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always be with  作者: はるあみ
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(1)

「ねえ」

 秋川貴明。私は最期まで彼の名前を呼ぶことが出来なかった。

「『貴明さん』でも、『タカ』でもいいよ」と彼は言ってくれたのに、結局、二人きりでいるときは「ねえ」と彼に呼びかけた。

 メールでも人前でも私は彼のことを「マネージャー」と呼び、それは彼がマネージャーからデイレクターに昇格しても変わらず、周りにいた社員の人から「失礼だよ」と注意されることもあった。


(1)

 私と彼の関係は、上司と部下から始まった。

 二十八歳の派遣社員と三十八歳のエリート社員。容姿が良いわけでもない私には、不釣り合いな恋の始まりは桜が散り始めた頃だった。

私も彼も満開の桜より葉桜が好きで、ビンクと緑のコントラストを楽しんだ。

特に英語が出来る訳でもないのに、私は外資系の企業に派遣され、そこに彼がいた。

「英語は特に使わないから」

 彼は私の心配を見抜いたように、最初にそう言ってくれた。

 でも、私の周りは皆英語を使って仕事をしている。電話もFAXも全部英語だ。

 英語が苦手な私にとって、この職場は見知らぬ異国にいるような心細い場所になっていた。

「辞めたいんだって」

 ひと月を過ぎた頃、休憩コーナーに座っていた私の前に座り、彼は急に話かけてきた。

「あまり役に立ってないみたいなので」

 人材派遣会社の定期面談で、派遣会社の人に辞めたいと申し出ていた。

「そうかな、僕はそうは思わないけどな」

 確かに私の仕事は日本語の書類を作成することと、電話の取次ぎが主な仕事だった。

「出来れば、僕がマネージャーのうちはいて欲しいな」

 過去に何かあったらしく、それ以来、自分の部下になった人は絶対に辞めさせないことを自分で決めていた。それは、派遣社員でもパートでも関係はない。

 それ以来、人材派遣会社からも何も言ってこなかったので、私もズルズルと仕事を続けた。

 二度目に彼が私の前に座りコーヒーを飲んだのは秋だった。マネージャーからデイレクターに昇格したときだ。

感情のこもらない声で「おめでとうございます」と言ったのは、それがなんなのか理解できていなかったから。

 出世や複雑な人間関係が嫌で派遣社員を続けている私にとって、ディレクターになることが、どんなことなのかピンときていなかった。

「ありがとう。でも、そうおめでたくもないんだ」

 出世はしたが、彼は第一線から外されたらしい。大きな失敗をした訳ではないが、他にマネージャーとして活躍させたい人がいるらしいと、噂で知っていた。

「中神さん、僕がマネージャーでなくなっても辞めないでよ」

 彼は私のことを「ナカガミ」と呼んでいるが、「ナカジン」が正解なのだ。

 何度か訂正したが、その都度彼は笑って「ごめん、ごめん」と言うばかりで直してはくれない。

「今度のマネージャーは、私でいいのですかね」

 新しくくる人は厳しい人だという噂だ。

「大丈夫、ナカガミさんなら、気に入られるさ」

 そう言われ迷いながらも仕事を続けたが、新しいマネージャーは、私のことを「ナカガミ」とも「ナカジン」とも呼ばず、「ハケンさん」と呼んだ。

 何社も派遣で勤めた私にとって、その呼び方に嫌悪感は無かったが、彼はそのことが気に食わなかったようだ。

「ナカガミさん、明日から僕の仕事を手伝ってもらうから」

 三回目に私の前に座って飲んだのは、ビールだった。彼は冬でもビールを好んだ。

 帰りがけに呼びめられ、社員用の食堂に連れて行かれた。

 夜景が見える食堂は、夜はバーになっている。

「俺の仕事を手伝ってよ、もう話はつけたから」

 本当に来月で辞めようと思ってた。新しいマネージャーはやたらと英語で指示をだす。まるで、英語が出来ない私に辞めろというように。

「辞めちゃ駄目なんですか」

 勝手に人を異動させて、いい気になっている彼に腹が立ち、大きな声になってしまった。

「嫌なの」驚いた彼は、申し訳なさそうにビールのグラスを置くと頭を下げ「ごめん」と呟いてそのまま俯いて黙ってしまった。

「嫌じゃないですよ」

 三十八歳にもなって、子供のようにしょげる彼を見ていたら可笑しくて仕方がなくなった。

 こんなにも笑ったのはどれくらいぶりだろうと思うほど大笑いする私を、彼はキョトンとした顔で見つめる。

 私は、その顔が可笑しくてまた大笑いした。

 翌日から私は彼の近くで仕事をすることになったが、残念なことに前よりも英語が周りに溢れていた。

「内容なんて気にしなくていいよ、宛名を見て分類してくれればいいだ」

 彼は丁寧に仕事を教えてくれた。私より先に、同じ仕事をしていた女子社員は、明らかに私のことを馬鹿にしているのが分かった。(これは、やっていけないな)私より五歳若いその女性の顔を見ながら、私は彼になんて言って辞めようかと考えた。



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