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always be with  作者: はるあみ
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(6)


 私たちは式の日取りを決めないまま秋になった。相変わらず父はお酒を飲ながら母に「非常識だ」と彼を非難しているらしい。

「私たちは式なんかあげなくてもいいのよ」私は電話してきた母にそう言って電話を一方的に切った。

 父の言うことに反論もせず、黙って聞いている母に中学生になってから何度か文句を言ったことがある。

 その度に母は「お父さんは頑固だから」としか言ってくれなかった。きっと、そのころから結婚を信じなくなったのだと思う。

 昭島の代わりに来たのんき君は、噂どおりノンビリした男だった。軍畑Dと三人でお昼を食べに行っても、決めるのも食べ終わるのもいつも最後。

「熊川くんは、上品だね」軍畑Dが食後のコーヒーも飲み終わり、まだハンバーグを食べているのんき君に皮肉を言った。

「軍畑さん、僕はクマカワでカが濁らないんですよ」と皮肉も分からないようだった。

 万事がそんな男だから、敵は出来ないが仲間には入れてもらえない。

 派遣社員の私にとっては、害さえ及ぼさなければどんな男だろうと関係がない。そういう意味では昭島よりも良いとさえ思う。

「僕、秋川さんには、すごくお世話になったんです」

 熊川が彼のことを話し出したのは、せっかく打ち込んだデーターをすべて消してしまった日のことだった。

 仕方なく、膨大なデーターを二人で入力していた夜中に、熊川は私にコーヒーを淹れてくれた。

「そうなんだ」

 コーヒーを受け取りながら、私より四歳年下の若造に、どうしてこんなにも呑気なのだろうと、ちょっと腹が立った。

 今は昔話や、コーヒーを飲んでいる暇はない。明日の朝までには全てのデーターを入力しなけれえばならないのだから。

「僕ね、いつもこんな失敗ばかりしてるんです。失敗して泣きべそかいて、辞表を書くんですよ。

 休憩室で辞表を書いてた僕に、秋川さんは声をかけてくれましてね『失敗して辞表をかくなんて卑怯だぞ。失敗したら、潔くクビになるもんだ』そう言われたんです。そのとおりですよね。

 だから、僕はクビにならないってことは、たいした失敗じゃないんだって思うようになったんです」

 まったく彼らしい理屈だ。

「でも、それって苦しくない。みんなに白い目で見られながら会社に居るってことでしょう」

 私は苛々しながら熊川に皮肉を言った。嫌な女だと自分でも思う。

「苦しいですよ。そりゃあ。でも、辞めなければ、いつか借りを返せるかもしれないじゃないですか」

 それも彼が言ったことだった。

 借りを返す。それは昭島も言っていた。そして、私はした覚えのない借りを返してもらい彼と結婚した。

「そうね。早く返せると良いわね」私は呑気で無神経だと思っていた熊川の心の中にも、いろんなものが詰まっているという当たり前のことが分かると、今までよりも親しが湧いてきた。

 それ以来、熊川はときどきお菓子を買ってきては、私に話かけるようになった。

「こんど、中神さんのところに遊びに行っていいですか?」

 熊川はそんなことさえ言いだすようになったが、私は誰かを自分の家に招待するのは好きじゃなかった。もてなせるほどの料理の腕がないのも理由だが、それ以上に、自分の持物を人に見られるのが嫌なのだ。自分で買ったクッション、本棚に並べた本、景品で貰ったマグカップ。それらを見られると自分が値踏されているような嫌な気分になる。

 秋川に会いたがる熊川に「じゃあ、どこかで飲もうか」と提案し、少し早いが昭島に連れて行ってもらった郷土料理の店できりたんぽ鍋を食べることにした。

 心配していたとおり、「熊川と飲むのは初めてだ」と喜んでいた彼は、仕事でかなり遅れてくることになった。

「この店は初めてです」ぐつぐつと煮えた鍋を、汗を拭きながら熊川は美味しいと言った。

「美味しい?」私は昭島のことを思い出して笑ってしまった。

「美味しくないですか?」私の質問の仕方に戸惑った熊川は、申し訳なさそうに箸を置いてしまい、恐縮した私は言い訳のように昭島の話をした。

「へえ、そうなんですか。僕は東京の出身だから、故郷のある人が羨ましいけどな。

 出身は?って聞かれて、東京っていうと、そこで話は終わちゃいますからね」

 呑気な熊川は、いかにも都心の閑静な住宅街で育ったイメージだ。

 一時間以上経ち、鍋もすっかり食べ終わってしまった熊川は、芋焼酎を片手に会社を辞めるのだと切り出した。

「このままいても、借りばかり増えて返せそうにないですから」

 同期の半分は主任になった。この調子では熊川が主任になることはないかもしれない。

「秋川さんには、そのことを言いたくて」

 彼に言えば、きっと止めるだろう。

「悪くないと思うよ。熊川さんには、熊川さんにあった仕事があるかもしれないから」

 残酷で冷たい言葉だが、それが私の本心だ。このままうだつが上がらないまま、年ばかりとってしまう。

「僕にあった仕事なんてあるのかな」

 泣き言をいう男は嫌いだ。ましてや、女に泣き言をいうなんて卑怯な男に決まってる。

 なのに私は熊川が可哀想になってしまった。

「きっとあるよ。それは今見つからなくても、いつか見つかるよ」

 それは口から出まかせばかりではなかった。未来は分からない。それは私ばかりではなく熊川にも言えることだ。偶然見かけた求人の張り紙を見て入った会社で社長になることだってないとは言えない。それが、明日じゃなく十年後かもしれないし、二十年後かもしれないけど、未来は今と違っている。

「そうですね。逃げるみたいで秋川さんには恥ずかしいけど」

 熊川が自分の気持ちに踏ん切りがついたようで、「秋川さんに、きっと御恩は返します。と伝えて下さい。」そう言って帰ってしまった。

 私も待ちくたびれて、秋川にメールをして店を後にした。



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