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どうしても!

 最近、可笑しな作戦会議というものが定期的に行われる。俺はなぜこんなしょうもない会議に巻き込まれているのだろうか。と、松風礼文(まつかぜあやふみ)はぼーっと考えた。

「レイブンも何か良い案考えろよ」

 礼文はよく日焼けをした少年に覗きこまれた。レイブンというのは礼文のあだ名である。

「考えろと言われても……」

「ギャルゲームとかでよくあんだろ?」

「俺、ギャルゲーはやってない」 

 礼文が言うと、日焼けの少年はため息をついた。

「だったら何でお前は今ここにいるんだよ?」

「それは黒木が無理矢理連れてきたからだろ」

 黒木はイライラしながら礼文に詰め寄った。

「もう、何でも良いから真面目に策を練ってくれ」

 礼文に作戦を考える間を与えずして話を振ったのは黒木なわけであり、礼文が責められる理由はどこにもない。礼文は早くここから抜け出したい、と心の中でつぶやいた。口にしたいのはやまやまだが、そうすればまた面倒なことになる。

「本多先生のこと、どう思う?」

「へ?」

 突拍子もない質問に礼文は拍子抜けした声を出す。

 黒木は生徒の宿題に丸付けをしている本多を見つめる。それに礼文も習った。

「ほら、」

 返事を促されたので礼文は口を開いた。

「うーん、美人だと思うよ」

 本多は美人である。教員らだけでなく、生徒もそう認識しているらしい。

「それだけ?」

「へ?」

 黒木は目を丸くして言った。その様子に礼文も目を丸くする。

「それだけ、とは?」

 礼文が言うと、黒木は栓を外した風船の様に勢いよく喋りだした。

「本多先生の事、何も分かっていないな。先生の髪からはいつもいい匂いがするんだぞ。それにあのスタイル。あれは中々お目にかかれないほどの代物だぜ?無駄の無い身体。しかし出るとこは出る。これぞ神の与えし究極の肉体美」

 いろいろとつっこみたいところはたくさんあった。先生の髪の匂いを毎日嗅いでんのか、とか、お前はいつから女性を品定めできるほどの目利きを持っているんだ、とか。しかし、黒木は礼文に喋らす隙を与えない。本多先生への思いのたけを散々語った後、彼は一言言い放った。

「俺、本多先生のパンツ見たい」

「へ?」

 何言ってんだ、こいつ。礼文が侮蔑と軽蔑の入り混じった目を向ける前に黒木はかがみこみ、土下座の形をとった。

「はい?」

 礼文は黒木の理解しがたい行動に首を傾けた。

「このとおりだ!頼む!俺に協力してくれ!」

 クラス中の目がこちらに集まる。礼文は黒木に土下座を今すぐ辞める様に頼んだ。

「お前が作戦会議に真面目に参加してするって言うまで止めん!」

 作戦会議といっても参加者はもちろん現在の様に黒木と礼文しかいない。しかも作戦を考えるのはほぼ礼文一人。そして得をするのは黒木のみ。礼文にとってはただの骨折れ損である。

 礼文は人目を気にしながら言った。

「分かった。分かったから!落ち着けよ!」

 礼文は頭を掻いた。どうしてこうなっちまったんだ……。呆然と立ち尽くし、自分の不幸を嘆いた。




 作戦は礼文なりによく考えた。事故に見せかけなければならない。故意に他人の下着を見ることは犯罪である。すなわち、礼文たちは犯罪スレスレのことを行おうとしているのだ。黒木という変態に捕まったばっかりに、と礼文は黒木の存在を疎ましくさえ思った。

 問題は本多の普段の服装にあった。本多はいつもズボンを履いている。たとえ強風が起ころうと敗れることのない鉄壁を身に纏っているというわけだ。本多がスカートを履く、という事は考えにくい。だから、礼文はズボンを脱がす方法を考えなければならなかった。礼文は部屋の窓から外を眺めた。夕日に染まった空が目に染みる。まるで、自分の汚れた心を夕日に責められている気がして持っていたゲーム機を一旦机に置いた。ふと、礼文は明日、運動会の全体練習なんていうものがあった事を思い出し、一気に憂鬱になった。明日、雨は降らないだろうか。

 運動会――、雨――、

 礼文の脳裏に一つの考えが浮かぶ。礼文は怪しげに笑った。




 翌日、礼文は黒木がクラスに現れてからすぐに作戦を伝えた。本多の下着には興味などなかったが、作戦を練り、遂行するという行動が礼文に、ゲームでは味わえないようなスリルと高揚を与えていた。

 作戦はこうだ。日時、放課後。場所、どこでもいい。内容、礼文が本多先生に話しかける。本多先生と話している間に、バケツを持った黒木が本多先生にぶつかり、水をひっかける。黒木はそのまま職員の更衣室へと向かう。その間、礼文が時間稼ぎをする。そして、本多先生は水浸しになった服を着替えに更衣室へ。なんと嬉しいことに、この作戦だとパンツどころか生着替えが見られる!どうだすごいだろ。

 得意げな礼文に対し、黒木は何も言わない。ただただ無表情のままで突っ立ている。それに礼文は不安を感じ、作戦を見直した。確かにちょっと厳しい点もある。女子更衣室に忍び込むなんて大胆なマネ、よほどの変態さんじゃない限り出来るはずがない。

 やっぱり自分には作戦を立てる、なんて無理だった。黒木に怒られるんだろうな、と礼文は冷や汗をかいた。しかし、違った。黒木の目が輝いてゆくのを礼文は見た。黒木は礼文の手を握る。

「お前……!本当良いヤツだな!!」

 黒木は文字通り泣いて喜んだ。黒木の瞳が輝いていた理由だ。

「そ、そうか?」

 礼文は涙を流す黒木に若干引きつつ、顔に引きつった笑みを張り付けた。何はともあれ、喜んでもらう事が出来て良かった。

「俺たち一生、ダチだぜ」

「……お、おう」

 礼文は一生黒木に振り回されて生きていくことになるのか、と考え、一瞬で表情を無にした。

「ま、まあそれはちょっと難しいかもしれないけど」




 運動会の全体練習が終わるまでに、頭の中で何度も作戦をシミュレートした。更衣室の件も、運動神経の良い黒木なら何とかなるだろう。

 帰りの学活が終わり、生徒たちがぞろぞろと教室から出ていく。明坂と早海が二人そろって教室から出ていくのを見届けると、礼文は廊下に出た。教室では都合が悪いからだ。礼文は先生を呼んだ。

「ん?どうしたの?」

 何も知らない本多先生はこちらへ向かってやってくる。少し罪悪感があるけれど、任務を完遂することが今の礼文にとっては何よりも大切だった。

「ちょっと、理科で分からないところがあって……。今聞いても良いですか?」

「もちろん」

 礼文が適当に質問をすると、本多は丁寧に答えた。礼文は適当に相槌を打ち、質問を広げる。と、廊下の奥の方に黒木の姿が見えた。猛スピードで走ってくる。

 もう少しで第一段階が上手くいく。その時、礼文は明坂の姿を見た様な気がした。

 黒木はバケツの水を振り撒き、そのまま猛スピードで去って行く。その瞬間、礼文は後頭部から転倒した。視界は真っ暗。顔面には柔らかい感触。

「いてて……」

 本多は呻いた。礼文も何か言おうとしたが、息が出来ずに腕を上下させた。

「何ボサっとしてんだよ、……は?」

 明坂にしては珍しく、驚いたような表情をした。

 視界が明るくなり、やっと呼吸ができるようになったと思ったら、そこには本多先生の姿が。あれ、先生は更衣室へ向かったはずじゃ……?そして、礼文の顔の位置には本多先生の胸辺りがあることに気づく。という事は、え……?脳震盪(のうしんとう)じゃない?いろいろな思考が頭を駆け巡る礼文に、本多は謝った。

「ごめんね。重かったでしょ」

 そして、本多は明坂を振り返る。

「そんなに強く押さなくてもいいじゃない」

 本多は明坂が全身ずぶ濡れになっている様子を見ると、急いで礼文から離れ、明坂の元へ寄った。

「なんでそんなに濡れてるの!?」

 明坂が本多を庇ったからだ。本多はそれに気がつき、首に掛けていたタオルを明坂の頭に掛ける。

「着替えは?」

「俺と一緒に水浸し」

 明坂は体操服入れを本多の目の前にぶら下げた。

「先生の服貸してあげるから職員用の更衣室で着替えてきな」

 本多は教室から自分の荷物を素早くとると、着替えを取り出し、明坂に渡した。

「私はここを掃除する。後でちゃんと更衣室の見張りしてあげるから行きなさい」

 明坂は本多に圧倒され、しぶしぶと明坂は更衣室へと向かう。明坂は寒そうに両腕を擦っていた。

「松風君は明坂君が心配だから着いて行って」

 礼文は言われた通り明坂の後を追った。明坂には悪いことをしてしまった。その負い目から、彼には出来るだけこれ以上災難に遭ってほしくないと思っていた。このあと風邪でも引かれたらそれこそバツが悪い。明坂に追いつき、礼文は明坂の隣に並んだ。無言のまましばらく歩く。

「あ、あのさ」

 礼文は口を開いた。何か気楽なおしゃべりでもしよう。そう思ったのだ。しかし、明坂はそういう気分ではなかったらしい。松風を睨むような鋭い目で見る。

「は、早海と教室出るとこはっきり見たんだけど、なんでまた教室に……?」

「忘れ物」

 明坂はそれだけ言うと、口を真一文字に閉ざした。気まずさが礼文の胸を突き刺す。

 明坂の黒髪からしずくがたれる。白い肌とTシャツから出た細い腕が明坂をより寒そうに見せた。

「寒くない?」

 礼文の疑問文は中を漂った。

「俺、荷物持つよ」

 明坂の返事が返ってくることも無く、更衣室に到着した。

 更衣室は、女性用だ。男性用の更衣室は今、使えなくなっている。ドアが壊れていて、職員が一人閉じ込められたらしい。それ以来は使用されていない。

 明坂は鍵がかかっていないことを確認すると、中に入った。更衣室の鍵は、防犯上の為内側にのみ施錠されている。礼文も明坂に続こうとしたが、明坂に止められた。

「何でお前まで中に入ろうとしてるんだ?」

「いや、その、何となく」

 明坂を世の災難から守るため片時も目を離してはいけないと勝手に自分でルールを決めつけていた。明坂は如何わしげに礼文を見る。

「えと、その、あれだ。俺は明坂から片時も離れられないんだ」

 明坂の顔が更に険しくなる。

「違う違う。そういうんじゃなくて、俺は明坂のことが気になってて……守りたいんだ」

「は?」

 明坂は礼文から完全に目を背けた。

「松風ってもしかすると変態サン?」

「へ?」

「俺、そういうの興味無ぇから。他当たってくれ」

「へ?いや、何の話?」

 明坂は礼文の話を全く聞こうとしなかった。話を聞くどころか目に入れることさえ不快なように扉を閉めた。施錠する音が、礼文を拒絶しているかのように響いた。

「何でこうなるんだよぉぉ」

 礼文は悔しさやら空しさやらで涙を堪えながら呟いた。元はといえば黒木が悪い。後で思いっきり文句を言ってやる。あれ、黒木ってどこにいるんだっけ?

 ……。

「あ」

 



 翌日。雨が降っていた。礼文は運動会の練習が無いことを喜ばしく思いつつ、昨日のことを思い出しすぐに憂鬱になった。明坂には誤解されたままだし、作戦は失敗に終わったから黒木には怒られるだろうし、今日という日は礼文にとってのXデーらしい。

 教室に入ると、黒木が話しかけてきた。ああ、怒られる。礼文が対黒木用の雑音遮断の準備に取り掛かろうとしていた時だった。黒木は興奮気味に言った。

「昨日更衣室で美人の生着替えが見れたぜ!作戦成功だな」

「へ?」

「あれはショートカットで細身な美人に違いない。隠れる場所が良くなかったし、暗かったからよく見えなかったけどあれは美人だった!」

「へ?」

 どういう事だ。更衣室で着替えたのは本多では無く、明坂のはず。

「あれは生徒だったと思う。あんな美少女、実在するんだな。いやーホント生きてて良かったぁぁ」

 という事は……。本当のことを黒木に言えばきっと怒るだろう。この事は墓場まで持って行くと礼文は心に決めた。

 明坂が細いおかげで助かった。ありがとう、と明坂に念を送っていると、ふと、明坂と目があった。明坂は礼文に気づき、礼文の元へやって来た。早海も一緒である。

「昨日はごめんな。いろいろあって機嫌が悪かった」

「いやいや。全然気にしてないし」

 本当はめちゃくちゃ気にしてたけど。誤解が解けたのなら問題ない。

「ずっと、(れい)のこと見てたけど、どうしたの?」

 早海が訪ねた。

「いや、明坂って女みたいだなと思って」

 二人の表情が凍りつく。

「は?」

「へ?」

 明坂がまた、昨日の如何わしげな顔を礼文に向けた。

「何言ってんの?」

 早海までもが顔をしかめている。

「へ?」

 どういう事だ。頭がパニックになる。

「やっぱり松風はソッチ系なのか」

「へ?」

「ずっと澪の事そんな目で見てたんだね。サイテー」

「へっ?」 

 二人はそそくさと礼文から離れて行った。喪失感と焦燥が混じって、礼文は汗をだらだらと流した。

「いったい何の話だよぉぉぉぉ」

 二人の友人を失ってしまい絶望に駆られる礼文の傍らで、黒木は首をひねっていた。

「どこかで見たことがある……」

 考えても考えても、黒木の昨日の美少女像がどんどんと曖昧になっていくばかりで、答えにたどり着くことなかった。

 

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