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どうやら私の身体は完全無敵のようですね  作者: ちゃつふさ
第2章 学園編 三年目
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「くらお」さんと「けんこ」さん


 自分が乗っていた船の周辺から生えているゲソ。それはこちらのゾンビゲソに比べて瑞々しく、イキが良かった。おそらく、ちゃんとしたクラーケンなのだろう。私はホッと胸をなで下ろす。


(なで下ろしてどうするの! モンスターにはかわりないでしょうが)


 などど、一人で悶絶していた。


「あぁぁっ! 籠から出てきおったぁぁぁっ!」


 私が悶絶していると、同じく向こうの船の現状を見てエミリアが絶叫する。その言葉は私の考えとは打って変わって、その存在を知っていたかのような口振りだった。


「くぉらぁぁぁっ! 誰が出して良いと言ったぁぁぁっ!」


 エミリアは甲板の端に行き、向こうの船に向かって大声を上げる。


「すみませぇぇぇん、姫様ぁぁぁっ! 暴れ出して、船が沈むかもしれないと思い、外に出しましたぁぁぁっ!」


 すると、向こうの船から大声で謝罪してくる者がいた。船長らしい人物だとは分かるが乗船するときの説明で紹介されてからあまり会っていないのでうろ覚えである。


「ふむ、ならば仕方ないか」


「出す? 暴れる? 船が沈む? それってどういうこと?」


「はうっ!」


 私がエミリアの後ろから半眼で睨むと、彼女はビクッと体を跳ねさせ、私の視線から逃げるように顔を背ける。


「まさか……私達が乗っていた船ってあのクラーケンが牽引していたとかじゃないでしょうね。そういえば、くらっとか餌とか言ってたような」


 私の指摘にエミリアがご丁寧に体をビクつかせて答えてくれる。おそらく私の考えが正解なのだろう。だが、今の問題はそこじゃない。聞きたいのは……。


「いや、ちゃんと本人合意の上、契約もしておるし、重労働をさせてもおらんぞ。三食昼寝付きじゃ。とってもクリーンな仕事じゃぞ」


「聞きたいところはそこじゃなぁぁぁいっ!」


 魔族の経営方針など今は二の次だ。それよりもなぜアレが現れたのかを聞きたい。それなのに、エミリアは明後日の方向に言い訳し始め、私は思わずツッコミを入れてしまう。


(私を何だと思っているのよ。まぁ、条件反射的に言っていたから、どっかで似た状態を経験でもしたのかもしれないけど、今は聞かないでおこう)


 私は今日一番に焦っているエミリアを見て、そこら辺のデリケートな部分は触れないでおくことにする。が、一つ、聞き捨てならないことがあったので、そこは追求することにした。


「ちょっと待って。本人合意ってクラーケンと会話ができるの?」


 私の指摘にエミリアが冷静さを取り戻し、胸を張る。


「もちろんじゃ。我ら魔族はそなた達より優秀じゃからのう。モンスターと会話できる者もおる。かく言う妾もある程度のモンスターの言葉なら分かるぞ」


「だったら、このゾンビも平和的に話し合いで済まなかったの? 後、今外へ出したクラーケンも」


 私はなぜか攻撃を止めウネウネとうねるだけになった腐ったゲソを指さし、続いて新たに現れたゲソを指す。


「フッ! 言葉が分かるとは言ったが、会話できるとは言っておらんぞっ!」


「あの……それ、威張って言うことなの?」


 私達がしょうもない会話をしていると、ザバァァァンと海面が膨れ上がり、船が大きく揺れた。何事かと近くの物にしがみつき、海上を見ると、そこには大きなイカの頭が半分ほど現れていた。クラーケンゾンビの本体である。

 と、海上に出ていたゲソが奇妙な動きをしだす。それに合わせてニュルニュルと何ともいえない音が聞こえてくる。


「な、なんじゃとッ!」


 そして、なぜか驚愕するエミリアがいた。


「あ、あの、まさかと思うんだけど……もしかして、あのニュルニュル音って何かしゃべってるの?」


「うむ、いかにも」


 頷くエミリアにつられて私はクラーケンゾンビの方をみる。ゾンビは死霊船の方を見ておらず、私達が乗っていた船の方を見ていた。たぶん、船ではなく船周辺の海中から出ているゲソの方だろうと思うけど。


「それで、何て言ってるの?」


 そして、私は知的好奇心に負けてしまう。エミリアのそばに近づき、彼女の服を掴んでチョイチョイと引っ張り、催促する私。


(だって気になるじゃない。なんか、壮大なストーリーが展開しているかもしれないし)


 ニュルニュルニュル……


「おおっ、そのたおやかで美しい足、吸い込まれそうなつぶらな吸盤。間違いない、妹のぉ……だねっ!」


 ニュルニュルニュル……


「あぁぁ、そのニュル音は間違いない! お兄様、あなたはお兄様のぉ……ですね」


 二つのニュルニュル音に合わせてエミリアが何か芝居がかったしゃべり方をし始めた。ついでに身振り手振りを入れて感情を表現している。たまに言葉を詰まらせるのはなぜだろう。なにか言いたくない内容なのかもしれないと、私は勝手に勘ぐってしまった。


「ん~、クラーケンの名前を言語化するのは難しいのう、あのニュルニュル音が発音できれば……」


「いや、私ら触手ないから仕方ないよ。そこは気にせずにさ、もうお兄さんの方を『クラ男』で妹さんの方を『ケン子』でいいわよ」


 どう見たって物理的に発音不可能なものをもの凄く悔しがるエミリアを見て、私は宥めながらいい加減なニックネームを提供する。


「いや、そんな雑なことではいかんっ! こうなったら何としてもあのニュルニュル音をぉぉぉ」


「そこは妥協しようよ。変なところでプロ根性出さないで」


「う、うむ……」


 話が脱線していくので、私は早急に軌道修正を図った。


 ニュルニュルニュル……


「クラ男兄様が消息を絶ってしまって三十年。ようやく、ようやくお会いできました。ですのに、そのお姿は」


 ニュルニュルニュル……


「ケン子……すまない。家族と別れ、自立した僕はこの海賊船と一戦交え、そして、共に朽ち果ててしまったんだ。沈んでいく海中で、僕はその時、ケン子、キミにもう一度会いたい! そう願い、その想いが海賊船を巻き込んで、こんな醜い姿を晒すことになってしまったんだ」


 ニュルニュルニュル……


「そんなっ! クラ男兄様」


 触手と触手がウネウネと蠢き、それに合わせてエミリアの迫真な演技が披露される。無駄に上手いところが何ともコメントしづらい。


 ニュルニュルニュル……


「私は風の噂で海賊船とクラーケンの話を聞いて、その特徴がクラ男兄様にとても似ていたので、もしやと思い、この船の仕事を引き受け、こっそり探していましたの――て、ぅおぉぉぉい、こらぁぁぁっ! 若干計画からずれた航路じゃなと思ったら、そなたの仕業じゃったかぁぁぁっ!」


 演技しながら途中で素に戻って海上を指さし、抗議するエミリア。私はまぁまぁと話の腰を折ろうとする彼女を宥めながら、先を促した。


 ニュルニュルニュル……


「仕事! これは仕事だったのかい。てっきり捕まったのかと思って襲ってしま――て、おぉぉぉい、この騒ぎはケン子のせいかぁぁぁ!」


 また翻訳を中断して抗議するエミリア。止めるのもだんだん面倒くさくなってきたので、そのままにしておこうかと思案し始める私。


 ニュルニュルニュル……


「ほらほら、姫殿下。なんか言ってますよ、翻訳、翻訳」


「…………とにかく、ケン子に会えて僕は嬉しい。もう、思い残すことはない。ちょうど良いところに神聖魔法を使える魔術師もいるし、これもまた運命なのだろうね」


 ニュルニュルニュル……


「クラ男兄様。何をおっしゃっているのです」


 エミリアは先程とは打って変わって翻訳作業が雑になり、普通にしゃべり出す。まぁ、それでも翻訳してくれるので律儀な人ではあるが。

 だが、それよりも彼らの会話がなんとなく不穏になってきているのがちょっと不安ではある。特に、神聖魔法が使える魔術師のところで私は一人、ビクッと体を跳ねさせてしまっていた。


 ニュルニュルニュル……


「さぁ、魔術師! もう思い残すことはない、僕を浄化してくれッ!」


 エミリアの台詞に合わせて(?)ゾンビは私に向かってゲソを伸ばしてきた。


「言ってることとやってることがちっがぁぁぁうっ!」


 ここに来て、私はエミリアの翻訳能力に疑問を感じ、彼女を抗議して逃げ始める。


「失敬な、翻訳は完璧じゃぞ。あやつがそなたを攻撃して浄化してもらおうとしているだけじゃ。その証拠にもう、ゲソはそなたしか狙っておらん」


 エミリアの言う通り、ゾンビゲソは彼女に見向きもせず、私にしか伸びてきていなかった。


「またこのパターンなのね! なぁんで、私ばっかりぃぃぃっ!」


 私は甲板上を逃げ回る。向こうも殺すつもりがないのか、さっきまでの攻撃とは違って力が籠もっていない。とりあえず脅かしているみたいな感じだ。


「姫殿下っ! 浄化してあげるから、大人しくしてって伝えてぇっ!」


「伝えたいのはやまやまじゃが……くっ、妾にあのニュルニュル音が出せれば」


 私の懇願に再び拳を握りしめ悔しがるエミリア。


(誰かぁぁぁ! あいつを大人しくさせてぇぇぇっ!)


 自分でやれと天の声が聞こえてきそうだが、あの腐ったねっちょり触手と対峙する度胸は私にはない。もし万が一にもエミリアみたいに全身ネッチョリにでもなった日には、私は引きこもる。


 ニュルニュルニュル!


 その時、大きなニュル音とともに、もう一つのゲソ、私的にはケン子が姿を現し、ゾンビへとそのゲソを伸ばしてきた。

 絡み合うゲソとゲソ。これは、どう見てもクラ男を止めているようだ。


「クラ男兄様、やめてぇっ……だそうじゃ」


 私は確認するようにエミリアを見ると、彼女は私が何を求めているのか察して翻訳してくれる。


(あぁ、麗しき兄妹愛……なんだろうけど、私にはただの怪獣大乱闘にしか見えないわ)


 死霊船と船に挟まれ、二匹のクラーケンが組んず解れつの大乱闘を繰り広げだし、クラーケン達の動きに合わせて波飛沫があがって、船が大きく揺れる。私は、甲板にうち上がり降り注ぐ海水を浴びながら、もう乾いた笑いしか出てこなかった。


(なんか、どんどんカオス化しているような気がするわ……)


 ニュルニュルニュル!


「離すんだ、ケン子! キミまで怪我をしてしまう」


 ニュルニュルニュル!


「いやです、クラ男兄様! やっと会えたのに、こんなお別れなんて」


 怪獣大乱闘のなか、律儀にもエミリアが船の揺れに耐えながら翻訳してくれた。


 ニュルニュルニュル!


「ケン子、僕はもうあの頃のイケイケでスタイリッシュなかっこいいお兄ちゃんじゃない。あの頃の僕は三十年前に死んだんだ。ここにいるのはイケイケでスタイリッシュな腐った化け物さ――て自分でイケイケとか言うな、恥ずかしいッ!」


 翻訳しながらそれでもツッコミを忘れないエミリアに感心しながら私はもう事の成り行きを見守ることにした。まぁ、ぶっちゃけ、もうどうでも良くなってきた。さっさと終わらせたいというのが正直な気持ちである。 とはいえ、ここで盛り上がっているところに問答無用でターン・アンデッドをぶちかまして水を差すのも何となく気が引けている。


 ニュルニュルニュル!


「そんなことありません! クラ男兄様はあの頃と変わらない私にとっての王子様なのですから」


 ニュルニュル!


「ケン子!」


 ニュルニュル!


「クラ男兄様!」


 二つの巨大生物がぶつかり合って、その波に船が大きく揺れた。本人達にしてみれば抱き合っているのだろうけど、こっちにしたら迷惑極まりない。


「うおぉぉぉ、落ちる、落ちるぅぅぅ」


 死霊船はもろいのか、かなりの角度まで傾いて私はズルズルと海上へ向かってずり落ちていった。


「メアリィ! もう良い、やってしまえッ!」


 エミリアに再び担ぎ上げられ、彼女は私諸共空中に飛翔する。


「え、でも、せっかくの盛り上がりに水を差すのは……」


「いいから、は、早くせい! 妾はそなたを担いでそんなに長い時間飛んではおれん」


「あ、じゃあ、私、浮きます。レビテーション」


 いろいろありすぎて、私はやっと自分が浮遊できることに気が付く。日頃から飛翔していないので、ついつい忘れてしまっていた。


(ほら、あれよ。翼があるのに日頃使ってなかったから、うっかり落とし穴に落ちるようなものよ)


 私は心の中で弁明し、浮遊状態になるとエミリアから離れ、眼下で繰り広げる怪獣大乱闘から一転して、イチャイチャしはじめたイカ達を見下ろした。


「っで、あれ、何て言ってるんです?」


 なんか不愉快な気分になってきて、言葉がちょっとぶっきらぼうになってしまう。


「ケン子、キュートでとってもラブリーな僕のい・も・う・と。やだ、クラ男兄様、そんな当たり前のことを♪ 皆見てますわ、恥ずかしい」


 半眼になって見下ろしていたエミリアがイラッとした顔でイカ達のやりとりを翻訳してくれる。そして、彼女はこっちを見てとっても邪悪な笑みをみせると、親指を立て自分の首の前で横にスッと切る。


「やれ、メアリィ」


「ラジャー! ターン・アンデッドぉぉぉっ!」


 そうして、私は空気も読まず、二匹の世界に水を差すのであった。




 戦いは終わった。

キラキラと光の粒子になって消えていくイカを見下ろしながら、私は残されたもう一匹のクラーケンが空に向かってゲソを伸ばす様を眺めている。


「あ~、クラ男兄様~、おにいさ~ま~。あなたは死なない、私の中で生き続けますわ、愛しのお兄さま~」


 私が無言でクラーケンを指さすと、エミリアは感情が全く籠もっていない状態で翻訳してくれた。と、同時にドッと疲れが押し寄せてきて、ため息が出てしまう。

 私はフヨフヨと浮遊しながらゆっくりと船へ戻っていく。死霊船もクラーケンゾンビの消滅と共に崩れ、消滅していこうとしていた。


(まったく、あのクラーケンに巻き込まれた海賊船の人達もいい迷惑だったわね)


 私達が甲板に降り立つと、待っていたかのように船員の皆さんが取り囲み、賞賛の嵐となる。私はそんな熱気に圧されて苦笑いで応えるしかできないでいた。

 そんな中、船員達をかき分け、一生懸命私の側に駆け寄ろうとしているテュッテの姿をとらえる。


「テュッテ、無事で良かったわ」


「お、お嬢様ぁぁぁ! とにかくこれをぉぉぉっ! 早く、これをぉぉぉっ!」


 筋肉ムキムキの船員達の肉壁に阻まれ、なかなか前に進めないテュッテがしきりに手を振り、私に何かを渡そうとしていた。


「テュッテ?」


「何でもいいですから、とにかくこれを着てくださいっ、お嬢様ぁぁぁっ!」


 戦いが終わったというのにものすごい剣幕で言うテュッテに私は小首を傾げる。


「したぁぁぁ、お嬢様、下を見て!」


「下?」


 言われて私は下を向き、そして自分の姿が目に入って、絶句する。

 水に濡れてスケスケだ。

 おまけに、いろいろ乱れまくってる。

 それを認識した瞬間、私は顔を真っ赤にして座り込んだ。


「いやぁぁぁぁぁぁ! 見ないでぇぇぇ!」


「見ろ、メアリィ! 勝利の朝日じゃ! 美しいのぉっ!」


 私より大変な姿のエミリアはそんなこと全く気にする素振りもなくふんぞり返ると、私を引っ張り起こして船首に向かって駆け出そうとした。水平線から憎たらしいほどに綺麗な朝日が私を照らし出す。


「テュッテぇぇぇ! 助けてぇぇぇっ!」


 私は顔真っ赤、半泣きでエミリアとは全く違う方向、私のメイドに向かって走り出していた。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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[一言] ( ×ω×)、;'.・←鼻血 コミック版で姫様の艶姿を見てしまったZE!
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