(18)
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彼が入院したことを知らせてくれたのは、彼の母親った。
元義理の母の声を聞くと、金木犀の香りを思い出す。彼の実家は、都心から車で一時間ほどの場所だった。古いが掃除の行きとどいた立派な家には、金木犀の木があり開け放した窓から甘い香りが漂ってくる。
きっと、今も義理の母は金木犀の香りを全身に纏わせて電話をしているのだろう。
元義理の母は、私にとても親切な人で彼が私と結婚すると言った時も何度も「本当にいいの? 貴方より先に死んでしまうのよ」と結婚を控えた時だというのに縁起でもないことを平気で言った。
しかし、その言い方は皮肉でもなく嫌味でもない、本当に私のことを心配してくれていた。
十歳以上歳の離れた夫を十年前に亡くした義理の母は、夫に先立たれた時の不安と悲しみが今でも残っているようだ。
「大丈夫だと思います。私は子供の頃から体が弱かったから、きっと私の方が先に死ぬと思います」
私も、その場の話としては相応しくない受け答えをしたと思うが、二人はそれから、いろんな話をするようになった。
そんな、私と元義理母の会話に、彼は上手く入れないまま苦笑いをしていた。
「ごめんなさい」
義理の母は申し訳なさそうに話を切りだし、彼が膵臓がんであることを教えてくれた。
「いつからですか?」
「たぶん、離婚する前から体調が悪かったみたい。あの子の父親も癌で亡くなっているから、自分でも多少の覚悟はしてたそうよ」
確かに三年前、彼は朝が辛いと良く言っていた。朝食もミルクをコップ半分ほど飲むだけだった。
「行ってきます」「ただいま」、その声が元気だったので私は何も気づいてあげられなかった。
そして、離婚した後も私は彼の体調のことなど気にすることもなく、ただ自分の相談ばかりをしていた。
「助かるんですよね」私は元義母の声から無理だとは分かっていたが、納得出来ずに聞いてしまった。
「ごめんね、たぶん無理だと思うわ」
自分の息子が夫と同じ病魔に襲われ、自分より先に居なくなってしまう悲しみを整理出来ないでいる母に、私は酷なことを言わせてしまった。私だったら、半狂乱になり自分が先に死んでしまうかもしれない。
「お見舞いに行っていいですか?」
私はそれを言うのがやっとだった。目の前が真っ白になり倒れそうになるのを、なんとか両膝に手をついて堪え、そう言うのがやっとだった。
涙なんか出ない。悲しいなどという簡単な言葉で表せない衝撃に打ちのめされた。
私はすぐに倉科に電話をした。
「ごめんね、忙しいのに」
会社を辞め半年ほどボンヤリしていた倉科は、やっと再就職活動を始めた。
半年間は毎日詩を書いていた。どの詩にも私の影が映り込んでいて、読むたびに照れくささと幸福を感じていた。
「忙しくないさ、無職だもん」
倉科は笑っていたが、不安なのは良く分かった。
「そうか」
私からの電話に、倉科はそう言ったまま黙ってしまった。こんなときに気の利いた言葉や、大人らしい慰めを倉科は持っていない。
しかし、「そうか」だけで良かった。それ以上何か言われたら、きっと私は倉科を嫌いになったかもしれない。




