(20)
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今年最初の寒波が訪れた時、彼が亡くなった。
「私が行った時には、もう息はひきとってたの」
元義母は涙声で電話をしてきた。真夜中に彼は一人で別の世界へ旅立った。看護士が見回りに行った時には呼吸器を外しやせ細ってはいたが穏やかな顔をしていたそうだ。
私は棺に入る前に彼に逢いたくて、彼の実家に向った。電車の中では涙さえ出ないほど、放心し今どこを走っているのかさえ分からないほどだった。
「逢ってあげて」
二か月前に病院で会ったときよりも、義母は痩せ細り目の下には化粧では隠せないほどの隈が出来ている。
「お母さん」
義母の顔を見て、初めて彼が本当に死んだのだと実感し涙が溢れた。
布団を掛けられた彼は、ただ眠っているようにしか見えない。
彼の横に座り顔を見ていると、今にも私に話しかけてきそうだ。
「ねえ」私は昔のように彼に話しかけた。
「やあ、よく来てくれたね。外は寒かったろう」
「うん、最高気温が十度にもならないのよ」
「そりゃ、寒いや。どうりで僕の手も冷たいはずだ」
「どれどれ」
私は布団の中に手を入れ、彼の左手を握った。冷たく硬い薬指には指輪がされていた。きっと彼はずっとその指輪をしていてくれたのだろう。私が引き出しにしまってしまったペアの指輪を。
「クルクル回りそうだよ」
私は指先で指輪を撫でた。
「痩せすぎたかな。この指輪が僕の目印、天国でどんなに太ってもこの指輪は外さないから、僕が話しかけたら気が付いてくれよ」
「うん、絶対に迎えに来てね。私は方向音痴だから、ちゃんと迎えに来てくれないと貴方のところに行けないんだから、知ってるでしょう」
もう握り返してはくれない左手を力いっぱい握る私の涙は、ポタポタと彼の布団に染みをつけていく。
「ああ、きっと迎えに行くよ、でも、その前に君にはまだまだ運命が準備されている。その運命を全部終わらせないとね」
「どんな運命?」
「それは僕にも分からないよ。ただ、君の傍にはもう運命が待っているようだよ」
動かない筈の彼の指が私の手を解いた。
私の手を離れた彼は、ゆっくりと布団を抜け出し金木犀がある庭に出て空に昇って行った。
その姿を金木犀によりかかりながらずっと見ていると、ふわふわと雪が舞い降りてきた。揺れながら降る雪に導かれるように彼は天に上った。その姿はまるで、天使が舞うようだ。
「Always be with you.いつも運命は君の傍で微笑んでいるよ」
振り返った彼が笑顔でそう教えてくれた。
お葬式には行かなかった。彼はもうあの肉体にはいない。だから、お別れをする必要などないと思った。
【Always be with you 僕の魂はいつも美帆と一緒】
彼が亡くなってから九か月が過ぎ、一人きりの部屋に、倉科からメールが届いた。
Always be with you.彼が私にくれた言葉を知らないはずなのに、同じ言葉を倉科は使った。
【なんで?】
【誕生日でしょう】
【違うよ、なんで、Always be with you.なの?】
【誕生日じゃなかった?明日だっけ?】
【今日だけど違うの】メールを打っている途中で歯痒くなり電話をしてしまった。
「ねえ、なんで、岳がAlways be you.って言葉を知ってるの?
この言葉は彼が私に言ってくれたことばなんだよ」
「そうなんだ。でも、真似じゃないよ。美帆にサヨナラを言われてからも、ずっとずっと逢いたかった。
毎日、『元気?、頑張れよ』って心の中で話しかけてたんだ。そしたら、思ったんだ。逢えなくても、美帆はずっと傍にいる。そして、美帆が僕のことを忘れても、僕の魂はいつも美帆の傍にいる。
美帆の誕生日に、どうしてもそれを伝えたくて」
「本当かな?」
恥ずかしそうに言葉を選びながら話す倉科に、私は笑いながら問いかけた。
「本当さ」
「だったら、私よりも先に死んだりしちゃ駄目だよ。私が生きている間、ずっと傍にいてくれるんでしょう」
「ああ、美帆が死んだ一秒後に死ぬよ。そして、一緒に月に行こう」
「彼が迎えに来てるかもしれないよ」
「それなら、三人で月に行けばいいさ。僕たち三人はきっとまた生まれ変わって出会える運命だと思う」
倉科と久しぶりに話をしたら、なんだか少しだけ心が浮かびあがった気がする。
これから、私と倉科の運命がどうなっていくのか、今は分からない。ただ、運命に臆病にならず従ってみようと思えた。
Always be with you 運命はいつも私の傍で微笑んでいると信じて。
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