8.彼女は図書室を知らない
翌日は土曜日で学校は休みだったが、アタシは学校にいた。
部活とかサークル的な活動などが休みでもあるらしく、学校が閉まっていることはほとんどないらしい。
教えてくれたのは奈都だ。
アタシは恵まれている。
ヒトになってもこんなに助けてくれるヒトが近くにいるのだから。
いや、そうではない。
ヒトが恵まれているのかもしれない。
こつ、という足音が近くで止まった。
机に左頬をそのままつける形で突っ伏していた顔をゆっくりと持ち上げる。
見上げた先には背の高い男。
「いぬ………やま?」
「………犬飼」
「犬飼先輩」
「うそ。犬居」
「………犬居先輩」
なんなんだ、この男。
まったくな無表情で犬居はアタシの横の椅子を引いた。
学校の図書室の奥にある、いわゆる自習室というらしき空間。
見つけたのはごく最近だ。
静かで暖かくてヒトがいない場所を校内に探し、ここに行き着いた。
ひなたぼっこは好きだ。
ただひなたぼっこは日中にするものであって、学校が終わってから夜にやるものではない。
だから学校でアタシの至福の場所を探す必要があったのだ。
あいにく利用者も少なく陽当たりも良好とくれば、利用しない手はない。
それなのになぜこのヒトは隣にくる?
アタシが不審げに見ているにも関わらず、犬居は大きめの本を開いていた。
「………あの」
横目でこちらを見てきたのが分かる。
無表情のためか感情がよみとれない。
自分も他人のことは言えないが。
「なぜ隣に?」
犬居は今度は顔ごとこちらに向け、アタシを見下ろした。
嫌なら呼び掛けるよりもアタシが動いた方が早いのだろうが、先に座っていたのはこっちだ。
それに黙って席を移るのもおかしいだろう。
別に隣に座るなとは言っていない。
ただ他に席はあるのだから、わざわざ隣にくる必要はないだろうと思ったのだ。
特に知人というほどの仲でもないのだし。
「前も同じこと言ってた」
食堂でのことを言ってるのだろうか。
確かに同じようなことは言っていたが、しかしあの時は本当に席を移動しろと思っていた。
「ここは陽当たりがいい」
だから移動したくない、と。
話に脈絡がないと思うのはアタシだけだろうか。
まぁいいかと思い直して、また机に突っ伏してひなたぼっこを再開させた。
しかしそれもすぐに打ち砕かれることとなった。
何かの活動が終わったのか、男女7人ほどの集団がガヤガヤと図書室に入ってきた。
静かな空間でひなたぼっこを楽しんでいたアタシの行動を妨害する行為だ。
隠すことなくその団体を睨み付けるが、そのヒトらはまったく気付く様子はない。
しかしここは公共の場。
いくら騒ぐことが厳禁とはいえ、大勢のヒトが使うために設けられた場である。
そこまでばか騒ぎしているわけでもないヒトたちに向かって注意するのは、このアタシでも気が引ける。
それでもイヤなものはイヤなので、睨みで我慢していた。
「……ついておいで」
「え?」
どこに?とアタシが聞くよりも早くに、犬居は今まで読んでいた大きめの本を小脇に席を立った。
そのままスタスタと集団の横を通り過ぎ、図書室をあとにしようとしている。
その場に取り残されるのか着いていくかの二択で、アタシは迷わず犬居のあとを追った。
犬居はアタシと同じように静かで暖かい場所を求めているような気がした。