ノイローゼではありません
私が声を上げるものだから、びっくりしたのか豹が一歩後退、いや、むしろにじり寄ってきた。
『あ、あなた……私の言葉が分かるのですか?』
また声が聞こえる。なんとなく伝達魔法を使っている感覚に近い。私は何も言わずにコクリとゆっくり頷くだけにした。
その瞬間、豹が綺麗に跳躍し、一気に私の元へと舞い降りてくる。
真っ白なフサフサ、サラサラの毛皮に薄黒い斑点をつけた豹はとってもモフモフしていて触りたい欲求が半端なかった。とはいえ、サイズがでかい。私なんて上に乗っても楽勝に走っていける大きさだ。
その黒々とした瞳を爛々と輝かせて豹は私の顔に自分の鼻先を近づけてくる。その姿は恐ろしいというよりも、どちらかというと神秘的といった方が良いだろう。私はあまりのことに硬直して事態を見守っているだけだった。
『ほんとに? ほんとに私の言葉が分かるの?』
「え、ええ……誠に不本意ながら……」
『…………』
「…………」
しばらくの沈黙。
『ぃよっしゃあぁぁぁぁぁぁ!』
とっても優しそうで美声なお姉さん系の声から何か、発しちゃだめだろうな言葉が叫ばれる。
『やっと愚痴を聞いてくれる人に出会えたわぁぁぁ! 長かった! ほんと長かった!』
「は?」
喜ぶ豹の言葉に私は警戒心が霧散して、いぶかしげに相手を見てしまう。
『ねぇ、もぉ、聞いてよぉ~。あいつらったら豹使いひどいのよぉ~』
何か急にフレンドリーに愚痴り始める豹に、私は開いた口が塞がらない気分だった。
(何、この一瞬にして神秘性ゼロ感。出会った瞬間の私のプチ感動を返して)
『ねぇ、話聞いてるの?』
呆然としていたのに気がついたのか豹が私の顔をマジマジと眺めてきた。
「いやいやいや、ちょっとまって。頭が追いついてない。っというか、あんた誰よ」
『あ、それもそうか。ごめんね~、会話ができるなんてほんと久しぶりだったからつい~。だって、もうあれから何年になるのかしら。あの時は~』
「話が脱線し始めているわよ」
豹がまた私には関係ない愚痴話にシフトしていきそうだったので私は軌道修正させる。
『あら、ごめんね~。え、えっとぉ~……何の話だっけ?』
「あんたは何者だって話よ!」
『あ、そっかそっか。えっとね~、私は……豹?』
「見りゃ分かるわよ、そんなこと! っていうか何で疑問系! 後、そんな馬鹿でかい豹がいてたまるか! 魔獣よねぇ、モンスターでしょ、あなたぁぁぁ!」
あまりにもとぼけた回答に私は思わず絶叫して失礼にも指さししてしまった。
『あら、失礼しちゃう。私をそこらにいる低脳なモンスターと一緒にしないでくれる~。私は魔獣ではなく、神獣に属しているのだから、ねっ』
フンッと鼻息を荒くして答えてくる自称神獣様。
「あ、さいですか。それで、その神獣様が何でまた、こんな賊紛いなことを?」
私は誇らしげに言う豹に向かって皮肉を言う。すると、見る見るうちに豹は萎れていき、うなだれてしまった。
『したくてこんなことしてるんじゃないわよ。古い契約やら何やらの縛りで仕方なく、モンスター達をけしかけてるだけなんだから~』
「あ、ごめん。事情も知らないのに、言い過ぎたわ」
あまりのテンション落ちに私は可哀想になって謝ってしまった。
『あんの忌々しい契約さえなければ~、私も自由になれるんだけど~』
「言っておくけど、私は協力できないわよ。この国の住人じゃないんだからね」
何か話がイヤな展開になってきたので早めに釘を刺しておく。
『あら? それを言うなら私だってこの国の出身じゃないわよ』
「え? どういう……」
「お嬢様、他の方々が近づいてきています」
珍しく話の腰を折るようにテュッテが間に入ってきたので、私は周りに注意を払うようになった。確かに、多くの人の足音が聞こえてくる。おそらくは森の外にいた待機部隊がこちらに来ているのだろう。あれだけ聞こえていた狼モンスター達の声も聞こえないところをみると、エミリアが倒してしまったか、撤退したのだろうか。とにかく、事態は終息に向かっているようだ。
『あら、もっと話がしたかったのに~、残念。私も退かないといけないみたいね……』
心底残念そうにシュンとする大きな豹に私は向き直ると、できるだけ情報を得ようと試みた。
「時間がないわね。あなた達は一体何者なの? 何が目的?」
『それはぁ~……禁則事項なので言えないわ』
「お前はどっかの未来人かぁぁぁ!」
豹の答えに私は思わず誰も分からないツッコみをいれてしまった。おかげで豹までも目を丸くしている。何か、だんだん恥ずかしくなってきて私は俯いてしまった。
『私からのお願い。妹を……助け、だ、して……』
言葉が風に掻き消えるように、遠のいていき、頭を上げてみればあんなに大きな豹の姿はどこにも見あたらなかった。ついでに私がフルボッコにした男も消えている。連れて行ったのだろうか。
(良かった……あんな酷い状態の男、誰がそうさせたのか誤魔化す自信なかったのよね。あ、でも、逃がしてしまったのは今後の情報収集に支障が出るか……う~ん、まぁ、とにかく危険は去った。それで良かった、うん、そうしとこう)
しばらく呆然と森の方を眺める私。
「お嬢様!」
テュッテが駆け寄ってきたので、私は振り返り笑顔で答えようとするとなんと彼女は私を抱きしめてきたではないか。あまりの予想外な行動に私も硬直してしまう。
「ど、どうしたの? テュッテ?」
「お嬢様! どこかで頭を打ったんじゃないのですか? あ、でもその程度でどうこうなるほど柔な作りではなかったですね、お嬢様は。あ、まだ正気ではないとか? それとも日頃のやらかしっぷりについに頭までおかしくなったとか」
「おい、ちょっとまて。随分な言われようね、喧嘩売ってるの?」
抱きしめてきたテュッテを引きはがし、半眼になって私は彼女を見ると、彼女も心底心配そうな顔をしているので冗談ではなさそうだ。
(あれ、冗談じゃない。どういうこと? そういえば、さっきもテュッテらしからぬ話に割り込むような態度だったし……はて?)
あまりの心配そうな顔に私の怒りはおさまり、逆に不思議そうにテュッテを見返してしまった。
「どうしたの、テュッテ?」
「だって、お嬢様。ずっと大きな豹に向かって独り言言ってたじゃないですか。魔族の人がモンスターとしゃべれるって聞いたから、自分もしゃべりたいのかな~と最初は微笑ましく思ってましたが、見てたらだんだん可哀想に思えてきて……」
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとまって! テュッテにはあの豹の言葉が聞こえなかったの? ちゃんと女の人の声でしゃべってたでしょ」
「……お嬢様……悩みがあるなら私、お力になりますよ。愚痴だって聞きますから、溜め込まないで下さい……」
涙を溜め、再び抱きしめてくるテュッテを引き剥がし、私は焦る、焦る。
「いやいやいや、人をノイローゼ扱いしないで頂戴! しゃべったんだから、ちゃんと、あの豹しゃべったんだからねぇぇぇえええっ!」
再び、私の素っ頓狂な絶叫が森に木霊するのであった。
活動報告にも書きましたがGCノベルズ様より「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」2巻が販売中です。そして、何とコミカライズが決定しました!嬉しすぎて震えが止まりません。(あ、風邪かな?)記念にSSを活動報告にあげておりますので興味のある方はそちらも。今年ももう終わりになります。一年、皆様お付き合いいただきありがとうございました。販売中の二巻の方も、皆様のお年玉で買っていただけると嬉しいです。それでは良いお年を!