全ての謎は解け、ない方が良かったかも
数瞬の沈黙。
心なしか戻ってきていたスフィアが部屋の出入り口へと移動し始めているのが見えた。
(うん、まぁ、気持ちは分かるわ。とっても身の危険を感じ取っているのでしょうね、今)
「あの……何故に?」
何となくそうなんじゃないかな~と思っていた私は、まさかの猫耳でメイドという限定的な予想を遙かに超えていた大暴投発言にそう聞かざるをえなかった。
「全ては、こやつが! こやつのせいなのじゃぁぁぁ!」
そう言って、ギルツは予想外にもフィフィの方を向いて声を張り上げた。
「……は? 私?」
相変わらずの無表情で首を傾げる話題に上がったフィフィ。
「あの日、こやつが弟子入りに押し掛けてきよって、最初は身の回りの世話をしながら作業を見せてもらうだけで良いからと言うから、まぁ、面倒な家事をしてくれるなら良いかと承諾してしまったんじゃ。じゃが、そ、それが、あの悲劇を生んだのじゃ……」
何かシリアスな展開に持ち込もうとしているのか声のトーンを落として私達に言ってくるギルツ。芋虫状態なので全然笑えてくるので、それは無理というものだ。
「……何したの?」
「……さあ?」
私は呆れ半分に近くにいたフィフィに聞くと、彼女は相変わらず首を傾げてばかりである。
「お、おまえは、おまえは、こともあろうに……」
声を震わせ、ギルツがフィフィを見てきた。何か、本当にまずいことをしたのではないかと思えてくるような迫力である。思わず、私も固唾を飲んで見守ってしまった。
「儂の身の回りの世話を、メイド姿でしよったんじゃあぁぁぁ!」
ギルツの絶叫に、私の固唾はどこかへいってしまった。どういうことかと別視点で話を伺いたく、私はフィフィを見る。彼女も私の意図が分かったのか話し始めた。
「……以前話したように私は師匠に押し掛ける前、他の技術者へと押し掛けていた。その際、身の回りの世話をするならメイド服の方が何かと受けが良かったので以後、それを着用し家事全般を引き受けていた。だから、師匠の時もメイド服を着ていた。何か問題でも?」
「これといって問題はないと思うわよ。メイドじゃない人がメイド服着ちゃいけないなんて法律ないし……あれ? レリレックスではそう言う法があるのかしら?」
私はフィフィの問いに答えながら、疑問に感じてスフィアを見る。すると、彼女は首を横に振るだけだった。とにかく、自分の気配を消したいらしい。話しかけてすみません。
「おおありじゃあぁぁぁっ!」
私達の会話を聞いてギルツが激高してきた。
「あのヒラヒラフワフワした美しい服装に、ピコピコ動くフワフワの獣耳。スカートから覗くフワッフワの尻尾。メイド服と混ざり合い、奏でるハーモニーはもう、天使の、いや、悪魔の誘惑に等しかったのじゃあぁぁぁ!」
ものすごい未知なる体験をしたかのような表情で熱く語るお爺さんに、私は失礼ながらも冷えた視線を向けることしかできなかった。
「そんな日々が続き、儂はもう作業に集中できなくなってしまったのじゃ。頭の中では最高の武器を作る魔術回路など全く思い浮かばないほどに堕落してしまったのじゃ。そんな時、フィフィの才能に気がついてな、これはもう神の導きなのじゃと儂は悟り、フィフィに今後の技術発展を任せ、儂は完全に隠居し彼女の世話になることを決めたのじゃ」
ここで、一旦話を切るギルツ。呼吸してなかったのか、深呼吸し始めた。
「じゃが! おまえときたら、悪魔のような所行に出たのじゃ! 弟子になった途端、あのメイド服を着なくなったのじゃ!」
そして、息が整ったらまたまた理解不能なことで激高し出すお爺さん。そんなに興奮すると体に悪いよ。とりあえず、どういうことかとフィフィを見る。
「……弟子になったら魔工技術の方が優先。メイド服では作業ができない。メイド服を着なければ家事ができない訳じゃない。だから、着なかった」
とっても分かりやすい理由に私は全く異論はなかった。
「ハハハ……そうじゃろう、そうじゃろう。じゃが、儂は諦めきれなかったのじゃ。あの獣耳メイドに!」
「そこまで言うなら、誰か雇えば良かったんじゃない? 最高の魔工技師でしょ? それなりに蓄えもあったんじゃない」
「……あった」
私達三人の何だか性もない話が続いていく。
「フッ、これだから小娘は愚かなのじゃ……甘美な汁を味わえば男というのはもっと上質なもの、理想を求めるものじゃよ!」
何か私は知らぬ間にディスられた挙げ句、訳分からん男とはを語られてしまったので、呆れた顔でフィフィを見た。理解できないと彼女は首を横に振る。
「儂はふと思い至ったのじゃ! 探すのはめんどくさいし、誰かとコミュニケーションとるのも面倒だから、じゃあ、儂の力で作り出せばいいんじゃないかと! そこで閃いたのがゴーレムじゃ! あれなら儂の言うことを何でも聞いてくれるし、理想の姿も思うがままじゃっ!」
何だか、私達をそっちのけで芋虫お爺さんが熱く語り始めた。
「じゃが、それはすぐに壁にぶち当たったのじゃ! ゴーレムは魔術師しか作れない。しかも、人の姿を完璧に模写してなお、それを維持し続ける魔術師など儂の知る限りではおらんかったのじゃ」
(うん、そんなニッチなことに人生賭けるような魔術師いるわけ……)
そう考えてから、私はどこぞのアンデッド好きな先輩や、スライム愛好家の魔術師達のことを思いだし、絶対いないとは言い切れないと思えてきてしまった。
「じゃが、儂は諦めなかった! これほどまでに儂の胸を熱くさせ、創作意欲をたぎらせたのは初めてのことじゃったじゃろう」
(おいおい、数多くの宝具級アイテム作った時より熱くなるって……)
私は今なお熱く語るお爺さんの話の腰を折らないように心の中でツッコんでみる。
「そこで、儂が閃いたのが先も言ったようにゴーレムを魔工技師が作るという荒技じゃった! じゃが、それには試行錯誤のための莫大な研究費用と、材料、施設が必要じゃったのじゃよ」
「あぁ~、そこで町長と繋がるってわけねぇ~」
ものすんごく投げやりに私は会話に参加する。
「その通り。奴も儂のゴーレム計画に大変興味を持ってな。儂の計画に資金と材料を惜しみなく注いでくれたのじゃよ。ただし、条件付きでじゃがな」
「それが、殲滅魔工兵器」
「まぁ、そうなる。じゃが、儂にとっては些末なことじゃったので、了承した。試しにもなるしな」
とてつもなく危険なことをサラリというギルツに、私はこのお爺さんにはもう何も作らせない方がいいんじゃないかと思えてきてしまう。
「それから数年、町長の命で隠れながら作業に入り、なんやかんやとあってまぁ、うるさい町長を黙らせるため、いい加減ではあったが未完成品をとりあえず納品して、もっとすごい物を作ると嘯いて、儂はこのまま居座ったのじゃ。これで本命作業に集中できるのじゃが、儂はすでに大きな壁にぶち当たっておったのじゃ」
「はいはい、それはなんですか?」
熱く語るギルツに私は自分の髪をクルクルといじりながら気のない返事をする。
「儂の絵心が壊滅的じゃったと言うことじゃ。この年になるまで全然気がつかんかったわい」
私はギルツが描いたあの小汚い地図を思い出し、そして、そこいらに転がる不可思議な形の物体達を見た。
(うん、絵心というか、芸術センスないわ。天はこの人に芸術の才能は与えなかったみたいね。ありがとうございます、神様)
私は心の中で神に感謝し、ギルツを見る。
余談ではあるが、魔工技師が作る物の土台は基本的に鍛冶師が作るというのが一般的だ。そこに魔工技師の絵心は必要とされないのだが、今回のように自身の願望が全面的に出る場合、他人には任せられなくなる。仮に誰か器用な鍛冶師の力を借りたとしても、あの絵心の無さでは相手に自分の中の理想の一ミリも伝えられないだろう。その結果がもしかしたらあのガラクタかもしれない。
「殲滅魔工兵器はどうしてたの?」
「あの時は、人としての完璧な造形を求めておらんかったから、とにかく胴体に頭と手足つけとけばいいやと思って、造形など適当じゃったわい」
私の問いにギルツが答えてくる。
(一体どんな下手物が出来上がったのやら、ちょっと興味あるわね)
などと、不謹慎なことを考えてしまう私。
「話は戻るが、とにかく、儂の理想は頭の中にちゃんとあった。じゃが、それを形というか、絵にすらできなかったので製作どころではなかったのじゃ」
「あ~、それでトヤさんね」
何であの無関係なトヤが今回巻き込まれたのか、これで合点がいった。
「そうじゃ、数人の画家に任せてみたが連中が持ってくる絵はポーズがついて見えない部分や、背景が邪魔で意味がなかった。じゃが、あやつの最新絵は設計図としてとても最適じゃったのじゃよ。それから奴にいろいろな獣耳のメイドをスケッチさせて、そして、見つけたのじゃ! 儂の理想に一番近い素体をぉぉぉっ!」
ギルツがものすごい勢いでスフィアを見る。スフィアは全身毛を逆立たせて怖気を走らせながら近くにいたサフィナの後ろに隠れてしまった。
「この人、どうする? このままイクス先生が連れてくるだろう兵にでも引き渡そうかしら?」
私が呆れた顔で芋虫を指さしながら弟子であるフィフィに判断を仰いだ。
「……エリザベス様に事情を説明して情状酌量の余地を考慮してもらう」
私達がそんな薄情なことを言っていると上の方が騒がしくなってきた。どうやらそのイクス先生達がご到着のようだ。
(はぁ~、何だか大変だったけど、これで何とか解決できたみたいだわね。良かった、良かった)
私はホッと胸をなでおろしながら部屋を後にする。と、同時に上からイクス先生達が降りてくるのが見えた。何だか、慌ただしいので、こちらはすでに解決したことを伝えることにする。
「イクス先生、こちらは片づき……」
「全員避難準備しろ! 町長の屋敷付近から巨大な物体が現れ、動き出したとの報告があった」
イクス先生の言葉にすぐさま私はそれが何かを察知しグルグル巻きのギルツに詰め寄った。
「何でよっ! 動かないんじゃなかったの! あそこには私の友達もいるのよ!」
「わ、分からん。あれを動かす動力というか、そんな膨大な魔力などないはずじゃが……それに、動力を全身に循環させる経路も途中で無くなっている。アレが起動することなど理論上ありえん……」
ギルツも町長の屋敷から出てきた巨大な物体が何か思い至って、心底驚いた顔で答えてきた。
どうやら、事件はまだ、終わっていないみたいだった。
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