新たなお客様のようです
「……また、お客様が来た」
地下室から戻ってきた直後、フィフィがそういうと、大きな耳がピクピク動いていた。音を聞き取ったのだろうか、さすがは獣人と感心しながら私は扉に向かうフィフィについて行く。程なくして、玄関口に到着したフィフィは何の警戒も確認もなく扉を開けた。
(私達の時もそうだったのかな? だとしたらちょっと不用心な気もするけど)
私は何かあったらと思って、少し距離を取る。すると、扉の向こうから見知った顔の人達が現れた。
テュッテとスフィアである。
「あれ? テュッテ、スフィアさん。馬車に待機していたんじゃ?」
私は驚いて、フィフィの後ろから二人に声をかけてしまった。フィフィは相変わらず無表情のまま、私と二人のメイドを交互に見ている。
「突然の訪問、申し訳ございません。姫様達の戻りが遅いので、また姫様が何か粗相をしでかしたのかと思い、確認に参りました」
恭しくお辞儀をしてスフィアが説明すると、フィフィは納得したように頷く。
(戻りが遅い理由が姫が迷惑をかけているという判断になるとは……しかも、またって……)
私が一人ため息をついていると、フィフィは二人を招き入れてきた。そのままテュッテは定位置と言わんがごとく私の後ろにつく。
「……お嬢様、何か良いアイテムはございましたか?」
さらに、小声で私に聞いてくるテュッテ。さすが私のメイド、私の行動などお見通しのようである。
「力を抑えるアイテムがあったんだけど、粉砕しちゃった」
「……お嬢様は期待を裏切りませんね」
「……それ、どういう意味?」
私が横目で後ろにいるテュッテを半眼で見ると、テュッテはあさっての方向を見て、何も言わなくなり、若干私から距離をあけて逃げていく。
ガシャァァァン!
玄関先にいた私達の耳に何か金属的な物が倒れる音が響いてきた。
何事かと私に緊張が走る。が、私とテュッテは緊張しているけど、二人の獣人はあまり緊張しているようには見えなかった。まぁ、フィフィは無表情なので仕方ないのだろうけど、スフィアはなぜかため息をついている。
私は訳が分からない状態のまま、二人についていき、皆がいる場所まで戻ってくると――
そこには勝手に剣を持って振り回すエミリアをザッハが一生懸命捕まえようとしている姿と、アワアワと散らかったその他のアイテム類を片づけているサフィナとマギルカ、そしてどうしたものかと苦笑して私達に気がつく王子がいた。
(……ハハハッ、これが「また」……ね)
「おおお、これはすごいな、軽いくせに、とても丈夫じゃ。なにより魔工技師によって切れ味に何かしら細工が入っているのう」
「……オッホン! すごいなっではありません、姫様」
嬉々するエミリアは私達の存在に気がついていなかったのか、スフィアの言葉でやっとこちらを向いた。
「おお、スフィア。なんじゃ、迎えか?」
「そうですが。その前に、何をやっているのですか、姫様」
「何ってアイテムの見学をじゃな……」
エミリアは持っていた剣を降ろし、辺りを見渡す。何というか、私的に簡単に言うと空き巣に入られたような散らかりようだ。
(この姫様、アイテムを片っ端から引っ張り出してきたわね。しかも、片づけもせず)
「この惨状は後ほどそちらの皆様にお聞きし、エリザベス様にご報告いたします」
すっごい笑顔でスフィアが言った例の人の名前を聞いて、エミリアの顔が一瞬にして蒼白になっていった。
(うん、まぁ、怒られるだろうな。怒られるだけなら良いけど、鉄拳制裁というか魔法制裁が入るのは確実よね)
私は晩餐会でのエリザベスによるエミリアへの扱いを思い出して、苦笑いするしかなかった。エミリアもそれに気がついたのか、慌てて剣をしまいスフィアに寄ってくる。
「そ、それだけは、それだけは許すのじゃ! 氷漬けの刑にされてしまうぅぅぅ!」
「自業自得です」
「そなたは妾のメイドであろう! 妾の言うことをきかんかい!」
「私はエリザベス様より姫様の監視、報告を命ぜられておりますので」
「鬼! 悪魔! そなたはどちらの味方なのじゃ」
「エリザベス様です」
「ぐおぉぉぉ、こやつ、さらりと言いよった」
何とも無情なやりとりであるが、二人は長いつきあいみたいなので、これも一種のコミュニケーションなのだろうか。まぁ、ぶっちゃけ何かだんだん「だってレリレックス王国だから」で済ませてしまっても良いように思えてきたので深く考えないようにする。
それよりも、あのやりとりを見ていた私は何だか心配になってきて後ろに控えるテュッテを見てしまった。
「……テュッテは私の味方、よね?」
「はい、もちろんです」
私が恐る恐る聞いてみると、テュッテはニッコリ笑って、即答してくれた。
「テュッテェェェッ!」
私は場も忘れてメイドにハグしてしまう。結構思いっきり……。
「うぐおぉぉぉ……お、嬢様……死ぬ、私、死んじゃ、います……おち、落ち着いて……いい加減……が、学習、して、くだ、さ、い……」
絞り出すようなテュッテの声が耳に届いて私は慌てて彼女を解放するのであった。
リィィィン!
突如、部屋に鈴の音が響き渡った。
「へ? 何?」
若干ぐったりするテュッテを支えながら私は辺りをキョロキョロと見渡してしまう。一同に緊張が走り、一斉に私達はこの現象の理由を知っているだろうフィフィを見る。彼女は相変わらず無表情だが、そこはかとなく緊張しているようにも見えた。
「……これは、モンスターがエリアに進入した時の警告音……まさか……」
フィフィが少し早足で近くの窓へ行き外を見る。つられて、皆も窓から外を見ると、確かに狼のようなモンスターが数匹、家に一番近い森から姿を現し始めていた。
「……おかしい。ここ一帯にはモンスターが近づくのすら嫌がる要素を発生し続けるマジックアイテムを設置しているのに」
「その装置が作動していないということは?」
フィフィの呟きに同じく外を見ていたマギルカが聞いてきた。
「……それはない。そうなったら今のように知らせが入る。とはいえ、作動していても絶対近づけないわけではない。何かの要因で無理にでも近づこうとすれば意味をなさない。でも、知能の低いあのモンスター達がそれをする理由が分からない」
二人の会話に耳を傾けていた私はふと、何かの視線を感じて、皆とは少しずれた先を見る。
遠すぎて断定できないが、狼のようなモンスターの中に一匹綺麗で大きな白い豹のようなものが佇んでいることに気がつく。が、その姿もすぐに森の奥へと消えていき、狼モンスターの咆哮が轟いて、場が動き出した。
「フンッ! たかが犬っころモンスターが群れになってかかってこようと、恐るるに足らずじゃ。ちょっと妾が行ってシメてこよう」
意気揚々と表玄関へ向かうエミリアを見送り、私達はどうしたものかとお互いの顔を見合わせる。
「あの、フィフィ様は実は強かったりしません? ほら、最高の魔工技師は昔は最高の剣士だったとかいうお約束の設定みたいな……」
場の空気を和ませようと私は妙なことを口走ってしまい、皆が不思議そうに私を見てきてしまった。
「……そんなお約束設定、知らない。私は普通の魔工技師、強くない。他に得意というなら炊事洗濯、掃除などの家事全般くらい」
戦闘力ならぬ女子力の高さはあるようで、そんな今はどうでも良い情報を仕入れた私はそのまま出て行ったエミリアの方を自然と見てしまう。
「それで? 俺達も加勢に行くのか?」
やはりと言っていいのかワクワクしながらこの戦闘民族が嬉しそうに私達に言ってきた。
「武器がありませんわよ、ザッハ。それに、あの咆哮を聞きつけた先生方がこちらに駆けつけてくれますから、殿下をお守りする以上私達は大人しくしていた方が正解ですわ」
それを冷ややかな瞳で返すマギルカ。
「……武器ならここにある。緊急事態、好きな物を持っていって良い」
「え、マジで! うぉっ、やったぁぁぁっ!」
思わぬフィフィの提案にザッハが嬉々して剣を取り始めてしまった。
(これは、あれかしら? 私も乗っからないといけない流れかしら?)
「まぁまぁ、皆様、落ち着いてください。あの程度のモンスター、姫様一人で駆逐できますのでご安心ください。あの人、戦闘力・だ・け・は信頼できますから」
落ち着かない私達とは裏腹に、一人冷静なスフィアはなぜか「だけ」を強調して微笑んでいる。ほんと、この国の姫様の扱い雑だな。
「お茶を用意いたしましょう。台所はどこでしょうか?」
そして、この状況下でお茶まで出そうという余裕さえ見せてくるこのメイド。何だか、私も気分が落ち着いてきて、モンスターが近づいてきているという緊張感が薄らいできてしまっていた。
「……んっ、案内する」
フィフィにつれられ、スフィアが部屋を出ていき、それに続いてテュッテも手伝うと言って出ていった。外では「うははは」とけたたましい笑い声をあげるエミリアの声が聞こえ、何となくいろいろ大丈夫そうに思えてくる。
(あ、そうだ。テュッテに私のカップは丈夫そうな物にしてもらおう。万が一にもへし折ったら大変だわ)
私は皆にちょっとテュッテに用があると有無もいわさず笑顔のまま一人部屋を出た。台所がどこにあるのかは、先ほど地下室へ行く際に通過していったので分かっている。
そして、私は台所へ到着し、開けっ放しのドアから声をかけ、入ろうとして固まった。
そこには、マントやら何やらで全身を黒ずくめにし顔すら分からない連中が数人バラバラに立っており、床に倒れるフィフィ、そして、抱え上げられているテュッテとスフィアの姿が見えたのだ。
私がそれを理解した瞬間、首後ろ付近に何か強い衝撃を受け、私は意識を失う……。
わけあるかぁぁぁぁぁぁっ!
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