私の大切なもの……
※12/26追記 活動報告にて、発売とコミカライズ決定を記念してSSを上げました。興味のある方はそちらもどうぞ。皆様、これからもよろしくお願いいたします。
「ぐおぉぉぉっ!」
くぐもった声が私の横から聞こえてくる。たぶん私に攻撃した人だろう。横目でチラリと見ると自身の右腕を左手ですくい上げるようにして悶えていた。
(たぶん、骨折はしているわね。ご愁傷様です)
私は心の中でそう言うと、再び周りを確認した。
それほど広くない部屋に後三人怪しい姿の人がいる。その人達は私の登場と苦しみ悶える仲間を見て驚いているのか、固まっていた。
「……気を、つけて……賊……」
私から少し離れた前方でうつ伏せに倒れていたフィフィが私を見ていないのに私に向かって助言してきた。
(良かった、生きてるのね。でも、何でピクリとも動かないのかしら?)
フィフィは意識があるのにピクリとも動こうとしていない。いや、これは動けないのかと私が気がついたとき、私の首に何かがはめられた。
「くっ、これで、こいつも動けなくなるだろう」
横目で見るとさっき私に首トンして骨折した男(声で判断したので定かではないが)が殊勝にも痛む右手をぶらさげながらも私に首輪を着けてきたのだ。
(なるほど、これはあれね。拘束用のマジックアイテムということかしら? だから、フィフィが指一本も動かせない状態になってるのか。しゃべられるところから呼吸はできているみたいね)
私は自分に着けられた首輪の感触を触ることなく確かめてみる。
(うん! ぜんぜん効いてない)
嬉しいやら、悲しいやら、まぁ、今は嬉しいので神様に感謝しておこう。
「よし、手筈通りメイドを連れっ!」
「なんですってぇぇぇっ!」
ドゴォォォンッ!
私に首輪を着けた男がとんでもないことを口にしたので私は思わず叫んで、そのままそいつに向かって綺麗に右ストレートをボディにキメてしまう。勢い余って男は後ろへ吹っ飛び、壁に大きく激突した後、信じられないと言った顔を一瞬見せた後、ガクッと項垂れた。
ほとんど条件反射だった。だが、私は「その言葉」を発した存在を排除しようと無意識に攻撃してしまったのだ。
こいつらは私の大事なテュッテを連れ去ろうとしている。
(私からテュッテを奪おうとする者、それすなわち、私の敵!)
フンッと着けられていた首輪を右手で握りつぶして外し、地面へと放り投げると、さすがの相手達も驚き、後退し始めていく。
唯一見える相手の視線が、チラチラとどこかを見ていて、私はそれが裏口の扉だと気がつくと、双方一斉に動き出した。
っが、彼らが動く前に私はもう裏口の扉の前に先ほどと同じポーズで立っている。私の中で今まで抑え込んでいた力を今は惜しむつもりは毛頭なかった。
一瞬の出来事で向こうからしたらたぶん瞬間移動でもしたかのように見えただろう。
「い、今のは……」
「気をつけろ、こいつ、魔術師だ」
私の動きが魔法か何かと勘違いしたのか、男達(声で判断した)は警戒して、私から距離を取る。
「メイドを離しなさい。そうすればフルボッコで済ませてあげるわ。あ、言っておくけど、メイドを盾にでもしたらあなた達が気がつかないうちにその手足の骨ボキボキにへし折ってあげるからね」
私は自分が今、どんな表情をしているのか理解できないくらい感情がごちゃごちゃになっていた。全身を今まで以上に動かせる高揚感、相手をねじ伏せる優越感、大事なものを連れ去ろうとしている相手への怒り、大事なものを捕られている焦り、などなど。
「この、粋がるなよ、小娘が!」
誰も運んでいなかった身軽そうな男が吠えて、私に何かを投げつけてくる。
カンッ!
「?」
私は肩の辺りに何か当たったような感触に首を傾げてポリポリと指で掻いて感触を確かめるがなんともなっていなかった。下を見ると、刃先が砕けた投げナイフが一本転がっている。
「っで、返答は?」
私は再び相手を見て何事もなかったかのように問う。
「……ば、化け物か……」
何か失礼なことを呟いた投げナイフの相手をめざとくも聞き逃さない私の地獄耳。
「誰が、化け物よ!」
一瞬にして相手との距離を詰めると、そのまますくい上げるように相手のボディに拳をねじ込み突き上げる。大の大人が軽々と天井へ飛び、大きく叩きつけられ、そのまま力なく落ちてくるのを私はよけながら次の相手を見定めた。
「っで、返答は?」
私はあえて、何事もなかったかのように同じ問いを繰り返した。
「どちらか一方のメイドを渡し、その隙に」
「バカを言え、どっちが本命か分からないんだぞ」
メイド達を担いでいた男達が何やらヒソヒソと相談しているのが聞こえてくる。
(本命? 私は二人とも返してもらうんだから本命はないわよね。だとすると向こうはスフィアさんかテュッテのどちらかを連れて行こうとしていたのかしら? でも、向こうもどちらを連れて行けば良いのか分かっていない?)
何だか、めんどくさくなってきたので考えるのは後回しにして、とりあえず、この不法侵入者達を全員沈めることにする危ない私。
私が動き出した瞬間、向こうもそれを察知したのか、それとも反射的だったのか、まさかの私に向かってスフィアさんを投げ寄越してきたのだ。何の抵抗もみせないところを見ると、彼女は眠らされているのか、ならば受身も取れないはずだ、無視できない。
そこに隙ができ、私はスフィアさんを抱きとめると、相手は空いてしまった裏口へとテュッテを抱えて逃げ出す。
その光景がまるでスローモーションのように見えた。
(テュッテが連れて行かれる)
全身に鳥肌がたった。
頭の中はその言葉に支配され、私の理性が吹っ飛び、自分が分からなくなった。
「お嬢様! もう、いいのです! もういいのですよ!」
テュッテの叫びが耳元に届くと、私は真っ白になっていた思考がやっと戻ってきた。
後ろから抱きしめるテュッテの感触で私は正気を取り戻すと、目の前にはおびえきった男がボロボロになりながらも必死に逃げようと地面を這いずりもがいているのが見える。どうやら、ここは裏口を出た外のようだ。
(……私は何を?)
理解ができなくて、自分の両手を見る。両の拳がひどく汚れていた。そして、再び前を這いずり逃げようとする男を見て、その目が私と合ったとき、私の心が凍り付いた。
恐怖だ。
幼い頃、誤解とはいえテュッテに向けられたあの恐怖の眼差しが、今度は本当に私に向けられていたのだ。
「……た、……す……けて……」
恐怖に震え涙を流す屈強そうな男が搾り出した言葉に私は何をしようとしていたのかやっと理解できた。そして同時に、私は再び自分の拳を見つめて恐怖に震えてしまう。
そう、自分に恐怖したのだ。
「わ、わた、わたし……わたし……」
拳の震えが全身に広がっていって止まらない。
(私は、この男を殴り殺そうと……)
「大丈夫です、お嬢様! 大怪我させましたが、大丈夫です! 大丈夫ですよ、お嬢様!」
震える私が何を考えたのか言わなくても理解したテュッテが大丈夫だと大きな声で私に言い聞かせながら、しっかりと私を包み込んでくれた。その温もりと気持ちが私に浸透して、私の怯えた心が解れていく。
私はここではっきりと自覚した。
私はどこか心の隅で自分が怖かったのだ。
本気になったら、それこそ何をしでかすか分からない制御不能な自分が怖かった。だから、平凡でいたかった。これもその要因の一つだったと私は気が付く。
そして、そんな私を引き戻してくれたテュッテの感触を再認識すると私の中に安堵の感情がドッとあふれ出た。
「でゅぅぅぅっでぇぇぇ」
「お嬢様ッ!」
半泣き状態になって私はテュッテの方へと向き直り、彼女に抱きつく。
「よかったぁぁぁ、よかったよぉぉぉ!」
連れ去られなかった。私からテュッテが奪われなかった。その事実がこれほどまでに嬉しいことだと私は大きく自覚してしまい、感極まってワンワンと泣いてしまう。
「お嬢様……大丈夫ですから。ねぇ、だから、ちからぅぉ~……おさ、おさ、私、死んじゃうって、何度も、言ってぇぇぇ……」
私の感極まったハグはベアハッグへと変貌し、テュッテが絞り出すような声をあげる。
「あ、あぁあ、ごめん。嬉しすぎてつい」
私がテュッテを解放すると、彼女は魂が抜けたようにカクンッと首がうなだれてしまった。
「あぁあ、テュッテ! しっかりしてぇぇぇ」
私が慌ててテュッテを揺さぶると、何とか彼女も戻ってきてくれ、揺するのはやめてと答えてくれた。
ガサッ!
鬱蒼と茂った草達をかき分ける音がして、私は慌ててテュッテを後ろに庇い、そちらを見る。
そこにいたのは一匹の豹だった。
前世の知識で言うと雪豹と言った方が正解なのだろうか。その豹は真っ白なフワフワの毛皮に黒の斑点模様をつけている。だが、その大きさは私の知識にある豹とは二周り以上も大きかった。
豹は気絶したのか動かない男に近づき一瞥するとこちらを見る。
(確か、モンスター騒ぎの時に見たような……)
「何? あなた、こいつらの仲間?」
私は警戒しながらも思わず豹に話しかけるという暴挙に出てしまった。
『いいえ、でも逆らえない状態です』
「豹がしゃべったぁぁぁっ!」
まさかの返しに私は場もわきまえず素っ頓狂な声を上げてしまうのであった。
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