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always be with  作者: はるあみ
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 やっと仕事を始める気になったのは、半袖のシャツに着替える頃だった。それも、積極的に社会に出ようと思った訳ではなく、貯金が底をついてきたからだ。

 離婚をするときは、彼は財産分与としてお金をくれようとしたが、さすがにそれは断った。

「当然の権利なんだよ。結婚中の財産の半分は君のものなんだから」

 そう言って彼が提示した額は到底半年間で出来るような額ではなかった。

「じゃあ」と言って彼は家の中にあるもので欲しいものはなんでもあげると言ってくれたが、テレビも冷蔵庫も大きすぎて今の部屋に入りそうもない。

「そうか、なんだか寂しいな」

 勝手に家を出ていく私が、何もいらないと言うと、彼は本当に悲しそうに呟いた。

 今さらながら、ちょっとは分けてもらえば良かったと思うが、そうもいかない。

 派遣会社が紹介してくれたのは、生命保険会社の事務職員だった。前に同じような仕事していたので、あまり気乗りしなかったが贅沢はいえない。

 でも、贅沢が言えないのは悪いことじゃないと思う。贅沢を言いたくなると迷う。迷うということは悩むことにつながる。

 今は出来るだけ何も迷いたくない。ただ、目の前に起こる日々を懸命に過ごしたい。

 思った通り生命保険会社の営業所は、個性的な女性が多く年齢も私よりもかなり上の人が多かった。

 前に働いた時には、彼女たちの勢いに、いつも緊張を強いられ恐ろしくストレスを感じていた。でも、今度は違った。それは、私が年齢を重ね彼女たちに近づいたからかもしれない。

 どんなにきつい口調で話す人も、悩みながら必死で生きている。そのことが、前よりも理解出来た。そうすると、恐怖感は減り客観的に接することが出来るような気がする。

「最近さ自殺で保険金を請求する親族が多いのよ。昔はそんなことはなかったんだけどね」

 年配の多い保険外交員の中でもベテランの矢口さんは、保険請求の書類を私の机に置くと団扇でパタパタと自分の首筋に風を送った。

「自殺した息子の母親に会うのは辛いしお悔みの言葉だって難しいのよ」

 今月も目標が行きそうもない所長は、矢口さんの話に「大変なのは分かるけど、もうちょっと、ね。矢口さん頼りなんだからさ」と、矢口さんのためにコーヒーを淹れてあげる。

 前に働いていた時と変わらない光景。その時は自分よりもずいぶん大人の所長を半分軽蔑していた。でも、今は素敵だと思える。

 きっと、今も必死で働いている彼も所長と同じように周りに気を遣い仕事を成功させようと頑張ってるに違いない。

 別々に暮らし始めてからの方が、そんな風に彼のこと思えるのは、幸せなことだと思う。

「でもさ、私が保険を売ると自殺するみたいでさ。だって、今年はもう二件目だよ」

 コーヒーが熱すぎたらしく、矢口さんはふーふーと何度もカップに息を吹きかけて、一口も飲めずにいる。

「多いんですね」

 何も言わないのも気づまりなので、あまり自殺の話はしたくないと思いながら相槌を打った。

「死にたくなることなんて、私だって何度もあったけどさ、生きてればこそってこともあるのにね。なんだか切ない話だよね」

 私は熊川のことが頭を過った。

「死んだりはしません」。熊川がくれた最後のメールに書いてあったのは逆のメッセージではなかったのか。もしも、私が本当に死ぬつもりなら、私も「死んだりはしない」って言うだろう。

 仕事が終わった私は、迷った挙句に熊川にメールをした。

【久しぶり、元気でやってるの】

 自分が離婚をしたことや、今は山手線の外側で一人暮らしをしていることなどは言わなかった。

【お久しぶりです。元気ですよ。来月からインドに行きます】

 楽しそうな絵文字つきで返信があった。

【インド?! 凄いね】

 熊川が遠くに行ってしまう。そして、とても希望に満ちているようだ。それは、とても嬉しいことなのに寂しくもある。

 私を「好きです」と言ってくれた気の弱い熊川が、もういない。

【一度だけ逢ってもらえませんか】

 インドに行くことになった理由や、本当に自殺しかけたことなどをメールでやり取りをし、最後に熊川は逢いたいと言ってきた。

 日曜の午後に熊川と新宿御苑で逢った。

 都心にある広大な庭園を指定したのは私だった。電車でも十分も乗れば行けるのに、行ったことがなかった私は、日本を離れる熊川と逢うには相応しい気がした。

 まだ色づくには早いすずかけの路を、少し痩せた熊川と歩いた。

「しばらくは、紅葉なんて見れないんだね」

 庭園の中に漂う空気を吸い込むように伸びをした熊川に言った。

「はい、でも今までとは見たこともないような景色に出逢えますから」

 仕事を見つけることも、家を出ることも出来なかった熊川が、いよいよ死のうと思い、当てもなく電車に乗った。無意識に子供の頃に家族と行った江の島に辿りつき、そこで海に消えようとした。

「クラゲになりたかったんです。今度、生まれ変わるならただ海に浮かぶクラゲがいいなって思ったんですよ」

 熊川は両手をふわふわと宙に揺らして笑い、突然「手を繋ぎませんか」と私の手をつかんだ。

 ふいに手を掴まれた私は、一瞬身を固くしたが、すぐに熊川の手を軽く握った。

「人間でも、クラゲに生まれ変わるのかな。だとしたら、ちょっと怖いね」

 そういってクラゲになる自分を想像してみた。でも、クラゲは生まれる前は人間だったと思えば、そんな気がする。ふわふわ浮かぶ姿は、何かに迷い彷徨ってるようだ。

 ついにクラゲになろうと、陽が沈み真っ黒になった海に一歩づつ歩いていると、後ろから男性に声を掛けられた。

「ねえ、ちょっと手伝ってくれない」

 その男性は故障してもいない車を押すのを熊川に手伝わせた。それは、熊川に自殺を思いとどまらすため。

 そして、一キロほど押したところで熊川を車に乗せ小さなマンションの一室に連れて行った。そこは、海外で働く人を支援するNPO法人。

 一晩中、インドやネパールの話を聞くうちに、世界は自分の頭の中よりも何十倍も広いことに熊川は気がつき、しばらく、そこで働かせてもらうことにした。

「ほとんど給料なんてなくて、毎日事務所に泊まり込みだったんですけど、全然苦じゃなかったんです。

 むしろ、忙し過ぎて楽でした。今考えれば、なんでも良かったのかもしれないんですけどね。要するに、忙しければ」

 熊川の言う通りだと思う。忙しい毎日は決して悪くない。

「次に日本に帰ってくるのがいつか分かりません。でも、帰ってきたらまた逢ってもらえますか」

 熊川は強く手を握り笑った。


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