こ、これが暗黒の島ッ!
死霊船遭遇事件から半日、私はあまり人が来ない船底の倉庫で一人いじけていた。一人といっても近くにはテュッテが控えてはいるが。
皆も私の気持ちをくみ取ってくれたのか、そっとしておいてくれているのでとてもありがたい。
「お嬢様、もうじき島へ到着するそうですよ。そろそろ復活なさってください」
「やだ……」
私は壁に向かって体育座りをし、膝に顎を乗せ拒否する。
「公爵令嬢ともあろう方がいつまでいじけているのですか、しっかりしてくださいまぁぁぁせぇぇぇ! さぁ、外に出ますよぉぉぉ」
「い~や~だぁぁぁ」
体育座りで丸くなった私をテュッテが後ろからズルズルと引きずって外へと引っ張り出そうとする。が、私は体を丸くして引っ張り出されるのを拒否した。テュッテの力では私に勝てるわけもなく、私は一ミリも動くことはない。だって、あんな恥ずかしいことがあったのだ。皆にどんな顔して会えばよいのかまだ心の整理がついていない。そして、時間が経てば経つほどその踏ん切りがつかなくなっているのもまた事実。
程なくしてぜ~は~と肩で息をするテュッテは私を解放した。そして、私は再び亀のごとく丸くなる。
「仕方がありません」
諦めたのかテュッテはそう言うと、船室の方へと上がっていってしまった。途端薄暗く静かな部屋に一人になってしまった私はとても心細くなってくる。私はうじうじして我が儘を言った自分に後悔し、体育座りを解いて、出入り口の方を見つめると、テュッテがすぐさま戻ってきてくれた。
ホッとした反面、何となく気恥ずかしくて再び体育座りして壁を見つめてしまう私。音だけでテュッテが私の近くで立ち止まっていることが分かる。すると、どこからともなく甘い香りが鼻腔をくすぐり、お菓子だと分かった私はクンクンと鼻をひくつかせてしまった。
「ほ~ら、ほら♪ おいで~、怖くないですよぉ♪」
チラリと横目で後ろを見るとテュッテがお菓子を持ってまるで野生動物を呼び寄せようとしている素振りをしているではないか。
「私は野生動物かぁぁぁ!」
とても失礼な扱いに私はツッコミを入れて、テュッテに詰め寄っていく。ついでに手のひらにあったお菓子をひったくり、ポリポリとリスのようにお菓子を頬張ってしまう意地汚い私。
「お嬢様、皆様が心配しておられますよ。さぁ、行きましょう」
猫に餌をやって和んでいるようなそんな表情のテュッテを見て、私は嘆息する。まぁ、何となく意固地になっていたところを崩すきっかけになったような気がして、私は気持ちを切り替えることにした。
「そうね……気持ちを切り替えましょう。もうすぐ暗黒の島に着くんだよね。暗黒の島っていうからにはこう、分厚い雲に覆われて雷鳴轟くおどろおどろしい雰囲気の島かしら」
「どうなんでしょうね、私も見たことありませんから」
二人で暗黒の島を妄想していると、辺りが騒がしくなってきた。どうやらその島が見えてきたようだ。
私はさっきまでの鬱々した気持ちはどこかへ放り投げ、心機一転、新天地への期待に甲板へと向かう。
(さぁって、どんな不気味なアイランドかしらね♪)
そして、私は暗黒の島を目の当たりにして絶句するのであった。
私が見た暗黒の島の印象を言葉にするとこうだ。
「さんさんと降り注ぐ太陽」
「透き通るような青い海」
「光輝く白い砂浜」
「綺麗な珊瑚礁と色とりどりの魚達」
(ぶっちゃけ、常夏の島。リゾートアイランドじゃないのかしら、これ。暗黒要素、どこいった?)
「ん? どうした、呆けた顔をしおって?」
私が甲板にあがって、そのネーミング詐欺に呆然としていると、エミリアが不思議な顔をしてやってきた。
「暗黒要素、どこいったっ! ここは常夏のパラダイスかっ」
私は思わず思っていたことをそのまま口にしてしまう。
「そなたは暗黒の島というフレーズに何を期待しておったのじゃ? 第一、暗黒の島とか言い出したのはそなたら人族の方じゃろう」
「う、そりゃあ、まぁ、そうなんだけど……勝手なこと言ってごめんなさい」
完全に非があるのは確認もせず情報を鵜呑みにした私の方なので、私は素直に謝る。
「気にするでない。それよりも我が島を存分に楽しんでくれ」
ニカッと笑いエミリアは他の人達の元に行く。彼女のちょっとおバカで人の言うこと聞かないところはあるが、その度量の広さに感服してしまった。私はエミリアを見送った後、気持ちを切り替え再び暗黒の島という名の南国の島を見渡す。
前世でいうハワイとかグアムとかそういった南国の島そのものだ。
(これは、否応にも期待値が上がりそうね! 南国の島、万歳っ!)
一時間後。
待ってましたの下船である。船員に案内を受けながら私達は船を下り、久しぶりの大地を踏みしめた。
予定よりかなり遅れての到着のため、水平線に日が沈みそうになっている。が、これまたその光景がとっても美しく、思わず見惚れてしまうほどだ。そして、「ようこそ! 暗黒の島へ」という横断幕付きのアーチを見上げて再び、暗黒の島とはなんぞやという気分になってくる。
私達は完全に暗黒の島「レリレックス王国」へと入国したのだ。パスポートやら入国審査やらそういったものは見あたらないが、まぁ、その辺は大人達にお任せだ。
(「ここへは何をしに?」「観光です!」というやりとりもしてみたかったけど、緊張して変なことしでかすかもしれないからよしとしよう)
私は皆と一緒に一カ所に集められ、そこで待つように言われた後、うわぁっと口を開けて、キョロキョロし続けていた。
どこを見ても魔族、魔族、魔族。私達、人族が圧倒的に少ない。
(こ、これが外国。うわぁ、何か緊張してきたぁ)
「さて、いろいろあったが馬車で近くにある妾の別邸へ行くぞ」
いろいろ用件を済ませたのか、エミリアが私達を再びエスコートしてくれた。そこで私ははたと、今回の目的が観光ではないことを思い出す。一応、非公式ながらも何か姫を救ったことへの感謝の気持ちをどうのこうのだったような気がする。
「あれ? 王都へは行かないの?」
「例の事件のせいで遅くなってしまったからのう。今から行くと夜中になるので、王都観光は明日以降にすることにした」
招待した本人から観光と言われて、私は招待状の理由が完全に建前だったことを再認識し、深く考えるのを諦めた。
(だって、エミリア姫様ですから……うん、この言葉がとってもしっくりくる)
「またそんな急な変更を……周りの大人の人達が調整に走り回ってそうね」
「ハハハ、そなたが気にすることではないぞ。この港町とて良いところじゃ、少しの時間ではあるが存分に楽しむがよい」
私が半眼になって腰に手をあて呆れると、エミリアがケタケタと笑って返してくる。
「そっかぁ。あんなに綺麗なビーチがあるなら水着を作ってもらって持ってくるんだったわ」
私は夢の南国ビーチを妄想し、がっかりと肩を落とす。
「水着? ああ、水に入っても透けない服のことか。それならそこらで売っているから買ってこさせようか?」
「え? ほんと! やったぁぁぁっ! こんな所で海水浴ができるなんて暗黒の島、様々だわ!」
ポロッと零した私の言葉を聞きつけエミリアがとても素敵なことを言ってきた。私は思わず彼女の手を握りしめ、キラキラと瞳を輝かせてしまう。
「う、うむ……まぁ、そこら辺はまた別邸へ到着してからということで」
あのエミリアが引き気味になるほどに私のテンションが上がっていたが、そんなの気にしない。神様が頑張った私にご褒美をくれたのだと勝手な結論に至って、私は天に向かって感謝するのであった。
ふと、私とエミリアのやりとりを見ていた皆が驚いた顔で見てくるのでエミリアの手を握ったまま首を傾げてしまう。
「どうしたの、皆?」
「見ない内に随分と仲がよろしくなられたのですね。いったい何があったのです?」
私の疑問にマギルカが答え、私は再び息を吐く。
「ふっ……この短時間でいろいろ振り回されてね……そしたら」
私は清々しいまでの笑顔でエミリアを見た後、彼女の手を離し、空を見上げる。
「……そういうことよ」
「どういうことじゃ! 気になるじゃろう」
私一人で納得すると、エミリアがツッコんでくるがそれ以上は言わないことにしておく。
「ささ、それよりも馬車に乗ろう乗ろう!」
私はマギルカとサフィナの手を握ると彼女達を引っ張り、強引に話を変えていった。
「ぅおい! めっちゃ気になるじゃろうが! 何がそなたをそうさせたのじゃあぁぁぁ」
その後を慌ててついてくるエミリアを見て、王子とザッハが苦笑しあっているのは見なかったことにしよう。
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