第五章(18)
「ファビアン!」
限界寸前、といった様子の戦友たちへ、アリーシェが急ぎ駆け寄る。
「アリーシェかっ……!? 助かる」
と、ファビアンはつらそうな表情で深く息を吐いた。
彼ら四人とも、大きな傷こそ負っていないがまさに死力を尽くした状態である。
あと一歩遅かったら、といったところだろう。
判断は間違っていなかった。
「休んでいて。ここから先は、私たちが引き受けるわ」
「ああ、面目ない」
「ミズ・ステイシー、気をつけてください」
横から、クレイグが荒い呼吸の中で声を出す。
「手強い相手です」
「そのようね」
それは、彼らの苦戦ぶりを見ても明らかである。
『ボス』が手強いのは当たり前だが、改めて言うほどまでに、ということだろう。
「……ところで、こんな時になんだが」
とファビアンが、やけに難しそうな顔で疑問を口にした。
「あれはなんだ?」
その視線は、『ボス』と向かい合うワイルドなウェイトレスへと真っ直ぐに向けられている。
疑問に思っていることはひとつであろう。
アリーシェは、
「あれは……」
と一瞬だけ説明に困ったあと、自慢げな微笑みを返してみせた。
「とっても頼りになる仲間よ」
「でやぁぁっ!」
エリスが先手を奪い、剣を振りかぶって突撃する。
ドレッドは真っ向から迎撃しようとしたものの、その鍔元から刃のような炎が噴き出すのを見て、即座に対応を切り替えた。
「オーバーフレアぁっ!」
炎の刃は空を裂く。
上空に跳躍したドレッドは、その眼下の攻撃を注視した。どのような技かを推し量るように。
そんなドレッドの後頭部へ、すかさずレクトが狙いをつけていた。
「レールストレート!」
雷光をまとった矢が放たれる。
転瞬、ドレッドは首をひねり、背中に目がついているかのごとく超高速の矢をかわしてみせた。
「スラッシュショットっ!」
人間たちの連携攻撃は続く。
たたみかけるように、パルヴィーが剣先から衝撃波をうち放った。
そこでドレッドは眼光を鋭くする。
その攻撃を避けることは充分に可能だった。だがドレッドはそうはせず、右腕に力を集中させる。
直後、衝撃波が胴体を打った。
しかし皮膚がわずかに裂けただけで、ダメージは微量。彼にしてみれば取るに足らない程度である。
ドレッドはそれとほとんど同時に、右腕に溜めた力を解き放った。
「ガストブレイクが砕く!」
どんな者でも、攻撃をする瞬間は無防備にならざるを得ない。攻撃の質を正確に見抜き、脅威とならないと判断したら、甘んじて受けてでも反撃のチャンスを作り出す――。
この負傷を恐れぬ戦い方こそ、彼が『勇将』と呼ばれるゆえんであった。
隕石が落下するごとく、強大な烈風の塊がパルヴィーに襲いかかる。
技の原理としては彼女の『スラッシュショット』と同系統のものだろう。だがその規模と威力は桁違いのはずである。
かすめただけでもただでは済むまい。
「リジェクションフィールド!」
すんでに彼女の目前に走り込んだアリーシェが、『魔術』で防御障壁を展開させる。
皿が床に落ちて割れるように、障壁に弾かれた風圧弾が、四散して周囲の地面や建物を粉砕した。
拡散してもなお、脅威的な威力である。
「アリーシェ様っ……!」
生きた心地がしなかった、とでも言いたげにパルヴィーが泣き出しそうな声をこぼした。
「半端な攻撃は通用しないみたいね」
むしろ危機を招いてしまう可能性すらある。
アリーシェの怜悧な瞳が見つめる先で、伸びのある跳躍を終えたドレッドが力強く着地した。
そこへ、間髪を入れずにザットとラドニスが仕掛ける。
『ボス』を正面に収めて、右側からザット、左側からラドニスが挟撃の形を取る。
ロングソードを持ったラドニスと、素手に近いザット。瞬時に両者を見比べたドレッドは、ラドニスへの警戒を強めた。
「うおおりゃぁっ!」
ザットが気合いのかけ声と共に、ドレッドの片足へ回し蹴りを叩き込む。
「ぐっ!」
と息を詰まらせたのは、逆にザットのほうだった。
恐ろしく強靭な脚! まるで大樹を蹴ったかのような感触だった。びくともしない。
その反対側から、一拍遅れてラドニスが袈裟切りに振り下ろす。
ドレッドはその剣を爪で受け止めようと、左腕を突き出した。
剣を止めたあと、即座に残る右腕で反撃をお見舞いしようという魂胆だろう。すでに両腕ともがその体勢に入っている。
ラドニスは、彼のそんな動きを見逃さなかった。
瞬間的な判断で、剣の軌道をわずかに曲げる。
一閃した刃は爪と爪のあいだをすり抜け、ドレッドの左手を斬り裂いた。
「!?」
すでに繰り出していた右腕は止まらず、そのまま身をかがめたラドニスの頭上をかすめていく。
そのまま腕の振りを止めずに、体を横に一回転させて至近距離のふたりをなぎ払う。
ザット、ラドニスは迷わず後退。
彼らと入れ替わるようにエリスが駆ける。
それを視界に入れたアリーシェは、タイミングを合わせて『魔術』を放った。
「グラヴィティホールド!」
ドレッドの体が、まるで見えない手で上から押さえつけられたようにズシリと沈み込む。足元に発生した高重力場が、彼を地面へ縫い付けたのだ。
「今よ、エリスさん!」
「おおう!」
動きの止まったドレッドめがけて、エリスが躍りかかる。
再びその刃を炎が包んだ。
「やはりその技が勝負手か」
横目に見るドレッドが、鎖を引きちぎるように右腕を持ち上げる。
そして地面を殴りつけ、その勢いを利用して重力場から脱出してみせた。
炎の刃は再び空を裂く。
「くそっ!」
「ガストブレイク!」
体勢を整えてすぐさま、ドレッドは左手から風圧弾をうち放った。
しかしその狙いは、正面にいるエリスではない。
横合い。
水面を裂いて進む鮫のように、地面を割りながら飛ぶ烈風の先には、弓を構えるレクトがいた。
やや距離が空いていたのが救いとなったのだろう。
矢を放つ寸前だったので反応が遅れたが、レクトはなかば飛び込むようにして、迫る風圧弾を回避した。
両手がふさがっていたため、まともに体を打ちつける。だがそれは、まだマシな結果だろう。
さっきまで立っていた石畳は裂傷のようにえぐれ、後方の建物は砂ぼこりを巻き上げながら倒壊している。
あれは食らうよりは、だ。
レクトは痛みがまとわりつく体を起こして、再度弓を構えた。
「しかし……」
しかし、だ。敵の勘の良さと反応の速さはさすがに『ボス』だけある。通用しなかった同じことを繰り返しても無駄だろう。
どうすれば決定打を与えられるか。考えなくては。
ドレッドが猛然とエリスを攻める。
技の威力を推し量り、最優先で潰してしまおうという判断だろうか。
右から左から繰り出される爪を、軽快な足さばきで左へ右へとかわすエリス。
虎視眈々と反撃のスキを狙っているのだが、流れるような攻撃の前になかなかそれを見いだせずにいた。
両者がごく近い距離にいるため、仲間たちも『魔術』による援護を行なえずにいる。
「その素早き身のこなし、厄介!」
攻撃を続行させたまま、ドレッドは感嘆するでもなく吐き捨てた。
「てめぇのパワーこそ厄介すぎるぜっ!」
エリスも言い返すが、ののしっているのか褒めているのかは不明である。
回避の際に側転や宙返りなどを織り交ぜて意表をつこうと試みる彼女であったが、いまだ突破口は開けていなかった。
なおもドレッドの腕が襲いかかる。
エリスは直感的に見切って体を動かす……が、その時。不運な出来事が起きた。
ドレッドの片手から飛散していた血、それが、予期せず彼女の目元に命中したのだ。
「!?」
皮肉なことにそれは、ラドニスが負わせた傷による出血である。
思わず目をつむり、足を止めてしまうエリス。
ドレッドはその絶好の機会を逃さず、彼女の左腕をつかみ上げた。
「厄介払いをする!」
「世話にはなんねぇよ!」
エリスはほとんど反射的に、自分をつかんでいる腕へと剣を叩きつける。
しかし腰の入っていない一撃だったため、その表皮を削るのがせいぜいといったところだった。まるでダメージになっていない。
ドレッドは、もはや『舌の上』のエリスへ爪を振りかぶる。
これでは避けられようもない。
間一髪――というタイミングで、ドレッドの背中に電撃の束が殺到した。
「ぐぬっ……!」
と、うめいて、わずかに体をのけぞらせるドレッド。
それはアリーシェとリフィクが放った『魔術』だった。エリスに当たる危険性もあったのだが、あの爪で裂かれるくらいなら、と賭けに出たのだろう。
たたみかけるように、ザットとラドニスが再び距離を詰める。
「三度目の正直っ……!」
エリスが剣を振りかぶり直す。
片腕をつかまれているということは、こちらも攻撃を当てやすいということだ。
同じく、避けられようもない。
「オーバーフレアだ!」
エリスが炎の刃を振り下ろすと同時に、ドレッドもとっさの対応を見せた。
力ずくで腕を引き寄せ、エリスを地面から引きはがす。そしてそのまま腕を振り回し、接近するザットとラドニスへと投げつけたのだ。
「ザーット!」
「あいさ!」
阿吽の呼吸で、ザットが叫びながら跳び上がる。
そして飛来するエリスを空中でキャッチ。勢いを殺さないよう回転し、さらに遠心力を加えて、相手へ向かって投げ返した。
しかもドレッドのように乱暴な投げ方ではなく、きちんとエリスが正面を向くよう修正した、正確な投てきである。
彼女の剣に宿った炎はまだ生きている。
炎の刃ならぬ炎の矢と化したエリスが、ドレッドめがけて一直線に飛ぶ。