挿話2―2
別視点が続きます。すみません、長くなってしまい、区切りました。もうすこし、エミリア達にお付き合いくださいませ。
隠し通路は階段となり地下へと繋がっていた。思いの外清掃が行き届いていて、今回初めて使ったという感じではない。何度も行き来していることが伺える。ダブザルが通ったのだろう証のように、周囲に明かりが照らされ、三人は狭い通路を一列になって歩いていた。
「ちょい待ち。何か変な音がする」
急に真剣な顔をして一番前にいたザッハが二人を止める。
「変な音?」
ザッハに言われて二人も耳を澄ませてみると、確かにカリカリと何かを引っ掻いている音がした。
「姫殿下、魔法はなしですからね。こんな所で崩落して生き埋めはごめんですわ」
マギルカは前もってエミリアに釘を刺す。そして、音のする方へと歩いていき、一つの扉にたどり着く。そこは他の扉と違って結構頑丈そうだった。その扉の向こうでなにやらその扉をカリカリと引っ掻く音が聞こえてくる。
「どうしっ」
「誰じゃ、引っ掻いとるのはぁぁぁ!」
慎重にことを運ぼうと口を開いたマギルカをそっちのけに、エミリアが問答無用で扉を開けた。もう、やだ、このお姫様と心底思うマギルカであった。一応、扉は通路側へ開くタイプだったので良かったものの、内側タイプだったら、カリカリしていた者はどうなっていたことやら。そんなことを考えながら、エミリアとマギルカは部屋の中へと入っていく。部屋の中は殺風景で何もなく、そして、誰もいなかった。
「なんじゃ、誰もおらんのか?」
「そのよ、ひゃぁ」
はて? と首を傾げるエミリアの横で部屋を見ていたマギルカの足下に何かの鼻息がかかると彼女は変な声を上げてしまう。
慌てて下を見てみると、そこにはモフモフでコロッコロの愛くるしい姿をした小さな雪豹がいたのであった。
「「…………」」
クンクンとマギルカの足下で匂いを嗅いではチョコチョコと太く短な足を動かして少し移動しては、またクンクンする白いフサフサ毛皮に綺麗な斑点の入ったモコモコ動物に、乙女二人は凝視し硬直してしまっていた。
「どうした? 二人とも」
「な、なんですの! この可愛らしい生き物は!」
ザッハの呼びかけで最初に動いたのはマギルカだった。
「何って、豹の子供だろ?」
論点が少々ずれているザッハの言葉など耳に入っていないのかマギルカはゆっくりとしゃがみこみ、ほ~らほ~らと手の伸ばす。すると、小さな豹は迷いなく彼女の指先へと鼻を寄せ、ペロッ舐め始めたではないか。かなり人に慣れているようである。
その愛くるしさにマギルカは我慢できなくなって、そっと手を伸ばしてそのフワフワな体毛を撫であげる。それも嫌がらずに逆にその身を寄せてきた。
「ハッ! なんじゃ、その可愛らしい生き物は」
「だから、豹の子供だって」
続いてやっと起動したエミリアがマギルカと同じような反応を示し、ザッハもまた同じように答えてスルーされていく。
だが、エミリアが触ろうとした瞬間、小さな豹はパッと離れてマギルカの足下に隠れてしまった。
「あらあら、姫殿下はきらわっ」
冗談半分に言おうとしたマギルカが思わず言葉を止めてしまう。それくらい、エミリアが絶望した顔でこっちを見ていた。ショックで今にも泣きそうだった。
「ひ、姫殿下。お、おそらくですが、この子がこんな所に好んで住んでいるとは思えません。町長様あたりがここに閉じこめていたのでしょう。ですので魔族の方には警戒しているのでは。決して姫殿下だけを嫌っているわけではないと思いますよ」
エミリアのあまりの姿にマギルカは慌ててフォローをする。
「そ、そうなのか? もしそうなら、ダブザルめ。許すまじ」
マギルカの言葉にエミリアが復活する。そして、辺りを見渡した。閑散として必要最低限の物しか用意されていない。しかも、よく見ると内側の出入り口になにやら結界らしき物もあるではないか。
「こいつかぁぁぁ! こいつのせいで妾が嫌われるのかぁぁぁ!」
そう言って、エミリアはその結界を解呪魔法で破壊しようとする。そして、バリ~ンと音を立てて出入り口の空中に浮かんだ魔法陣が砕け散った。
「これでもう大丈夫じゃぞ!」
ドヤァという顔でエミリアが振り返れば破壊音に驚いてさらに恐がり遠ざかる小さな豹。怯える豹をマギルカは優しく撫で、そして抱え上げると、豹はしっかりと彼女にしがみついてきた。その愛くるしさにお持ち帰りしたい心が沸々と沸き上がるマギルカであった。が、ここは自重せねばと心を落ち着かせる。
「姫殿下。もう少し落ち着いて行動なさってくださいませ。この子が怯えてしまっているではありませんか」
「うっ、す、すまぬ。驚かせてしまったな……そなたを阻害する物をさっさと消してしまいたかったのじゃ、許せ……」
自分のしたことに珍しくシュンとしてしまったエミリアにマギルカが豹を抱えたまま近づくと、その豹はエミリアの気持ちが伝わったのか、器用にぴょんと飛び、エミリアに飛び込んでいく。突然のことだったがエミリアは慌てて、豹を抱きとめ、そのクルクルした大きな瞳を見つめた。
「おお……なんじゃ、許してくれるのか?」
そう言うエミリアに豹はペロリと彼女の鼻先を舐めるのであった。それだけでエミリアの顔は紅潮し、沈んだ表情は晴れやかへと変わってしまう。
「か……可愛すぎる! なんじゃ、これは、絶対持って帰るぞ!」
「あ、ずるいですわ、姫殿下。私だって」
「お~い、目的を見失っていないかお二人さん」
豹の取り合いになっている乙女二人を呆れ顔で眺めていたザッハが二人に現状を思い出させるように忠告してきた。
「おう、そうじゃった! こんな可愛い子をこんな薄暗くて汚い所に閉じこめておくなんぞ、許すまじ、ダブザル!」
「……姫殿下。目的の理由が変わっておりますわよ」
握り拳を作って激高するエミリアに、マギルカは豹を地面に下ろしながら呟くのであった。
一方、ダブザルはエミリアが行使した解呪魔法に気がつき、誰かがこちらに向かっていることを察知する。執務室にいたときに使われた気絶魔法の気配。あれを堂々と行使できるのはおそらくエミリアだ。そして、いくら破天荒な彼女でも理由なく人様の執事に魔法を使うことはない……はずだ。ではなぜ、彼女はそのような大胆不敵な行動をしてきたのか。
実力行使が許される状況になった……ということだ。
ダブザルの頭の中にその結論が浮かんでくる。執務室から窓の外を見れば周辺を囲む王家の紋章旗が見えたとき、彼は咄嗟にこの地下通路を使って逃げてしまっていた。おそらく、何事かと迎え入れたら最後、あの姫に拘束されるに違いないと思ったからだ。
「いや、逃げたのではありません。少々早いですが、試運転がてら奥の手を試そうと思ったまでですよ」
そして、絶対的な何かを目の前にし、ダブザルは次第にいつもの余裕が戻ってきていた。見上げるその先の部屋はとても広く、そして、全体的に薄暗かった。とはいえ、自分の位置は把握できるだけの明るさはある。だが、彼の奥に何があるのかまでは光が届かず不明であった。ダブザルにはそこに何があるのか見なくても分かっていたのであまり気にすることではなかったが。
すると、遠くからこちらに走ってくる3つの足音が静かな空間に響き近づいてくる。ダブザルはそれを余裕の笑みで迎え入れることにした。
「見つけたぞ! ダブザル!」
予想していた通り、エミリアがきた。だが、予想外にもあのアルディア王国の客人二人を引き連れ駆け込んできたではないか。てっきり、大勢の兵を引き連れてくるのかと思って拍子抜けすらしてしまうダブザルである。
よく見ると、エミリアは両腕であの忌々しい獣を抱き抱えていた。何かと反抗的で敵意むき出しだったあの獣をあの結界牢から出したのだろう。豹もまたダブザルに気がついたのか、ウ~と警戒するような声を上げている。
「これはこれは、姫様。このような所までわざわざご足労いただき大変恐縮です」
ダブザルは余裕をもって紳士の礼をする。
「随分と余裕じゃのう、ダブザル。貴様には国の資産、備品の横領、さらに、他国との内通、横流し発覚の為、すでに軍が包囲しておる。観念せい」
追いつめたはずの相手がいやに余裕を見せるので、エミリアは開き直ったのかと、罪状を突きつけた。
「そこまで……クククククッ……」
「なにがおかしい?」
「五年ですよ」
「は?」
急に顔を片手で覆い、俯いて笑い出すダブザルにエミリアは怪訝な表情で答える。
「五年前、あの人に話を持ちかけられ、密かに行われていたはずなのに。順調にことが進んで後少しというところ、わずか数日で、何もかもが明るみに出るなど……姫様、私はエリザベス様の前で何か失敗をしてしまったのでしょうか?」
「さぁな、少なくとも伯母上の前では上手く誤魔化せてたじゃろう。理由を聞きたいのならメアリィに聞け。あやつが全ての歯車を噛み合わせたと言っても良い」
「メアリィ? 確か姫様の客人の中にそのような名前の白銀……」
そこまで言って、ダブザルは一人理解した。警戒すべき最も重要だった人物とは……。報告の節々に出てくる白銀の少女。彼女が全てを狂わせたのか。ほんの数日で……。
メアリィ本人がここにいたら「はぁ、なんのこと?」と全く理解できていない返答をするだろうが、生憎本人は不在である。
ダブザルは驚愕を越えて失笑しか出てこなかった。それは自分に対しての失笑だった。
「ハハハッ、なるほど。ならば、彼女がここにいないのは失敗でしたね。私が魔族最高の魔工技師、ギルツに作らせた魔工兵器がここにあるのですから!」
ダブザルは両手を広げて誇らしげに叫ぶ。
「魔工兵器じゃとっ!」
「そう、聖教国の襲撃に合わせて、この港町から制圧するための超大型殲滅魔工兵器ですよ!」
エミリアの驚く声に気分を良くしたのかダブザルは饒舌となり、言わなくても良いことまで口走ってしまう。
「聖教国じゃ、あ、ととと、あ、これ、大人しくせんか。今、込み入った話中じゃぞ」
緊張感溢れる会話の中、エミリアが抱いていた豹がダブザル相手に飛び出そうと暴れるのであやし始める。可愛らしい豹が抗議するように威嚇しエミリアの手から抜け出ようと暴れだす。場の空気が何ともいえないものへと変化してしまった。
エミリアがあやしても言うことを聞かなさそうなので彼女は豹をザッハに渡す。マギルカでないのはその子の力が結構あるので彼女では押さえられないと判断したからだ。そんなやり取りを眼鏡を直しながら呆れたように見るダブザル。彼からしたら、せっかくの大盛り上がりの所で水を差されたのだから、呆れてしまうのは無理もない。
「そんな神獣の子供などつれて来るから……」
「え、この子、神獣様なのですか。では、メアリィ様が助けたいとおっしゃられた妹の神獣って、つまりはこの小さな神獣様のことだったのですね」
マギルカはダブザルの呟いた言葉を聞き取って思わず声を上げてしまった。その言葉にダブザルは「また、メアリィか」と眉根を寄せる。
ここにもう一匹神獣がいることはあの若者も知らなかったはずだった。あの人と二人だけで密かに借りた保険の一つだったはずなのに、そのメアリィとやらはどこで神獣の話を入手したのか。まぁ、実際のところ、メアリィ的には神獣本人から聞いたとしか言えないが。
「短期間で神獣の存在まで気がついているとは……実に恐ろしい。エリザベス様以上に危険かもしれませんね。今後の私にとっては」
気を取り直してダブザルは後ろにある大きな物体へと近づいていく。そこは地面がさらに円柱状にくり抜かれ、その中に物体が納められているため、傍目ではどれほど大きいのか分からない。
だが、ダブザルが向かうその先にはそいつの胴体なのか大きな物体の中になにか装置のような物が剥き出しになっていた。
「まぁ、良いでしょう。時間もないことですし、お見せするとしましょう! この魔工兵器を」
そう言って、ダブザルは懐からだした起動キーなるものを取り出し、装置に差し込むと、起動させるべくキーを回すのであった。
数瞬の沈黙……。
そして、何も起こらなかった。