6.彼女はサークルを知らない
幸恵が今日はサークルあるからね!と言うので、アタシは促されるまま幸恵に着いていった。
サークル?と返すと、幸恵は嘘泣きしながらアタシを叩いた。
「もうー。いくら隠れサークルで活動少ないからってぇ、忘れることないじゃーん」
しかし幸恵はすぐにいつもの笑顔に戻った。
彼女は理央と同じように笑顔の似合うヒトだと思った。
「ぬいぐるみサークルだよぉ。美子は『ももウサギ』好きさに入ってくれたでしょー?」
『ももウサギ』とは確か、このバッグやスケジュール帳のウサギだ。
他にもアタシの所持品にはこのウサギが幾度となく登場してくる。
ピンク色の可愛い容姿の割に、キバがあったり爪があったりと、狂気的な何かを感じさせるウサギである。
可愛いと思えば可愛い………かもしれない。
「卯月先輩が新作できたって言うからぁ、今日は活動日!」
卯月先輩はきっとまだアタシが知らないヒトだ。
これからアタシはまだまだ出会いを繰り返すのだろうか。
それもまた、面白そうだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「……卯月先輩?」
「………っっっ!!!?」
卯月先輩は顔を真っ赤にさせて部屋の隅まで後ずさった。
それだけなら可愛いのだが、後退りするにあたって障害物になった椅子やら机をなぎ倒していくものだから、騒音が耳に痛い。
アタシは呼び掛けただけだ。
そんなに逃げたくなるほど悪いことをしたとは思えない。
いや、名前を間違えたのかもしれない。
幸恵の話の流れでこの教室に連れてこられたので、この人が卯月先輩だと思い込んでしまった。
それであっても、ただ名前を間違えただけなわけだが。
「……すみません」
「えっ…………!?」
彼女は壁にめり込まんばかりに張り付いた。
……逆効果だったらしい。
「うわぁー、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよぉ、卯月先輩」
幸恵がアタシの横をすっと通り抜けて、彼女の肩を自然に抱いた。
アタシが呼び掛けるだけでもあんな反応なのに、と思うと、少しいたたまれなくなる。
やはり彼女が卯月先輩で間違いないらしい。
先輩という割には小さくて幼い顔立ちのヒトだ。
黒く長い髪は背中に流れ、大きな黒い瞳からは今にも涙が溢れそうなほど頼りない。
なぜだか顔は耳まで真っ赤にしているが。
幸恵の宥めによって少しの落ち着きを取り戻した卯月先輩は、先程座っていた椅子をもとに戻し座った。
その横に幸恵は椅子を引っ張ってきて、卯月先輩を支えるように座った。
アタシは被害の受けなかった入り口近くの椅子に腰を落ち着けた。
ここは囲碁サークルのこじんまりとした部屋で、囲碁サークルが使わない日をぬいぐるみサークルが使わせてもらっているらしい。
しかしその囲碁サークルもあまり使用していないだろうと思ったのは、部屋の隅の棚にある囲碁盤が埃をかぶっていたからだ。
「……ご、ごめんね、美子ちゃん……」
謝る声は震えていて、真っ赤な顔は俯いたまま決して目は合わない。
いえ、ととりあえず返事をしておく。
「久しぶりに見ましたよぉ、美子への過剰反応!」
幸恵がきゃらきゃらと笑いながら言った。
久しぶり、ということは以前もあったことのようだ。
それにしても過剰反応という域をこすほどの反応だったと思うが。
卯月先輩にとっては普通なんだろうか。
「ご、ごめんね……。今日の美子ちゃん、なんだか……違う人みたいで―――」
あぁ、このヒトは。
彼女のことをよく見ていたんだ。
違う。
敏感なヒトなのかもしれない。
「自分改革したんだよねぇ、美子!」
「そうなんです」
卯月先輩はチラリとアタシを窺うように見上げる。
バレないように、とは思わなかった。
アタシはどんな姿でいようと、アタシでいたいだけだ。
アタシがあなたの知るアタシでないと気付いたとしても、アタシは今を変えるつもりはない。
「先輩が驚くほど、おかしいですか?」
笑いかけてやると、卯月先輩はまた顔を真っ赤にさせて俯いた。
それからぶんぶんと首を左右に振る。
背中に流れた黒髪が波のようにサラサラと波打つ。
綺麗だな、と思った。
「ち、違うのっ……!私は、ただ………」
またアタシを窺うように見上げる黒い瞳。
息を飲むほどに綺麗な瞳だった。
「どんな美子ちゃんでも、すてきだなって、思うよ―――」