5.彼女は冗談を知らない
魚はおいしかった。
焼いた魚は少し塩味がしたが、アタシの好みの味に近かったのだと思う。
ヒトとしての味覚の変化なのかもしれない。
しかしこの男たちさえいなければ、もっと至福の時を過ごせたはずだ。
まず間違いなく。
「ふうーん。美子っていうんだ」
つんと目線を反らしていたら、ほんと猫みてぇ、と笑われた。
この行動がなぜ猫に繋がるのか。
ヒトはどういったふうに猫を認識しているんだ。
アタシの両隣に座った幸恵と奈都は興味深そうに忙しなく目を動かしながら、口はまったく開かない。
弁当を食べる手さえ止まっている。
「ミーコ」
ぴくりと反応してしまったのは、昔アタシがそう呼ばれていたからだ。
金髪の彼もとい豹塚を見ると、何がそんなに楽しいのかニヤニヤと笑っていた。
思わず警戒の眼差しを向けてしまう。
「昔読んだ本に出てきた猫がミーコっつう猫でな?美子って聞いたらなんか思い出した」
内容は覚えてないけど、と豹塚は言った。
ほんとに、このヒト、イヤだ。
いつの間にか睨むようにして豹塚を見ていたが、豹塚は軽く流すように笑ったままだった。
その余裕が更にムカつく。
「ミーコな、ミーコ」
「………もう勝手にして」
そう口をついて出てしまったのは、それ以上突っかかるのも面倒だと思ったからだ。
「おまえ、本とか読んだのか」
向かって右隣の黒髪の彼は、確か熊切だ。
特別お洒落な服装をしたり髪型をしているわけではないのに、近寄りがたいオーラを感じた。
美しい、という形容詞が似合う男性だ。
熊切はそんな綺麗な顔を一切崩すことなく豹塚に言った。
「読書感想文の指定の本だったからな。読むだろ」
「へぇ。そういうのはサボる奴だと思った」
「本来はマジメなのだよ」
「どの口が言うんだ」
「このお口ぃ」
「近寄るな!触るなっ!」
崩れないと思った表情が豹塚によってあっさりと崩れ去った。
眉間にシワを寄せ、豹塚の顔をぐいぐいと遠ざけるその姿は、なんとも微笑ましいというか。
仲は良いようだ。
その二人を止めたいのかとりあえずなのか、犬居
は「まぁまぁ」と棒読みで手を動かしていた。
もちろん不機嫌な熊切と楽しそうな豹塚がそんなことで止めることもなかったのだが。
「美子ー!」
駅のホームでアタシを呼ぶのは、ずいぶんと世話になっている理央だ。
ヒトになってからのこの2日間、彼のおかげでヒトらしい1日を送れたのは間違いないだろう。
理央は息を切らしながらアタシに走り寄った。
「ショタ顔の理央くんじゃありませんか」
「ちょっ、なにそれ!?」
「言ってみたかっただけ」
「………」
ショタ顔という単語を使ってみたかったので、わざとだ。
初めて知った言葉を使いたいという子供の心理と同じだろう。
理央がアタシを凝視しながら何とも言えない顔をしたので、気分を害したのかもしれない。
「ごめん。冗談のつもりだった」
「え?あ、いや、違う違う。なんか……」
そこまで言って理央が少し顔を俯けたので、アタシから表情が隠れてしまった。
「なんか、嬉しくて……」
なにが、と聞けなかったのは、ふわふわした髪からチラリと覗く耳が赤く見えたからで。
夕陽のせいにしとこうかな、と思えたのは、彼が男でヒトなのに可愛いく見えたから。
ヒトの感情は、やはり未知だ。