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第五章(21)

 

    ◆

 

 破壊の跡も生々しい、以前は門があった外周部。

 散乱したガレキの撤去作業のため、兵や土建屋たちがせわしなく行き交っている。

 夜が明ければ普段通りに多くの者がこの町を訪れるだろう。その前に玄関口だけでも確保しておこうと、急ピッチで作業が進められているのだ。

 さっそく先の反省が生かされているのか、夜だというのに見張りの兵は多かった。

 松明の量も増やし、外の暗がりを明瞭に照らしている。

 門というより壁の亀裂と呼んだほうが近しいそこを、ひと組の若い男女がまたいでいった。

 こんな夜中に町の外へ出るのだろうか? と見かねた衛兵は声をかけようとして、しかし寸前のところで思いとどまる。

 代わりに、彼らを呼び止める者がいたからだ。

 

「ハーニスさん、リュシールさん」

 リフィクの呼びかけに、ふたりは揃って振り返ってみせた。

 壊れた門を挟んで外側にいるハーニス、リュシールと、内側にいるリフィク。三人以外の人間は彼らを一瞬だけ気に留め、再び自分たちの作業に専念した。

「……もう、行ってしまうんですか?」

 リフィクが、名残惜しく切り出す。

 旅姿のふたり。ハーニスは、「ええ」と柔和に答えた。

「この町では、あまり静かに休めそうにはないので。それに、あなたからの忠告もありましたし」

 リフィクは、かすかに眉根を寄せる。

 たしかに彼らを案じて、なるべく早く発ったほうがいいとは言った。

 言ったが……こんなに早くなのか、と。

「あの……エーツェルさん、見つかりました」

 急に言葉を見失い、リフィクはとりあえずそのことを報告した。

「それはなによりです」

 まるで想定内とでも言うようにハーニスがうなずく。

「…………」

 リフィクは、自分の言葉を見つけられずにいた。

 そもそも、なんのためにここへやってきたのだろうか。ただ別れを言いたかっただけなら、すんなりと言えば終わりなのだが。

 彼らを引き止めたいのだろうか?

しかし引き止めたあとでどうしたいのかは、わからなかった。

 それに、そう簡単には引き止められない。

 日中のひと幕で確信した。アリーシェ……いや銀影騎士団は、『リゼンブル』に対して否定的だ。

 そんな者たちが集結するこの町に、正体が判明している彼らを留めておくことはできない。

 やはり、できないのだ。

「すみません。なんだか寂しくて……。それに昼間の話を思い出すと、不安で……」

 言いようもなく後ろ髪を引かれているリフィクに、今度はハーニスが切り出した。

「私たちと共に行きますか?」

 リフィクは「えっ……!?」と、息を詰まらせたように目を見開く。

 あの時も――彼らと初めて会い、そして別れたあの時も、聞いた言葉だった。

「私たちも『モンスター』と戦う身。穏便にとはいきませんが……『あの者たち』と一緒にいるよりは、ずっと安全なはずです」

 ハーニスの言いたいことはわかる。その気遣いは嬉しい。

 リフィクはうつむき、戸惑いを見せる。

 しかし、それも一瞬だった。

「せっかくですけど……すみません」

 深々と、頭を下げる。

「僕は、エーツェルさんたちと一緒にいたいと思います。……これからも」

 そもそもなぜリフィクが彼女らと旅をしているのかといえば、『子分』にさせられたというのが発端だ。

 しかし言ってしまえば、それは単なる口約束みたいなものだ。

 子分だなんだと、そんな言葉にどれだけの拘束力があると言うのだろう。

 無視してしまっても、誰に咎められるものでもない。生死に関わるような旅をするくらいなら、良心が痛むくらい大したことではないはずだ。

 ……恐らく昔のリフィクであれば、そう考えていただろう。

 しかし今は違う。

 エリスやレクトと出会う前、リフィクはずっとひとりで旅をしていた。

 誰とも触れ合わず。どの輪にも入らず。

 孤独に打ちひしがれた夜もある。

 そこから比べて今の、みんなに囲まれているという環境は、とても居心地の良いものだった。

 暗い過去を忘れてしまいそうなほど心が満たされている。

 彼らの誘いは魅力的だが、この環境を捨てることはリフィクにはできなかった。

 たとえそれが、表面的に取り繕われているものだったとしても、だ。

「そうですか」

 ハーニスは、最初から答えがわかっていたかのようにその返事を受け取った。

「『彼女』と一緒にいるなら、なにかが起きても大丈夫でしょう。私たちとしても、安心です」

 どうやらハーニスたちは、エリスに対して相当の信頼を置いているようだ。リフィクにしても、それは同じだったが。

「こちらのことはご心配なく。私には、とっても強いリュシールがついていますから」

「そうでしたね。……ハーニスさん、リュシールさん。お気をつけて」

 はっきりと言葉に表わしたことで、気持ちの整理がついたのかもしれない。

 リフィクは微笑んで、ふたりの出立を見送った。

「ええ。そちらこそ」

 目礼を交わし、ハーニスとリュシールは夜の中へと歩いていく。 

    ◆

 

 ハーニスとリュシールがわざわざ夜に出立した理由は、概ねリフィクに言った通りである。

 しかし言っていない大きな理由が、もうひとつだけあった。

 町の明かりが遠くに見える街道。そこから横道へ外れた森の中。

 満月の光だけが辺りを照らし、ひんやりとした潮風が草木を揺らす。

 知りようもないことだが、そこは日中ツァービルの一派が襲撃のために潜んでいた場所でもあった。

 ふたりは短い草を踏みわけながら、夜闇を奥へ奥へと進んでいく。

 『リゼンブル』と呼ばれる者たちは、基本的に生物の気配を察知する能力に長けているとされている。

 長きに渡って虐げられ抹殺されてきた種であるために危機回避能力が進化した、という説がささやかれているが、真実は定かではない。

 その察知能力が、この場所を訴えかけていた。

 本来なら、構わなくてもよいレベルだ。

 安眠を妨げる蚊の羽音のような。気にしなければ気にならない、ささいな異常。

 しかし昼間のこともあるため、ふたりは念を押して改めにきたのだ。

 明らかに風に吹かれたのではない木が、音を立てて揺れる。

 そちらを向いたハーニスの目が、目的のものを発見した。

「こんなところで、何を?」

「僕だって夜になったら寝るよ」

 それはトュループ。

 太い樹の枝にまるでコウモリのように逆さまにぶら下がったトュループであった。

「そんな体勢で?」

「ぐっすりさ。もっともそれは、君たちがこのまま通り過ぎるなら、の話だけど」

 探り合うような視線を交わすハーニスとトュループ。

 その脇では、リュシールがすぐにでも剣を抜ける体勢を保っていた。

 周囲の静寂とは裏腹に、水面下でのやり取りは熾烈を極めている。

 ハーニスは、矛先をそらすように別の話題を持ち上げた。

「……めずらしいですね。あなたの戦っていた場所が、原型を留めているというのは」

「惜しかったよ。けどまぁ、君たちも一緒くたに破壊しちゃうのは面白くなかったし。他にも、もったいないのがいたしね」

「エリス・エーツェル?」

 ハーニスの刃のような切り込みに、トュループはニヤリと口角を上げた。

「そんな名前だったね」

「彼女は、我々と志を同じくする者です。『モンスターキング』を討とうする者。そして、理不尽な暴虐に抗う者です」

「へぇ」

「我々は、今はあなたと争うつもりはありません。『キング』を討つのが最優先です。……しかしそのあと」

 ハーニスは、強い口調で言い放つ。

「私たちと彼女の理想が叶ったあとでも、まだ『灰のトュループ』が理不尽な破壊をもたらすのなら……その時は、全力をもって争わせていただきます」

 叩きつけたのは意志表明。そして、挑戦状でもあった。

 それを聞いたトュループの口から、抑えきれない、とばかりに笑い声がこぼれ出る。

「面白いよ」

 言いながら枝から飛び立ち、ハーニスの目の前へ鋭く降り立った。

 リュシールの手は、すでに剣を抜きかけている。

「けどね、僕が誰と、いつ戦うかっていうのは、僕が決めることだ」

 トュループの声は、普段と変わらぬ軽薄なもの。しかしその瞬間だけは、ぞっとするような響きがあった。

「僕だけが、決めること。それは忘れないほうがいいよ」

 一触即発を思わせる張り詰めた雰囲気。

 それが続いたのは、ほんの少しのあいだだけだった。

 

    ◆

 

「なぜ会っていたんだ?」

 と、責めるような口調のレクト。

「どこで誰と会ったって、あたしの勝手だろ」

 と、不機嫌を惜しみなく表わして口を尖らすエリス。

「いや、会っただけじゃ済まない。少しのあいだ一緒にいたんだろう? それで何もないわけがない」

「誰と何してたっていいだろ、別に。騒ぐようなことはやってねーよ」

 なにやらセリフだけを聞くと、浮気をしたしていないで揉めているカップルのようでもある。

 対面に座り、険悪な顔を突き合わせているエリスとレクト。宿屋に戻ったリフィクが出くわしたのはそんな光景だった。

「お、おう、どこ行ってたんだ?」

 リフィクに気づいたザットが、ちょうどいいところに、というふうに困り顔で体を向ける。

「ええ……ちょっと」

 リフィクはそろりと彼の隣へと腰かけた。

 そして件のふたりをちらりと見ながら問いかける。

「どうしたんです?」

「昼間『リゼンブル』とかってふたり組がいただろ? 姉御が、そいつらとあの森の中で出会ったっていう話をしたら……」

 レクトがそれに不快感をあらわにした、と。

 そしてエリスはそんな彼の態度に反発していると。

 売り言葉に買い言葉でお互い熱くなってしまった、というのは想像に難くなかった。

「俺たちが、いったい何と戦っていると思っているんだ。もう接するな。近づくのもよせ」

「あたしらが戦ってんのは『モンスター』だろ。その親玉だろ。わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ」

 そういえばふたりは、以前も同じことで口論していた。とリフィクは思い起こす。

 あの時は一瞬で済んだが、今はこうして腰を落ち着けて話ができる状態だ。

 議論が過熱してしまうことも大いにあり得る。

 そんなリフィクの不安をよそに、エリスはテーブルをバシンと叩いて立ち上がった。

「わからず屋の若大将めっ!」

「聞き分けがないのはどっちがだ」

 激しく視線をぶつけ合わせる。

 それも束の間、エリスはぷいっと横を向いてしまった。

「もういい。眠いから寝る!」

 そしてそのまま、大股開きで歩き去る。

「エリス! まだ話は終わってない」

「お前のぶんも寝てやるからな! 吠え面かくなよっ!」

 引き止めるレクトの言葉にも振り返らなかった。

 

「……変わった子だとは思っていたけど」

 銀影騎士団員同士でテーブルについていたアリーシェが、ふと彼女の背中を見て呟く。

「よくない傾向ね。『リゼンブル』と馴れ合おうなんて……」

 そんな声を耳に入れ、リフィクはどうしようもなく胸が痛んだ。

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