っといてなんじゃそれは!」
私は怒りに任せてモフモフした毛を引っ張ってやる。すると、豹は上体を起こして緊急停止し、そのまま空中に留まってしまった。
『いだだだ、だってぇ~、ご先祖様がうっかり真名を名乗ってしまったから一族の私達まで縛られちゃったんだものぉ~。だから、仮でお願いぃ~』
「何それ、私が仮で名前をつけろってこと?」
『そうそう、自分でなんちゃらと仮に呼んでくれって何か恥ずかしくない?』
この緊迫した状況下に緊迫感ゼロな要求をしてくる豹だが、その言い分は何となく理解できるし、呼ぶのに便利だから拒否する理由はないので私はちょっと思案する。例え(仮)とはいえ、名前をつけるなんて初めてなことなので、私もちょっと頭を使って関連性があってイケてる感じなのを考えようとしてしまう。
「それじゃあ、白い下地に斑点の豹だから『シロマダラ』」
『なんか、おどろおどろしいからやだ』
「口煩い豹だから略して『クチウヒョ』」
『さてはメアリィ、あなたネーミングセンスないわね』
「…………」
器用にも呆れかえったような表情をこちらに向けて言ってくる豹に私は無言で見返した。しばらく空中で沈黙が続く。
「あなたがお願いしてきたことでしょ! 文句があるなら自分でつけなさいよぉぉぉ!」
そうして、私は再び豹の毛を引っ張ってやる。
『いだだだ~! 暴力反対ぃ~! メアリィの場合深く考えない方が良いと思うのよぉ~。はい、深く考えないで、再チャレンジ~』
(この緊迫した状況下で私達は空の上で何をしているのだろうかね)
そう思うと、こんな所で遊んでいる場合ではないと思えて、もう名前など単純で良いやと私は投げやりになった。
「じゃあ、もう単純に雪豹の雪からスノー! これが嫌ならもう自分で考えなさい!」
『スノーか~。響きも綺麗だし、シロマダラとかクチウヒョよりはマシよねぇ~。うん、それでいこう~』
納得したのか豹、改め『スノー』が再び駆け出した。ふと、下を見ると、町の中ではやはりパニックが起こっている。
と、そんな中、魔工兵器からはかなり離れた場所ではあるが大きな広間に、大衆の避難を指示する王子率いるクラウス卿を含めた魔族の王国兵達の姿を見つけて私は体を屈めてスノーに向かって叫んだ。
「ストップッ! スノー!」
『うわっ! 大きな声で呼ばないでよ、どしたの?』
空中で制止し、スノーは器用にも頭を動かしこっちを横目で見ながら抗議してきた。
「ごめんごめん。とにかく降りて、下に王子達がいるの」
『王子? あぁ、あの金髪の青年? あらやだ、美少年!』
私が言うとスノーは下を観察し、王子を見つけ、なぜか嬉々するように地上へ降りていった。
(美少年って……あんた豹でしょ? 雄の豹になびきなさいな)
私は地上に降下しながらもそんなことをスノーに心の中でツッコむのであった。
「レイフォース様ッ! クラウス様ッ!」
そして、彼らの近くまで近づくと私は声を張り上げる。すると、まず王子が私に気がついたのかキョロキョロし始めた。
「上です、レイフォース様」
私が言うと一斉に皆上空を見る。なぜか、逃げていた魔族の住人達まで。皆が足を止めて私達を目撃してくれたおかげか、スノーが降りるであろう場所から人が退き自然と空間が開いていく。
フワリとスノーが王子達の前に降り立つと、さすがに周りがどよめき始める。こんな大きな豹が空から降りてきたらそりゃびっくりするだろう。私も早まったかと後悔した。
「全員、武器を納めよ! 味方だ、メアリィ嬢が乗っている」
クラウス卿も兵達も身構えるが、王子がいち早く背中に私が乗っていることに気がつき、皆を制止させてくれた。
「レイフォース様、避難されたと聞いておりましたのになぜこんな所へ!」
「人々がパニックになっている。誰かが中心となって先導しなければ危険だからね。友好国の王族として協力は惜しまないよといろいろ忙しそうだった魔女殿に伝えたら、渋々といった感じで任されたのさ。ハハッ」
「渋々ですか?」
王子が苦笑しながらしゃべるのでなぜ協力しようとして渋々な反応になるのか私には分からず首を傾げて聞き返してしまう。
「僕はそのつもりはなかったんだけど、どうも向こうはあまりこちらに借りを作りたくなかったんだろうね。特に非公式とはいえ王族に……ね。まぁ、いろいろあるんだろうよ、外交的にも」
王子は何だか分かったような顔でフッと軽く笑った。それは単なるため息にも見えたが、私の知らない王子の部分を見た感じがして、王族って大変だなと私は何も言わずにしておいた。
のだが……。
『あらやだ、さすがは王子様、考えていることが違うわねぇ~。良い男な上に頭も回るなんて、ムフッ♪ 益々良いわぁ~』
「あなた、豹として自覚あるの? レイフォース様の前で不敬よ」
尻尾をフリフリして何か知らないが器用にも前片足で口を隠し、ニマニマしたような表情を見せているスノーの頭を私は軽くペチッと叩く。すると、私の言葉と行動に王子は不思議そうな顔で見てきた。他の人も同様な反応を示した時点で私はハタと気が付いてしまう。
(しまった、痛い子の濡れ衣が晴れたのはフィフィさんの所にいるメンバー達で、ここではまだ誤解されたままだったわ)
「あ、えっとぉ、そ、それで、姫殿下は?」
「夕食会以降会っていない。だが、おそらくあの巨大な物体に攻撃しているのがそうだと思っている。彼女がアレを僕らの逆へと引きつけているおかげでこちらに被害がないのが幸いだった。マギルカ達も側にいるはずだから心配だよ」
私は別の話題を振って、今の行動をうやむやにする。王子も特に気にすることもなく、表情を戻して話を進めてきた。
「マギルカ達は私がしっかり回収します」
「うん、お願いするよ。しばらくしたら、僕らもここから離れてあちら側の丘へと避難するよう魔女殿から言われている」
王子が指さす方向は奇しくも私がスノーに乗ってきた方向だ。
(つまりはサフィナ達がいるところかしら? あそこなら食料やら医療品やら武器やらいろいろ物資があるから丁度いいかもしれないわね。エリザベス様もそこら辺を利用しようとしているのかも)
「分かりました。レイフォース様、くれぐれも無茶をなさらぬよう」
『お話は終わり? そんじゃあ、急ぐわよ~』
「「「おおおおおお」」」
再び、フワリと浮き上がってゆっくりと上昇していく私達を見て、足を止め見ていた周りの皆からどよめきの声が上がった。
「キミに比べれば、この程度無茶に入らないよ。それより、後は任せた」
「はい。クラウス様、レイフォース様をお願いします」
「分かっております! にしても、お嬢様。その大きな豹はご自身が言っていた神獣ですかなッ!」
「えぇ! いろいろあって、今は私達の味方です! さぁ、行くわよ、スノー」
『はいはぁ~い』
私の声とともにスノーは再び大空へと駆けだした。その神々しい姿とクラウス卿の神獣という言葉が目撃していた人々の口々に伝わっていき、目撃者は皆しばらく空を見上げ続け動かなかった。私は空にいたので彼らが口々に何をしゃべっているのか分からなかったが、よく見ると中には祈っている人まで見受けられるではないか。
(た、たぶん、スノーを見てびっくりしているのか、神獣だと知って祈っているのよ! 私はこの現象に無関係よ、うん、無関係! 私は目立ってない、断じて目立ってないわ)
私はなぜか心の中で焦りながら自分に言い聞かせるのであった。