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第五章(20)

 

 レクトの体に、最大限の緊張が走った。

 『ボス』がこちらの動向に気付いたようである。

 弓を構え、矢をつがえ、『魔術』の力を極限まで高める。その気配を『ボス』が察知する――ここまでは想定通りだ。

 問題はここからだ、とレクトは静かに息を呑んだ。

「……見過ごすはずはない」

 ラドニスが正面から斬りかかる。『ボス』が真横へ跳ぶ。

 ザットの追撃もすり抜け、背後から迫っていたエリスとも、大きく距離を空ける。

 『ボス』の両目が再びレクトを捕らえる。

 来る……!

 そして輝きをまとった拳が、こちらに向かって突き出された。

 強力な風圧弾が放たれる。

 その瞬間を狙って。

 レクトも矢を放っていた。

「レールストレート! 貫け!!」

 

 うなりを上げて飛ぶ風圧弾と、雷光をまとって飛ぶ矢が、真正面から激突する。

 争ったのは一瞬。

 風圧弾は四散し、矢は勢いを殺すことなく直進。

 そして吸い込まれるように、ドレッドの胸元に風穴を空けた。

 

 

「……なに……っ!?」

 予想だにしていない痛撃を受け、ドレッドは目を一杯に見開いた。

 吐いた声と共に、口から血がこぼれ落ちる。

 意志とは無関係にぐらりと揺れた体は、崩れるようにしてヒザをついた。

「貫かれた……!?」

 動転する一方で、なにが起こったのかを把握しようせわしなく働く一部分も頭の中にあった。

 このタイミングを狙っていたとでもいうのか……!?

 技同士のぶつかり合いに負ければ、自分がどうなるかぐらいわかっていたはず……!

 それでも行なったと!?

 ドレッドは、ド真ん中を貫かれた自身の胸に目を落とした。

 おびただしい量の鮮血。本能で感じるまでもなくわかる、死への直通路。そこへ押し込まれた。

「……その勇ましさは良し……!」

 血を吐きながら、言葉を絞り出す。

 遂げねばならぬ友の遺志。戦い。手下たち。

 ドレッドはそれらをこの瞬間だけは忘れ、敵の勇敢さを戦士として純粋に褒め称えた。

「だが、まだ倒れるわけにはいかぬ……!」

 そんな彼の目が、大剣を構えて迫るラドニスの姿を認識した。

「ぐ……!」

 反応しようとするも、まるで自分の体ではなくなってしまったかのように、手も足も動かない。

「やはりこの者たちは……厄介っ……!」

 口惜しく吐き出すドレッドの頭部へ、ラドニスの大剣が打ち込まれた。

 

 

 『ボス』がくずおれるのをひと目だけ確認したあと、レクトは崩れるように座り込んだ。

 なんとか、やった。

 しかし喜びよりも疲労感のほうが強かった。文字通りに全力を尽くしたためであろう。

 相手が攻撃するのに合わせて、負傷を恐れず反撃していた『ボス』……その戦い方を真似させてもらった。

 あれなら避ける事が困難なのは、仲間の負傷具合で思い知らされている。

 実行する決心がついたのは、エリスの炎が奴の技を相殺させたのを見たからだ。

 『魔術』なら『魔術』で対抗できる。

 力を一点に集中させれば、打ち破ることもできるのではないだろうか……と。

 結果的にはうまくいったものの、やはり危うい賭けだった。

 成功したのは、ひとえに仲間たちが『ボス』を削っておいてくれたおかげだろう。

 万全の状態で放たれた攻撃だったなら、力負けしていたかもしれない。

「まだまだか……」

 慎ましく反省を口にしつつも、レクトの表情には満足げな微笑みが浮かんでいた。

 

    ◆

 

「やったな、おい!」

「レクトくんやったぁっ!」

 そんな彼のもとへ、エリスとパルヴィーが喜び勇んで走り寄る。

 少し遅れるようにして、ザット、リフィク、ラドニス、アリーシェも集まってきた。

「ああ、やった」

 レクトは地べたに座ったままで、深く息を吐くようにそれに答える。

 くたくた、といった表現がピッタリだろうか。『ボス』を倒せたということで緊張の糸が切れたのかもしれない。

「見事だった。倒せたのは、お前のおかげだ」

 ラドニスも惜しみなく賛辞を送る。実際にトドメを刺したのは彼であるが、勝負を動かしたのは間違いなくレクトの渾身の一撃だ。

「少し無謀すぎたけれど……」

 とアリーシェは苦言から入ったものの、

「ああでもしないと勝てない相手だったかもしれないわね。……お手柄よ」

 言葉尻は笑顔で締めくくった。

「ありがとうございます。……しかし、まだ『モンスター』は……」

 力なくレクトが言いかけた、そんな時。

「なんだ、君たちが『破壊』しちゃったの」

 頭上から、冗談まじりに残念がるような声が降ってきた。

「……!」

 その声の主がすぐさま脳裏に浮かび、全員の顔が一転して緊迫感に包まれる。

 

 エリスたちに背中を向けるようにして、その場にトュループが降り立った。

「おっと。君たちをどうこうしようっていう気はないよ。今は」

 先手を打つように、背を向けたままで両手を開いてみせる。

 正面に据えたその顔は、地に伏したドレッドを見ているのだろうか。

「さっきの『ボス』と戦うついでに、けっこう破壊してきたから。まぁそれで気は済んだかな」

 帰りに軽く食べてきたから夕食はいい、とでも言うように、淡々と告げるトュループ。

「だからここを出て行く前に、君たちにあいさつくらいしておこうと思って」

「誰が信じるかよっ!」

 本気なのか冗談なのかまったくわからないそれを、いの一番にエリスが切って捨てる。

 お前ほど信用ならない奴もいない、とでも言いたげに。

「信じないの?」

 トュループは、からかうように言いながら振り向いた。

「信じない!」

「そう。ならどうする? この町から去ろうとしてる僕に、斬りかかる?」

 薄笑いで問いかける。挑発、とも取れるが。

「もしそうするなら、もうちょっとだけこの町にいてもいいけど?」

「そうするに決まってんだろ! そんでもっててめぇは、ここの土ん中に永住しやがれっ!」

 と威勢よく剣を抜きかけたエリスの腕を、そばにいたラドニスがつかみあげた。

「!」

 反抗の目を向けるエリス。

「賢いよ」

 トュループは子供を褒めるように言って、ふわりと宙に浮いた。

「じゃあ、またね。命は大切に」

 そして自分で言った通り、そのまま町の外へと飛び去っていった。

「…………」

 なかば呆然と、それを見届ける一同である。まさか本当にあいさつだけをしに来たのだろうか。

「……マジにどっか行きやがった」

 エリスはぼそりと呟き、ラドニスがつかんでいた手を振りほどく。

「ああいう奴を野放しにしとくのかよ!? 銀影騎士団ってのは!」

 エリスの言い分ももっともだが、さすがに激戦の直後である。

 認めるのは癪だが、見逃してもらえて助かった、というのが実際のところだろう。

「次から次へと……」

 ほっと胸をなで下ろしながら、アリーシェが呟く。

「寿命が縮むわ」

 

    ◆

 

 兵団長フェリックス・ムーアの厳しい顔を、オレンジ色の光が照らす。

 レタヴァルフィーの町は、まばゆい夕焼けに包まれていた。

「西側全域、敵掃討!」

「東側全域、敵掃討!」

「南側全域、敵掃討!」

「北側全域、敵影なし!」

 入念な確認ののちに舞い込んでくるそれらの情報を耳に入れ、フェリックスはようやく張りつめていた肩の力を抜いた。

「……よし! では現時刻をもって、レタヴァルフィー全域の戦闘態勢を解除する」

「戦闘態勢解除!」

「はっ! 戦闘態勢解除!」

 復唱する副官や各伝令兵たちにも、一様にホッとした表情が浮かんでいた。

 恐らくこの町に歴史においても、最大規模の危機であっただろう。

 被害は甚大。数え切れぬほどの犠牲は出ただが、兵たちの尽力によって、なんとか壊滅だけは逃れることができた。

 勝利とは言いがたいが、守り抜けた、とは言ってもいいだろう。

 すぐにでも休みを与えてやりたいところであるが、衛兵団の職務は、これで終わりではないのだ。

 フェリックスはあえて声を明るくして、周囲の部下たちに命令を告げる。

「それではこれより……全兵力を上げて、民間人らの救助保護任務を開始する!」

「はっ! 了解!」

 兵たちも疲れきっているはずだが、不思議と返事の声は明るかった。

 『モンスター』と戦うよりはずっといい、とでも言うように。

 

    ◆

 

 無数の煙を上らせ、長い影を落とす町並み。

 一時はあわやというところまで攻め込まれたが、各陣営をまとめる『ボス』が討たれた途端、侵攻の勢いは激減した。

 残党と化した『モンスター』たちも、あるいは討たれ、あるいは逃げ出し。収束するように戦いの幕は閉じたのである。

 そしてあっという間に日が沈み、夜の暗がりが訪れる。

 家から漏れる明かり、街路灯のランプの火が町を照らすが、その光量は普段よりもずっと少なかった。

 しかし人々の活気まで少ないかといえば、そうではない。

 負傷者の救助や町の復旧に、衛兵たちだけでなく、民間人らも一丸となって取り組んでいるのだ。

 

 それらを手伝っていたエリスたちは、今、宿屋『コンフォータブル・ベッド』にいた。

 騒乱の一日が終わりかけ、心身ともにぐったりである。

 衛兵団の任務は夜を徹するだろうが、さすがにこちらは引き上げさせてもらうことにした。

 宿屋一階。食堂スペース。そこは現在、人でごった返している。

 住まいを失った人々に対し、宿主が食事と寝る場所を無償で提供しているからだ。

 とはいえ食事は飢えがしのげる程度で、寝る場所とはいっても雨風がしのげる程度である。

 しかし非常時となれば、たったそれだけでも救われる人はいる。

 困った時はお互い様。宿主は、損失も気にせず快活にそう言ってのけた。

 

「たしか、三日くらい前だったな」

 別れていたあいだの話の中。いつ頃町にたどりついていたのかという質問に対し、エリスは「うーん」と記憶をたぐりよせながら答えた。

 がやがやと騒がしい食堂内においても、何人かの「えぇっ!?」という声は、充分に響き渡った。

「……私たちが着いたのが昨日の終わり頃よ。それよりも前に?」

 アリーシェにしても驚きを顔に貼り付けて聞き返す。

 なかなかのハイペースで進んできたのだが、と。

「そっちがゆっくりしすぎてたんじゃねぇの?」

 たしかに森の中で離れ離れになった際、アリーシェたちは、半日ほど彼女を待っていたことがある。

 しかしロスらしいロスといえばそれくらいだ。

 それなのに一両日も差がつくのだろうか。エリス以外の面々は、そろって頭に疑問符を浮かべていた。

 恐らく一生判明することのない謎だが……真相はこうである。

 アリーシェたちは、強行軍とはいえ、ちゃんと道らしい道を選んでこの町を目指した。

 対するエリスは、直進――谷があろうと山があろうと、ひたすら直線的に進んできたのだ。

 馬鹿げた話だが、その差が如実に時間となって表われたのである。

 しっかりと常識を持った人間なら、そんな可能性は考えもしないだろうが。

「で、ここに着いたはいいんだけど、気付いたら食いもんも買えなくて」

 謎は謎のままで終わり、エリスは自分の話を続ける。

 剣以外の荷物は、すべてアリーシェたちの手元にあった。無論お金に関してもである。

 たとえば森の中ならば自力で食べ物を調達することもできるが、町の中ともなればそうもいかない。

「だから仕方なく、まずはひと稼ぎしようと思って」

「それで、よりにもよって接客業?」

 パルヴィーが、若干皮肉的なニュアンスを含ませる。

 たしかにエリスの性格を考えると、お世辞にも天職とは言いがたいが。

 ちなみに例のウェイトレスの服装は早々に脱ぎ捨て、今は普段通りの格好に落ち着いている。

「ちょっとだけだったけど、ああいうのも悪かないな。時間があったらまたやってみるか」

 と、上機嫌に語るエリス。

「気に入った!?」

 パルヴィーは内心で、不運な客がさらに増えるのだろうかと、他人事ながら気の毒になった。

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