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第六章(2)

 

 昼食を済ませたフェリックスは、まっすぐに衛兵団拠点への帰路についた。

 まだ荒れた道も多いため、馬ではなく徒歩である。

 目に映る町並みは、やはり以前のものとは様変わりしてしまっていた。

 『モンスター』たちによる大規模な襲撃があってから、はや十五日。

 無事に済んだ区画は普段の生活を取り戻しつつあるが、被害の深刻なところとなると、まだまだ復旧の手が回っていない。

 近隣の町からの救援も続々と送られてくるが、人も物もいくらあっても足りない状態だった。

 激戦区だった場所に近づくにつれ、原型を留めた建物のほうが少なくなってくる。

 大量のガレキが飛散し、石畳は割れて地面が露出し、まるで荒野のような乾いた風が吹く。

 フェリックスを見てあいさつをする住民もいるにはいるが、それもやはり少なかった。皆、自分たちのことで手一杯なのだ。

 戦いは終わっても、その爪痕は深いところにまで残っている。癒えるまでには、気の遠くなるような時間が必要だろう。

 

 城塞にも似た衛兵団拠点にしても、ずいぶんな有り様であった。

 飛行タイプの『モンスター』たちからの攻撃にさらされていたため、半壊に近いほどの打撃を受けている。

 一番の被害は、やはり町のシンボルであったヴァルガスタワー、通称見張り塔だろう。

 かろうじて残った基部が痛々しくそびえ立っている。倒壊した部分にしても、やはり撤去作業はまだまだだった。

 建物に続く敷地内には、数多くのテントが張られている。住居を失った避難民が、いまだここでの生活を余儀なくされているのだ。

「…………」

 やらねばならない事に対して、こちらの手は無力に等しい。スプーンひとつで山を切り崩すようなものだ。

 先の見えぬ道のり。

 しかし、嘆いていても始まらない。

 進まなくては進まない。そして、たとえ一歩ずつだとしても、進みさえすれば進むのだ。

 そう自分に言い聞かせるようにして、フェリックスは拠点の中へと帰還した。

 内部も内部で悲惨な状態である。

 壁には穴が空き、ガレキが通路をふさぎ、ガラスの破片や砂利が足元に散らばっている。

 片付けが疎かになっているのは、まず町のことを最優先としているからだ。

 こちらのことは後回しである。

 それを見かねてか、片付けを手伝ってくれる避難民もいるのだが。

 

 通路を歩くフェリックスに、敬礼する余裕もなく行き交う兵士たち。

 そんな中のひとりが、ふと「兵団長」と呼びかけた。

「来訪者が見えています」

「どこの者だ?」

 フェリックスは、そう言われるのがわかっていたかのような早さで聞き返す。

 実際、このところは来客続きだった。

 待遇の改善を訴える避難民や、復旧の催促をしてくる者。他の町から到着した救援団の代表、商人、志願兵、などなどが。

 喜ばしい面談もあれば、当然厄介な面談もある。

 フェリックスは、今回も喜ばしいほうであれと胸のうちで祈った。

「それが……素性は明かせない、と」

 しかし部下の返答から、なにやら雲行きの怪しい雰囲気がただよい始める。

「……どういうことだ?」

「はっ。兵団長が外出なさっているあいだに、銀の鎧を身につけた集団……およそ二十人ほどが、面談を求めて訪ねてきました」

 部下は改めて姿勢を正し、経緯の説明をし始める。

 『銀の鎧』という言葉が、フェリックスの中でなにかに引っかかった。

 たしか、それは……。

「不在を伝えたところ、戻ってくるまでここで待つ、と。そして、素性や用件は、兵団長本人にしか明かせない……と」

 面談を申し込むなら、たとえウソの名前だったとしても、名乗ったほうが通りやすいのは明白だ。そこを一切明かさないとなれば、門前払いを受けても文句は言えない。

 考えるまでもなくわかることだろう。

 しかしだからこそ、だ。わかっていてあえてそうしているのなら、伏せなければならないほど重要な名前と用件、というのにも信憑性が増してくる。

 こちらがそこまで考えるのをふまえた上での態度……というのは、さすがに考えすぎだろうか。

「わかった。部屋まで通せ」

 フェリックスの判断に、部下は「はっ!」と答えて小走りに駆けていった。

 

 フェリックスの執務室は四階にある。

 部屋の戻るなり、控えていた副官に「先の襲撃の報告書を出してくれ」と指示をした。

「町の東側に派遣していた戦闘部隊だ。たしか……リール隊とトリンス隊のものを」

「はっ。ただちに」

 初老にさしかかろうかという副官が、壁の棚から書類の束を引きずり出す。

 一発で目的のものを探し当てるその姿に、フェリックスは「さすがだな」という感慨を抱いた。

「…………」

 どうやら、自分の記憶は間違っていなかったようだ。

 報告書には、こう記してあった。銀色の鎧をつけた一団(詳細は不明)が『ボス』と交戦していた、と。

 もうひとつの報告書にはこうある。『ボス』にトドメを刺したのは、同じ意匠の銀の防具を身につけた集団、と。

 訪ねてきたというのは、ここにある彼らかもしれない。

 もしそうだとしたら、こちらとしてもありがたかった。この功績に対して、礼のひとつでもしておきたいと思っていたところなのだ。

 名前と用件を隠しているというのが、いささかの気がかりではあるのだが。

「……む?」

 ふとフェリックスは、その報告書の片隅に目を留めた。

 そこには、『ボス』にトドメを刺した集団の中にはウェイトレスらしき者もいた……と、書いてあったのである。

 以前目を通した時は単なる見間違いか書き間違いだろうとしか思わなかったはずだが、今は何故だかその一文が気になった。

 頭の中に、先ほどの店で会った賑やかな少女の顔が思い浮かぶ。

 同じくウェイトレスとはいっても、さすがに彼女のことではあるまい。

 そんな時。フェリックスの思考を中断するように、ノックの音が響いた。

 

    ◆

 

「……なんですって?」

 アリーシェがその訃報を聞いたのは前日のことだった。

 レタヴァルフィーの町へは、続々と銀影騎士団の仲間たちが集結しつつある。

 久しぶりに会う者もいれば、初めて顔を合わす者もいる。そんなすべての同志の到着を、アリーシェは心から歓迎した。

 それだけに、最も到着を待ち望んでいた人物の訃報が届いた時には、まるで心臓が止まってしまいそうなほどの衝撃を受けた。

 オーランド・ターナー。銀影騎士団に古くから関わる重鎮だ。

 卓越した腕前だけでなく聡明さも持ち合わせた、団の主柱とも言うべき存在である。もし『騎士団長』という役職があったなら、彼以上にふさわしい者はいないだろう。

 アリーシェは銀影騎士団に参加した当初、そんなオーランドと共に各地を回っていた。戦いの基本をすべて彼に師事したと言っても過言ではない。

 そのオーランド・ターナーが、だ。

「十日ほど前のことです」

 オーランドと旅をしていたという若い団員が、苦々しく一部始終を告げた。

「この町へ向かっていた途中、一体の『モンスター』と遭遇して……。オーランドさんは、それを『灰のトュループ』と言っていましたが」

「トュループ……!?」

 アリーシェにしても、苦々しい声で呟く。どこまでも忌まわしい名前だ、と。

「オーランドさんは、私たちに逃げるよう言いました。自分が奴を引きつけているあいだに、と……」

 若い団員の声が少しずつ高ぶる。当時の感情がよみがえってきたのだろうか。

「私たちは、命からがら逃げ延びることができました。しかし……それから一日待っても、落ち合う予定の場所に、オーランド様は現れませんでした」

 さぞ不安にさいなまれた一日であったろう、とアリーシェは思いやる。行方不明になったエリスを待っていたあいだの自分も、そうだったのだ。

 もっとも、結果は正反対のものだったが。

「危険を覚悟で、その『モンスター』と出くわした場所に戻ったところ……そこで、遺体を発見して……」

「……わかったわ。ありがとう」

 彼との様々な思い出が脳裏をよぎり、目がうるんだ。

 それと同時に、現実的な不安も押し寄せてくる。

 慣例的に、仲間同士に上下関係をつけないのが銀影騎士団だ。

 ただ同じ志を持つ者として、年齢も実力も問われない、対等な関係が築かれる。

 背中を預け合うのに遠慮は無用、という考えからだ。

 普段の少数で活動している場合にはそれでいいのだが、今回は多数での行動となる。

 潤滑に進めるためには、皆をまとめるリーダー的な存在がどうしても必要になってくるだろう。

 アリーシェは、その役目はオーランド・ターナーが務めてくれるものと、自然と決めつけていたのだ。

 恐らく存命であったなら順当にそうなってはいただろう。

 果たして彼の他に、皆が納得するリーダーがいるのだろうか?

 悩みの種がまたひとつ増えてしまったのである。

「……別れる前、オーランドさんはこう言っていました」

 そんなアリーシェの心中を知ってか知らずか、若い団員は言い忘れていたように言葉を付け足した。

「あとのことは、すべてアリーシェ・ステイシーに任せる……と」

 

    ◆

 

 アリーシェは、兵団長執務室、と案内された部屋に足を踏み入れた。

 戦闘をするつもりはないが、銀の防具に銀の剣をさげた完全装備である。自分なりの正装だ。

 同じ装備の仲間たち約二十名、そして他一名も、あとに続く。

 執務室の中は、荒れた拠点内にしては比較的きれいと言えるだろうか。

 少なくともガレキは散乱していない。

 左右の壁には棚があり、書類らしきものが溢れかえっているが、整頓自体はされていた。

 正面の大きな窓からは町の様子が一望でき、その手前に執務机が置かれている。

 机にかけているのは、鋭い中にも穏やかさを含ませた、五十代らしき男性。見かけた覚えのある顔だ。彼が、兵団長であろう。

 その横には、彼よりひと回りほど年長の老兵が控えていた。

「失礼します」

 アリーシェはうやうやしく頭を下げてから、部屋の奥へ歩む。

 さすがに二十人も入ると窮屈さは否めない。しかし、この人数は必要なのだ。

「レタヴァルフィー衛兵団、兵団長フェリックス・ムーア……で間違いありませんね?」

「保証しよう」

 フェリックスは、動じる素振りもなくうなずいてみせる。

 正体も明かさない武装集団が押しかけてきたにしては、やけに落ち着き払った印象だ。それだけ肝がすわっているということだろうか。

「ごあいさつが遅れました。我々は、銀影騎士団――代表のアリーシェ・ステイシーです」

 その名を聞いて、フェリックスは大きく両眉を持ち上げた。

「銀影騎士団……! 実在していたとは」

 驚いているとも、納得しているとも取れる反応だった。

「……なるほど。先日の戦闘の際、『ボス』の一角を崩したのは君たちか」

「ええ。及ばずながら助力させていただきました」

「いや、大いに助けられた。礼をしたいと思っていたところだ。協力に感謝する」

 フェリックスはわざわざイスから立ち、慇懃に頭を下げた。

 そして座り直し、「それで」と本題を促す。

「用件というのは?」

「率直に。この衛兵団の方針を、改めていただきたく参りました」

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