(17)
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クリスマス・イブの日に倉科の部屋でピザを食べていると、彼からメールが届いた。
【Mary Xmas 天使が舞う夜に】彼には珍しく意味不明なメールだ。
倉科は私のスマホが鳴っても、特に何も聞かない。勤めている保険会社に最近入った私と同じ歳の女性は、彼氏がスマホを見たがると言って嘆いていた。
「私もときどきチェックするから、同じなんだけどね」
彼女にとっての嫉妬は好きの表現だと言う。でも、私にとっての好きは違う。嫉妬心がないわけじゃない。嫉妬は束縛になり束縛は不安に繋がる。不安はいつくるか分からない未来への絶望だと彼は教えてくれた。
未来に絶望はしたくない。だから、私は出来るだけ嫉妬しないようにしている。
「ねえ、岳ちゃんは私のメールが気にならないの?」
これも嫉妬だろうか?
「気になるよ。何か嫌なことが起こってないかってね。だから、美帆がメールを見て笑っていると安心する」
倉科はいつも私に嫌なことが起こらないように祈っているそうだ。
「じゃあ、いまのメールは安心? 心配?」
「安心かな」
元の夫からのメールが安心とは、倉科は変わっている。
「【天使が舞う夜に】だって」少しだけ妬いて欲しくなるのは、まだ私の中に女の子がいるからだと思う。すっかり、オバサンになっても、心の中の女の子は成長しない。
「見に行こうか?」
倉科はピザを口の中に放りこむと、外に行こうと言い出した。
「何を見るの?」
なんだかわくわくした気持ちになり、急に立ち上がったものだから、足元がふらつき倉科に抱きついてしまった。
「天使が舞うのを、見に行くよ」
抱きついた私に、倉科はキスをした。
十二月の夜は寒く、マフラーをしていない倉科の首が寒そうだが、二人で私のマフラーを巻くほど、もう若くない。
商店街の中の居酒屋からは賑やかな声が聞こえ、今が年末であることを実感させる。
二年前は、私は暗い気持ちで実家に帰るために切符を手配していた。そのときには、倉科がここに居ることも知らずにいた。
たった二年でこんなにも変わるなんて、やっぱり運命は私の想像など飛び越えた未来を準備している。それは、彼と会う二年前も同じことだ。そして、こんなにも劇的に変わらないとしても、きっと二年後も私が想像していなかった私がそこにいると思う。
商店街を抜けて駅の反対に行くと児童公園があり、私と倉科は誰もいない児童公園の真ん中で空を見上げた。
「月が綺麗だね。それに、良く見ると星も見える」
倉科は私の手を握ろうと上を見ながらモゾモゾと手を探す。私はその手を素直に握り「冷たいね」と囁いた。
「昔さ、ドラマとかで『お母さんは星になったの』とか言うじゃない。もしも、死んだ後に星になるとしたら、どの星になる」
会社を辞めることが決まった倉科は、何気なく死について話すようになったが、それは、倉科が鬱だったころのように自殺願望ではなく、生きることに対する問いかけのようだと思った。
「そうね、遠く遠くの星になるかな」
私は特に意味もなく答えた。
「もしも、僕より先に死んだら、月の近くの星になってほしいな。僕が見つけられるのは月ぐらいだから。
きっと、美帆が死んだら逢いたくて逢いたくて仕方がなくなると思うんだ。だから、いつでも僕が探せるように月の近くで輝いていて欲しい」
それは私も同じだ。今、倉科が死んでしまったら。考えただけでも悲しくなる。こんなにも倉科が好きなのは何故だろうと今でも思う。
お酒を飲むとすぐ顔が赤くなり、ニコニコ笑ってばかりの男。
「お酒弱いね」
「うん、でも美帆と飲むのは好きなんだ」
普段は飲まない癖に無理して私と乾杯したがる。
お金がないから、「期間限定アップルパイ」と嬉しそうにスーパーで買って来る男。
「お誕生日おめでとう、期間限定だよ」
「なんで、期間限定?」
「だって、スーパーの人が言ってたからさ」
大きなまん丸いアップルパイには、蝋燭は似合わないし、二人では食べきれない。
私が仕事の愚痴を言うと「それは困った」と私より悲しそうな顔をする男。
「それは、困ったね、どうしたらいんだろう」
「大丈夫だよ」
愚痴った私が、最後は励ましてる。
人目がないところでコソコソと私の手を握ろうとする男。
「寒いね」
「そうでもないよ」
「そうかな」
私が意地悪を言うと、手を引込めてしまう。私はポケットに入れた手を引っ張りだして握ってあげる。そのくせ、部屋ではすぐに私の服を脱がそうと不器用な手つきで乱暴にシャツの捲りあげる。
そんな男を好きになるなんて。
「天使が舞ってるね」
私の手を握った倉科は、何を見てそう言ったのか分からない。




