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always be with  作者: はるあみ
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 桜が二分咲きになった。まだ固い蕾だと思っているとすぐに満開になる。彼の部屋からはライトアップされた桜が見える。そして、桜が満開になる前に、私は離婚をして会社も辞めた。

 そのことは、熊川には知らせなかった。熊川とは昭島が死んでからメールをしていない。もう、四か月になる。

 元気でやっているのか心配になるし、思い出さない日はない。でも、私が離婚したのは熊川と一緒に暮らすためではなく、彼と暮らすことが辛くなったのが理由で、それは彼のせいではなく、私のせいでもないような気がする。

 あのまま、彼と暮らし式を挙げることも出来たと思う。彼が私の変化に気づいたのは、お正月に実家に帰ったときのことだったらしい。

 新宿からの電車の中で、私はポケットに入れた携帯を握りしめたまま、彼の話に空返事をしていた。車窓からの景色は見慣れた一月の曇り空だった。

 その時、彼は思ったそうだ。

「僕は君のことを女性としてずっと好きだったけど、君にとって僕は異性ではなかったんだと思うよ。異性ではないけど、頼れる男性。そんな感じかな。

 君が携帯を握りしめていたのは、きっと誰かからの連絡を待っていたんだろうね。僕は嫉妬すべきだったんだと思うけど、そうはならなかった。

 そろそろ君は僕から卒業する時なんだ。そんな風に感じたんじゃなかったかな。君と暮らし始めた時から、こんな日が来ることは予感していた。あまり僕の予感は当たらないから、今度も気にはしてなかったんだと思う。

 こんな時に修羅場にもならないなんて寂しいとは思うけど、僕はどうにもそんな人間なんだ。

 君が寝ているとき、ふと起こして問い詰めようかとも思ったけど、僕にはそんなことは出来なかった。

 きっと、僕には愛が足りないんだね」

 日曜の昼下がり、彼の部屋で最後のコーヒーを飲みながら、彼は笑っていた。

 彼に愛が足りないはずがない。反対に大きすぎるのだと思う。女性はみんな優しい男性を求めるが、優し過ぎると心配になるのではないだろうか。

 彼が言うとおり、修羅場になるような関係だったら、私は彼を男性としてもっと生臭く愛したかもしれない。それは自分が望んでいないはずの愛の形のはずだった。

「ねえ、もう一杯飲もう」

 私はコーヒーが半分以上残ったカップを持って立ち上がると、彼は私の手を掴み首を横に振った。

「そうだね、きりがないね」

 私はコーヒーをテーブルに戻し涙が零れないように我慢した。

「今度、誰かを好きになったら」

 彼は私の涙を見ない振りをしながら、そう切り出した。

「ならないかもしれないよ」

 私は本当にそう思っていた。熊川のことも、全部忘れる。

「もしもなったらさ。もしもなったら、今度は名前で呼びあうといいよ。『貴明』『美帆』ってね。『君』と『ねえ』はやっぱりつまらないよ。恋だからね。ねえ、美帆」

 最後に彼が言っ『みっほ』という発音が可笑しくて、ついに私は涙を零して笑ってしまった。

 新しく借りた部屋からは夜景でどころか月も見えない。窓を開けても隣のビルの壁が見えるだけだ。この部屋を選んだのは家賃の安さと駅から近いことが理由だった。

 布団と衣類を入れた段ボールだけがある部屋は、六畳とは思えないほど広く、キッチンはピカピカに磨かれている。

「実家に帰ってきなさい」

 母の言葉は嬉しかったが、式も挙げずに勝手に離婚をするような娘を父が許すわけがない。

「そっちに仕事なんかないでしょう」

 心の中にある「ありがとう」の言葉を言えずに電話を切った。

 早く仕事を探さなくてはと思いながらも、新しく知らない人の間に入るのが憂鬱で、派遣会社からの紹介を「しばらく休みます」と回答している。

 一日中、テレビもパソコンもない部屋で本を読んだ。幸い、古本屋を巡っているだけで一日が終わるほど、古本屋が多い街で、他にも古着屋、古道具なども揃っている。

 いつかは、古道具屋で机や椅子を買い揃えようとは思っているが、まだ、そんな気にはなれない。

 今まで読まなかった、難しい新書も何冊が読んだ。宗教の本もその中にはある。

 そして、仏教の本を読んでいるうちに昭島のことを思い出した。【輪廻転生】人は何度も生まれ変わる。

 桜が散る頃、私はふと昭島のお墓参りをしようと思い立った。昭島の実家を探すのは容易ではなかった。会社に聞いても教えてはくれない。

 そうなると、墓参りなのに、昭島を探している気になり必死で手がかりを探そうとした。ネットの中に昭島の名前を探すと、出身高校や昭島の友だちが見つかった。

 毎日顔を合せていたのに、そこには私の知らない昭島がいた。昭島に会いた。

 私はついに彼に電話をした。

「いいよ、ちょっと総務に手を回して聞いてみるよ」

 彼は快く引き受けてくれた。

「ごめんなさい。図々しくて」

「言っただろう、Always be with you。いつも君の傍にいるんだから」

 彼は私と暮らしているときよりも明るい声で笑ってくれた。きっと、これで良かったのだ。私と彼は最高の出会いをして最善の別れを選んだ。そう思えた。

 彼のお蔭で、昭島の実家が分かった。事前に電話をして家を訪ねると、昭島の母親は憔悴しきった表情で私を仏壇の前に案内してくれた。

 遺影はいつのだろう、昭島は笑っている。きっと、楽しそうに笑う顔を昭島の母親は一日中見ているに違いない。

「昭島、親不孝だね」私は心の中で呟いた。

 昭島のことを母親はいろいろと質問してきたが、私が知っていることは少ない。昭島が好きになった人のことも、そのことを誰かに相談したのかも、私はまったく知らない。

 母親は犯人を、真相を知りたがったが、犯人もいないし、真相も昭島にしか分からないと思う。

 帰ろうとする私を母親は引き止め、泣きながら愚痴をいい自分を責めた。相談にのれなかったこと、学生時代に付き合っていた男性と結婚させなかったこと。他にもたくさん自分を責めているようだった。

「お母さんは悪くない」きっと昭島は母親に自分を責めないで欲しいと思っている。しかし、そんな在り来りな言葉で母親の心を癒せない。だから、私は「お墓参りに行きます」と言って引き止める母親の家を後にした。

 気が滅入った。頭の芯が痛くなるような痺れが襲う。死んだら、こんな気持ちも痛みも無くなるのだろう。そう思うと、たいした理由もなく死にたくなる。

 お墓についた私は、近所で買った花を供え手を合わせた。考えたらお墓に手を合わせるという行動は久しぶりだ。

「昭島、いまどうしてる? 後悔はしてない?」

 昭島がどんな人を好きになったのか、そんなことには大して興味がなかった。ただ、昭島が死んだことを後悔していないのかだけが聞きたかった。

 死ぬより辛いことなんてたくさんある。それでも、みんな生きているのは何故なのか。それは死んだ後のことが分からないからかもしれない。それは知ってはいけないこと。


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