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第六章「包め! ヒーリングシェア」(1)

 

「クリームスープふたつ」

 とオーダーした客に、エリスは露骨に面倒そうな顔をつき返した。

「それは持ってくんのに手間かかるから、サンドイッチにしろよ」

 ウェイトレスに注文を覆されたのは初めてだったのか、その客は一瞬ポカンとした。

 周りの席の常連客は、「素人め」といった目を向けてニヤニヤとしている。

「わかった、じゃあドリアなら持ってきてやる。いいか、譲んのはそこまでだ。それ以上言ったら知らねぇぞ?」

 まるでクレーマーのような接客態度に、客は呆然としながらそのオーダーを『受け入れた』。

 ウェイトレスとしてはあるまじき対応のエリス・エーツェルであるが、店の常連客からは、何故だか一定の人気を博してもいた。

 大衆食堂『アイアンサイド』。

 町の北東部に位置するその店舗は、先日の大襲撃の被害からかろうじて逃れていた。

 近所には造船所や鍛冶屋、土建屋の事務所などが多いため、自然と職人気質の客が多くなる。

 そんな男たちの気質とエリスの性格とが、うまい具合に噛み合っていたのだろう。

 運良く気に入られやすい環境だったというわけだ。

 とはいえ、それも良いことばかりではない。

 そういう血気盛んな手合いは、えてして行儀とは無縁なものだ。

 店内でいざこざ、口ゲンカ、あるいは殴り合いが勃発するなど日常茶飯事である。

 まぁそれくらいなら、エリスの一喝で収まったりもするのだが。

 彼女が受ける直接的な被害はといえば、しょっちゅう体を触られる、ということが上げられるだろうか。

 なんだかんだで年頃の少女である。ひどい者になると、あいさつ代わりに触ってくる場合もあるのだ。

 熟練のウェイトレスにもなればそこで愛想笑いでも返せるのだろうが、すぐさま蹴りを返してしまうのがエリスだった。

 それでも懲りずに触りにくる者がいるのは、たくましいとしか言いようがない。

「ドリアふたつだとよ」

 エリスはカウンター越しに、調理場へとオーダーを伝える。

「へい、ドリアふたつ!」

 すると中から、ザット・ラッドの威勢の良い返事が聞こえてきた。

「あの、エーツェルさん」

 料理が出来上がるまでのんびりしようかと決め込んでいたエリスのもとへ、ウェイター姿のリフィク・セントランが慌ただしくやってくる。

「イスはどこにあるんでしょう?」

「イスぅ?」

「はい、あの、お客さまが座っていたのが壊れてしまって……」

「んなもん、そこらじゅうに並んでるだろ。適当なとこから持ってけよ」

「いえ、そういうわけにも……」

 他のテーブルから持ってきたら、今度はそのテーブルに座る客が困ってしまう。その場しのぎこの上ない解決法だ。

「新しいイスは裏の倉庫にあるよ」

 慌てるリフィクへ、恰幅のいい中年女性が奥から出てきながら指示を出した。

「手入れはしてあるけど、一応、綺麗にしてからお出ししなよ」

 年期の入ったエプロンをつけた彼女は、ドナ・ブレアン。この食堂のおかみさんである。

「はいっ、すみません」

 と、リフィクはせわしなく店の裏へと駆けていった。

 

 エリスがこの店で働き始めたのは、レタヴァルフィーに着いてすぐである。

 仲間とはぐれていたためお金がなく、仕方なく働き口を探したのだ。

 飲食店を選んだのは、とりあえず食べ物には困らないだろうと踏んだからだ。

 ブレアン夫妻の経営する『アイアンサイド』がちょうど人手を欲していたということもあり、その日のうちに採用とあいなった。

 そして勤め始めた二日後。例の『モンスター』たちによる大襲撃が起こったのだ。

 仲間と合流できたことによってお金を稼ぐ必要性が薄れたエリスであったが、町の混乱が収まりつつあるのを確認して、再びこの店に顔を出した。

 子分ふたりを引き連れて。

 この仕事が気に入ったからというのもある。短いながらも店に愛着が湧いたからというのもある。ヒマだったからというのも、当然ある。

 またしてもウェイトレスの衣装を着なくてはならないのが、不満といえば不満だったが。

 

「ところでエリス」

 とドナが、少し低めの声をエリスに向けてきた。

「最近、やけにサンドイッチとドリアの売り上げが伸びてるみたいなんだけど……なにか理由知ってるかい?」

 疑問というよりは尋問である。バレバレのウソをついている子供に、怒らないから正直に言ってみな、とでも言うように。

「別に、売り上げが伸びてんならなんも問題ねーだろ」

 しかしエリスは悪びれもしない。本人的に悪いと思ってないのだから当たり前だが。

「そりゃ、他のメニューの売り上げがガクッと下がってなければ、私も何も文句はないけどね。エリス、私がいつもあんたに言ってること、ここで言ってみな」

 最後通告のように求めるドナである。

 それを言えれば許してやる、あるいは、言えなければわかってるね、という心情が顔に浮かび上がっていた。

「いつも言ってること?」

 だがエリスは、まったく身に覚えがないといった表情をする。

「また体重が増えたとか、そういうことか?」

「ああそうだね、それは私の人生における永遠の課題だからね。だけどあんたには、いつももっと重要なことを言ってるはずだよ。忘れたんなら何回だって言ってやるさね。いいかい? 『お客様が一番偉い』、だ!」

 ドナは息継ぎもせずに言い切った。

 それは接客業において、ある意味常識といえば常識な言葉であろう。

 彼女の力説も、しかしエリスの前では無意味だった。

「アホか。あたしが一番偉いっての」

 『馬の耳に念仏』に代わる言葉として、『エリスの耳に説教』というのが広まる日も近いかもしれない。

 ドナの平手が、エリスの頭をペチリと叩いた。

「へい、ドリアふたつお待ち!」

 そこへザットが、仕上がった料理をカウンターに持ってくる。

「さぁお出ししてきな」

「くそっ。覚えてろよ、アバズレ!」

「自己紹介どうもありがとう」

 ドナにしてもなかなかの口達者である。

 エリスは叱られた子供のようにふてくされて、料理をテーブルへと運んでいった。

 その客がどういう接客を受けるのかは、考えるのも恐ろしい。

 

 ランチタイムの飲食店には、ひと息つける瞬間というのも中々やってこない。店内に、また新たな客が入ってくる。

「あっ、いらっしゃいませぇ」

 イスを運び終えたリフィクが、ちょうど玄関に近いところにいたため応対する。

 客は壮年の男性ひとり。なにやら、衛兵によく似た鎧を身につけていた。

「おや、ムーアさんじゃないかい」

 とドナが、彼を目に入れて親しげな声を投げかける。 

「この店は無事のようだな」

 フェリックス・ムーアは、店内を見回しながら慣れた様子でテーブルについた。

「おかげさまでね」

 先ほどとは打って変わって、やわらかみのある声でドナが言う。

「けど、忙しいんじゃないかい? 今なんかは特に」

「部下が優秀なら、食事の時間くらいは確保できる。それに町の様子を見回るのも仕事のうちだ」

 フェリックスにしても、部下らの前で見せるような堅さはなかった。公私でいうところの私的な部分なのだろう。

「熱心なことだね。注文はいつもので?」

「ああ、頼む」

「はい、少々お待ち」

 

「あんたー、ムーアさんがお見えだよー!」

 カウンターによりかかるようにして、ドナが調理場の亭主に呼びかける。

 そんなところへ、料理を出し終えたエリスが戻ってきた。

「知ってる奴か?」

「知ってるもなにも、衛兵団の兵団長さんだよ。私らが今もこうして元気にやってられるのは、みんなあの人のおかげじゃないの」

「そういやあの人、見たことありますぜ」

 とザットが、カウンター越しに参加する。

 フェリックスに出す料理は亭主が直々に作るためか、手が空いたのだろう。

「うちのお父ちゃんも、足を悪くする前は衛兵だったからね。その時の同僚なんだとさ」

 ドナは、まるで自分のことのように誇らしく説明する。

「兵団長なんてお偉くなってからもちょくちょく来てくれる良い人だよ。こんなしがない店だってのにね」

「ふーん」

 エリスは、まじまじとフェリックスを眺めた。

 そういえばアリーシェたちが衛兵団の偉い人に用事があるとか言ってたっけ、とふと思い出す。あれは彼のことだろうか。

「だからくれぐれも失礼のないようにね。エリス、あんたは近付かないように」

 としっかり釘を刺して、ドナは別の客の相手をしに歩いていった。

 まるで近付くだけで失礼を振りまくような言い草である。もっとも彼女の日頃の行いのせいだが。

「町の人からはなかなか人気があるみたいすね。あれだけの数の兵をまとめてんなら、そりゃ大した人だとは思いますけど」

 そんなザットの言葉を聞いたか聞かないか、エリスは口元にニヤリとした笑みを浮かべた。

 もしこの場にレクトがいたら、なにか企んだ顔だな、とすぐに気付いただろう。

「まぁ、そんな凄い奴だってんなら、やっぱあいさつくらいはしとかねーとな」

 そしてドナの言い付けを華麗に無視して、フェリックスへ向け歩き出す。

「さすが姉御だ、他人の意見にまったく流されねぇ……!」

 ものは言いよう、とはこのことだろう。

 感心なのか呆れているのか、ザットは黙ってその背中を見送った。

 

 

 四人掛けの丸テーブルがいくつか並んだだけの質素なホール。フェリックスは、壁際の一番奥の席についている。

 その対面へ、エリスがどかりと腰をおろした。

「よう、総隊長」

 唐突な相席にフェリックスは怪訝な表情をしたが、すぐに口元をゆるませる。

「すまない、その呼ばれ方には慣れていないのでな。普段は兵団長で通っている」

「まぁ、どっちでもいいけど」

 明らかにどっちでもよくはないが。

「あんたんところの兵隊さんたち、なかなか根性あるみたいだな。感心したよ」

「お褒めに預かり光栄だ。見かけない顔だが……新しく勤め始めた者か?」

 エリスの無礼千万な態度にも動じず、自然と雑談に付き合うフェリックスである。人格者とは彼のためにある言葉だろうか。

「ん……『モンスター』共が押しかけてきたちょっと前くらいからな」

「そうか。運良く被害には遭わなかったようだな」

「被害っつーか加害っつーか。けどあん時は困ったよ。こんな格好で戦わなきゃならなかったからな。もしあたしが普段通りの格好だったら、あんたらの出番はなかったかもな」

 逆に感謝しろよ、とでも言わんばかりのエリスだった。

 普通に考えれば、普段の露出度の高い服装のほうがケガをしやすいようにも思えるが。

「……君も応戦したのか?」

 余計な大口は無視して、フェリックスは意外そうな顔で改めてエリスを見た。

 表面だけでいうなら、単なる態度が悪い少女である。

 加えて今はウェイトレスの制服。

 あの時は応戦する民間人も多かったとはいえ、あまり戦闘というイメージには結びつかないのだろう。

「応戦なんてもんじゃねーよ。あたしを誰だと思ってる」

 と、エリスは胸を張って豪語した。

 そんなことを初対面の人間に言ってもただ戸惑わせるだけなのだが。

「失礼。勉強不足のようだ」

「じゃあ教えてやる」

 エリスは、それを待っていたとばかりに嬉々としてイスから立ち上がった。

 こほん、と軽くせき払い。

「メニューを受けたら左へ右へ! 迅速丁寧、明朗会計! 悪どい客には鉄拳制裁! 今をときめく給仕の星、エリス・エーツェルここに出勤っ!!」

 大声で名乗ったその姿に、店内の視線が一挙に集まる。

 注目を受けたからか満足げなエリスだったが、当のフェリックスは無反応だった。

 というか、話の流れがまったくつながっていないことに果たして気付いているのだろうか。

「その言葉にふさわしい働きは、いつになったらしてくれるのかね」

 そんな目立ちまくっているテーブルへ、ドナが料理を持って現れた。

「はいよ、お待ち遠さま」

「ああ。ありがとう」

 そしてフェリックスの前に、湯気の上るシーフードカレーパスタ(大盛り)が丁寧に置かれる。

「な、なんだこの料理はっ……!?」

 エリスは驚愕の表情で皿の中身を凝視した。

 それは通常のメニューには載っていない、知る人ぞ知る裏メニューである。エリスはその存在すらも知らされていなかった。

「どうもすみませんね、騒がしい子で」

 軽いカルチャーショックを受けているエリスをよそに、ドナは申し訳なく頭を下げる。

「いや、料理を待っているあいだ退屈せずに済んだ」

 フェリックスは朗らかに微笑んでそう言った。どこまでも大人な対応だ。

「エリス、失礼をかけないようにって言ったろう? ほら油売ってないで仕事に戻んな」

「油売ってたとか、失礼なのはどっちだっての。あたしは同じ立場の人間として有意義な話をしようとしてたんだよ」

 エリスは口を尖らせて自分の正当性を主張する。

 どんな理由であれ、仕事そっちのけでやっていたのなら油を売っていた以外のなにものでもないのだが。

「同じ立場だって? 誰と誰が?」

「あたしだってゆくゆくは、何百何千っていう子分を引き連れた大軍団を束ねる予定だ。だからそうなった時の――」

 と言い終わる前に、ドナは彼女の首根っこをつかみあげていた。

「ご迷惑おかけしました。それじゃごゆっくり」

 そして改めてフェリックスに頭を下げ、エリスをずるずると引きずっていく。

 あのエリスに、有無を言わさずに。

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