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第五章(17)

 

 『ボス』が討たれた光景は、地上近くの手下たちの目にも映っていた。

 愕然、としか表せない様子である。

 町への攻撃を行なっていた者たちも、パッタリとその手を止めてしまっていた。

 手下『モンスター』にとって、『ボス』とはそれほどまでに絶大な存在なのだ。

 

 飛ぶ力を失ったジェラルディーネが、その羽を散らしながら落下していく。

「……ツァービル……」

 声ともならない呟きは、風に吹かれて消失した。

 彼女の落ちる地面。そこは、自らの作り出した灼熱の湖であった。

 

 ハーニスとリュシールのふたりは、抱き合うような格好で地上へと降り立つ。

 リュシールは翼をごく小さく畳み込んで、再び服の中へ収納した。

 肩甲骨に当たる部分には穴が空いてしまっているが、黒い翼と同色の服、さらに長い黒髪がそれを隠しているため、よほど注意深く見ない限りはわからないだろう。

 ハーニスは、ジェラルディーネの飲み込まれた大火へと哀れむような瞳をかたむけた。

「……愛を知っていたなら、何故それを他の者にも向けられなかったのです」

 『モンスター』は憎んでいる。しかし、自分に流れる半分の血も、その『モンスター』のものだ。

 手にかけた空しさがまったく湧かないわけではなかった。

 だが彼らの所業は、決して許されざるものだ。

「あなた方が、このようなことを平然とするから……我々に対する人間の迫害も尽きないというのに」

 そのハーニスの胸に、リュシールの手がそっと伸びた。

「ありがとう、リュシール」

 ささやくように言って、その手を握り返す。

 表情は、もう普段通りのものへ戻っていた。

「さぁ続けよう。この街の危機は、まだ去っていない」

 

    ◆

 

 トュループが、建物の向こう側へと滑り込む。

 ツァービルは同じ軌道は描かず、その建物を突き破りながら向こう側を目指した。

 が、突き抜けるも、そこにトュループの姿はない。ツァービルは総毛立つのを感じ、はっと後方を振り返る。

 建物の上に、トュループが浮かんでいた。

 その両手に灯った光を認めた瞬間、ツァービルはなりふりかまわず跳躍していた。

「ライトニングレイピア・ペネトレーション」

 トュループから再び、極太の光線が放たれる。

 それは一瞬前までツァービルのいた地面をえぐり、さらにヘビが這い進むように、その後方の町並みをもなぎ払った。

 巻き上がった空振にあおられ、ツァービルは空中で激しく揉まれる。

 なんとか上下の判別がつくようになった時、落下軌道に合わてトュループが突撃してきた。

 そのまま蹴りつけられて、痛烈に地面に叩きつけられる。

 口の中の血がノドへと逆流し、ツァービルは四つん這いの状態で血を吐き出した。

「ぐっ……!」

 形勢は、とてもじゃないが良いとは言えなかった。

 繰り出す攻撃も、身のこなしも、すべてがあと一歩のところで上回られてしまうのだ。

 片腕を負傷していなければ、という恨み言すら出てこなかった。万全の状態だったとしても、恐らく同じ結果になったであろうからだ。

「だが……!」

 ツァービルは歯を食いしばり、体に力を入れて立ち上がってみせる。

 劣勢だからなんだというのだ。

 仲間の仇は、どうしても討たなければならない。それが唯一、死に報いる方法だ。そのために他の仲間たちも戦っている。

 そして本来なら関係のない友たちも、こうして手を貸してくれているのだ。

 ここで自分が倒れては、そのすべてに申し訳が立たないではないか。

「果たさねばならない……! これだけは!」

 両の足を踏ん張らせたツァービルは、背後のトュループを振り返った。

「くだらないね、仇討ちなんて」

 トュループは中空に浮かび、見下すようにツァービルを眺めている。

「なんだとっ……!?」

 あざ笑うかのような言葉に、ツァービルはまさしく血を吐くように聞き返した。

 誇り高きこの戦いを「くだらない」などと言い捨てられるのは、到底許せるものではない。

「そんなくだらない理由でこんなに大掛かりな破壊をされちゃうと、僕が困るんだよ」

 トュループは、さも当然の理屈のように言い聞かせる。

「この世界のすべてのものは、僕が破壊するんだから。勝手なことはしてほしくないね」

 ツァービルは、険しい表情をさらに険しく歪ませた。

「狂者め……!」

 吐き捨てた声には、心からの嫌悪が含まれている。

「その不遜な物言い……せめて『キング』にでもなってからするのだな」

「『キング』? それもいいけどね。いつか、その時が来たら」

 ツァービルは、もうトュループの戯れ言に付き合うのはやめた。

 全神経を集中させて、奴の動きを凝視する。

 残念ながら実力では及ばない。勝ち目があるとするなら、奴の不意を突くことだ。

 どんな者でも必ず、ふとした時に隙は生まれる。そこに全力を叩き込むのだ。

「そういえば」

 とトュループは、飽きもせず言葉を続ける。

 ツァービルは耳を貸さなかった。が……そうすることが不可能な内容が、奴の口から出た。

「死んじゃったみたいだね、彼女」

「……!?」

 思うよりも先に、ツァービルは町西側の空へと目を向けられていた。

 彼女の手下たちの姿はある。だが、彼女の姿はない。

 遠く離れていてもわかる、あの美しい姿が、空のどこにも見つけられなかった。

「ジェラルディーネ・デテッフェ……!」

 ――次の瞬間。

 視線を戻したツァービルの胸を、光剣が深々と刺し貫いていた。

「!!」

「残念」

 鼻先が触れそうな距離にまで迫ったトュループの顔が、こんなに憎らしいものはないというほどの笑顔を作る。

 不意を突くつもりが、逆にこちらの不意を突かれるとは……!

 悔やんでも悔やみきれない幕切れである。

「……なんの仇も成し遂げられずに……!」

 けいれんし始めた体にムチを打つように、ツァービルを口を動かす。

「……すまない……」

「いいよ、別に」

 トュループは光剣を刺したまま、彼を空へと打ち上げた。

 そして。

「ライトニングレイピア・バースト!」

 まるでショーのように、高らかに言い上げる。

 ツァービルに刺さった光剣は、彼の内部で破裂し――辺りに電撃をまき散らしながら、彼の体を爆散させた。

 

    ◆

 

「ディオン小隊、戦線を前進!」

「マクベス小隊、デュアラハン・ストリートに到達!」

「レイベル小隊、南教会地区を奪還!」

 怒涛のごとく舞い込んでくる報告から、フェリックスは戦況の異変を感じ取っていた。

 ……敵の勢いが落ちてきている……?

 こちらが押し返していると取ることも出来るが、そうとは思えないほど急激な推移なのである。

 特に西側と南側は、同じ敵ではないような手応えの無さだ。

 兵たちの頑張りをもってしても、こうも簡単に風向きが変わるなどあり得ないだろう。

 いったい、なにがあったというのだ?

 一瞬は敵の誘いかという考えも頭をよぎったが、もとより圧倒的に優位なのはあちらだ。今さら、からめ手で攻める意味はないはずである。

 ならば……敵がなんらかの理由で不調に陥ったと見るのが妥当だろうか。

 フェリックスは、ヒタイに滲んだ汗を乱雑に拭った。

 もしそうであるならば、千載一遇のチャンスだ。

 一筋の光明。これを逃し、もし敵の勢いが復活するようなことになれば、もう逆転は望めないだろう。

 迷う必要はない。ここが勝負の分かれ目だ。

「全軍に通達!」

 大声を通らせたフェリックスに、近くにいた兵、伝令、副官など全員が彼に振り向いた。

「これより攻勢に移る! 盾を捨て、剣を取れ! 戦線を一気呵成に押し戻せ!」

 背水の命令に応えるべく、兵たちがさらに慌ただしく動き出す。

 これで敵を撃退できなければ、いよいよ覚悟を決めねばならないだろう。だがフェリックスには、勝ちをつかめるという自信があった。

 戦況がそう言っているのだ。今こちらに追い風が吹いていると。正念場はここであると。

 依然として猛威を振るっている東側の敵だけが、唯一の懸念であったが。

 

    ◆

 

 『勇将』などと呼ばれることもある『モンスター』、ドレッド・オーの進攻は、留まるところを知らなかった。

 突入の際に破壊した東側の門、ならびに外壁は、はるか後方に過ぎ去っている。

 すべてをなぎ倒しながら、町の中央に位置する衛兵団拠点が間近に見えるところまで攻め込んでいた。

 そんな勇将を抑えるべく懸命に抗戦しているのが、ファビアン・イーバインを始めとした銀影騎士団所属の四人である。

 長時間に及ぶ戦いの中で、ひとりも欠けることなく持ちこたえていられたのは経験と鍛錬の賜物と言えるだろう。

 だが彼らにも、限界が見え始めていた。

 さすがに心身ともに疲労しつつある。

 周囲には衛兵たちの姿もあるが、敵の戦いぶりを見ただけで圧倒されてしまっていた。

 攻勢に移れという命令は届いている。しかし経験の差か、どう手をつければいいのか未だ見いだせずにいるのだ。

 最前線の四人へ、ドレッドがなおも飛びかかる。

 そんな時。雷光をまとった一本の矢が、彼の胴体をかすめていった。

 

「……レールストレート」

 矢を放ったレクトの表情は、しかし不満そうに曇っていた。

 『ボス』のド真ん中、すなわち胸元を狙って射ったからだ。

 それは外れたとはいえ、高速で疾走する馬上からの射撃ともなれば、かすめただけでも大したものだが。

「いつのまにか完成してやがる」

 と、彼の眼前の、手綱を握るエリスが呟いた。

 少し休んだおかげでだいぶ調子を取り戻してきたようである。

「しばらく見ていなければ、そうもなる」

「しばらく、か。そういやそうだったな」

 『ボス』の姿を認めて、後ろに続く仲間たちは馬を止めて戦う姿勢に移行し始める。

 しかしふたりを乗せた馬は、依然として走ったままだった。

「エリス!」

 制止させようとしたレクトだったが、それは残念ながら聞き入れられなかった。

「このまま突っ込む。あとは任せたっ!」

「勝手なことを!」

 同乗している身からすれば迷惑この上ない。レクトは、彼女に手綱を任せたことを今になって失敗だと気付いた。

 

 戦場を突っ切る一頭は、かなりの異彩さを見せつけていた。

 衛兵たちも、銀影騎士団の面々も、そして『ボス』もが、何事かと動向をうかがっている。

 エリスは馬の上に立ち乗りし、

「てりゃぁっ!」

 と、天高く跳び上がった。

 そのまま空中でクルクルと二回転し、『ボス』の前方に華麗に着地。

 そしてすぐさま、腰もとからライトグリーンの剣を引き抜いた。

「あたしは今燃えている!」

 周囲の全員の感想は、いきなり現れて曲芸を披露したこのウェイトレスはいったい何者だ、といったところだろう。

「猛る炎がゆく道照らす! 道なき道でもひらいて進む! 正面突破の花道は、エリス・エーツェルの名のもとにっ!」

 エリスは言葉に合わせるように、剣の切っ先をビシッと『ボス』へ向ける。

 その『ボス』の後方では、手綱を引き継いだレクトがようやく馬を落ち着けていた。

「っていうわけだ。ここまで無茶苦茶やっといて、ただで済むたぁ思ってねぇよな」

 怒りを含ませて言うエリスだったが、対する『ボス』は、まったく聞いていなかった。

「……」

 顔を天に向け、静かに目を閉じている。たとえるなら、聴覚や嗅覚を研ぎ澄ましている様子、と表現できるだろうか。

「……どうやらこの戦い、我にとっても弔い合戦になったようだ」

 獣のうなりのような呟きが、鋭い牙のあいだからこぼれる。

「あー?」

「友の遺志を継ぎ、ドレッド・オーがこの町を徹底的に破壊し尽くす!」

「させるかっての。あたしの目の黒いうちはな!」

 エリスは、正面に向けていた剣を体の前でしっかりと構え直した。

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