想定したのと何か違うのです
魔法で隠されていた手前、堂々と入っていくのも何だか気が引けてしまい、ついついコソコソと中の様子を伺いながら入ろうとする小心者の私がここにいる。私がそんな行動するものだから、なぜか釣られて皆も私の後ろにくっつくようにコソコソし始めた。
そこは今まで来た廃墟とは違い、まだ人が住んでいる、使っている感がとてもする。現に人の声すら聞こえてくる。何だかとても忙しそうだ。
どこかから持ってきた大きな荷物をこちらの倉庫のような建物に運び込んでいる感じがする
私達が入ってきたのは裏口みたいで、入った後すぐに木々に囲まれ、よりコソコソ感が増していく。
(いっそ、正門だったら良かったのに、これじゃあ見つからないように動いているみたいじゃないのよ。しかも、裏口から入ってきたから変に思われそうで声かけ辛い)
「皆さん、忙しそうですね」
コソコソしているせいなのか、小声で話しかけてくるスフィア。
(うん、完全に私達忍び込んでいる人みたいだわ)
「よし、皆の邪魔にならないよう、こっそりギルツさんに会いに行くわよ」
もうやけくそ気味に私が提案すると、皆が頷いてくれる。
「ところで、ギルツ様のお顔は分かっておられるのでしょうか?」
「知る訳ないでしょ? スフィアさん任せよ」
スフィアの質問に初めて会おうという私がギルツの顔など知る由もなく、この中で唯一この国の住人であるスフィアは当然、知っていると思っていた。
「と言われても、私もお会いしたことはありませんので……彼の作品は有名なのですが、本人は全く表に出てこなくて」
「でも、姫殿下は知ってる風だったわよ。メイドのあなたはついて行かなかったの?」
「お恥ずかしながら、姫様は基本、単独行動でやりたい放題がご所望でして、よく撒かれています」
(はい、つんだ!)
まさかの誰もギルツを知らないという現実に直面し、私はもう投げ出したくなる。やはりここは、面倒事覚悟で姿を現し、誰かを説得するしかないか。幸い、女性ばかりなので警戒はされない……はずだ。
(でも、この中で交渉するのって……たぶん、私よね~)
私は後ろに控えるメンバーを見る。サフィナは気が小さいし、初対面の人との話し合いをさせるのは酷だ。テュッテやスフィアはメイドなので使いの者としては良いだろうけど、どうなんだろう。やはり、ここは公爵令嬢として自分が行くしかあるまい。
とはいえ、ここでグダグダと考えごとをしていても意味がない。
(女は度胸! 行くわよ)
私は意を決して、木々の中から出ようとした。
「……やっと合流」
「ふひゃぁ」
私の後ろからいないはずの人の声が聞こえて、私は緊張と驚きのあまり、変な声が出てしまう。振り返ってみるといつのまに来たのか、フィフィがそこにいた。
「フィフィさん、何でここに」
私は思わず大声を出しそうになって小声になる。もう自分達がお忍びで来ている気満々になってしまっていた。
「……エリザベス様と商会へ行ったが、一歩遅かった。すでに何かしらの荷物が運び出された後。ただ、相手もここまで早く動いてくるとは思わなかったのか運んだ形跡まで消すことが出来なかった。私の役目はその時点で終了。そこに、師匠に会えるかもしれないとの情報を持った兵が来たので、エリザベス様に許可をいただき、私はここに来た」
無表情でスラスラと事の顛末を説明するフィフィ。だが、一つ疑問があるのはなぜここにこれたかという事だ。場所まで教えていないはずだ。
「どうして、ここが分かったの?」
「……んっ、エリザベス様からこれを貸して貰った」
そう言うとフィフィは紐でくくったコガネムシのような小さな虫モンスターを見せてくる。
「これで、どうするの?」
いまいちピンとこない私は聞き返す。
「……これは雄。ツガイになった雌のフェロモンを辿り、必ずそこへたどり着く習性がある」
「へ~」
私が感心の声をあげると興味深げに虫モンスターを見た。
「つまり、その習性を利用して、雄に追跡させ、ここまで道案内させたのですね」
虫は苦手なようなのかサフィナが少し距離をとりながら言う。が、ここで私はまたいろいろ疑問にぶちあたった。
「ん? ちょっとまって。追跡したのなら途中でイクス先生に会わなかった? なんでいないの?」
「……会った。トヤという男を待っているそうだった。時間がかかりそうだったので先に行くと言っておいた。行き先の目印を付けておいてくれと頼まれ、一応つけておいた。ここに来るのに迷うことはないと思う」
(あ、やっぱりイクス先生もトヤさんが道知らないだろうと後で気づいた節ね。というか、もしかしてトヤさん、イクス先生の所にすら戻れなくなってるんじゃないでしょうね)
私は疑問の一つが解決して納得した反面、イクス先生の到着は絶望的ではないかと思えてきた。
「ありがとう。後一つ、その虫の理論は分かったけど、私、そんな虫の雌なんて持っていないわよ? 皆は?」
こんな虫モンスターを所持した覚えのない私は不思議に思って皆を見ると、首を横に振るばかり。
「……持っている。正確に言うと持たされている」
フィフィが何か恐ろしいことを言いながらサフィナを見てきた。
「へ? 私ですか?」
視線に気がつきサフィナが驚いて、自分を指さす。
「……んっ、服のどこかに小さなブローチのようなものが着けてあるはず」
フィフィに言われて私達はサフィナに動かないでいて貰って、探すと確かに服の見えにくい部分に小さなブローチのような物が着けられていた。
「あったわ……でも、いつのま……」
私は自分で言ってて自分で解決した。先ほどフィフィはあれをエリザベスから借りたと言った。ということは、これを着けたのは彼女だ。そして、エリザベスがサフィナに気づかれないようにブローチを着ける機会などあの馬車でのハグでいくらでもあった。
(まさか、あのデレ行動はそのために……)
私はエリザベスの行動の何もかもが怪しく思えてきてしまう。
(あ、あの人……まさか、私が自分から早々に離れるって予想してた……サフィナは絶対私から離れないと予想して……)
その先読みと用意周到さに私は感心するよりゾッとした。本能的にエリザベスを敵に回してはいけない、なるべく会わない方が良いと直感する。でなければ、私の秘密などすぐに看破されてしまい、利用されてしまいそうだ。
「お嬢様?」
私の異変に一人気がついたテュッテが声をかけてきて、私は現実へと引き戻され、強ばった笑顔でそれに答えてしまう。
「すごいですね。でも、これはブローチであって、虫モンスターの雌ではありませんのに、どうして追ってこれたのでしょう?」
不思議そうに自分に着けられていた品を見つめるサフィナ。確かにそれは疑問だった。よく見るとそのブローチ、真ん中に何かを入れる容器のような形をしている。だが、そこに雌を閉じこめるほどの大きさはない。
「……そのブローチには雌のフェロモンを抽出して保存してある」
フィフィが皆の疑問に答えてくれた。フェロモンのみ抽出とはなかなかの技術である。
「へ~、フェロモンだけ抽出するなんてすごい技術ね。魔法か何かかしら?」
私は思ったことを口にしてフィフィに聞いてみた。
「……いや、抽出と言ったが、『だけ』とは言ってない」
「へ?」
フィフィの意外な返答に私は首を傾げる。おそらく皆も同じだろう。
「……単純に全部擦り潰して薬品などでネチョネチョにして効果を上げてその容器にぶち込んだだけ。その虫モンスターのフェロモンは死んでも数日は持つ」
フィフィの台詞で私達はサフィナの持っていたブローチを見つめて固まること数十秒。
「いぃやあぁぁぁぁぁぁっ!」
サフィナが絶叫とともに虫モンスターの無残な末路が収められたブローチを投げ捨ててしまった。もちろん、それは周りの人達にも聞こえてしまっただろう。
(あ、これはもう見つかって事情を説明するのが手っ取り早そうね)
ある意味サフィナのおかげで当初の予定通り、ここの人達に会って話をするということが達成できそうで私は、さてどう話そうかと思案していると、フィフィが私の腕を掴んで移動し始めた。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと、どこ行くの?」
「……見つかるのはまずい。移動する」
「何でよ、私達別に悪いことしに来たわけじゃないでしょ? そりゃあ裏口から不法侵入したのは謝るけどさ」
フィフィにつれられ走り出す私に釣られて、他の皆も移動する。
「……エリザベス様の忠告。隠密に動け。でなければ最悪のパターンが待っている」
物騒なことを無表情で言ってくるフィフィだが、その声色は冗談ではなさそうだ。それにエリザベスが言うならたぶんそうなんだろう。私達が悪いことをしていなくても向こうが悪いことをしていたら、私達の行いなど関係はない。
「そうですね、こんな所で魔法まで使って隠れている人達が友好的とは思えませんね。単純に考えても私達女性は見つかったら殺されるということはないにしても先程のチンピラ集団のように最悪……」
スフィアがついてきながら想像もしたくないことを真剣な顔で言ってきた。
「でも、私達はギルツさんに会いに来ただけで」
「……師匠に会うこと自体、向こう側には不都合かも」
獣人のスフィアとフィフィは私には感じ取れない何かを本能的に感じ取っているのだろうか。いやにピリピリし始めた。
そして、フィフィの迅速な行動で私達は見つからずに済んだが、侵入者がいるかもしれないと辺りを見に来た男に私は驚愕する。
あいつらだ。
全身黒ずくめの男が一人、私達がいた場所に姿を現したのだ。あの男から発する危険な気配に二人は反応していたのかもしれない。危なかった、最初にヘラヘラと姿を現していたら最悪のパターンは濃厚となり、下手すると死亡エンドもちらついていたかもしれない。まぁ、私がいるからそんなことにはならないように努めるが、コソコソ行動して安全に事が進むのならその方が良い。
(でもこれでギルツさんと連中に繋がりがあるのは確定なのかしら。いや、まだ捕まって強制的に何かをさせられて……となると、トヤさんの依頼は何が目的なの? トヤさんめっちゃ自由よ? あの人が連中とグルならわざわざ隠れ家を私達に教える地図を渡すとは思えないんだけど。あ、だから他の者には渡すなって書いてあったのかな? でも、渡しちゃってますよ、彼。トヤさんは連中とは全くの無関係者?)
私は何だかちぐはぐ過ぎて上手く考えが纏まらなかった。だが、これだけは理解できる。ギルツが危険な連中の悪事に荷担している、いやまぁ、まだ悪事とは限らないが、仲間をモンスターに襲わせテュッテ達を攫おうとした連中が良い人達とは思えない。ならば、少なくともそういうことを平気でする連中の荷担をしているかもしれない師匠を持つ弟子の様子を伺ってみた。無表情なので、どういった心境なのかいまいち掴めないが、気落ちはしているはずだ。
「フィフィさん……まだギルツさんが荷担していると決まった訳じゃ」
私は慰めにもならない言葉をかけると、フィフィはこちらを向く。
「……師匠は荷担している。でも、今回の襲撃事件は知らないと思う。あの人は自分が作りたい作品を作るだけで、その準備、材料の調達などは完全に人任せ、自分では絶対用意しない我がまま言いたい放題の糞ジジイ。見つけたら、一発ぶん殴る予定」
気落ちどころかもしかしてこれは怒っているのかもしれない。そして、平気で肯定してくるところを見ると、これは弟子となった彼女にとって日常茶飯事なのだろうか。
(もしそうなら、私が知り合う魔族って何でこう、揃いも揃ってはた迷惑な人ばかりなのかしら)
私が知り合った魔族といえば、エミリア、魔王様、エリザベス、トヤ、これだけでも異質な連中ばかりだ。
そして、今回会うだろうギルツもまた天才と何とかは紙一重というか、私の理解の範疇を軽く越えている思考の持ち主そうだ。
そして、ぶん殴るとか物騒なことを言うフィフィにもしかして、ギルツが隠れて何かをしているのは単純に彼女にぶん殴られないようにしているだけなんじゃないだろうかと思えてしまう。
「……あ、忘れるところだった。これ」
フィフィは何かを思い出したように背に持っていた物を私に渡してきた。
それは、私の剣だった。
一瞬、受け取るのを躊躇ってしまう私。これを私に渡してくるということは、これが私の武器だと理解していると言うことだ。そして、魔工技師のフィフィならこれが何でできているのかすぐに分かっただろう。剣士としてこんな剣を振るうのは変に思っただろうか。
「え、えっと、これは?」
「こちらへ向かおうとした時、あなたの武器が馬車に残っていると言われて持ってきた」
私があのこっぱずかしい伝説の剣(笑)を持っているのは関係者なら知っている者もいるだろう、それが従者であろうと。それ繋がりで言われたようだ。嬉しいような、悲しいような微妙な心境で私はそれを受け取る。
「わざわざ、ありがとう」
「……んっ、それの材質、結構特殊」
予想通り、フィフィが痛いところをついてきてドキッとしてしまう私。
「えっと、これは王国一の鍛冶師デオドラ様に気合い入れて作って貰った一品物で、えっと、その」
「……おお、あのデオドラ殿の作品。納得の出来。でも、ひとつ疑問」
「な、何かしら?」
「材質はともかく、『魔術師』のメアリィ様にその伝説の剣みたいな『杖』は変? 趣味?」
フィフィのまさかの大暴投の推測に否定したいところだが、私はその言葉を呑み込んだ。
「……そ、そうなの……しゅ、趣味、趣味なのよ。あははは」
フィフィは私が剣士でもあり魔術師でもあることを知らないようだ。襲撃事件の際も突っ伏して全てを見てはいなかったが会話を少し聞いていたと言っていた。あの時、奴らが私を魔術師と言ったので彼女もそう認識したのだろう。もう、それに乗っかるしか私には道はない。
「……んっ、そう……人それぞれ。他人の趣味に干渉はしない」
(何か、このやりとり拘束アイテムの時にもしてなかったっけ? 何かフィフィの中で私はどう認識されているのか心配になってきたわ)
「メアリィ様、あそこから中に入れそうですね」
私の心配をよそに、注意深く周囲を見ていたサフィナがちょっとした騒ぎが起こったおかげでできた隙を見つけて、建物へと入れるチャンスを指さす。
「……よし、中へ進入。後、師匠を見つけてぶん殴る」
何だか好戦的なフィフィに流され、私はどんどん、荒事へと飛び込んでいってしまっているような気がしてきてならなかった。
(何か、私はギルツさんの所へ行って、交渉と称して連れ出そうと思ってただけなのに、大変なことになってきたわね。まさに、どうしてこうなった……よ。ねぇ、神様? あ、でも、あいつらがいるということはもしかしたら私が探しているあの豹もいるかも! 神様はきっと私の決意を汲み取って導いてくれたのよ! うん、そう考えよう。ありがとう、神様!)
私は天を仰ぎ見、自分の中で良い方向へと解釈し、神様に感謝しつつ、皆についていくのであった。
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