海だぁぁぁ!
皆様の想像力にお任せいたします。
翌朝。
「皆の者、待たせたのじゃっ!」
皆で朝食をいただいていたところ、ドアを開けさせ勢いよくエミリアが自信たっぷりに現れた。
(朝からテンション高くて感心するよ、まったく……)
私は呆れ半分で朝食に出されていたデザートを粛々と頂く。
「朝からどうしたのです、エミリア姫」
王子はまた変なことに巻き込まれるのではないかと心配そうに訪ねると、エミリアは爛々とした瞳をこちらに向けてきた。
「メアリィが言う水着とやらに可能な限り近いモノを見繕ってきたぞ! さぁ、好きなモノを選ぶが良い」
「え、ほんとにっ! やったぁっ!」
エミリアの報告に私は思わず声をあげて、そちらを見てしまう。ハッとはしたないことに気がついたがそれよりも水着が気になってソワソワしてしまう私。
「水着……ですか? せっかく姫殿下が用意していただいたのですから、お部屋に戻ってから見させてもらいましょう」
私とは反対に優雅に口元を拭きながら、マギルカが提案してくると、一同賛成し、朝食を終わらせ席を立つ。もうちょっと食べていたかったが食い意地張っているように思われたくないので慌てて私も席を立ち、皆についていった。
用意された部屋の中では数種類の衣服がメイド達によって用意されているところだった。もちろん、男性陣とは別の部屋である。
「ところで、メアリィ様が言う水着とはどういったものを想像しておられたのでしょうか?」
用意された服をチラチラと拝見しながらマギルカが私に聞いてきた。何となく落ち着きがない彼女の気持ちも分からないわけではない。なにせ、用意された服はどれも薄着だ。というか、下着と間違えてしまうくらい布面積が小さい物もある。前世、私がいた日本でのビキニやハイレグタイプの水着を着るというのはまだないのだろう。魔族の国ではどうか知らないが……。
「メアリィは面白いことを思いつくものだな。こういったものを水着にするなんて妾も考えなかったぞ」
エミリアは用意した服を眺めながらうんうんと頷き、ふと何かを思い出したようにこちらを見てきた。
「じゃが、そなたが描いたマギルカに似合うだろうと言ったモノはさすがに無くてな。一から作らなければならなかったのじゃ」
そう言って私が描いた絵を見せてくる。何を隠そう、水着の話になった時、どんなものかとエミリアに聞かれて私は日本の水着を絵に描いてみせていたのだ。そして、その時、ちょっとした出来心で描いてしまったアレをエミリアは見せてきたのだ。それを見た瞬間、私からサ~と血の気が引いていくのが分かった。
「ちょ、ばっ! あれは悪ふざけで! 処分してって言ったじゃない」
「へ~、メアリィ様が私に」
どんなものかと好奇心にかられたマギルカが慌てて絵を隠そうとした私の後ろからそれを覗き見、そして、固まった。
それは、紐でマイクロなアレにそっくりなデザインだったのだ。
見てしまったマギルカは自分に当てはめた完成予想図を思い浮かべたのか徐々に顔が赤くなっていき、沸点に達したところで私をキッと睨んでくる。私は、タイミング良くあさっての方向を見てその視線から逃げた。
「メ、メアリィ様は、わた、私にあんな破廉恥な物を着せ、着せようとしたたた」
「お、落ち着いてマギルカ。冗談だから、冗談。あなたに着せるわけないじゃないのよ」
顔真っ赤涙目になってマギルカが抗議しながら迫ってくるので、私は後ろに下がりつつ弁解する。
「なんじゃ、着んのか? せっかく作らせておるのに。じゃあ、完成したら発案者のメアリィにでも着てもらおうかのう。紐だからサイズも簡単に合うだろうし」
私の言葉を聞いて、エミリアがとんでもないことを提案してきた。ヒラヒラと私の前に見せつける私の描いたマイクロなアレ。思わずそれを着た自分を想像してしまう。
(そんなことになったら私は恥ずかしさのあまり死ぬ!)
「すみません、ごめんなさい! それだけはご勘弁を!」
私は土下座する勢いでひたすら頭を下げて、謝ることに専念するのであった。
サンサンと降り注ぐ太陽の光が反射して眩しいくらいの白い砂浜。青々とした綺麗な空を映し出したように輝く青い海。私達以外誰もおらず、岩々に囲まれた閉鎖されたとっても静かな場所。
人、それをプライベートビーチと言う。
私はそんな綺麗な砂浜に仁王立ちし、大きく深呼吸するとあの台詞を水平線に向かって叫ぶのであった。
「海だぁぁぁぁぁぁっ!」
「そうですわね」
「海ですね」
「いきなりどうした、メアリィ様。気でもふれたか」
「まぁまぁ」
私が叫んだ後ろで言いたい放題の友達のコメントは無視する。ちなみにマギルカ、サフィナ、ザッハ、王子の順である。
(だって、心が叫びたがっていたのだよ)
今の私達の格好は私が知る日本の水着デザインに近づけた物だった。海辺に近いだけあってか、魔族のセンスが現代日本寄りだったのか、私が描いたセパレート水着に似たようなシャツやブラ、ショートパンツがあったのは意外だった。後はそれをちょいちょいと手直しするだけで済み、その上にパレオのように私とマギルカはスカート型にサフィナはワンピース型にして着ている。
エミリアは私が描いた水着がえらく気に入ったのか、実現に向けて動くそうだ。自分で描いておいてなんだが、大丈夫だろうか。過激な物にならなければよいのだが……。
男性陣はあまりこだわっていないのか、私の提案通りに膝上丈の裾の広いズボンを腰の紐で結んで穿き、上は簡素な半袖シャツのボタンを全部外した状態で着ているだけだった。
「とっても似合うよ、三人とも。目のやり場に少々困るくらいだ」
爽やか笑顔でサラッとナチュラルに褒めてくる王子。ザッハも目のやり場に困っているのか落ち着きがない。意外な反応にちょっと見せつけてからかいたくなったが、とはいえ、そのせいでガン見してきたら思わず目潰しの刑にしてしまいそうなのでやめにしておく。彼にしてみれば理不尽すぎるだろう。
「さぁ、泳ぐわよ! あ、そのまえに準備体操しなくっちゃね」
一人テンションの高い私は皆を置いてきぼりにして屈伸運動とかし始めた。
「泳ぐって。メアリィ様、泳げたのですか?」
ウキウキしながら体操する私の後ろからマギルカが声を掛けてきて、私はピタッと体操を止めてしまった。そして、そのままがっくりと砂浜に膝をつく。
(そういえば、私……前世で泳いだことないし、今世も泳ぎの練習してないわ)
何となくクロールや平泳ぎの仕方は知っているが実践したことがないので自信がない。それに、海の中のパワーセーブがどのくらいなのか分からない状態で私がひと掻きしたら周りがどうなるか……ぶっつけ本番は避けたかった。
(あぁぁ、こんなことなら事前に練習しておくんだったぁぁぁ)
とはいえ、まさかこんなところで海水浴ができるなんて想像できなかった私では、こんなことなら~という言葉はあてはまらないだろう。
「ちなみに、泳げる人、挙手」
私が期待を込めて皆を見ると、全員が互いの顔を見合っているだけで手を挙げた者は皆無ときたものだ。
とりあえず、泳ぐのではなく戯れ、沈む程度にしておくことにした。
「とぉ~つげきぃぃぃ♪」
私はお約束のごとく走り出し、そのままバシャバシャと海の中へ駆けていく。
「あははは、うわっ!」
そして、膝上辺りまで沈んでいくとうっかり砂に足を取られて私はそのままバシャンと海へダイブするのであった。
「大丈夫ですか、メアリィ様!」
海面から頭を起こし、声のする方を見る。そして、慌てて私の元に行こうとするサフィナの足の動きがさっきの私より遅かったのでドキッとした。隣に誰もいなくてよかった。もし、誰かいたなら水の抵抗力が少ない私の動きが比較されて「あれ?」と疑問に思われてしまうかもしれなかったのだ。
(あぶないあぶない、水の抵抗力に抗いすぎちゃったわ。ふむふむ、あのくらいの遅さになるのね。もっと力を抜かないと。私は普通の子、普通の子)
私はサフィナを見て、冷静に分析する。学習する子なのだ、私は。
「まったく、はしゃぎすぎですわよ、メアリィ様」
「あはは、ごめん、ごめん。海に入るの、初めてだったから、つ……い」
呆れ半分でマギルカも海の中に入ってきた。私は謝りながら立ち上がると、これまであえて見ないでおいたマギルカが持つ崇高な部位を間近で眺めてしまった。
「…………」
「? どうかしましたか?」
「くそぉぉぉ! 毎度毎度羨ましいな、こんちくしょう!」
私は海水を掬いあげて八つ当たりのごとくマギルカにぶっかける。
「ぶはっ!」
思っていた以上に海水を掬いあげすぎて、「パシャッ」「きゃっ、冷たい。もぉ~、やったわね」なんて甘い展開になどならず、パシャッではなく、ザバァァァッ!という感じになってしまった。勢いに負けて後ろに尻餅をつくマギルカが海に沈む。
「あ、ごめん。マギルカ」
(うがぁぁぁ、しっかりしろ、私! セーブ! パワーセーブ!)
私は思っている以上にはしゃぎすぎて、どうにもコントロールできない自分を心の中で叱咤した。学習する子なのだよ、私は……ほんとだよ?
「うわはははぁぁぁっ! 妾、参上! 妾も仲間にいれぇいッ!」
「ぐはっ!」
と、テンションマックスのエミリアが飛んできたのか私に向かってまさかのダイブをぶちかましてきた。
パワーセーブを意識していたせいで完全に脱力していた私はそのタックルをもろに受け、ダメージはないが勢いに負けてエミリア諸共海に沈む。
「ぶはぁぁぁ! なんてことするのよ、姫殿下! 海水飲んじゃったじゃない」
私は海中から勢いよく体を起こして、離れるエミリアに抗議した。
「いや~、すまんすまん。楽しそうじゃったから、つい」
邪気のない笑顔でこちらに謝罪してくるエミリア。そして、その後ろでギョッとするマギルカとサフィナが見えた。
「メアリィ様、上、上!」
マギルカが意味不明なことを言ってくる。なぜか、顔が真っ赤だ。サフィナに至ってはキョロキョロと周りを気にしていた。さっきの私のやらかしなどどこかへ吹っ飛んでしまったくらいの動揺ぶりだ。
(何だろう、何かこんな感じ以前にもあったような?)
私は不思議に思いながら、空を見る。
「あ、そっちじゃありませんわ。下です」
「した?」
言われて私は自分の体を見下ろしたとき、思い出した。
(あ、このパターン。以前、甲板であったわね)
そして、私は胸の布がいろいろな勢いに負けてずれてしまい、結んでいた部分が今正にスルッとほどけていくのをスローモーションで目撃するのであった。
その後、私の絶叫がビーチに響き渡ったことは言うまでもないだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。