トリプルきましたぁぁぁっ!
私を担いでいたエミリアが死霊船の甲板に舞い降りた。さすが、死霊船と言われるだけあってかなりボロい。うっかり床を踏み抜いて下へ落ちてしまいそうなボロさだった。そんな中、やはりと言っていいかアンデッド達がノソノソと私達を取り囲み始める。
「わらわらと集まってきおって。メアリィ、やってしまえ!」
「はいはい、ターン・アンデッド」
緊張感はどこへやら、もの凄くいい加減に唱える私の魔法に無慈悲にも消滅していくアンデッド達。本来なら、こんなに神聖魔法を連発していたら魔力が底を尽き、気絶するだろう。だが、私はそんなことに全く気が付くことなく、浄化魔法を連発してしまっていた。そして、魔力が豊富な魔族のエミリアもまた、人間様の世間一般知識からズれており、何の疑問も持たず指摘してこなかった。
おかげで、あっという間に甲板は静かになったのだが、甲板を見渡すエミリアの表情は勝ち誇った感じと言うより、何かを警戒している感じだった。さっきから何かを探すようにキョロキョロしている。
「どうしたんです、姫殿下。アンデッドは片づけましたよ」
「おかしい……この死霊船、いったい誰が操舵しておるのじゃ? 甲板に奴らがいなくなったというのに、この船は妾達の船に追従しておる」
言われて私も辺りを見回してみた。確かに、誰もいないのに船は進み続けている。まるで、船に意志があるかのように……。
「まさか、死霊船そのものに意志があるとか?」
「いや、それはないはずじゃ。何か、まだおるのかもしれん」
私の問いにエミリアは即答して周りを警戒する。と、その時、まるでその問いに答えるように死霊船が大きく揺れた。私は船から投げ出されないように慌てて近くの物にしがみつく。
ドバァァァァァァン!
私達が安全を確保した直後、死霊船近くの海上からもの凄い飛沫をあげて何かが屹立してきた。
「な、なんじゃッ!」
飛沫が霧雨となって私達に降りかかる。そんな中、私はしっとり濡れながらも月明かりに照らされ、海上に現れた物体に視線を固定させ、絶句していた。エミリアの方はまだ、何が現れたのか理解できていないらしく、船体の方を見ている。
「姫殿下……あ、あれ……」
私は震える人差し指で海上を指す。すると、エミリアは私の指す方を見て、言葉を失った。
そこにあったのは巨大なイカ(?)の足だった。
私達がいる死霊船を取り囲むように数本の巨大なゲソがウ~ネウ~ネと海の中から屹立している。その大きさは私が知っているゲソなどお話にならないほど巨大で、私はしばらくそれが何か判断する思考がフリーズしてしまっていた。
「クッ、クラーケンじゃとォォォッ!」
エミリアの絶叫が耳に入って私の思考が再起動し、現状を理解する。と、同時にその巨大なゲソの一本が甲板めがけて振り下ろされた。
(まさかのトリプルフラグきたぁぁぁっ!)
振り下ろされたゲソが甲板にぶつかり、船上が大きく揺れる。どうやら相手は私達が見えていないのか、とりあえずやりました感があった。そして、ズルズルと何かを探すように甲板を這い回るゲソ。よく見るとそのゲソは、腐っていた。
「クラーケンゾンビじゃと! これまたレア中のレアじゃな。そなたが変なこと申すから、全部に遭遇してしまったではないかぁぁぁ! 責任をとれぇぇぇっ!」
這い回るゲソから逃げながらエミリアが私に抗議してきた。
「私のせいじゃないわよ! 濡れ衣だわ、濡れ衣!」
焦っていた私は逃げるのに必死でまたエミリアにタメ口になってしまう。
なんで焦っているかって? 決まっているだろう。巨大触手がそこにあるからだ。しかも腐っているというおまけ付きで。
(絶対に捕まりたくないわよッ! 絶対にッ!)
しっとり濡れた薄着の乙女に腐った巨大触手。最悪の組み合わせだった。思えばマンドレイクのときもスライムに触手を伸ばされ追いかけ回されたっけ。思い出したくもない思い出に私はついつい感傷に浸ってしまう。
(私……触手と縁があるのかしら。もしそうなら、絶縁したいです、神様)
「なるほど、この死霊船を操っているのは下におるあやつか」
「なんで、死霊船にクラーケンがいるのよ」
「知るかッ、本人に聞けッ!」
「クラーケンと話せる訳ないでしょッ!」
逃げながらも不毛な言い争いが続く。もう、子供の喧嘩であった。
「とぉぉぉにかく、相手はアンデッドじゃ! そなたの神聖魔法で屠れッ!」
エミリアが耳元で怒鳴るので私はしかめっ面をしながら反撃するように同じく耳元で叫んだ。
「ターン・アンデッドは場所固定なの! あんなにウネウネ動き回っていたら当てられないわ。それに、本体に魔法を放たないと意味ないでしょ! 姫殿下が本体を引きずり出して押さえつけてよッ!」
「あんな気色悪いものに触れるかぁぁぁっ!」
「私だって嫌よッ!」
クラーケンゾンビなどそっちのけで私達はキャンキャンと言い争う。それがとてもお気に召さなかったのか、ゲソが私達に向かって襲いかかってきた。
私達はそれをスレスレで躱すと、そのゲソから放たれる腐敗臭に鼻を歪め、その周りに付着しているねっちょりした何かよく分からない粘液が飛び散ってきた。
「ひぃぃぃ、気持ち悪い」
私は鳥肌が立った腕をさすりながらその場を離れる。あんなのに巻き付かれると思うと泣きそうになってきた。
「こ、ここここ、こうにゃったら、この船ごと燃やして灰にしてくれるわぁぁぁ! フハハハッ!」
あまりの気色悪さにエミリアが半分壊れかかってとんでもないことを言ってきた。よく見ると、あのねっちょり粘液が少し体に付着しているではないか。
(あ~、避けきれず付いちゃったのね。ご愁傷様)
私は心の中で合掌する。
「姫殿下、落ち着いてッ! 船を燃やして私達の船に突撃してきたらどうするのよ! やるなら爆裂系よ」
「おおっ! なるほど名案じゃ」
私の助言に正気を取り戻したのか、エミリアがポンと手を打つ。
「ならば、この船ごと、ぶっ飛ばしてくれるわァァァッ!」
エミリアが叫び、両手を頭上へ上げる。すると、彼女の周りに大きな魔法陣が展開されていった。その迫力と、時間のかかりそうな発動アクションに私は本能的にとんでもない魔法を放とうとしているのではないかと青ざめる。
「ちょ、ちょっと待って! 私の避難が」
「くぅらえ、五階級まふぉっ!」
そうして、私の目の前からエミリアが消えた。それはまるで、以前私の目の前でスライムにかっさらわれたマギルカのように……。
あまり確認したくはなかったが、私は恐る恐る頭を上げ空を見上げる。すると、月明かりの中、ゲソに巻き付かれて全身ねっちょり姿のエミリアがユ~ラユ~ラとゲソと一緒に揺れていた。心なしか魂が抜けているように見える。
(あんなところで堂々と突っ立ってれば、そりゃ捕まるよね)
「バーストォォォッ!」
私の爆裂魔法が炸裂し、軽く巻きついていたのかエミリアを捕まえていた触手が緩んで彼女が甲板に落ちてくる。その際、グチャリととっても粘り気ある音が鳴ってエミリアの落下衝撃を和らげたのは良かったのだろう……か。うん、良かったと思いたい。
「姫殿下!」
駆け寄る私は目が死んでいるエミリアを見て、次にかける言葉を失ってしまった。
気持ちは分かる。乙女として悪夢に近い衝撃を受けて現実逃避したい気持ちは十分分かるが、今はそんな悲嘆にくれている場合じゃない。現在、戦闘のまっただ中なのだ。こんな所で寝転がっていてはまた捕まってしまうだろう。私は断腸の思いでエミリアを奮い立たせるために発破をかけた。
「姫殿下、触りたくないので自分で起きないと置いていきますよ」
「ちょっとは優しい言葉をかけぬか、この悪魔ァァァッ!」
魔族に悪魔と言われてしまった。が、さすがはエミリア、復活が早くて助かる。
「うわ、こっち来ないでください。ねっちょりが、ねっちょりが」
起きあがったエミリアから後ずさって逃げる薄情な私。それを恨めしそうに一睨みしたエミリアが気持ちを切り替えたのか、海上の方をキッと睨みつける。
「ええい、こうなったらやけくそじゃあぁぁぁっ! もう、何も怖くないぞ、かかってこい、イカ風情がぁぁぁっ! 粉々にしてくれるわぁぁぁっ!」
何かに吹っ切れたエミリアがウネウネと蠢くゲソに向かって高らかに宣言する。私としては頼もしいというより同情で涙が出そうだ。すると、エミリアの宣言を受けて、ゲソが一斉に彼女へ向かって襲いかかった。
今度こそ、最終決戦の始まりか。
ドォォォォォォン!
その時、緊張感に包まれる私の視界に海上から飛沫を上げて数本の巨大なゲソが新たに現れた。
私達の船の周辺から……。
(は? どういうこと?)
ここまで読んでいただきありがとうございます。