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第六章(3)

 

 ずばりと切り出したアリーシェの背中を見つめて、レクトは静かに息を呑んだ。

 部屋に押しかけた約二十名のうち、銀の防具を身につけていないのは彼だけである。

 この場に同席したいというのは、自分から申し出たことだった。

 直に見届けておきたいのだ。

 銀影騎士団の姿を。そして、この件の行く末を。

「『方針』とは、大事だな」

 それまでは友好的だったフェリックスの顔にも、さすがに警戒の色が見え隠れする。

 内部の人間ならともかく外部の人間がそれを言い出すのは、たしかにぶしつけではあろう。

「詳しく聞こう」

「はい。この衛兵団は積極的に『モンスター』を討伐に出かけ、その成果を他の町々にまで言い広げている。と聞いていますが」

「ああ。相違ない」

「我々は、今回の『モンスター』たちの襲撃が、それに端を発しているものと考えています」

「…………」

 フェリックスは顔を険しくする。痛くない腹を探られている、とでも言うように。

「派手な行ないをすれば、当然『モンスター』の反感を買います。さらにそれを触れ回るのは挑発行為に他なりません。三つの勢力が手を組んで人間を襲うなどという異例の事態は、そういう背景があればこそ起きたのではないのですか?」

 銀影騎士団が懸念し、忌避し、自らの存在を隠している理由がそれだ。

 表立った反抗は余計な火種まで呼び寄せてしまう。そして周囲に飛び火する。

 だからこそアリーシェの口調も強くなるのだろう。

「もっともな言い分だが、根拠はあるのかね?」

 フェリックスにしても、断固な口調で言い返す。

 たしかに推測だ。単なる状況証拠。こちらが知り得ないだけで、他の理由があるのかもしれない。

 口をつぐむアリーシェを見て、フェリックスは言葉を継いだ。

「その可能性については何度も検討済みだ。危険性も承知している。その上で、やむ無しという結論を出したのだ」

 フェリックスは再び腰を上げ、背後の窓から町並みを見やった。

「その結果、町は栄えた。衛兵団もより強固となり、民も安心を胸に暮らせるようになった。大掛かりに物事をなそうと思えば、多少は危ない橋を渡らねばならない時もある」

 それを言われると、アリーシェとしては耳が痛いだろう。こちらはその危ない橋の上で暮らしているようなものなのだから。

「それが間違っているとは言いません。しかし、最善の方法ではなかった……そう申し上げたいのです」

 フェリックスの功績は立派と言える。だが何にしても、あちらを立てればこちらが立たず、という状況は付き物なのだ。

 すべてが丸く収まる方法などそうそうあるものではない。周囲の変化に合わせて臨機応変に対応していくことも、時には必要なのである。

「……事態が起きてしまったのはたしかだ。住民にも被害が及んだ。原因が我々にあるという可能性も、充分な否定材料はない」

 フェリックスは体勢を戻し、アリーシェの顔を見つめ直した。

「しかしだからといって、根拠のない、推測だけで組織の方針を変えるわけにはいかない。それでは下の者も納得できまい」

 フェリックス・ムーアは現場主義、という評判は、どうやら間違っていなかったようである。ただ指導者としては、少々現場に寄りすぎな部分もうかがえるが。

「……では、もうひとつだけ推測を加えさせていただきます」

 アリーシェは、やや口調をやわらかくして続けた。糾弾ではなく建言である、と念を押すように。

「これは仲間からの証言ですが。例の戦闘中『ボス』の一体が、『弔い合戦』という言葉を口にしていたらしいのです」

 正しく言うなら、雑談の中でエリスがポロリとこぼした言葉である。

 『ボス』の最も近い距離にいたのが彼女だ。あの性格を考慮に入れても、言葉の信憑性は高い。

「過去に討ち漏らした敵が、仲間を集めて仕返しにやって来た。その可能性もあるのでは?」

 理由としては充分だ。

 それは、頻繁に討伐を行なっていたが故に起きてしまった事態、ということにもなる。

「弔い合戦……その情報は初耳だな」

 フェリックスは、胸をつかれた表情で呟いた。

 そして考え込むように押し黙る。

 そうしていたのは何秒だったろうか。やがて抑えた声で、「クリーズ」と呼んだ。

 脇に控えていた副官らしき男性が、すぐさま「はっ」と答える。

「あの襲撃の少し前に、アップルヤードの山林に部隊を派遣したな。その時の報告書を出してくれ。……たしかなら、チーター型の『モンスター』と戦闘があったはずだ」

 副官は再び「はっ」と答えて、壁際の棚に向かう。

「チーター型……」

 レクトは、ふと呟いた。

 あの三つの勢力のうちのひとつが、そう呼べる種族だった。

 紙束の山から探してきたにしてはやけに早く、副官がフェリックスのもとへ戻る。

 手渡された書類に目を通し、フェリックスは低くうなった。

「……山間部にて、チーター型『モンスター』の住処らしき集落を発見。これを攻撃開始」

 内容を読み上げていく。

「……討伐数十五。残りは逃走。『ボス』の姿は未確認」

 話がだいぶつながってきたように思う。不在だった『ボス』が残党をまとめ、仕返しの算段を立てたのだろう……と。

「南側の勢力は、他ふたつと比べて頭数が少なかったと記憶しています」

 副官が、口添えるように補足をする。

「状況証拠も、これだけあれば確証に等しい……か」

 フェリックスは吟味するように呟いて、改めてアリーシェたちへ視線を向けた。

「アリーシェ・ステイシーと言ったな。情報提供、そして助言をくれたことに感謝をする。方針の見直しを前向きに検討すると、ここに約束しよう」

「……すべては人々のために。ありがとうございます」

 アリーシェはかぶりを振って、部屋に入ってから初めての微笑みを浮かばせた。 

 

「私たちはしばらく滞在しています。手が足りない場合は、なんなりとお申し付けください。出来うる限りのお手伝いはさせていだたきます」

「ああ。頼りにさせてもらおう」

 その他の雑多な話も済ませ、銀影騎士団とレタヴァルフィー衛兵団の直接会談は円満に終わりを迎えていた。

「では。失礼しました」

 アリーシェの言葉を合図に、全員が各々頭を下げる。そして順々に退室し始めた。

 皆がドアに向かう中。しかしラドニスだけは、反対にフェリックスの机へと歩み寄った。

「立て込んでいるところに、すまなかった」

 世間話でも切り出すように、ラドニスが口を開く。

 フェリックスは彼をちらりとだけ見て、窓の外へと目を向けた。

「立て込んでいるのは今日に限ったことではない。それに、情報提供は早いほうが助かる。そちらの代表者は良く出来た人だ」

 軽く笑って締めくくる。彼としては、それで話を切り上げたつもりだったろう。

「良く出来ているのは、そちらもだ。見込みのある男だとは思っていた。威厳が出てきたのは、苦労をしている証か」

 しかし続いたラドニスの、まるで旧知のような口ぶりに、フェリックスは鼻をつままれた表情で振り向いた。

「……銀影騎士団に知人はいなかったように記憶しているが」

 まじまじと見つめる瞳は、しかし答えは見つけられなかったようだ。

 ラドニスは、彼が気付くのを待っているかのように何も答えない。

「……ラドニスさん?」

 そんなやり取りに興味を抱き、レクトが声をかけた。

「……『ラドニス』……!?」

 それを聞いた途端。フェリックスの表情が、険悪、とも呼べるものへと一変する。

「まさか……貴様、ゼーテン・ラドニスと言うつもりではないだろうな」

「再び顔を合わせるとは思っていなかった。フェリックス・ムーア」

 ラドニスは対照的に、微笑み、とも呼べる表情で受け答えた。

 お互い目を合わせていたのは一秒ほどだろう。

 不意にフェリックスが、「ふっ」と笑いをこぼした。

「はっはっはっ! 傑作だ!」

 その様子からは、先ほど垣間見せた険悪さは感じられなかった。

 良いジョークを聞いた時のような快活な笑い方である。

 そんな笑い声を耳にして、退室しかけていた銀影騎士団の面々が振り返る。

 堅苦しいとまではいかないが、終始厳格な姿勢を保っていたフェリックスだ。その彼が声を上げて笑う様は、なんとも意外なものがあるだろう。

「そうか、ゼーテン・ラドニス……! 生きていたか」

 笑い終えたフェリックスが、再びラドニスをまじまじと眺める。そこにもやはりトゲはなく、愉快そうな色が浮かんでいた。

「お知り合いでしたか、兵団長……?」

 そんな上司の姿がめずらしかったのか、副官が、思わずといった感じに皆の疑問を代弁する。

 フェリックスは深くイスに座り直して、彼のほうを見た。

「クリーズ。『ルイジドレイク』を覚えているか?」

「それは、えぇ…………この周辺を根城にしていた盗賊団のことでしたか」

 初老の副官は、頭をひねってその言葉を思い出す。

 盗賊という単語に、レクトはひとつ思い当たるものがあった。

「もう何十年も前の話ですが。それがなにか?」

「その盗賊団の親分をしていたのが、目の前にいるこの男だ」

 事実はさらりと告げられる。

 その内容に、副官のみならず仲間たちのあいだからも驚きの声が上がった。

 レクトは反対に、やはり、とだけ思う。

 以前ラドニス本人の口から聞いたことがあったのだ。あれは、ザットと出会った頃だったろうか。

 昔、盗賊をしていたこと。『モンスター』に討ち滅ぼされたこと。そしてそれから銀影騎士団に参加したことを。

 ざわつく皆の反応にも、ラドニスは特に気にした様子はなかった。後ろめたい秘密というわけではないのだろう。

「あれは、私がまだ兵卒だった頃だ。担当になって何年も手を焼かされていたから、よく覚えている」

 フェリックスは懐かしむ顔で、とつとつと語り出した。

「アジトをいくつも……町の中にも外にも持っていたから、まずシッポをつかむのが手ごわかった。そしてシッポをつかみ、いざ捕縛という時が、また手ごわかった。そろいもそろって強かったからな。特に、親分は」

 フェリックスは、冷やかすような視線をラドニスへと向ける。

「奴に勝てた者はいなかった。私もそのひとりだ。そんな追いかけっこの、連続だった。あれほど手を焼いた賊は後にも先にもない」

「しかし……『ルイジドレイク』の者は、全員死亡したと聞いていましたが」

 副官が、眉根を寄せて口にする。フェリックスも「うむ……」と少し表情の色を落とした。

「私もその現場に行った。ベート湖畔の辺りだ。破壊されたアジトと、大量の死体……。『モンスター』の目撃情報もあった故、襲撃を受けて全滅したのではないかということで片付けられたが……」

 説明を求める目が、当人へと注がれる。

「それきり『ルイジドレイク』が活動した記録はない。どこかに逃げ延びていたのか?」

「……ああ」

 ラドニスは低く答える。昔のこととはいえ、やはり気軽には話せないのだろう。

「生き残ったのは、ひとりだけだったがな」

「そうか……。その時は私も、不思議なものだが、悔しい気持ちを抱いた。気分の悪い幕切れだった」

 フェリックスはわずかに苦みばしる。

 自分の手で決着をつけたかったのかもしれない。あるいは、好敵手という意識があったのか。

「そのゼーテン・ラドニスが、今は『銀影騎士団』か」

 しみじみと独語する。

「『モンスター』に抗戦する地下組織……なるほど、死んだはずの男がいてもおかしくはないな」

 フェリックスは表情を戻して、口端をゆるませた。

「しばらくは町に滞在すると言っていたな?」

「その予定だ」

「諸々の始末に一段落がついたら、行きつけの店で一杯やろうと決めている。その時は、貴様も付き合え」

 飾り気のない誘いに、ラドニスも口角を上げてうなずいてみせた。

「是非。そうしよう」

 

「……どういうことです?」

 一連の会話を見ていたパルヴィーが、小声でアリーシェに話しかけるのが聞こえてくる。レクトはふとそちらを見た。

「敵だったのに」

 昔の話とはいえ刃を突き合わせていた相手と、今は酒に付き合う約束を交わしている。その辺りの変化が腑に落ちないのだろうか。

 アリーシェは、簡潔に答えてみせた。

「立場が変われば、人と人との関係も変わるということよ」

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