7.彼女は帰り道を知らない
卯月先輩の新作は白くて丸いウサギのストラップだった。
小さなそれを、先輩はアタシと幸恵に一つづつくれた。
お礼を言ったら先輩は真っ赤になって俯いてしまったが、嬉しそうに口元は綻んでいた。
羨ましいと思ったのは、アタシにはきっとできないだろうと思ったからだ。
ストラップを作ることも、誰かにプレゼントをあげることも。
解散になって、アタシは学校の購買に寄った。
適当に今日の夕食になりそうなパンと水を買った。
ついでに食べたことのないようなお菓子を200円分ほど一緒に購入し、少しだけヒトらしい生活になったなと感じた。
「あっ、西原さん!」
校舎から出ようと昇降口についたところで、弱々しい声で呼ばれた。
知らない名前だったが、なぜだか自分に呼び掛けているような気がしたので振り返る。
校舎出入り口を背にしてアタシを呼んだのは、前髪の長い男子生徒だった。
俯きがちなのも手伝って、彼の目はまったく見えない。
黒い髪はサラサラで艶がある。
きっとさわり心地の良い毛並み、いや髪質だろうに。
「ご、ごめんね突然……。紗耶香、帰った……?」
紗耶香?
「今日サークルあるからって聞いてて……」
サークル?
ぬいぐるみサークルのことか?
「卯月 紗耶香先輩?」
「う、うん」
少し顔が上がったために、前髪の隙間から彼の瞳がチラリと見えた。
卯月先輩と同じ黒い瞳。
ここまで特徴が似てくると、兄弟としか思えないのだが。
「幸恵と一緒に帰ったと思います」
「そ、そっか……。西原さんは、今帰り……?」
「?はい」
この兄弟はどうしてこうも俯きがちなのだろうか。
あんなに綺麗な瞳を持っているくせに、隠す理由がどこにあるのだ。
もったいない。
「え、駅まで送るよ!」
意を決したように拳を握りしめ、彼は一歩前に踏み出した。
たったその一言で彼の顔は真っ赤に染まる。
彼にとってその一言がどれだけ勇気のいることなのかアタシには計り知れないが、それを拒否するほどアタシは空気が読めないわけではない。
断る理由もない。
お礼を言うと、彼はやはり赤い顔ながらも嬉しそうに笑った。
並んで駅までの道のり約10分。
彼は所在なげに目をキョロキョロさせていた。
何が彼をそんなに怯えさせるのかは分からないが、アタシは黙々と彼の隣を歩いた。
しかし彼はそれが耐えられなかったらしい。
「に、西原さんっ」
「はい」
「えっ!?えーっと………。………なんでもありません……」
「?」
話しかけてきたくせに、話はない。
ヒトというのはまだまだ未知だ。
「美子でいいです」
「え?」
「西原って、あまり呼ばれ馴れていないので」
上の名前で呼ばれる習慣がなかったアタシにとって、西原と呼ばれるとなんだかむず痒い。
呼び方なんてなんでもいいが、どうせこの際だ。
他に話すこともないし。
彼は驚きのあまりか俯きがちだった顔をこちらに向け、前髪から覗いた瞳は見開かれていた。
しかし目が合ったと分かるや否や、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
うぶな反応だ。
いや、この場合は初々しいというのだったか。
「な、なら!僕のことは、秋帆で………!」
「あきほ………」
さわやかな、あき。
二人の名前の意味まではわからないが、由来はアタシにも察することはできた。
意味のある名前が少し羨ましいと言ったら、彼の赤い顔は少しは直るだろうか。
でもアタシは“それ”を選択しなかった。
「秋帆さん」
「わっ―――!な、なに?」
「前髪を上げてみたらどうですか?」
「えっ?」
「卯月先輩も秋帆さんも、すごく綺麗な瞳なのに。隠すなんてもったいないと思いません?」
そうして笑いかけたら、案の定顔は真っ赤に染まった。
今までの比にないぐらい、それはもう真っ赤に。
確信犯。