1話
「異世界アヴェントラにようこそ!」
近藤正太郎は気がつくと青天の空のもと、寝間着姿のまま三人の美少女に囲まれていた。そのうちの一番背の高い、ふんわりとした栗色の髪の少女がニコニコと正太郎にそう言った。少女の耳は横に広く伸びていた。
正太郎は辺りをぐるりと見回す。四方は鬱蒼とした雑木林に囲まれていて、少し離れたところに、土壁で作られたそこそこの大きさの、人家とおぼしき建物が見える。
背の高い少女が続けて正太郎に言う。
「混乱してるかな?異世界イスナーンの人間さん」
相変わらずニコニコとした笑みを浮かべて、正太郎の顔を覗きこんだ。
背の高い少女の服装は、チュニックと短いスカートで、全体的にふんわりとしたシルエットだった。
「……」
正太郎は、多少は混乱していた。ここにくる前は、いつものようにネット小説を見て、それからベッドに入って就寝していたはずだった。
正太郎は徐々に冷静さを取り戻し、説明されるまでもなく、状況を理解していった。
「……やった!やったよ!遂に僕も異世界に召喚されたんだ!」
正太郎は両手を握りしめてガッツポーズをとりながらそう叫んだ。
――遂に夢にまで見た異世界に……!僕はなんで召還されたんだろう?きっと勇者かなにかかな?それに特殊能力も恐らくあるはずだ。どんな能力かなぁ。ああ、なんて最高な日なんだ……。
正太郎は悶々と思惟をしながら、両手を広げてくるくると回転して喜びを現した。
そんな正太郎の様子を見て三人は、多少うろたえて黙り込んでしまった。
しばらくしてから、背の高い少女が相変わらずの表情で正太郎に話しかける。
「大丈夫?大分混乱してるみたいだけど……。私はソファラあなたをこの世界に召喚した一人よ」
正太郎はパッとソファラに振り向いて、ずかずかと近づき、手を伸ばし固い握手を交わした。握り合った手をぶんぶんと振りながらソファラに話しかける。
「混乱なんてしてませんよ!いやぁ僕を召喚してくれて本当にありがとうございます!あぁ嬉しいなぁ。この世界はアヴェントラというんですか?いい名前ですね。きっと魔法と冒険に満ち溢れた世界なんでしょうね。ちなみにソファラさんはエルフだとお見受けしますが……」
ソファラはそんな正太郎の語勢に押されて、狼狽え気味に答える。
「あはは、元気の良い子だねぇ……。そうだね、私はエルフだよ……。改めて説明すると君は私たち三人によってイスナーンから召喚された人間さんだよ。ちなみに私たち三人は一応賢者をやっててねぇ、三人でそこの家に暮してるんだよ。そうだ、君の名前を聞いてもいいかな?」
正太郎は握りしめた手は放してから、ぴっと姿勢を正して、
「正太郎、近藤正太郎と申します!よろしくお願いします」
と、元気良く答えた。
「正太郎君……か。いい名前だねぇ、よろしくねぇ」
ソファラその長身をゆったりと曲げてお辞儀をした。
それからソファラは左右に並んでいる二人を交互に見てから、
「それじゃ他の二人を紹介するね」
と、両手を広げながら言った。
ソファラはまず、右に佇んでいる黒髪の少女を見た。
「彼女はマルカ、マルカ・パロック。得意な魔法は〈召喚〉。勿論この召喚でも一番頼りになったわ。私たち三人の中で唯一の人間ね」
マルカは、紹介されたも、ぷいと顔を背けて挨拶もしない。その顔は丹精で整っていたが、いかにも真面目そうで、そして繊細そうだった。身長はちょうど正太郎と同じくらいだった。恐らく年齢も同じだと見てとれた。服装は二―ソックスにスカートで、スタイルはスレンダーですらりとしている。
ぶしつけな態度を取られた正太郎は少しむっと表情を曇らせた。
正太郎の表情から感情を察したソファラが慌ててフォローする。
「ごめんね、ちょっと難しいのよ、この子は。別にあなたが嫌いな訳じゃないのよ」
そうソファラが言うと、マルカはバッと振り向いて、
「……嫌いです」
と、明け透けに言い捨てた。
正太郎はぽかんと口を開けて呆然とした。
ソファラもこれには苦笑いをした。
「あ、あはは、じゃあ次の子を紹介しようかな」
ソファラが紹介しようとした瞬間、その三人目の子はがばりと体を跳ねあがらせて、正太郎の前に跳んできた。
「はいはいはぁい!僕はシャイラ、シャイラ・メガゾって言うんだ。よろしくね!」
シャイラの背丈は正太郎より頭一個分低かった。髪の毛の色は青っぽく、頭にはぴょこんと猫のような耳が生えていて、お尻からは長い尻尾もでている。服装は、シャツにハーフパンツでボーイッシュな雰囲気を漂わせている。
ソファラが付け加えて説明する。
「彼女はワーウルフ族、得意な魔法は〈変身〉ね。私たち三人中では最年少ね」
「うん、僕は変身が得意なんだ。正太郎、よろしくね」
正太郎はにこにことして、それに答える。
「ワーウルフにエルフ……僕はまさにファンタジー世界に召喚されたんだ……」
そう言って拳を作って、しみじみと感慨に浸った。
「それで僕は召喚された理由は一体なんですか?ドラゴン退治ですか?それとも、悪の帝国を滅ぼす為?いや、もしくは……」
一人でぶつぶつと言い続ける正太郎を見て、三人はきょとんと黙り込む。
それから三人は顔を見合わせて、どっと笑い合った。
正太郎は怪訝そうに、
「え、何か僕おかしな事いいました」
と、不安な声音で言った。
ソファラがひとしきり笑い終わって、眼に浮かんだ涙を拭き取りながら答える。
「いやぁごめんごめん。君を召喚した理由はというと実はね、非情に言いにくいし気の毒だとは思うんだけど……」
ソファラは言葉に詰まる。正太郎は心配そうな眼差しをソファラに向ける。他の二人はまだくすくすと笑っていた。
「実はね……家事手伝いをしてくれる人を求めていてね、それが君、正太郎君を召喚した理由なんだよ」