なんと、ダブルですか……
「姫様、緊急事態です」
ドアを叩く音とともに外から声が聞こえてきた。
「入れっ! 何事じゃ」
エミリアの許可を得て、船員の一人が入ってくる。慌てて走ってきたのか息が荒かった。
「失礼します! 姫様、海賊船らしき船が我が船に接近しております」
(海賊船……そうか、そっちのフラグをたててしまったかぁ)
「なんじゃと? 海賊船ごとき我らが船を持ってすれば簡単に振り切れよう」
「それが、下のクラ――じゃなくて、動力がグズって上手く作動しなく……」
船員が何かを言おうとして、エミリアがキッと睨むとなぜか、彼は言い直した。
(くら? 何か知られちゃまずいものでも搭載しているのかしらね)
私はそんなやりとりを気にしないことにし、ことのなりゆきを見守ることにする。
「ええい、使えぬクラッ……動力め。高い餌……燃料を要求しておるくせに仕事せんかい。とにかく、妾も甲板にゆく。そなた達はここで待機しておれ」
エミリアもまた何かを言い直し、そして、私にとってはとっても嬉しいのではあるが、反面、何も分からずとっても不安になるお達しをしてきた。
ドォォォォン!
その時、船が大きく揺れて、騒ぎが益々大きくなっていく。
「姫様! 報告です」
「今度は何じゃッ!」
さらに慌ててやってきた別の船員に、揺れた勢いで壁に手をつき体勢を維持しているエミリアがぶっきらぼうに先を促す。
「先の船は海賊船ではありますが、加えて死霊船と判明しました!」
その言葉に一同、絶句する。そして、なぜか皆私を見てくるのはなぜかしら?
(いやいやいや、私のせいじゃないわよ。私は幽霊船と言っただけで死霊船とは……まぁ、ニュアンスは同じか。う~ん、まさかのダブルフラグとは恐れ入ったわね)
「死霊船じゃと……幽霊やアンデッドどもが闊歩する船か。これまた希少なモノにぶちあたったのう。じゃが、厄介じゃな。船員に神聖魔法を使える者は?」
「おりません!」
思案顔でエミリアは来ていた船員達に問うと、船員が即答してきた。
「くっ、妾も神聖魔法だけは使えぬのじゃ……とはいえ、炎魔法でアンデッドどもを蹴散らすとこちらにも引火しかねん。困ったのう」
苦虫を噛み潰したような顔をしてエミリアが唸る。神に近しい浄化魔法は闇の化身たる魔族には使用できないお約束なのだろうか。私は切羽詰まっているエミリア達を見ながら、思わずゴクリと唾を飲み込んで見守ってしまう。
「魔族って、神聖魔法が使えないのね。闇の者だから?」
「ん? いや、使えるが。じゃが、何か魔族が浄化魔法とか妾の美学に反するので何となく習得していないだけじゃ」
ポロッとそんながっかりするような暴露に私は力なくうなだれる。
「あのぉ……差し出がましいことを言いますが、幽霊などはライトの魔法で退けることはできますよ」
「ホホォ、それは有益な情報じゃな。すぐにとりかからせよう。しかし、よくそんなこと知っておるな」
「まぁ、とある専門家からの助言でして」
感心するエミリアにマギルカが情報源の例の問題先輩の話を濁してしまう。
(まぁ、気持ちは分かるけどね)
「あと、神聖魔法ならメアリィ様が習得なさっておりましたよね」
「あ、そういえば、そうだったわね」
マギルカが恐縮したようにそんなことを言ってきて、私は手を打ち同意する。神聖魔法をうっかり使ってやらかしてしまった私にとって、その事実はプチ黒歴史だった。なので、頭の片隅へと追いやってすっかり忘れていた。が、同時に嫌な予感がして恐る恐るエミリアの方を見てみると、彼女はニンマリと邪悪な笑みをみせてこちらを見ているではないか。
「ホホォ、それはそれは♪ メアリィよ、緊急事態じゃ、手を貸してもらうぞ」
「そ、それは構いませんが、あの、具体的にはどう手を貸すのでしょうか?」
ジリジリと近寄ってくるエミリアに冷や汗を垂らしながら、私は笑顔をひきつらせて聞いてみる。
「そんなもの、行ってみて考えればよいッ!」
「そんな行き当たりばったりな」
無計画すぎるエミリアの言葉に私は逃げそうになって、彼女に肩を掴まれる。
「緊急事態なのじゃ、緊急事態!」
そして、ガバッと私を持ち上げるとまるで俵を運ぶようにその肩に私を背負う。さすが魔族、身体能力も普通に私達人間より高いようだ。そして、そんな彼女が抵抗できなかった王妃様……うん、考えないでおこう。
「ちょ、ちょっと、まってぇぇぇっ! せめて、着替えさせてぇぇぇっ!」
「緊急事態じゃ、急ぐぞッ!」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
エミリアは私を担いだまま部屋を飛び出した。そして、私は自分が寝るために薄着だったことに今更ながら気がつき絶叫する。下着姿というわけではないのだが、さすがに薄いワンピースタイプ一枚では肩やら何やら露出して恥ずかしいのだ。船室内を駆けていくエミリアに合わせて、私の絶叫が客室から綺麗に遠のいていくのであった。
甲板の上は大変なことになっていた。
アンデッドが数匹甲板に侵入していたり、幽霊がそこかしこを飛び回っていたのだ。海の方を見ると、今にも崩れそうな帆船が併走している。甲板にはクラウス卿やイクス先生もいた。苦戦しているようには見えないが、いかんせん、斬っても斬っても立ち上がってくるのできりがないといった感じである。
「ゆけぇ、メアリィッ! アンデッドどもを蹴散らしてしまえ。そなたは妾がしっかり守ってやるぞッ」
私をよっこいせと下ろすとエミリアが堂々とした態度で指示してくる。
「それで、どこから処理しましょう。ターンアンデッドも場所固定で、範囲もそれほど広くありませんよ」
私は服を正しながら、あまりのアバウトさに半眼になってエミリアを見て指示を仰いだ。
「見えるものから、片っ端じゃぁぁぁっ!」
「で~すよね」
ごり押し戦法のお達しを半分想定していた私は乾いた笑いをこぼしながら甲板を見る。そして、とりあえず目に入ったアンデッドのいる方へと手をかざした。
「やけくそ、ターン・アンデッドォォォッ!」
私の力ある言葉に呼応して、目の前のアンデッド達の下に光の魔法陣が浮かび上がる。そして、光が噴出するとその光に包まれたアンデッド達がボェェェェェと呻き声をあげてサラサラと崩れ消えていった。
「神聖魔法! あっ、メアリィお嬢、様?」
「こっち見ないでください、クラウス様ッ!」
私が消したアンデッドと戦っていたのか、私の存在に気がつきこちらを見るクラウス卿が私の薄着に少し驚いていた。私は隣にいた同じく薄着にもかかわらず恥ずかしげもなく仁王立ちのエミリアの後ろに隠れてしまう。そして、恥ずかしさのあまり声を荒らげてしまった。
「よぉし、メアリィ! 次は向こうへ行くぞ」
「だから、担ぐのやめてぇぇぇっ! 着替えさせてぇぇぇっ!」
エミリアは近づいた私を再びよっこらせと背負いあげ、移動を開始する。そして、こともあろうに人々が密集している場所へと駆けていった。
それから何度目かの移動の末、甲板にいるアンデッド達をあらかた葬ると、エミリアは今なお近づく海賊船兼死霊船を見る。
「あらかた片づいたので、おおもとを叩くぞ。メアリィッ!」
「お願いだから、一旦部屋に戻って着替えさせて。もう、お嫁にいけない……」
私は顔を両手で隠してシクシクと悲嘆にくれていた。
「安心せい! 妾も一緒に見られておるしそんなちんちくりんな体見ても、誰も何とも思っておらんぞ」
「ちんちくりん言うなぁぁぁっ! これでも結構成長してるのよぉぉぉっ!」
エミリアの軽快なサムズアップに、私はもう相手がお姫様だと完全に忘却してしまった。
「というわけで、船へ突撃なのじゃぁぁぁっ!」
「人の話を聞けェェェェェェッ!」
私のツッコミも何のその、もう手慣れたかのように、エミリアは私を担ぎ上げると、そのまま跳躍し、羽を出して空を飛んだ。
船から船へと大ジャンプ、もとい、飛行の中、私の叫びが海上に空しく木霊していくのであった。 そして、私はここにきてようやく、「あ、私の力だったら簡単にふりほどけるんじゃないか?」と今更ながらに気が付くのであった。日頃からうっかり力を発揮してしまわないようになるべく受身になっていた弊害かもしれない。まぁ、もう、手遅れだが……。
気が付けば今回で100話に到達しました。偏に読んでいただいた皆様、応援してくださった皆様のおかげです。これからもよろしくお願いいたします。また、宣伝ではありますがGCノベルズ様より「どうやら私の身体は完全無敵のようですね」1巻、販売中です。こちらも宜しくお願いいたします。




