名探偵は不在です
襲撃事件の後始末やら何やらは、エミリアの方に任せ、私達はイクス先生達大人組と合流する。私はとりあえずその場にいた人間として事情聴取という名の情報収集の集まりに参加させられていた。
イクス先生達の方はモンスターだけが急に襲ってきて、急に去っていったのでこれといって情報はないらしい。完全な足止めの為の襲撃に見える。エミリアの方も同様にモンスターしかおらず、人に会ったのは私とメイド二人、フィフィの組だけだった。
しかし、テュッテとスフィアは部屋に入るなり眠らされ、抵抗しようとしたフィフィは拘束具によって地面に突っ伏し、事情を把握する暇もなかったそうな。
なので、必然と皆の視線が私に集中する。彼らと一戦交え、なんと、二人ほど捕獲に成功していたからだ。そいつらはすでに拘束され護送中とのこと。こちらで尋問はしてみたものの訓練されているのか口を割りそうにないとのことだった。
というわけで、なぜか別荘にいるエリザベス様の元に連れられていったそうだ。まだ、いたんか、あの氷血の魔女様は……。
エミリア曰く「伯母上にかかればしゃべらない奴などおらぬ。あれはエグい……」だそうだ。何がどうエグいのか聞かない方が良いことだけは分かったので追求はしない。
話が逸れたので戻るが、当の私は皆の視線に緊張するとか焦るとか、そんな風にならず、ひたすら不貞腐れていた。
理由は今より少し前に遡る。
「ぶあぁははははははっ! 豹が、豹がしゃべるわけなかろう。何じゃ、我ら魔族が魔獣と会話できるからって対抗したいのか? 可愛い奴よのう、メアリィは」
テュッテの誤解を解こうと、私はエミリアに例の雪豹もどきのことを説明した後の彼女の反応に私は顔真っ赤である。
「だぁから、只の豹じゃないっての! すごく大きくて綺麗な豹だったの! それに、自分のこと神獣だって言ってたわ」
私は今なお馬鹿笑いするエミリアに涙目になりながら抗議した。
「神獣?」
「そうそう、神獣」
私の言葉に笑い涙を拭きながら、エミリアが聞き返してくる。私は何か光明が見えた気分になって笑顔のまま返事した。
すると、エミリアが残念そうな顔を見せて私の肩に手を添えてくるではないか。
「メアリィ……神獣はしゃべらん」
「嘘よ! ちゃんとしゃべったもん! 愚痴聞かされそうになったもん!」
残念そうに見るエミリアに私は再び涙目で抗議するのであった。
「メアリィ様、私が知る伝承や伝説の中で神獣と会話したというお話を見た記憶はございませんわ」
私に追い打ちをかけるマギルカの顔を見るのがとても怖くて私は下を俯くだけだった。
「メアリィ様、きっと疲れてたんだよ。別荘に戻って休もうぜ」
珍しくあのザッハまで私を哀れんできてしまった。これには私もダメージがでかい。
(やめてぇぇぇ! 日頃お馬鹿な人にまで気を使われたら私、とっても痛い子じゃないのよぉぉぉ)
何だか、だんだん皆が信じてくれないのに憤りを感じ始め、駄々っ子になりそうになってくる理不尽な私。
「で、でも、伝承は伝承ですし、もしかしたら会話していた人がいたかもしれませんよ。誰にも言ってないだけかも」
いたたまれなくなったのかサフィナがフォローしてくれて、私は彼女の方を見る。サフィナが天使のように見えて私は思わず彼女の方に寄って、ヒシッと抱きしめてしまった。それほどまでに嬉しかったのだ。
「サフィナ~。サフィナだけよ、私の味方は~」
「あわわわ、メ、メアリィさまぁぁぁ」
何か私に包まれワタワタする可愛いワンコをハグする私。
「そうだね、魔獣が魔族と会話が可能なら、神獣もまた神の使いといった存在とだけ会話ができたのかも知れないよ。確かエインホルス聖教国のとても古い伝承に神の使い『聖女』という話があったことを母上から聞いたことがあったかな。つまり、メアリィ嬢だけがその神獣と会話できたということは彼女がもしかしたら、その『聖女』と呼ばれる存在なのかもしれないね」
王子もまた、私の言うことを信じてくれたらしく、皆が「なるほど~」と頷いてしまえるような説得をしてきてくれた。が、私には素直に喜べないものが含まれていたのでモヤッとしてしまう。
(信じてくれたのはとっても嬉しいんだけど、王子……その解釈は私にとって非常に都合の悪い解釈なので却下して欲しいです)
「なるほど……聖女……ですか。そういえば、メアリィ様はその神獣がこの国の出身ではないと言っていたのですよね」
マギルカまで何かその話に乗っかってきたのでどうしていいのか分からず、素直に頷いてしまう。
「まぁ、確かに魔族の国に神獣はおかしいからのう。どこぞの国から密航してきよったか。襲撃してきた連中と関係がありそうじゃな。やつらも魔族ではなかったようじゃからのう」
エミリアの言う通り、襲撃してきた男達、私がのした奴らには魔族にある角などの特徴もなく、獣人のような獣耳もない普通の人間だった。
エミリアのおかげで話が聖女から微妙にずれてホッとする私だったが……。
「しかし……こやつが聖女?」
「おとぎ話で聞いた聖女って、神に愛され、皆に愛され、慈愛に満ちて神々しく、時に凛々しく皆を導く存在なのだろう、確か?」
「……な、何よ……」
話を蒸し返すようにエミリアとザッハがそんなことを言いながら私を見てきた。思わず私はサフィナから離れて後ずさってしまう。
「「ぶあぁはははははは! ないっ、ないっ!」」
二人の爆笑が綺麗にリンクし、否定されてホッとする自分と納得いかず羞恥に震える私がせめぎ合う。
「笑うなぁぁぁっ!」
そして、耳まで真っ赤になった私は二人を追っかけ回すのであった。
こうして、不貞腐れた状態の私が誕生したのだ。
「メアリィ様、そろそろ機嫌を直してください」
マギルカが私に遠慮がちに言ってきたので、私の心は少し落ち着いてきた。そして、私にはある一つの決心がついた。
(もう一度あの自称神獣に会って、皆の前に引きずり出して会話できていることを見せてやる。私が痛い子じゃないことを証明してみせるわ!)
私は決意とともに皆の方を見て、あの時のことを思い出す。
黒ずくめで顔が見えず、誰なのか分からなかったが、一つ確かなことがあった。
「あいつら、姫殿下やレイフォース様の話を全くしていなかったわ。王族を狙った襲撃とは思えない」
私はまず皆が懸念している王族狙いを否定する。
「最高の魔工技師、もしくはその弟子を狙っていたとかは?」
マギルカが私の話にさらに質問してきた。
「……それはない。師匠はここにいないから確認すれば良いだけ。弟子である私はまだ世間にあまり認知されていない。それに私は拘束具をつけられそのまま放置されていたので目標ではない」
マギルカの質問にフィフィが答えてくれる。
「うん……あいつら、明らかにテュッテとスフィアさんを攫おうとしていたわ」
私がフィフィの言葉に続くと、辺りに沈黙が訪れた。無理もない。メイドを攫う理由がよく分からなかったからだろう。
(まぁ、私にとってはテュッテを攫うなんてこと、断じて許さないけどね)
私は側にいるテュッテを見ると、彼女は笑顔で応えてくれる。何かそれだけでもほんわかして嬉しい。
「そういえばあいつら、どちらを連れて行けばいいのか分からないみたいな素振りしていたわね。メイドなら誰でも良かったのかしら? いや、だったらわざわざここを狙う必要はないか」
私はふと、スフィアを投げよこして逃げていった時の相手の会話を思い出した。が、言い終わった後に自分で自己解決してしまう。
「ここにいるメイドが目標だったのでしょうか?」
「……ここにメイドはいない。家事全般は私がしていたから。私は元々押しかけで師匠に弟子入りしようとした。師匠は生活面が雑すぎたので、そこを狙い、家事全般を引き受けつつ、師匠の技術を観察させてもらっていた。で、見よう見まねにこっそり自分でも作っていたら師匠に認められて弟子になった」
私の呟きにマギルカが補足してくるが、フィフィが否定してきて、話が進展しない。
「う~ん、さっぱり分からぬ……あ、痴情のもつれとかか? おい、スフィア、何かやらかしたのなら今のうちにゲロっておけ。妾が許す」
「姫様と違って、私にはゲロることなど微塵もございません」
「ホホォ、言うではないか、フフフ。そなたのプライベート一切合切調べさせてやるぞ」
「ほほほ、その時は姫様に口止めされていたアレやコレやをエリザベス様に一切合切報告します」
ほんわかしていたさっきの私とテュッテの主従関係とは裏腹に、随分と言いたい放題の向こうサイドの主従関係に「だってレリレックス王国だから」で聞き流すことにした。
「う~ん、ならば、メアリィのメイドの方に何かある……」
「あるわけないでしょ! 失礼なこと言わないでよ!」
「わ、分かっておる。ちょっと言ってみただけじゃ、そう噛みつくな、許せ。やれやれ、そなたはそのメイドが余程大事なのじゃな」
もはや条件反射のごとく、エミリアの言葉に私は令嬢らしからぬ大声で否定してしまい、エミリアも勢いに呑まれたのか詫びてきたので、私も恥ずかしくなって俯いてしまった。横目でテュッテを見ると彼女も恥ずかしかったのか少し顔が赤かった。
「あ、そういえば……」
そんな中、何かを思い出したようにスフィアが手をポンッと打った。
「数ヶ月前ですけど、買い物の途中で言い寄ってきた殿方がいましたね」
「なんじゃ、そなたのモテ自慢など聞く気はないぞ」
「もしかして、人族の人だったとか?」
興味なさそうに返すエミリアを押し退け、私は話を促した。あの豹に会う情報は少しでも欲しいところだ。
「いえ、魔族の方です。何でも画家をやっているらしく、モデルになってくれないかとお願いされまして、丁重にお断りしました」
(はい、この事件、早くも暗礁に乗り上げましたよ。誰か、名探偵を用意してぇぇぇっ!)
進展しそうな話じゃなかったので私はがっくりと肩を落としつつ、心の中で名探偵を切に所望するのであった。
「まぁ、別荘に戻れば、捕まえた連中がいるんだし、そいつらから伯母上が根掘り葉掘り聞き出すじゃろう。妾達がここで考える必要もない」
エミリアがもっともなことを言ってくれたので私は「それもそうだ」と思い、安心する反面、ちょっと心配事があった。
(殺人事件系のドラマとかの場合、そういう人達って、聞きに行こうとすると第二の犠牲者になっているパターン多いのよね~)
そう思いつつ、私達は別荘に戻ることになった。
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