(10)
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私の変化に気づいたのは母だった。
お正月に彼と故郷に帰ると、父は不機嫌に彼の顔を見ようともせず、面白くもないテレビに顔を向けていた。
「本当に申し訳ありません」彼は式を伸ばし伸ばしにしていることを父に詫びたが、父は「いい歳をして常識も知らないのか」と言って彼の言い訳を聞こうともしない
一泊だけの帰省の間、父は彼が持って来たお酒を触ろうともせず、彼を困らせ続けた。いい歳をして。
久しぶりに台所に立った私に「何かあったの」と母が何気なく聞いてきた。
「何もないわよ」私はその時頭の中に描いていた熊川のことを見透かされたようで狼狽してきつく言ってしまった。
膝を抱え一人でいる熊川が私を呼んでいる「美帆さん」。現実の熊川は「中神さん」としか呼んだことがないが、私の中の熊川は美帆さんと悲しげに呼びかける。
そして、私も「祐太」と心配そうな声を出してしまう。
「何もないならいいけど。結婚式はしなくてもいいのよ。それに、我慢して結婚することもね。
あんたは帰りたくないだろうけど、ここはあんたの家なんだから、いつでも帰ってこれるんだから」
作り置いていたお煮しめをお重に追加しながら、母はそう言ってくれた。何も考えてくれていない、私のことなど何も分かっていないと思っていた母。
だけど、良く台所で夕食を作る母の後ろ姿に私は話しかけていた。
学校で嫌なことがあると、台所に座って母に話を聞いて貰っていた。
「そうなんだ」母は、そんなことは気にしなくていいわよと、いつも私に言ってくれていた。そのことを、ずっと忘れていた。
「うん」私は喉の奥に硬い塊が詰まったようで、うんとしか言えなかった。
父に冷たくされた彼は、正月が明けると直ぐに式場を探し始めた。
「豪華にrするつもりはないけど、それなりにわね」
彼はイっrンターネットを見ながら私に相談するが、ドレスにも角隠しにも興味のない私は、なにしろ安くて早く終わることを彼にオーダーして笑われた。
「安い早いって、牛丼じゃないから、なかなかないよ」
彼は屈託なく笑う。つまらないギャグでも大笑いする。そして、会社での大変なことなど、そのエネルギーで乗り越えて行く人だ。
オレンジの暖かいエネルギーが彼からは出ている。そして熊川からは白くて弱いが綺麗なエネルギーに包まれている。
「結婚、止めようか」インターネットを見ていた彼が突然言い出した。
「いいよ、元々、式なんか興味ないから」
私は冷蔵庫からビールを出して彼に渡し、自分でもプルキャップを開けた。
「ううん、式だけじゃなく結婚をやめるんだよ」
ビールをテーブルに置いて彼が言った。
「離婚するってこと」
持っていた缶から泡が溢れ私の指に伝う。
「法律的にはね。でも、僕は離かれるんじゃなくて止めるんだと思う。今まで、ずっと傍にいてくれた君との暮らしをやめるんだ」
彼にも私の変化が分かっていた。私の視線の先に誰かいることを彼は感じていた。
「僕は幸せだと思うよ。今でもね。そして、きっとこれからも。君に出逢えて、君と暮らせて良かった。
すっとそばにいる。Always be with you. 約束したんだから離れたりしない」
彼は今までで一番幸せそうに笑ってみせた。
「ありがとう、マネージャー」
私は泣きながら、なんどもありがとうを繰り返した。
「そうだよ、僕は君のマネージャーだから、ずっと君の運命を見守っているよ」
それが、私と彼との本当の運命だったのだ。最後まで「ねえ」とか「マネージャー」としか言えない、そんな運命だったのだ。




