さぁ、刮目せよ
辺りが薄暗くなった頃、私達は町から少し離れた岬の別邸とやらに到着する。さすが、この国の姫だけあって、その敷地面積は圧巻だった。
玄関先で停まった馬車から降りると、待機していた数名のメイド達が揃って歓迎の言葉をかけてきた。私はその一人、エミリアに近づいてきたメイドに釘付けとなる。
頭上にあるのは角ではなく、ピクピクと動くモフモフなお耳。スカートからにょろんと飛び出したるはモフモフな長い尻尾。
そう、獣人である。しかも、猫獣人だ。
レリレックス王国は人族との交流が少ない代わりに他の亜人族、つまりは獣人やエルフ、ドワーフなどとの交流が主流だと習っていた。が、まさかいきなりネコミミメイドに出くわすとは思わなかった。
(うぎゃぁぁぁ! ネコミミぃぃぃ! まじもののネコミミよぉぉぉ!)
完全に不意打ち状態の私は優雅に佇むなか、内心大興奮で彼女を凝視してしまう。手がその耳や尻尾を触りたくてウズウズしてしょうがなかった。
「お嬢様……その獲物を狙う肉食獣の目はお止めください」
「し、失敬なっ。誰が肉食獣よ」
後ろに控えていたテュッテに言われて、私のウズウズ感が少し軽減する。私は少し下がってテュッテに近づき、小声で抗議した。
「遅くなった。準備の方は?」
「はい、問題はありません」
エミリアがネコミミさんに話しかけると、彼女は優雅にお辞儀し、答えている。私はテュッテとの会話を中断し、彼女の言葉を聞いて、少しがっかりしてしまう。
「くっ、惜しい! 語尾にニャがつけばパーフェクトだったのに」
「声に出てますよ、お嬢様。そういうのは心の中だけにしてください」
思わず小声で漏らしてしまった私の言葉にサラッと返すウチの優秀なメイド。私は手で口を押さえて、誰にも聞かれていないよねと確認する。皆は周りに意識がいっていて、聞こえなかったみたいだ。
と、ネコミミメイドさんと目があった。心なしか耳がピクピク動いている。そして、なぜかにっこりと笑ってきた。
(き、聞こえてなかったわよね、私の呟き)
私は少々ひきつった笑みを返して、彼女から目を逸らす。
「紹介しよう。妾のメイドを束ねるスフィアじゃ。若く見えるじゃろうが、付き合いは長い。皆、何か要望があれば好きなだけ彼女をこき使ってくれ」
エミリアの紹介で隣に立つスフィアに目がいくと、確かに彼女は若かった。とはいっても私から見ると二十代前半くらいで、目元もキリッとした出来るお姉さんに見える。が、いかんせん、ネコミミのせいで可愛らしさが全面に出てしまっている。
補足ではあるが、獣人もまた、長寿である。といっても、魔族やエルフ、ドワーフに比べると長くはないが、それでも人よりは長く生きられ、しかも、肉体のピーク時が長く老いるのが遅いときたものだ。羨ましい限りである。
「スフィアです。この度はこのやんちゃなお転婆姫のわがま――ん゛な゛あ゛あ゛あ゛っ!」
優雅にお辞儀して自己紹介をしていたスフィアが急に叫びをあげた。何というか猫がゴロゴロ声を上げるような何ともいえない声である。よく見ると、隣にいたエミリアがスフィアの尻尾を手で包むようにして何やら怪しくニギニギしているではないか。
「妾が何じゃって?」
「いえ、何でもありません。ただ、姫様に振り回された皆様にお詫び――ん゛な゛あ゛あ゛あ゛っ!」
再び奇声をあげるスフィア。尻尾が再びさっきより強めにニギニギされているのが見える。
「姫様ッ! し、尻尾は敏感なんです。不用意に触らないでくださいとあれほど言っているでしょ」
「そなたが失礼なことを言おうとするからじゃ」
「失礼しまくっているのは姫様の方でしょう。皆様の迷惑顧みず、呼び寄せっ、おっとぉぉぉ」
尻尾から手が離れるとすぐ様にらみ合って言い合っていた二人だが、途中でスフィアが後ろに綺麗に飛び退いた。たぶん、尻尾を掴まれないように逃げたのだろう。その身のこなしはとても優雅で、猫の身軽さを彷彿させると共に何か慣れている風であった。おそらく、このやりとりはいつものことなのだろう。その証拠に周りの人達がやれやれといった顔で見ている。
(う~ん、魔族社会は私達に比べて緩いなぁ)
私はちょっぴり羨ましそうに二人を見、そしてテュッテを見てしまう。テュッテは私の視線に気がついて、苦笑いをするだけだった。
「くっ、無駄にすばしっこくなりおって。まぁ、よい。皆を部屋に案内せい。その後、夕食じゃ」
「かしこまりました。では、皆様、こちらへ」
エミリアがプイッと顔を背け、私達はスフィアに連れられ離れていく。
「皆様には個室を用意しておりますニャ。どうぞ、旅の疲れを癒していただきたく思いますニャ。後ほど夕食の準備が整い次第、ご案内させていただきますニャ」
(ん?)
私達だけになると急に語尾が変になったスフィアに私は首を傾げてしまう。明らかにおかしな方へ豹変したその言葉使いに皆も不思議がっている。が、ハッと気がついた私だけが顔を青ざめてしまう。
「いかがいたしましたかニャ?」
私の変化にスフィアが気がつき、笑顔で聞いてくる。
「あ、あの、その語尾は……」
「はい。なにやら語尾にニャが入っているのが好ましいと小耳に挟んだので、実行してみましたニャ。どうですかニャ? お気に召しましたかニャ」
私に向かってとびきりの笑顔で答えてくるネコミミメイド。だんだん、ニャ言葉が自然になってくる順応力に恐ろしさを感じてしまう。
(聞こえていらっしゃったのねぇぇぇっ!)
私が一人頭を抱えて悶絶する中、「また、キミか」といった顔で私を見てくる皆の姿は、まるで、先ほどのエミリアとスフィアのやりとりを見ていた他の人達と酷似していた。あぁ、とっても恥ずかしい。人の振り見て我が振り直せとは正にこのことなのだろうか。
「すみません。普通で結構です」
私は即行で自分の発言を訂正する。
「そうですか? 何か本能的にしっくりきそうでしたのに、残念です」
すっかり元に戻ったスフィアに私はホッとしながら、部屋へと案内されるのであった。
一旦、部屋でテュッテと一緒に和んでいると、夕食の準備が整ったとスフィアが迎えに来てくれた。集まったのは私達学生勢だけで、大人達はいない。まぁ、邸内に入ったのでそれほど危険はないだろうと私は楽観的に思いながら、スフィアの案内についていった。
廊下を歩き、大きな両開きの扉の前まで来ると、待ちかまえたかのようにエミリアが来る。
「クックックッ、揃ったようじゃな。では、晩餐会といこうではないか! 皆の者、刮目せよ」
自信たっぷりな笑みを見せ、エミリアが使用人達に扉を開けさせる。奥には大きなホールが広がっていた。煌びやかなシャンデリア、美しい調度品、テーブルや椅子などが目に入る。
「よぉ~こそ、レリレックス王国へ!」
私がお~と感嘆の声を上げるよりも早く、ホール内にダンディな声が響き渡る。驚き、私達は一斉に声のする方へと視線を向けると、ホール中央、私達に向かって立っている人がいた。
変なポーズをとって……。
思考が追いつかず、私はそこで思考停止してしまった。
そこにいたのは一人の中年おっさんだ。それは問題ない。だが、その恰好がおかしい。頭には立派な二本の角と王冠、真紅に染まった下地に裾にはファーをつけた豪奢なマント。その下に見えるは日焼けした褐色の肌。
そう、男はパンイチでマントというとんでもない姿で立っていたのだ。
そして、私達にこれでもかとアピールする全身の筋肉は、小麦色に焼け、さらにオイルでも塗ったのかテラテラと照り輝いていた。
(あ、私知ってる。あのポーズってボディビルで筋肉を美しくアピールするためのポーズなんだってね。こっちの世界にもあったんだ)
などと、光を失った瞳で私が考えていると、途端、思いっきり扉が閉められて、ホール内の光景がシャットアウトされる。閉めたのはエミリアであった。
「違うのじゃ! あんなものを刮目しろといっているのではないぞ。妾はホールと料理の数々を見ろと言ったのじゃ。あれは想定外じゃ。すまぬが、少々待っておれ。ちょっとあの筋肉バカを排除してくる」
「筋肉バカとは……我が娘ながらそこまで褒められると、フフッ、さすがに照れるであろう」
エミリアが焦ってドアを背に弁解していると、スッと扉を開けて頭だけこちらに入れると爽やかに照れるおっさんがいた。顔にまでオイルの塗ったのかテラテラしている。
(おそらくというか、これ、あれだよね。エミリアのお父さんよね。つまりはこの国の王、魔王様よね)
私はとんでもない事実を理解して、照れるテカテカのおっさんを見上げるだけにとどまるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。