決意表明です!
別荘へ戻る途中、私達は事件に遭遇した。
人通りの少ない森中の道、両端を森林で囲まれた一本道でそれは起こっていた。
私達の馬車が停車し、魔族の人達が確認にいく。
私は窓から外の様子を伺ったが、ぱっと見なにか大きな争いがあったようには見受けられない。
なら、なぜ私達がここまで警戒するのか。それは先の事件で捕縛した者達を護送していた馬車が停まっていたからだ。
そして、その前には見覚えのない馬車と数人の武装した兵がいる。
エミリアと兵数人が外に出て、説明を聞きに行く。私達も出た方がいいのかと思ったが、マギルカに止められ、私は大人しくしていた。
やがて、私達の馬車のドアがノックされ、開けるとエミリアが乗り込んでくる。その顔は珍しく真剣だった。
「護送の兵が捕獲した連中に殺られた」
「捕縛者は?」
「捕らえるのが困難だったため、逃げられてしまうよりかはと斬りすてたそうだ」
席を空け、エミリアが座ると共に何とも物騒であり、予想通り(?)の展開になってしまった事象に私は唖然としてしまう。王子だけがエミリアと会話して、私は失礼ながらもさすがは王族と、感心してしまっていた。
「あの馬車の人達は?」
「ダブザルの……ああ、ここら港町一帯を管理している長じゃ。そいつの馬車と兵隊じゃよ」
「そのような方がわざわざここへ? 何故」
「うむ、奴の言い分では、ある情報筋から妾達に襲撃をかける不届き者がいるとの情報を得て、慌てて兵を連れこちらに向かっていたところ、護送中の馬車と出会い、説明を受けていたそうだ。その時、その隙をつかれて捕縛者が逃げ出し……今に至るそうじゃ」
ドカッとエミリアは背もたれに自分の身を預け、天井を見る。その表情は納得していない顔だった。
「エミリア姫。何か気になることでも」
皆の疑問を王子が代弁してくれる。
「逃げ出した割には周辺が綺麗すぎる。奴らは見てくれからもかなりの手練れだ。こちらの方が数が多かったとはいえ、もう少し荒らされててもよいじゃろう。それに……数が少なかったとはいえ妾の兵は全滅、ダブザルの兵は軽傷者が一名……解せぬ」
天井を見たままのエミリアが苦虫を噛み潰すような表情をすると、再びノックされる馬車のドア。
「姫様、ダブザル様が皆々様にごあいさつをと……」
外からスフィアの声が聞こえ、エミリアが王子を見ると、彼は何も言わず頷いた。
「今、出る」
そう言って、まず開けられた扉からエミリアが出て行くと、私達も順に馬車から降りていく。
「これはこれは、姫様。このような所で誠に恐縮ではありましたが、お会いしておいて挨拶なしでは大変失礼に値しますので。お心遣い感謝いたします」
勝手に私は肥え太ったおじさんをイメージしていたが、予想外にもその男はスラッとした中に筋肉もしっかりとついた体躯、立派な二本の角にサラサラの黒髪をなびかせていた中年の男性だった。しかし、その眼鏡をかけた顔立ちはあまり好感がもてない。とても私的なことだが、何か胡散臭い表情、といった印象である。まぁ、人を見た目で判断しちゃいけないことなのだが……。
そして、恭しく頭を下げた後、ダブザルの目が私達を品定めするように見てきた。何か、怖気がするのは気のせいだろうか。気のせいだと思いたい。
「それで、そちらの方々が姫様のお客人でございましょうか?」
「ああ、非公式故、紹介は省く」
「遠路はるばる我が王国へようこそ。港町を治めておりますダブザルと申します」
私達を隠すようにエミリアが前に立つと、ダブザルは再び恭しくお辞儀をする。何となくだが、彼くらいの権力があれば私達が誰なのか言わなくても分かるだろう。とくに王子は……。
「時に、ダブザル。そなた、奴らが何者なのか知っている風だったな」
「……ええ、まぁ、港町は密航者が多く、調査、追跡していた集団の一つです。愚かにも姫様を狙おうと襲撃を。対応が遅れ誠に申し訳ございませんでした」
「で、奴らは何者じゃ」
「……人族の国を追われ、金で雇われ、姫様を狙った少数のくだらない集団です。姫様が気にするようなものではございません」
(姫を狙った? そんな素振りはなかったはず……この人、嘘をついてる?)
不信の念を抱きながら首を傾げた私はそれよりも聞きたいことがあったので、失礼ながら口を挟むことにする。
「あの……部外者が口を挟むことをお許しください」
私の言葉にエミリアと皆がギョッとしてこちらを見てくる。一人、ダブザルだけが余裕の表情でこちらを見てから、エミリアの方を見てきた。
「なんじゃ?」
エミリアが聞き返して発言の許可をしてくれる。
「ダブザル様、その追っていた集団に豹はいませんでしたか?」
私の言葉にエミリアが何か、まだ諦めていなかったのかといった残念な人を見るような顔をしてくるが、私は無視する。そして、一瞬だが、笑顔だったダブザルの表情がピクッとひきつったように見えた。
「……豹、ですか。さて……そのようなモンスターの報告は受けておりませんが」
そう言うと、ダブザルは後処理はこちらに任せ、別荘へお帰りくださいと言い、優雅な素振りで引き返していった。
「……メアリィ、そなた、本気でその豹を探すつもりか? そんな獣、ここにはおらぬって……後、説明不足すぎるじゃろう、部外者だと何のことだが分からぬぞ」
ダブザルが離れた後、エミリアが呆れた顔で言ってくる。だが、私はその言葉にピンときた。
(獣、説明不足……確かに私は『豹』としか言わなかった。でもあの人はそれを『モンスター』と言い返した。普通の動物と認識するでも、獣人と認識するでもなく、豹という単語だけでモンスターと言っていたわ。つまり、彼は私の言った豹があの大きな雪豹で普通の獣ではないことを理解していた? う~ん、怪しい……)
私は首を傾げながらも皆に促され、馬車に戻ることにした。
「私、豹を探すことにするわ」
別荘に到着後、私は皆に決意表明する。そんな私を王子達はポカ~ンとした顔で眺めた後、なぜかお互いを見合って苦笑を漏らしていた。
「なんであいつらはメイドを攫おうしたのかも気になるけど、私は豹を探したい」
「そんなにムキにならなくてもよろしいのでは?」
マギルカが私を宥めてきたけど、私は退かない。なぜなら私にはもう一つ理由があったことに気がついたからだ。
「それもあるけど、あの子……去り際に『妹を助け出して』って言ってたのを思い出したの。何かほっとけなくなってきたわ」
(まぁ、理由としてそれも大事だけど、一番は皆に痛い子ではないことを証明する、これが第一!)
さも善い人そうに言う私ではあるが、人間、建て前と本音が必ずしも合致するとは限らないのだ。
「それで、メアリィ様。当てはあるのですか?」
やれやれといった感じでマギルカが聞いてくる。
「町長さんが怪しいと思うの。彼は何かを知っている……」
私は町長に対して感じた違和感を皆に伝え、私の考えを皆に検討してもらった。しばらく黙り込み考える王子とマギルカ。実に頼もしい。そして、考えるのを最初から放棄して筋トレし始めるザッハは見なかったことにする。サフィナも考えるのは苦手なのか、一応考えたが諦め、皆の意見をオロオロしながら待っていた。
「う~ん、そう言われると、彼の態度に違和感が僕にも出てきたよ。あの襲撃事件での対応は迅速すぎる。自国の姫が狙われているかもしれないのだからというのは分かるけど、見てきたとおり、彼女の扱いは結構ざっ……放任主義だし、今回は単独行動ではない。ちゃんと兵を連れていたよね。町長は襲撃者達を少数のくだらない集団と言っていた。数が分かっていた割には彼が連れてきた兵は多すぎる。僕らの兵もいるというのに……」
(今、王子、雑とか言いそうになってなかった? 皆やっぱそう思うよね)
王子の発言に私は別の部分で共感してしまう。
「それに、姫の説明を受けていた時、彼女がモンスターの襲撃を受けていたという発言を町長は聞き流していた。あの時は気づかなかったけど、マジックアイテムのおかげであの森で魔物に襲われるというのは非常に希らしいじゃないか。ここ一帯を統治する人間として、その話に反応しなかったのは変だと思えてきたよ。今回の件に繋がりがあるかどうかは別としてだけど」
「とはいえ、全ては想像の上です。どうしますか? まさかあの方の家にこっそり入って手がかりを探しますか? ダメですよね、それは」
マギルカも話を進めてきた。なんだが物騒なことを言い始めて私は慌てる。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って、マギルカ。その言い方だとマギルカもレイフォース様も探すのに協力するみたいになってるわよ」
「みたいも何も、メアリィ様が探したいというのならご協力いたしますわ。いるかどうかは置いといて、ですけど」
「そうだね」
「よく分かりませんが、わ、私もメアリィ様のお力になります」
マギルカがさも当たり前のように言うと、王子とサフィナが同意してくれ、私の胸がじんわりと熱く感じてしまう。
「あ、俺も俺も」
腕立て伏せをしながら、ものすんごく軽い感じで言ってきたバカ野郎もいたが、それでも皆の気持ちに感謝し、涙が出そうになった。
(友達っていいよね~)
「みん……」
「皆で何の相談かしら? 何だか危険な香りがするのだけど」
いつのまにいたのか、後ろからその細く綺麗な指を私の顎にスス~と這わせてくる者がいた。あまりのことに私は凍り付くように固まる。さっきまでの熱い心が一瞬にして氷結された気分だ。
(見なくても分かる。このプレッシャー、この悪寒、例の魔女様だわ)
皆も驚いた顔のまま固まっていたので、誰も気がつかなかったのだろう。どうやって私に近づいたのかなぞだ。まぁ、それは置いといて、私は錆び付いたブリキの人形よろしく、ギギギと首を軋ませるようにそちらを向く。そこにいたのは想像通り、エミリアの伯母、エリザベスであった。
「あ、あの、エリザベス様。こ、これはです、ね……その……」
言い訳しようとしたが何も浮かんでこず、目が泳ぎまくるダメな私。
「皆様には大変ご迷惑かもしれませんが、ここ一帯を治める者として先の騒ぎの詫びもこめ、町長が夕食をご一緒にと招待状をよこしてきましたの。どういたします?」
何とも良いタイミングに何とも都合の良い展開が舞い込んできたものだ。もったいぶったように見せるエリザベスの手に持つ手紙を凝視してしまう分かりやすい私がそこにいる。
ドS極まりない薄い笑みを見せたエリザベスがゆっくりと私に手紙を渡し、そのまま顔を私の耳元に寄せてきた。
「気をつけなさい。あなたが言う豹は、長年聖教国に『裏で』仕えさせられている神獣かも。つまり、相手は……」
耳元で囁くものだからゾゾゾと怖気が走るが、その内容に私は思わずエリザベスを見てしまった。彼女は手紙を私に渡すと一度だけ口に人差し指を当ててウインクした。『裏で』という所を少し強調されていたのでこれは一般的には知られていない情報なのだろうか。
(この人、どこまで知っているの? 全部知っているならあなたが解決してよ)
私は半分ふくれっ面をしてエリザベスを見ると、彼女は目を細め、面白いものをみるような表情を見せて優雅にその場を去っていった。変わるようにエミリアが部屋に入ってくる。
「なんじゃ、メアリィ。ぶっさいくな顔しおって」
「不細工とか言うな!」
あまりにも自然でフレンドリー過ぎるので、私はついつい相手が姫であることを忘れてしまって言い返してしまう。
(くそぉぉぉ、名探偵はそこにいたけど。あの名探偵、仕事する気はないみたい……そんな推理小説あってたまるかぁぁぁ!)
私は心の中で名探偵の怠慢さに心の中で愚痴るのであった。
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