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等閑わるぷるぎす  作者: 三澤いづみ
「Pandora's BOX」編

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6/11

第五話 「箱の外」(左)

3、

 上手いことやりやがった、とヘーボンを褒めればいいのか、それとも羨めばいいのかさっぱり分からん。

 あれが、あの、君咲加々見。

 玉坂高校で一番人気の才色兼備、容姿こそ幼げだが中身は大迫力とか何とか。部活の先輩からちょいちょい名前は聞いていた。

 教室に入ってきた瞬間、全員ざわめいた。

「凡人くん」

 で、ヘーボンを名前呼びだ。うるさかった空気が一瞬で静まりかえった。固唾を呑んで見守るって言うのかね、あれ。

 別に大声でもないし、甲高い声でもない。ただ一声で、さあっと届いた。

 帰りのホームルームが終わって、大半が帰り支度をしてるか、さっさと教室から出て行った後だったから、残っているのは男女合わせて十人ほど。

 俺を含めた面々が混乱し、ぎょっとしてるのを構わず、彼女はヘーボンの返事をしずしずと待っていた。

 そうしてると、お淑やかっぽい。こう、深窓のご令嬢ちっくな。

「なんでしょうか」

「昨日、言ったとおりよ。さ、一緒に帰りましょう」

「遠慮しておきます」

 そこは笑顔でハイって返事するとこだアホ。

 へっへっへ、すみませんねお嬢様、今こいつにきっちり教育しときますんで。

 三下気分でヘーボンをどうフォローするか迷う俺だったが、あいつは淡々と答えた。

「友達に噂されると恥ずかしいですし」

 無いわー。

 ヘーボン、自分のこと分かってんのか。こんなチャンスは二度と無いぞ。なあ。

 いつもなら小声で煽るところだが、君咲先輩の視線はヘーボン一直線だ。

 余計な口を挟む隙はどこにもなかった。

 お前、別にすごいところなんか何にも無いんだぞ。成績だって見た目だって普通で、そりゃ悪いやつじゃないが、君咲先輩が気まぐれかもしれんが興味を持ってくれたんだ。

 男なら積極的に行けよ。むしろ俺に代われよ。

 悶々とした。ヘーボンは友達だ。友達が今、あの君咲先輩と良い感じだ。

 使命感とかに燃える俺だったが、二人のやり取りを見ているうちに、なんだかとっても馬鹿らしくなってきた。

「昨日、恋人になるって言ったでしょ」

「気の迷いでした」

「心配しなくていいのよ。あたしは本気だから」

「……君咲さん」

「加々見って呼んで」

 君咲先輩たらニコニコ笑って、まあ素敵。

 なんだよおい。ヘーボン、どこのエロゲーの主人公だよ。それとも鈍感系主人公か。まさかとは思うが、やれやれ系じゃなかろうな。

「君咲さん、話し合った結果、友達から始めるって言いませんでしたっけ」

「最終的には恋人の予定でしょ」

「ここまでしますか」

「これくらいはしないと」

 なるほどなるほど。聞いた通りに、目が醒めるような美少女だった。

 流れるような黒髪、きめ細かい肌、可憐な容姿、そしてあの意志の強そうな眼差し。

 それと裏腹に、ヘーボンを見つめる瞳の輝きと来たら、どーよ。それを間近で見せられている俺たちクラスメイトの哀れなこと。

 気づけば女子はワクワクした顔で見てるし、男子はピキピキした顔で睨んでるし、ヘーボンは困ったようにため息を吐くし。

 というか、動じてねえな。ちょっとビックリだ。知らない一面って感じか。

「お互いを知るために、一緒に帰るところから始めるのよね?」

「そうでしたっけ」

「とぼけても無駄よ。話し合った結果と、出した妥協点、録音してあるから」

「そこまでしますか」

「……なんてね」

 クスクス笑って君咲先輩はヘーボンを手玉に取っていた。冗談もさまになってる。ああ、ふーん。へー。ヘーボンって好きな女子相手だとこーゆー態度なわけね。

 なるほどなるほど。知らなかったぜ。

 というか、これ、君咲先輩があえてやってる感じだな。わざとヘーボンのこういう一面を俺らに見せてるというか。考えすぎだろうか。

 でも、わざわざ俺らの前でやる必要もないよな。

 ヘーボンは諦めたように肩を落とし、その後、君咲先輩にドナドナされていった。

 だが俺たちは同情などしない。年上の美少女に好かれて、無理矢理連れて行かれて、それを嫌がるとか正直ワガママ過ぎると思う。

 君咲先輩とヘーボンが消えた教室のドアを見つめ、俺は中指を立てて叫んだ。

「ファック(もげろ)」

 教室に残っていた男子全員が、それに続いた。

「ファック!(爆ぜろ)」

「ファック!(何あれふざけてるの?)」

「ファック!(ヘーボン死すべし。慈悲はない)」

「ファック!(ファーック!)」

 魂の叫びだった。

 しかし、これが廊下を歩いていた外国人教師ジョンに聞こえたらしく、超怒られた。



 ソーリーソーリーと言い続けて数分後、ジョンは去っていった。

 一緒に怒られてた連中は自由を取り戻すと、さっさと帰ってしまった。教室に残っているのは俺と、何か言いたげにしている檜山だけだった。

 檜山とは席が遠いこともあって、あまり話したことがなかった。

「ヘーボンがモテるなら、俺がモテても良いと思う」

「……あはは」

 目を逸らされた。え。なにそれ。俺、ヘーボンよりスポーツも出来るし、顔も良いし、成績だって良いはずなのに。

「いやあ、付き合うのに、杉山君はちょっと」

「ちょっとってどういうことだ奥さん」

「誰が奥さんか」

 腕を組んで睨まれた。だって檜山、なんかオカン属性があるんだもん。

「まあ、ボンちゃん狙いの子ってうちのクラスにいなかったけど……杉山君はねえ。正直、ボンちゃんよりずっと倍率低いと思うよ?」

「うそん」

「だって中村先生狙いだって、みんな知ってるし」

 檜山の目が笑っていた。俺は背中を向けた。背中で語る男になったのだ。

「よし檜山。まずは話を変えよう。ガラスのように儚い俺のハートのために」

「取り乱し方が斬新すぎるんだけど」

 俺は上手にスルーした。完璧だった。

「ヘーボンのやつ、明るかったな。やっぱ彼女が出来ると変わるんだな」

「そう? 前とそんなに変わらないと思ったけど」

「女子には分かんねーか。随分違ったぜ。あいつが毒のある態度も珍しいし、あんなに慌ててるところ見たのも初めてだし、いつもより……こう、壁が無かったな」

 檜山は首をかしげた。俺だって明確に距離を感じるわけじゃない。

 今まで全く思いも寄らなかったが、今日のヘーボンを見ててハッキリした。

「あいつさ、俺らと放課後に一緒に遊びに行くことってほとんど無いんだよ。学校帰りにゲーセン行くとか、カラオケ行くとか、仲良くなったらするだろ普通」

「ふつーにしてると思ってた」

「学校終わったら、ほぼ毎日バイトしてるんだとさ。しかも一人暮しだそうだ。無駄遣いは出来ないし、遊ぶ時間もない。だから深い付き合いしてるヤツって、いないんだよな。休みの日に待ち合わせて、とかも無いし」

「うわー……それは大変だ」

「親のスネかじって適当に生きてる俺らとは、ちょっと感覚が違うんだよなあ。それでも普通にしてるんだから……よっぽどだぜ」

「そっか。いつもは大人の対応してるってことなんだ」

「だな。ヘーボンって、誰かの悪口とか言わないし、先生には良い顔するし、乗れる話題にはちゃんと乗ってくるし、友達づきあいは無難にこなしてるわけだ。で、俺の知る限り誰に対しても普通に対応してたんだが……君咲先輩相手には、アレだろ」

「アレだったね」

 顔を見合わせて、ため息を吐く。

「子供かあいつは!」

「や、杉山君の話を聞いて、今日のボンちゃん見て、結構安心したけどなー」

「まあ、な」

「恋って凄いねえ」

「ま、君咲先輩のが一枚上手っぽかったけどな」

 檜山が目をパチパチと瞬かせた。

 まあ、あの様子を見る限り、心配はなさそうだった。

 というか、だな。

 願いの叶う赤箱の話をした翌日に、ヘーボンがあの君咲先輩といきなり噂になって、それを聞かされた俺の気持ちを慮ってくれ。

 まさか本当に使ったのかと一瞬、思いっきり疑っちまった。

 ヘーボンはそういうタイプじゃない。

 分かってたつもりなんだが、いくらなんでもタイミングが合いすぎた。





4、

 わけわかんねえ。どうして今、河内のヤツがおれを怒鳴ってんのかも、あのとき君咲がおれのモノにならなかった理由も、何一つとして納得できねえ。

 ざけんな。ざけんなよ。

 アレを使えば、なんでも思い通りになるんじゃなかったのかよ。

 五個だぞ。五個。絶対に失敗しないようにって一つ残して全部使った。大盤振る舞いして全ぶっぱした。

 その結果がこのザマだ。

 お堅い早苗でも三つだぜ。それが、五個じゃ足りねえってどんだけ高い女だよ。

「間島。おい、聞いてんのか!」

 似合わないスポーツ刈りの脳筋が、さもおれのことを心配してるみたいな顔で、ネチネチうるさく叱ってくる。

 馬鹿がおれに指図すんじゃねーよ。口に出かかった言葉を引っ込めた。

 体育教師ってのは低能揃いだが、それだけにヤバイのも多い。爽やかな顔してても、体育会系の連中に共通するタチの悪さがある。ここで揉めても損するだけだ。

「すみませんでした」

 殊勝な顔して頭を下げると、河内は満足そうに頷いた。ばーか。本心じゃねえよ。だからお前は馬鹿なんだよ。

「良し。ちゃんと反省しろよ」

「はい、すんませんでした」

 落ち込んだ風に声を低くして、目を伏せて、じっとする。素直に謝るとは思っていなかったんだろう。河内は表情を柔らかくした。

「声をかけたくなったのは分かるが、あんまり強引なのは先生どうかと思う。それに、止めに入った一年生をボコボコにしたんだろ。あっちも間島の処分を強くは求めなかったが……本当なら停学一週間以上、場合によっては退学もありえたんだ。分かってるよな」

 おれは小さく頷く。こくん。マジ演技派だわ、おれ。河内の馬鹿は全然疑ってねえで、むしろおれを気遣うような声色で喋ってやがる。

 はいはい、分かってますよ。お優しい河内先生様が、その一年をなだめすかしておれが停学にならないよう、取りなしてくれたってことはね。

 ま、そいつがどこの誰だかも覚えてねえし、下手に騒いでお礼参りを嫌がったってのが本当のところだろう。

 頭打って記憶が曖昧じゃなきゃ、もう一回ギタギタにすんだけどな。

 たしか、アレを使って君咲と話したら、あいつがいきなり逃げ出して、勝手に階段から落ちそうになった。

 一応君咲に怪我はなかったが、それを見てた一年がギャアギャア糾弾してきたんで、おれは教育的指導のつもりでボコった。そんな感じだった。

 クソ。思い出したらムカついてきた。散々殴ったあと、最後にケリ入れようとして足を滑らせたって、どんな間抜けだおれは。

 顔と名前を覚えてたら確実に黙らせに行くが、君咲に聞いても黙ってるだろうな。河内もうるさいし、しばらくは近づけねえ。

 まあ、五個使ってダメだったんだ。その辺もあのキチガイ魔女に話を聞かねえと。

 ナメられるのが一番嫌いなんだ、おれは。

「ただ、流石に何の処分もナシってのはまずいんでな。学校での奉仕活動をしてもらうことになるが、いいな」

「はい。……でも」

 所詮は河内の都合だ。おれもまだ二年になって一ヶ月程度だし、一年生の時の担任の指導が悪かったって話になるのが嫌なだけ。

 内申に処分内容書かれなくて良かったな、クソ教師。

 なんでもさせていただきます、みたいな顔でおれは河内の節穴に目を合わせて、最後の一個を使ってみる。

 本当はこの程度のことに使いたくねえが、君咲には効かなかった。

 ちゃんと使えるか、ここで確かめておきたい。



 小さな箱、真っ赤な箱だ。

 河内からの呼び出しに、最後の一個を持ってきていた。おれは願う。そして、手の中に握り込んでいたそれを消費する。

 使い方は簡単だ。

 願いながら自分の手で箱を開けばいい。それだけだ。箱を開ける気が無けりゃ、ひっくり返そうが、指で力を込めようが、何をしても蓋は動かない。

「おれの反省のためには、むしろ具体的な罰を与えない方が良いと思うんです。先生方の目で行動をしっかり確認してもらえれば、それで十分じゃないでしょうか」

 開いた箱から何かが出てくる。

 目にも見えないし、触れられもしない何かだ。

 蓋を開けた赤い箱は、数秒後には消滅する。ここまでは君咲のときと同じだ。手の中に握り込んでいた箱の感触が消え去った。

 直後、おれの望み通りに、目の前の河内はうんうんと頷いた。

「ああ、間島ならきっと大丈夫だよな。後は俺に任せておけ」

「河内先生、間島君とのお話は済みましたか?」

 指導室のドアがノックされ、女が様子を見に来た。

「おっと、中村先生でしたか。例の件ですが、今、話が終わったところです」

「それで、彼のペナルティの方は」

 心配そうな女に河内が鼻の下を伸ばしたが、それから格好付けて胸を張った。

「間島もちゃんと反省しますし、これからの学校生活で判断することにしました。大事なのは日頃の行いってやつですね。あっと、二年になってからの担任は中村先生ですし、こいつの素行を判断するのは……お任せしてもよろしいでしょうか」

「ええ。もちろんです。何かあれば、河内先生に報告しますね」

「ということになった。いいな、間島」

 当然、おれは感激しているような顔で、河内の言葉を受け入れる。

 願いは叶った。

 たった一個で大丈夫かと少し不安になったが、おれの望み通りの展開になった。

 やっぱり君咲相手に通用しなかったのは数が足りなかったってことか。クソ。早いとこあの魔女に会わねえと。

 おれが別のことを考えている横で、教師二人の打ち合わせも終わっていた。

「では間島君は連れて行きますね」

「後はお願いします、中村先生」

 河内を後に残し、出て行った先で、まず使い切った願い箱(キューブ)のことを考えた。

「間島君。分かってると思うけど」

 横からかけられた声に、おれは眉をひそめた。先ほどの話についてだろう。

 願い箱(キューブ)はもう一つも残っていない。しかし一度叶った願いは、期間を定めない限り基本的にはそのまま継続する。

「お手柔らかにお願いしますよ、中村先生」


 

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