イルカの夢 儚い思い
今回は短いです。
泳ぐ泳ぐ泳ぐ。
シャチに変身している俺は、ひたすら泳ぐ。
そう言えばこんな事もあった。
激しく、乱暴に泳いでいる筈なのに俺の頭はその景色をしっかり見ている。
やがて俺は1匹のイルカに出会う。
群れから剥ぐれたのか、イルカは1匹だけでポツンとしていた。
イルカが好きな俺はゆっくり近づき、シャチのまま声をかけようとする。
驚かれ直ぐに逃げられた。
まあ、クジラを食ったりするらしいし、イルカが怖がるのも当然だよな。
そう思いながらも、イルカの発する音波を追って泳ぎだす。
イルカの泳ぎは早いが、俺もそこそこ速さに自信がある。
十数分後、何とか追いついた。
まだ逃げようとするイルカの前で、人間に戻る。
――ああ、思い出した。
人間に戻った俺はイルカに近づき、頭を撫でてやる。
イルカはすっかり気を許し、時間も忘れて俺はそのイルカと遊んだ。
――そう言えば何で俺はイルカのいる様な場所を泳いでたんだ?
沖の岩場で座った俺は、イルカに喋り始める。
「ブラジルに来て、始めて良い事があったな」
俺の言葉にイルカは首を傾げる。
「お前に会えて、俺は幸せだって言ったんだよ」
勿論その言葉の意味をイルカは知らない。
やがて俺の口は止まらなくなった。
「本当はさ、自殺しようと思ったんだ。ブラジルにいても辛いしさ」
イルカは何故か悲しそうな顔をしてくれたような気がする。
「だって、もう日本から1年経ったのにさ。ブラジルの事は全然知らないし、知りたく無いし……」
それは、親にも弟にも言わなかった俺の弱音だった。
「きっと日本の皆はどんどん大人になってる。なのに俺は此処で頑張ってない……!」
歯を強く食いしばった。
「本を読んでポルトガル語を覚える事もしない! ニュースを見て国を知る事もしない! 家に帰ればパソコン付けて日本のサイトに没頭する! 逃げてるだけなんだって、分かってるのにさ……」
俺は泣いていた。
「最後に、此処から泳いで日本行こうって思っても、結局お前の所で寄り道しちまってさ……」
イルカはキュゥ、と軽く鳴く。
「バカだよな……考えれば直ぐに無理だって分かるのに……」
そして俺は立ち上がって、海に入った。
「悪かったな、色々勝手に喋っちまってよ。それじゃあ、ありがとう」
俺はシャチに変身して家族のいる陸に戻っていった。